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第二話 絶体絶命

  

 入場ゲートの裏の空間で、僕達チーム横光道場はリングアナウンサーの呼び上げを待つ。みんな緊張の面持ち。今大会はセコンドも強制的に同時入場だから特にだろう。もちろん僕としてはそれが心強いが。

 

 リングアナウンサーがカッファン選手の名を呼び上げた。入場曲が掛かり、しばらくしてから僕達のいる空間にまで大きな歓声が聞こえてくる。歓声が静かになっていく。カッファン選手が入場を終えたのだろう。西田さんの顔が一層引きつっていく。すると、ついに僕の名前が呼び上げられる。


「よし。行くぞ」 


 山岸さんが僕の背中を叩いて言った。

 

 みんなで入場するせいだろうか? 今日は「よし。行ってこい」ではなく、「よし。行くぞ」だ。

 

 空いた天井の先に星の無い夜空が見えるスタジアムの中、僕達チーム横光道場は入場していく。入場ゲートから出たときに聞こえたのは、無限に広がっていくような大歓声。入場ゲートの近くから吹き出た演出の炎からは、仄かだがまた熱を肌に感じた。たくさんのカラフルな色の一直線の光が、スタジアム内をぐるぐる回ったり空いた天井の夜空に向かって飛んでいった。

 

 僕はレフェリーによるボディーチェックを済ませる。ついに決勝の金網の中へ動き出す。


「最後だ。出し切ってくるんだ」


 横光会長は僕の肩に手を置いて言った。


「はい!」 


 そして僕は金網の中へ入る。決勝戦だけに凄い歓声だ。当然と言えば当然だ。特に僕とカッファン選手にお金を賭けた人にとっては、この決勝戦は大勝負なのだろうから。

 

 僕とカッファン選手は遠くからお互いにしっかりと確認する。カッファン選手は赤を基調として左右両側に金色のクールなドクロが描かれた、短パンサイズのぴっちりとしたファイトショーツを穿いている。テコンドーのズボンを脱ぎ捨て、完全に総合格闘技に適応してきた様子だ。

 

 選手コールだ。先に名を呼び上げられたカッファン選手にも次に呼び上げられた僕にも、大歓声が沸き起こる。選手コールの後、僕とカッファン選手はレフェリーの前で向かい合う。

 

「僕は君が決勝戦に来ると信じてました。ミスター梅宮、僕は君を倒すために今日まで凄い練習をしてきました。全力で戦って、今日は僕が勝ちます」


 レフェリーがルール確認をする中、カッファン選手がとても自然で丁寧な日本語で話し掛けてきた。

 

「望むところです。カッファンさん、僕も全力で行きますよ」


 レフェリーはシェイクハンドの合図を出す。僕とカッファン選手は両手でがっちりと握手をする。


 決勝戦試合開始のゴングが鳴り響く。

 

 第一ラウンド第二ラウンドの中盤まで、僕はともに苦戦を強いられる。カッファン選手の長いリーチに苦しめられてしまう。サンターナ選手と同じく前蹴りや横蹴りをたくさん浴びてしまう。タックルしようとする瞬間に、カッファン選手は前蹴りや横蹴りを放ってくる。タックルもさせてもらえない。僕はなんとか蹴りをキャッチしてテイクダウンを狙った。だが、柔軟性のある脚と強い腰で立ったまま粘られてしまう。おまけにその際に、高い打点からの打ち落とすような強烈なパンチを僕は顔面に何度も食らってしまう。

 

 上中下と様々に撃ち分けてくるトリッキーな蹴り。サウスポースタイルへの切り替え。これらによってガードも混乱させられてしまう。ガードを上げれば、下段蹴り、中段蹴り、中段後ろ回し蹴り。下げれば、上段蹴り、上段後ろ回し蹴りが飛んでくる。フェイントも多様してくる。まるで足を手のように器用に操っているようだ。

 

 第二ラウンド終盤になっても状況は改善しない……。打撃を食らいっぱなし……。体に異変を感じる一方だ……。準決勝のダメージが体のあちこちに残っているうえに、この決勝戦でもたくさんのダメージを受けてしまっている……。体中のあちこちに痣ができてしまっている……。恐らく顔面にも痣ができているはず……。

 

 左目の視界が悪い……。左目の上に違和感を感じる……。左目の上が腫れ上がっているのだろう……。鼻血と口からの出血も酷い……。口の中は血の味でいっぱいだ……。頭もくらくらする……。 

 

 気付いたら、いつの間にか第二ラウンド終了のゴングが鳴っていた……。


 結局、第一ラウンド、第二ラウンド、ともに僕は一度もテイクダウンすらできなかった。リーチの違いで完全に圧倒されてしまった。このまま判定まで行っても、間違いなく僕は五対〇で負けるだろう。


