第三話 二人の本心
夜遅く、僕は宿泊ホテルの部屋の風呂から上がった。風呂から上がると、バスローブを着て自分のベッドへ座る。本当に静かな部屋の中。天井の常夜灯が暗い部屋の中を少しだけ明るくしている。山岸さんは窓際のテーブルの椅子に座っている。シンガポールの夜景を見ながら缶ビールを飲んでいるようだ。
山岸さんの気遣いで先にお風呂に入ったは良いものの……。体中が痣だらけ……。あちこちが痛い……。どうにかならないものか……。
「一成、とりあえず今日はおめでとうだ。いや、もう夜中の二時だから、正確には昨日か。ところでお前、確かもう二十歳になったんだったな。どうだ? お前もこっちで一杯やるか? 冷蔵庫にビールが冷えてるぜ」
そんな中、山岸さんがそう話し掛けてきた。
「師匠のお誘いなら断れませんよ。山岸さん。喜んで飲ませてもらいます」
僕は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。続けて窓際のテーブルの椅子に座る。シンガポールの夜景が窓から見える。建ち並ぶ高層ビルの無数の窓が僕の目に光を放つ。山岸さんは自分の飲んでいる缶ビールをこっちへ向けてきた。乾杯したいようだ。僕は缶ビールの蓋を開けた。そして、山岸さんと乾杯をしてビールを飲む。
「どうだ? あんなすげーグランプリで優勝した後のビールだ。最高に美味いだろ」
山岸さんが僕に聞いた。
「はい。口の中が染みて苦いですけど、なんだか気分は良くなってきました。体の痛みも忘れられそうです」
「ふっ。その様子だと、まるで優勝した気分じゃなかったみたいだな」
「はい。実は戦いの前にカッファン選手が、僕を倒すために凄い練習をしてきたって、日本語で言ってきたんです。実際、カッファン選手は今まで戦った選手の中で、本当に一番強かったです」
「ああ。強かったなー。シャレになんねーぞ。あんな足癖わりーの」
「正直、あの決勝戦は途中まで、この試合負けるって、何度も思いました。最後のラウンドインターバル、山岸さんがあのアドバイスを言ってくれなければ、僕は完全に負けていたと思います」
「ふっ。元々は、お前が俺に教えてくれたアドバイスだろ」
僕がそう言うと山岸さんは少し笑ってそう言った。
「うっうっうっ……。僕一人じゃ、絶対に勝てなかったです……。山岸さんも西田さんも横光会長も、そして勇斗も一緒に戦ってくれていたんだと、今日改めて分かったんです……。負けそうになっても、僕には一緒に戦ってくれる最高の仲間がいた……。うっうっうっ……」
僕は酔いが回り泣きながら言った。
「おいおい一成、そんなに泣くなって。こっちまで泣きそうになってくるだろう。それに、お前の勝ちは俺達みんなの勝ち。お前の負けは俺達みんなの負けだ。お前が勝ったら俺達はみんなすげー嬉しいし、お前が負けたら俺達はみんなすげー悔しい。だからみんな、必死にお前のサポートをしてるんだ。俺達みんなもお前のダチの勇斗も、みんな一心同体だ」
「うっうっうっ……。勇斗まで一心同体だなんて……。うっうっうっ……。山岸さんにそう言ってもらえるなんて、僕は本当に嬉しいです……。うっうっうっ……」
「ああ。みんな一心同体だ。ただ俺もお前も、これからはもう完全に追われる立場だ。だからなおさら、これからもっとチームワークを大事にしねーといけねーんだ。俺達を超えようとしている連中を、みんなの力で叩き潰すんだ。だからよ。とりあえず泣き止めって」
「ぐすっ……。すいません。そうですね。これからもみんなで支え合っていきましょう」
僕はビールを飲み干す。
「いい飲みっぷりだ。一成。このサラミとチータラをつまみに、もう一本二人で、改めて乾杯といくか?」
山岸さんは冷蔵庫から二本缶ビールを取り出し、自分のバッグからつまみを取り出した。
「はい。喜んで」
「じゃあ、改めて乾杯だ」
「はい」
