第十話 ファンとの交流
僕達はファミレスで昼食を済ませた。その後、夕方までボウリングをして時間を潰す。そして山岸さんの愛車で水清公園へ向かう。
今、僕達六人は夕焼け空の下、水清公園の中を歩いている。たくさんの露店が並ぶ。人も多く賑やかな様子。露店商の元気な声と道を歩いている人達の話し声が入り交じって、僕の耳に入り込んでくる。露店の食べ物のとてもいい匂いが空気中に漂う。周りを見渡すと綺麗な桜が咲いている。茶色い道はピンク色混じりだ。
「うわー。ほんとにすげー綺麗だなー。琴音、今日はこっちに来て良かったな」
「うん。最高だよー。しかも凄い賑やかで、みんな楽しそうだね」
雪音が感激した様子でそう言うと、琴音ちゃんも同じく感激した様子で言った。
「水清公園は私も大好きな場所です。パパと初めて来た時は、私も本当に感動しました」
七海ちゃんが嬉しそうに言った。
「あそこに広場があるから、シート敷いて、みんなでゆっくり座ろうぜ。一成、わりーな。毛布持ってもらっちまって」
「山岸さんは準備がいいんですね。車の後ろにブルーシートと毛布を積んでたなんて」
山岸さんがブルーシートを持ちながらそう言うと、僕は感心しながら言った。
「まあな。俺は車で出掛ける時は、いつでもピクニック気分だからな」
僕達は広場に入った。広場にはすでにたくさんの様々な色のレジャーシートが敷いてある。人もたくさんいるようだ。もうすでに酒を飲んで飲み会をしている人達もいる。幸い、僕達のブルーシートを敷くスペースは十分ありそうだ。僕達はブルーシートを敷く。
みんなでブルーシートに座ると、山岸さんは横になり毛布を掛けた。
「悪いけど俺はちょっと仮眠するから、みんな、夜になったら起こしてくれ。夜になったら、露店で食い物でも買って、ゆっくり夜桜を堪能しようぜ」
「分かりました。運転で疲れてるでしょうから、山岸さんは夜までゆっくり休んでいてください」
山岸さんがそう言うと僕は山岸さんに休息を促した。
「おう。わりーな、一成」
「お姉ちゃん。ウチ、公園の中もっと回ってみたい」
「よし。じゃあもうちょっと回ってみるか。琴音」
いても立ってもいられない様子で琴音ちゃんがそう言うと、雪音が言った。
「雪音、琴音ちゃん。僕も一緒に行くよ。七海さんも咲良さんも、一緒に回りませんか?」
「はい。喜んで」
僕がそう誘いの言葉を掛けると、七海ちゃんが嬉しそうに返事をした。
「もちろんです。みんなで一緒に回りましょう」
咲良ちゃんも嬉しそうに言った。
水清公園の中を一周し、僕達は広場へ戻った。辺りはすっかり暗い。桜がライトアップされている。夜桜を堪能する時間だ。周りを見渡すと、どこもかしこも賑やかに飲み会をしている。
「師匠さーん。もう夜だよー」
琴音ちゃんが体を揺すって山岸さんを起こした。
「お、おう。ついに夜になったか。そんじゃ露店で食いもんでも買ってきて、夜桜でも眺めるとするか」
露店で買ってきた食べ物を食べながら、僕達はブルーシートの上で夜桜を眺める。すると、隣の花見客の賑やかな声が聞こえてくる。見ると、私服姿の男性と女性が数名。ワイシャツにネクタイ姿の男性が数名。ブラウス姿の女性が数名。どうやら会社関係の集まりらしい。全員二十代から三十代くらいの若い人達だ。
隣の花見客の一人の若い男性がふと近付いてきた。男性は手に一升瓶を持っている。二十代くらいだろう。ワイシャツにネクタイ姿。黒縁眼鏡を掛けている。
「もしやそこにいらっしゃるのは、ザ・ファーストのウェルター級チャンピオン、山岸勝選手では!? さらにそちらにいらっしゃるのは、M-0グローバル、ライト級グランプリのチャンピオン、梅宮一成選手では!? さらにさらにそちらにいらっしゃるのは、モデルのななみーさんでは!?」
男性が驚いた様子で聞いた。
どうやら、男性はかなり酔っ払っている様子だ。山岸さんの近くに来て、まじまじと僕達の姿を確認している。
「おう。あんちゃん。良く知ってるねー。全員当たりだよ。あんちゃん、もしかして格闘技ファンかい?」
山岸さんが男性にそう聞いた。
「はい。もう大ファンを超えて、超の付くファンです。見ましたよー。山岸選手のマウロー戦での、華麗な飛び膝蹴り。タックルを意識させておいて、タックルに入ると見せ掛けてからの、あの飛び膝蹴り。まさに頭脳プレイでしたねー」
「あんちゃんよー。なかなか分かってるじゃねーかー。あれ、最高に決まってただろ? 今までの俺の、ベストバウトだと思わねーか?」