 この試合最後のラウンドインターバルへ。僕は疲労困憊の状態で椅子に座った。西田さんは僕の首の後ろにアイシングバッグを当てる。続けて山岸さんは僕の体を拭く。僕は西田さんにドリンクボトルの水を口に入れてもらう。横光会長の持つバケツへ水を吐き出す。当然、吐き出した水には血が混じっている。

 

「山岸さんだったらこういう状況の時、どうしますか……?」


 僕は山岸さんにそう聞いた。

 

「どうもしねえな。でもこの試合、どっちが騙してるかって言ったら、カッファンの方だ。お前は騙されまくってる。だから最後のラウンドは、お前が騙してやれ」

 

「……。騙す……。僕が忘れていたことだ……」

 

 僕は最後に西田さんにドリンクボトルの水を飲ませてもらう。ラウンドインターバル終了だ。


 ラストラウンド開始のゴングが鳴り響く。

 

 カッファン選手は僕に左の拳を向けている。僕はカッファン選手の左の拳に自分の左の拳をくっ付ける。これが決勝戦ラストラウンド開始のサイン。

 

 騙すんだ……。とにかく騙すんだ……。勇斗が教えてくれたあれしかない……。あれをやってみるしかない……。

 

 僕はカッファン選手の下段蹴りを受ける時に、それをカットせず効いている素振りを見せる。実際は、本当にもうカットすることもできないくらい疲労困憊なのだ……。しかも、僕の脚は痛みを通り越して感覚が分からなくなっている……。案の定、カッファン選手は容赦なく下段蹴りを連発してくるようだ。僕もカッファン選手のガードの意識を、顔面からボディーや脚に向けるように着手する。ボディーブローやローキックを打ち返す。

 

(騙すんだ! とにかく騙すんだ!)


 僕は自分の脳内に再びそう言葉を響かせた。

 

 だが騙すどころか、このまま下段蹴りを受け続ければ僕はダウンして立てなくなってしまうだろう。それでも僕はスタンドの打撃戦を長時間続ける。僕の脚はもうふらふらだ。カッファン選手も僕の脚が限界に近いことを明らかに悟っている様子だ。確実に脚だけを狙って僕を倒そうとしている。


「いっせー! 残り一分しか無いぞー! お前はグランプリチャンピオンなんだー! グランプリチャンピオンが負けていいと思ってんのかー!?」


 金網の外から西田さんの声が聞こえた。

 

(残り一分か……。西田さん……僕は負けたくないです……。絶対に倒れたくない……。勝ちたい……)

 

 カッファン選手の下段蹴りを食らいながらも、僕は踏ん張ってボディーブローやローキックを打ち返す。カッファン選手のガードの意識を下へ持っていくんだ……。


(もうすぐ試合が終わる……。狙え……。最後に狙うんだ……。勇斗が教えてくれたあれを……)

 

「今だー! 騙してやれー!」


 山岸さんの声が聞こえた……。

 

 ここだ。


「うおー!」


 僕はカッファン選手が右の下段蹴りを放つと同時に、カッファン選手のあごを目掛けて、最後の渾身の力を込めて右のブーメランフックを放った。

 

 このブーメランフックは見事にカウンターでカッファン選手の顎を捕らえた。強烈な威力で命中。言葉では表せないような、打った者にしか分からないような手応えがあった。カッファン選手は後方へ仰向けでダウンする。僕にはもう追い撃ちを掛ける力も残っていない……。カッファン選手は完全に失神している。レフェリーは慌ててカッファン選手の所へ行く。即座に試合終了の合図を出す。僕の勝利が決まる。

  

 またもグランプリ優勝だ。しかし僕は喜ぶ力すら残っていない。立っているのがやっとだ……。セコンドのみんなが駆け付けてくる。

 

「いっせー! 俺は最後の最後までお前を信じてたぜー! それでこそ俺の弟子だー!」


 山岸さんが興奮して大声で言った。

 

「うわー! いっせー! これでお前は文句無しの、正真正銘、最強のグランプリチャンピオンだー!」

 

「うっうっうっ……。一成、私はお前には、感謝してもしきれないくらいだ……」


 西田さんが泣きながらそう叫ぶと、横光会長も泣きながら言った。

 

 英語の場内アナウンスによると、試合決着時間は三ラウンド四分五十八秒。最後の最後にカウンターのブーメランフックで、僕の大逆転KO勝ち。


 その後、僕は優勝トロフィーが送られる。続けて、日本円換算で約十億円の優勝賞金八百万シンガポールドルの贈呈。そして、ザ・ファーストの代表から、真ん中に白く輝く白金の装飾がされてあるプラチナのチャンピオンベルトが僕の腰に巻かれる。M-0グローバルの時とは違うようだ。今度はプラチナの装飾。

 

(勇斗、これで二本目のチャンピオンベルトだ。僕の勝利は、僕の世界一の称号は、お前のものだ。このベルトも必ずまた、お前の所に持って行くからな。待っていてくれよ)


 第三話 二人の本心 へ続く……

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