「せーの」
「かんぱーい!」
僕と山岸さんはお互いの缶ビールをぶつけて乾杯した。
その後、山岸さんは風呂に入る。僕はインターネットで某巨大掲示板を見るため、スポーツバッグの中にしまいっぱなしだった自分のスマートフォンを今座っている席に持ってくる。昨日は大会中から、戦いに集中するためずっとスマートフォンに触れていなかった。疲れてしまって病院やホテルまでの移動中も当然爆睡。だから、毎日のように見ている某巨大掲示板にアクセスしたい。とてもうずうずしているところだ。
僕は今、缶ビールが三本目に突入していた。かなり酔いも回っている。酔いながら気分上々で見る某巨大掲示板。僕自ら書き込んでしまわないか心配だ。とにかく今頃、某巨大掲示板では今日の試合について総合格闘技マニア達の議論がされていると思う。
だが、スマートフォンを見るとLINEで祝福メッセージが届いている。父さん、母さん、雪音、琴音ちゃんから。さらに、七海ちゃんと咲良ちゃんからも。日本の方が時差で約一時間時間が早い。さすがにもう寝ているとは思うが。でもみんな夜遅くまで起きてくれていたようだ。
僕は特に七海ちゃんのメッセージには自然とドキドキしてしまう。「優勝おめでとうございます(笑顔の万歳マーク) 梅宮さんは世界一かっこいいです(ハートマーク)」という内容。そう言えば、僕は春に水清公園で「七海さんは世界一綺麗です」とつい正直に言ってしまったんだ。そのお返しだろうか? どちらにせよ、七海ちゃんは気が利く本当に良くできた女性だ。
もう時間も遅いが、ありがとうの気持ちを込めて僕はみんなに返信をする。ついでに、七海ちゃんには「七海さんが世界一綺麗だと言ったのは、あれは僕の本心です(炎マーク)」と送る。酔いが回っているせいか僕はつい暴走してしまう。七海ちゃんは「私も本心です(ハートマーク)」と返してきた。七海ちゃんはどうやらまだ起きているようだ。続けて、七海ちゃんから「梅宮さんは武虎くんと同じくらい大好きです(ハートマーク)」と送られてきた。
これは告白ではないだろうか……? ほぼ間違いなく告白だ……。さりげなくコクられてしまった……。どうしよう……。ひょっとして、七海ちゃんも酔っ払っているのだろうか……?
僕は「ありがとうございます(笑顔マーク) また今度会いましょう(ウインク笑顔マーク)」と送った。七海ちゃんは「はい(ハートマーク) ぜひお会いしましょう(ハートマーク)」と返してくる。雰囲気と流れでとんでもないことになってしまった……。心臓のドキドキが止まらない……。
七海ちゃん……。やっぱり僕は君が大好きだ……。高校の時よりも強い気持ちだ……。世界で一番好きな女性だ……。
僕達は日本へ凱旋帰国した。羽岡空港でたくさんのファンが僕達を待ち受けてくれる。僕達と言っても、恐らく優勝した僕目当てだと思う。
色々な声が聞こえる。
「梅宮さーん! あんたのおかげで儲かっちまったよー! ありがとー!」
「梅宮さーん! 僕を弟子にしてくださーい!」
「きゃー! 梅宮さーん! 私と結婚してー!」
「きゃー! 梅宮さーん! こっち向いてー!」
「わー!」「わー!」「わー!」「きゃー!」「きゃー!」「きゃー!」
男性達の太い声と女性達の黄色い声が合わさって、凄いことになっている……。
警備員やボディーガードが必死にファンの人達を抑えている……。まさか、警備員やボディーガードまで出動する騒ぎになっているなんて……。山岸さんも西田さんも横光会長も、これにはさすがに苦笑いだ……。
その後は、僕だけ取材やテレビ出演のため都内で一泊することになる。取材やテレビ出演は翌日の昼過ぎまで続いた。帰りはテレビ局がボディーガードと送迎の僕専用のタクシーを用意してくれた。まさか、ここまで丁重に扱われるなんて僕は思ってもいなかった……。
第四話 最高の男 へ続く……