「はい。本当に最高の試合を見せていただきました。何度見ても最高ですよー。ささ、山岸選手。コップをお出しください。僕がファンを代表して、お酒を注がせていただきますよ」
「ああ……飲みてーけど……俺……車運転しなきゃなんねーんだ……」
「あのー、山岸さん? グローブボックスの中に、初心者マークありましたよね? 僕にも保険が適用されるのなら、僕が運転しますよ」
山岸さんが残念そうにそう言うと、僕は自分の運転を提案した。
「……一応保険は大丈夫だが……いいのか一成……? 運転頼んでも……」
「はい。山岸さん、せっかくなので、どうぞお酒楽しんでください。こんなに熱いファンの方がいるなんて、素晴らしいことじゃないですか」
「わりーな、一成。じゃあ、せっかくだから飲ませてもらうぜ」
僕はスマートフォンで時間を確認した。もう十時。山岸さんがお酒を飲んだ後、隣の花見客と結局どんちゃん騒ぎに。僕と山岸さんと七海ちゃんは有名人なせいか、ツーショット写真をお願いされたくさん撮られた。酔っ払った山岸さんも、ここにいるみんなとお互いにツーショット写真を撮っていた。
お酒は飲んでいない雪音と咲良ちゃん。でも、なぜか酔っ払った人達に溶け込んでしまっている。雪音に至っては、飲んでいないのに酔っ払ってるようにしか見えない……。本当にみんな楽しそうだ。
しかし、七海ちゃんと琴音ちゃんがいない。どこへ行ったんだろう? どこかで酔っ払いに絡まれていなければ良いが……。心配だ……。
いた。七海ちゃんと琴音ちゃんは、広場の奥のベンチに二人で座って話をしている様子だ。七海ちゃんは僕から見て左側。琴音ちゃんは真ん中に座っている。
「一成さーん。三人で一緒に座ろー」
僕が近付くと、琴音ちゃんが手を振って呼び掛けてきた。
「七海さんと二人で、なんの話してたの? 琴音ちゃん」
僕は琴音ちゃんの空いている隣に座ってそう聞いた。
「うんとね、ウチとななみーさんだけの、秘密の恋バナだよ。あと、早くウチも大人になって、お酒が飲みたいなーって。お酒飲んで酔っ払って、みんな凄く楽しそうだから」
「まあ、お酒飲んでないのに、酔っ払ってるのも約一名いるけどね……」
「うふふ。雪音さんて、明るくて楽しい方ですよね。梅宮さんと雪音さんて、お付き合いしてもう長いんですか?」
僕がそう言うと七海ちゃんは僕に聞いた。
「いや、まあ、その、付き合ってると言うかなんと言うか……気が付いたらよく一緒にいて……」
「うふふ。梅宮さん、照れていらっしゃるんですか? 雪音さんは、綺麗で明るくて楽しくて、素敵な方です。梅宮さんも、凄くかっこ良くて優しくて素敵で、お二人とも、とてもお似合いですよ」
七海ちゃんがそう言うと、真ん中に座る琴音ちゃんが七海ちゃんの左手と僕の右手を恋人繋ぎにする。僕と七海ちゃんは驚きながらもお互いに受け入れてしまう。七海ちゃんの左手の中指には、やはりあの指輪が嵌めてある。僕は七海ちゃんといるとやっぱりドキドキしてしまう。
「ウチはね……一成さんとななみーさんも……凄く似合うと思うよ……。ななみーさんの待ってる人って……一成さんに似てるもん……。ななみーさんの待ってる人も……一成さんも……二人とも……強くて優しいヒーローみたいで……なんか凄く似てるよ……。すーすー……」
「ああ、ごめんなさい。七海さん。琴音ちゃんが勝手に……」
琴音ちゃんがそう言い寝てしまうと、僕は慌てて繋いでいた手を解いた。
「……寝ちゃいましたね。琴音ちゃん、梅宮さんのこと、大好きだって言ってましたよ。もし、お姉ちゃんがいなければ、一成さんのお嫁さんになりたいって、ずっと言ってました」
七海ちゃんが僕に言った。
「あはは……。そうですか。琴音ちゃんがそんなことを」
「うふふ。でも、お姉ちゃんには内緒だよ、って言ってて。なんかもう凄く可愛くって、私も妹が欲しくなっちゃいました。それから琴音ちゃんに言われて、なんとなく私も、梅宮さんと武虎くんの雰囲気が似てる、って思っちゃったんです」
「そ、そうですか?」
僕はドキッとして聞いた。
「うふふ。なんででしょうね? なんだか私も、梅宮さんのこと気になっちゃって。でもこんなこと、雪音さんには言えないですね。うふふ」
「ああ、いや、そんな、雪音とはいつも一緒にいるってだけで……。そんな正式な恋人とか、そういう感じでは……」
「梅宮さん、琴音ちゃんをみんなのいる所で寝かせてから、少しだけ、二人でどこかへ行きませんか?」
「え、あ、僕なんかで良ければ……」
第十一話 墓場まで へ続く……




