第八話 不敵な笑み
ついに試合開始のゴングが鳴り響く。
タイトルマッチの始まりだ。まずはお互いに距離を探り合っている感じだ。山岸さんとマウロー選手は、お互いに左ジャブを軽く出し合っている。
山岸さんはタックルで飛び込む。マウロー選手はタックルを切って山岸さんを突き放す。さすがチャンピオン。タックル対策も完璧。マウロー選手は右ローキックを放つ。山岸さんも左膝を上げてカットする。さすが僕の師匠。ローキックのカットも自然と行っている。山岸さんは右ローキックを返す。同じくマウロー選手も左膝を上げてカットする。
しばらく続いている……スタンドの打撃戦が……。
山岸さんも決してスタンドの打撃戦で負けているわけではない。しかし、なんと言っても相手は立ち技のスペシャリスト。やはりなんとかしてグラウンドに持ち込みたいところ。
「山岸さーん! パンチ出しながら組み付きましょー!」
僕は金網の外から大声を出した。
「捕まえたら、足使ってテイクダウンっすよー!」
西田さんも金網の外から大声を出した。
山岸さんは左右のパンチを連打していく。連打しながら、マウロー選手に脇を差して組み付く。組み付くと、透かさず左足を使い小外刈でマウロー選手の右脚を払う。テイクダウンに成功。しかし、マウロー選手は倒されながらも、透かさず両脚を山岸さんの腹部へ咄嗟に巻き付けた。テイクダウンこそできたがガードポジション。山岸さんが上からパンチや肘打ちを浴びせようとする。マウロー選手は山岸さんの腕を握ったり、脇で挟んだりして対処する。完璧な防御だ。
しばらく続いている……この状態が……。
どうすればいいんだ……? そうだ。金網に押し込めば活路は開けるはず。
「山岸さーん! 金網に押し込みましょー!」
僕は金網の外から大声を出した。
すると、山岸さんはじりじりと金網に向かっていく。続けてマウロー選手を金網に押し込む。マウロー選手は背中の金網によって上体を起こされる。上体を起こされると、山岸さんに左右のパンチの連打を浴びせられる。僕の推測は間違っていなかった。僕はこれを狙っていた。しかし、マウロー選手は今度は両足で山岸さんの体を蹴り飛ばす。またスタンドからの仕切り直し。
「やまさーん! あと一分っす! 蹴り気を付けてくださーい!」
西田さんが金網の外から大声を出した。
その後、マウロー選手はタイミングを見計らう。見計らうと、お返しとばかりに強烈な左ミドルキックを放つ。山岸さんはこれをガードした。直後、マウロー選手は山岸さんのがら空きの顔面へ強烈な右ストレートを放つ。山岸さんはこれをまともに顔面に食らってしまう。食らうと、後方へ吹っ飛んでダウンしてしまう。しかし意識はしっかりしている。追い打ちを掛けるように、マウロー選手はサッカーボールキックを連打する。山岸さんはこれを全て上手く交わす。凄まじい勘と動体視力だ。そして、この途中第一ラウンド終了のゴングが鳴らされる。
ラウンドインターバルへ。リングとは違い、セコンドは全員金網の中に入っても良いことになっている。椅子とタオルを持って僕は中に入った。西田さんはアイシングバッグと水の入ったドリンクボトルを持って中に入る。横光会長はバケツを持って中に入る。西田さんはドリンクボトルのキャップを開け山岸さんに渡す。続けて、山岸さんの首の後ろにアイシングバッグを当てた。僕は椅子に座った山岸さんの体を拭く。
「ごくっごくっ……。どうだった? 一ラウンドの印象は? さっきは、いいパンチ貰っちまったけどよ……」
「僕は、山岸さんが優勢に見えましたよ。さっきのパンチだって、意識が飛んだわけじゃないですから」
山岸さんの問いに僕はそう答えた。
「一成、前にお前、相手の武器は同時に弱点だ、って言ってたよな?」
「はい。それから格闘技は騙し合いで、騙した奴が一番強いんです」
「……そうか。ありがとよ。いいヒントを貰ったぜ」
第二ラウンド開始のゴングが鳴り響く。
開始早々に山岸さんはタックルで飛び込む。しかし、やはり切られてすぐに突き放されてしまう。その後も激しい打撃戦の中で、隙を見ては何回もタックルで飛び込む。その度に切られて突き放されての繰り返し。おまけに突き放すと同時に、マウロー選手はミドルキックを放つようになってきている。山岸さんはガードしているものの、何発もミドルキックを食らっている様子だ。
しばらく続いている……この状態が……。
山岸さんの表情が変わった。笑っているのだろうか……? 山岸さんは不敵に笑っている……。何かを狙っているのだろうか?
