第九話 オークション
僕達は日本へ凱旋帰国した。僕は今回、父さんと母さんだけでなく、雪音の家族にもジャカルタのお土産を渡した。今回のお土産はマンゴーケーキとカシューナッツとジンジャーティー。みんな喜んでくれたので良かったと思う。
今はまだ春休み。今日は山岸さんが車で僕と雪音と琴音ちゃんを乗せて、勇斗のお見舞いへ連れていってくれることになっている。平日だが横光道場も休み。今日は完全にオフ。山岸さんとは近くのコンビニで待ち合わせをしている。今は山岸が迎えに来てくれるのを待っているところだ。
快晴の中待っていると、ぴかぴかの青いミニバンの外車がコンビニの駐車場にやって来た。続けて山岸さんがその車から降りてくる。
「山岸さん! それ外車ですよね。今日は例の黒い車じゃないんですか!?」
僕は驚いて山岸さんに話し掛けた。
「ああ。あの車はもう売っちまった。今はこれが俺の愛車だ」
「うわー、すげー。外車かよ」
「わー、ぴかぴかー。凄く綺麗な車~」
雪音が驚いたようにそう言うと、琴音ちゃんも感激した様子で言った。
「さあ、乗った乗った。行くぜ、野名まで」
山岸さんが元気良く言った。
山岸さんの新しい愛車の青いミニバンの外車で、僕達は勇斗の家へ向かう。僕は助手席に。雪音は二列目後部座席の左側に。琴音ちゃんは二列目後部座席の右側にそれぞれ座っている。
「山岸さん、今日はありがとうございます。わざわざこんな凄い車まで、出していただいて」
僕は山岸さんにそうお礼を言った。
「気にすんな。一成。俺は個人的に、お前のダチに興味があってな。それに俺がマウローに勝てたのも、元はお前のダチのアドバイスのおかげだ。……。あっ、そうだ。わりー、一成。前のボックスから眼鏡取ってほしいんだ。眼鏡ケースから出して渡してくれるか? 伊達眼鏡だが、掛けてた方が安全運転に意識が行くからな」
「はい。眼鏡ですね。分かりました」
僕はグローブボックスを開け、その中から眼鏡ケースを取り出す。眼鏡ケースを開けると黒縁眼鏡が入っているようだ。僕は山岸さんに黒縁眼鏡を渡す。渡すと、山岸さんは黒縁眼鏡を掛けた。グローブボックスの中に眼鏡ケースをしまおうとすると、僕は二枚の初心者マークを発見する。
「あのー、山岸さん。まだ初心者マーク持ってるんですか?」
グローブボックスを閉じて僕は聞いた。
「ああ。あれはかみさんのだ。うちのかみさん、免許取ってからまだそんなに経ってないんだ」
「そうだったんですか。じゃあ僕と同じですね。僕もまだ一年経ってないんですよ」
「まあ、年月よりも大事なのは安全運転ってことだ。俺もさすがにこの車じゃ、乱暴な運転はできねー。みんな大丈夫か? 酔ってねーか?」
「うん。大丈夫だよ。快適~」
山岸さんがそう聞くと琴音ちゃんは爽やかに答えた。
「そっか。良かった」
「さすが一成さんの師匠さんだね。お姉ちゃんとウチも乗っけてってくれるなんて」
「ああ。ほんとありがとな。師匠さん」
琴音ちゃんがそう言うと雪音がお礼を言った。
「いやー、一成にも雪音ちゃんにも琴音ちゃんにも、早くこの車見せびらかしてやりてーって感じで、うずうずしてしょうがなかったんだ。こっちこそ、ご乗車ありがとうございますって感じだぜ」
「山岸さん。この車、最高に乗り心地いいですよ」
山岸さんがそう言うと僕も心を込めて言った。
「だろー、一成。それを聞けて俺は大満足だ」
「なあ、一成。前に言ってた水清公園って、どんな感じなんだ?」
雪音が僕に聞いた。
「ああ。今はちょうど花見のシーズンで、桜が綺麗に咲いている頃だと思う。特に夜は凄く綺麗だよ」
「じゃあ、夕方くらいになったら行ってみるか。俺も花見したい気分だしな」
僕がそう言うと山岸さんが言った。
僕達は勇斗の家に着く。玄関で勇斗のお母さんにワッフルの詰め合わせを一箱渡す。普通のワッフルと地元特産とちおとめを使った、イチゴ味のワッフルの詰め合わせだ。すると、勇斗のお母さんはお返しに、野名の有名なせんべい屋のせんべいの詰め合わせを一箱くれた。
玄関の靴棚を見ると、女性物のスニーカーとローヒールが混在している。もしかしたら、咲良ちゃんと七海ちゃんが来ているのかも知れない。スニーカーが咲良ちゃんだろうか……? 一方、ローヒールが七海ちゃんだろうか……?