またも、山岸さんはタックルで飛び込もうとした。マウロー選手はそれを切るためにがぶろうとする。その瞬間。タックルに飛び込む動作をした直後、山岸さんはがぶろうとしているマウロー選手の顔面に右の飛び膝蹴りを浴びせた。マウロー選手は後方へ吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶと仰向けでダウンする。完全に失神しているようだ。
山岸さんは右腕を上げている。ガッツポーズだ。レフェリーは慌ててマウロー選手の所へ行く。そして試合終了の合図を出す。山岸さんの勝利が決まる。僕達セコンドは一斉に山岸さんの所へ駆け付けていく。
「山岸さん! 最後、メチャクチャかっこ良かったですよー! さすが僕の師匠です!
僕は興奮して大声で言った。
「うわー! よっしゃー! これでやまさんが、ウェルター級のチャンピオンだー!」
「うっうっうっ……。勝……」
西田さんが泣きながら大声でそう叫ぶと、横光会長も泣きながら呟いた。
英語の場内アナウンスによると、試合決着時間は二ラウンド三分五秒。飛び膝蹴りで山岸さんのKO勝ち。
山岸さんは本当に凄い人だ。永遠に僕の師匠だ。山岸さんは以前に、国内団体ダンクラスのライト級でもチャンピオンになっている。「俺がウェルター級を制覇すれば、横光道場は俺とお前で二階級制覇になる」と言っていた。だが、実際は一人でも二階級制覇をやってのけてしまった。
夜、ジャカルタの宿泊ホテルの部屋で、僕と山岸さんは二人っきりで過ごす。僕と山岸さんの二人が同じ部屋で、隣の部屋が西田さんと横光会長の二人なのだ。とても部屋の中は静かだ。天井の常夜灯が暗い部屋の中を少しだけ照らしている。
僕は今、ベッドの上に座ってスマートフォンで某巨大掲示板を見ている。画面の左上を見ると、もうこっちの現地時間で十一時を過ぎていた。もうすぐ今日も終わってしまう。どうやら、某巨大掲示板の住人達も山岸さんの勝利に酔いしれている様子だ。山岸さんは窓際のテーブルの椅子に座っている。座ってジャカルタの夜景を見ながら、缶ビールを飲んでいるところだ。
「なあ、一成。今日の試合な、お前のアドバイス、マジで助かったぜ。お前、格闘技は騙し合いで、騙した奴が一番強いって言っただろ? あれでラウンドインターバルの時、吹っ切れてよ。二ラウンド中、何回もタックルして、マウローのガードの意識をタックルに向かわせたんだ」
山岸さんが僕に話し掛けてきた。
「そう言えば、山岸さん試合中、少し笑ってましたね」
「ああ。あの時には、もう負ける気がしなくてよ。早く飛び膝蹴り食らわしてやりてーって、うずうずしててな。そんでもって、あれが決まった時はもう爽快だったぜ。一成、お前は天才だ。この俺に、あんなとんでもねーアドバイスくれるんだからよ」
「あ、いえ。実はあれ、僕の親友が教えてくれたアドバイスなんです」
「なんだ? お前のダチもなんか格闘技やってるのか?」
「はい。でも、数年前にある事故があって、今は自宅療養で、意識不明の寝た切りの状態になっていて……。僕はそいつの夢を継いで、総合格闘技を始めたんです……」
山岸さんの問いに僕はそう事情を明かした。
「へえー。じゃあ俺も、そのダチに礼言っとかねーとな。日本に帰ったらよー、早速そいつんとこ、案内してくれねーか?」
「はい。もちろんです。山岸さんに来てもらえるなんて、僕も勇斗も光栄ですよ」
「勇斗っていうのか。いい名前だ。そいつが無事だったら、間違いなく敵無しのチャンピオンになってただろうよ」
第九話 オークション へ続く……