そして僕達は勇斗の部屋に入った。やはり、そこにはすでに咲良ちゃんと七海ちゃんがいた。どうやら、テーブルの上にある花瓶の花を二人で取り替えていたようだ。
今日は快晴で春の快適なちょうどいい気温。窓のカーテンは適度に開けてある。その内側の白いレースカーテンだけが閉め切ってある。外の光がほんのり射し込む。部屋の電気はついていないものの、程好い明るさだ。
「あ、梅宮さん。勇斗のお見舞いに来てくれたんですか? それに梅宮さんの祝勝会で、ご一緒させていただいた皆さんまで」
咲良ちゃんが話し掛けてきた。
「一成さんの大切なお友達だもんね。勇斗さんって。だからウチらも勇斗さんが目覚めるように、勇斗さんにパワーを与えに来たの」
「まっ、そういうことだよ。咲良っち」
琴音ちゃんがそう言うと雪音が言った。
「わざわざありがとうございます。皆さん、勇斗のために」
咲良ちゃんがお礼を言った。
「なあ、咲良ちゃん。もしかしてそこの勇斗ってのは、君の彼氏か?」
山岸さんが咲良ちゃんに聞いた。
「はい。高校の時、私が勇斗に告白して、彼女にしてもらったんです」
「そうか。彼は無事だったら、間違いなく無敵のチャンピオンになってただろうよ。彼のアドバイスを一成が教えてくれてよ。それでこの前、大事なタイトルマッチに勝つことができて、俺はウェルター級の世界チャンピオンになれたんだ」
「確かに、勇斗は本当に、格闘技のことばっかり考えてましたから……。山岸さん、おめでとうございます」
「ああ。サンキュー。でも、寝た切りじゃ礼を言っても仕方ねーから、目覚めたらでいい。山岸って奴が礼を言ってたって、勇斗に伝えておいてほしいんだ」
「分かりました。伝えておきますね。世界チャンピオンが感謝してたって聞いたら、勇斗はきっと喜ぶと思います」
「お久しぶりです。梅宮さんに皆さん」
咲良ちゃんがそう言うと、今度は七海ちゃんが話し掛けてきた。
「ななみーさん。ウチのこと覚えてる?」
琴音ちゃんが七海ちゃんに聞いた。
「うん。覚えてるよ。雪音さんの妹さんの琴音ちゃんだよね」
「わーい。やったー。有名な美人モデルさんに覚えてもらえてるなんて、ウチ凄く嬉しー」
「良かったな。琴音。ななみーに覚えててもらえてて」
琴音ちゃんがそう喜びの声を上げると、雪音が嬉しそうに言った。
依然として勇斗は目覚めていない。当然、左腕には点滴がしてある。しかし、以前とは違い髪がセミロングの長さくらいまで短くなっている。以前はもっと長かったので多分切ったのだろう。
七海ちゃんが僕にくれたあの写真は元通り。どうやらまた現像したようだ。
僕、雪音、琴音ちゃん、山岸さんの四人は、順番に交代で勇斗の右手を握っていく。それを見て、咲良ちゃんと七海ちゃんは少し涙ぐんでる様子だ。
「おい、一成。そこのテーブルの上に置いてあるのは、もしかして、お前がM-0グローバルのグランプリで、優勝した時のベルトじゃないのか?」
勇斗の手を握り終えると、テーブルの上を眺めて山岸さんが僕にそう聞いた。
「はい。総合格闘技のチャンピオンベルトを獲るのは、元々勇斗の夢ですから。早く目覚めることを願って、僕が置いたんです。次にまたベルトを獲った時も、置こうと思ってます」
「……そ、そっか……」
「山岸さん、どうかしたんですか?」
「あ、いやー、お前は大したもんだなと思ってよ。俺はな、ベルトはオークションに出して、もう売っちまったんだ。凄かったぜー。ドバイの格闘技マニアの富豪がよー、ダンクラスのベルトは五万ドル、ザ・ファーストのベルトは十三万ドルで落札しやがってよ。両方合わせてなー、俺は約千八百万円くらい儲けちまったんだ。かみさんも泣いて喜んでたし、まだ幼稚園児の息子の凌馬も、パパ凄いよパパ凄いよ、って大喜びでよ」
山岸さんの話を聞いた僕達は言葉が出ない……。みんな呆気に取られている……。チャンピオンベルトを売るなんて……。山岸さんは違う意味でも大物過ぎる……。あの青いミニバンの外車は、そういうことだったのか……。
「ところでそろそろ昼飯の時間だな。どっかファミレスにでも行くか?」
「行こー行こー」
山岸さんがそう切り出すと琴音ちゃんがはしゃいだ。
「咲良ちゃんとななみーはどうする? 今日、もし空いてるんだったら、俺達と一緒に来るか? 夕方くらいには、水清公園に花見に行く予定なんだが。一緒に来るんなら、俺の愛車で乗っけてくぜ。ちなみに今日は、もちろん全員俺の奢りだ」
山岸さんが咲良ちゃんと七海ちゃんに誘いの言葉を掛けた。
「はい。私も七海も今日は大丈夫です。七海、一緒に行きたいよね?」
「うん。水清公園、凄く行きたい。是非、私達もご一緒させてください」
咲良ちゃんが嬉しそうにそう言うと、七海ちゃんも嬉しそうに言った。
「よし。決まりだな。じゃあ行くぞー」
山岸さんが元気良く言った。
第十話 ファンとの交流 へ続く……




