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第六話 決断と後悔


 僕達は上りの第一休憩所、黒髪崎くろかみざきで一旦休憩することにした。そこの展望台から山の景色を堪能する。展望台から見た山はなんとも言えない絶景だ。黄色い葉やオレンジ色の葉がところどころに混在している。水色の快晴の下に映る緑と黄色とオレンジ色の色彩が、僕の目に焼き付く。

 

 山の景色を堪能した後、僕達はまた車に乗った。今度は明智崎あけちざきを目指す。

 

 運転中、僕達は凄い迫力で追い抜いていく黒いスポーツカーに遭遇した。しかも、後ろから見るとマフラーからアフターファイヤーが出ている。あれはこちらに対する完全な勝利宣言か? しかし、意地になって張り合ったところで、僕が運転してる軽のワゴンとは馬力も排気量も違いすぎる。勝ち目は無い。僕はその車の後ろ姿を拝むことしかできない。雪音と琴音ちゃんはなんだかポカーンとしている様子だ。当然だ。あっという間に抜き去られて置き去りにされたんだから。


 さあ、第二休憩所の明智崎に到着。駐車場は満車ではない。だが、たくさんの車が駐車してあるようだ。空いている場所を探していると、僕はさっきの追い抜いて行った黒いスポーツカーを発見した。

 

 なんと、車の近くに立っているのは山岸さんだ。僕は車を黒いスポーツカーのすぐ近くに駐車した。駐車すると、ドアを開けて外に出る。

 

「山岸さん! その車、山岸さんのだったんですか!?」


 僕は驚いて山岸さんに話し掛けた。

 

「よう。一成じゃねーか。なんだ? その初心者マーク付けてた車、お前が運転してたのか?」


「あ、まあ、はい」


「そんで、そっちのねーちゃんと女の子は、お前の彼女か? ははーん。つまり、どうどうと二股かけてデートってわけか。お前もやるもんだな。俺もお前くらいの年の時は、数々の修羅場を潜ったもんだ」

 

「二股なんて、そんなわけないじゃないですか。でも、こっちの雪音とは同じ短大に通っていて、ほとんどいつも一緒にいることは確かです。で、こっちの子は琴音ちゃんといって、雪音の妹さんです」

 

「一成、この人誰だ?」


 雪音が小声で僕に聞いた。

 

「この人は山岸さんっていって、僕の総合格闘技の師匠だよ」

 

「そう言えば、ネットのニュースに書いてあったな。負傷した山岸っていう人に代わりに、一成が出たって」

 

「一成さんの師匠さん? 確かに凄く強そうな感じがするー」


 琴音ちゃんが興味津々に山岸さんを見てそう言った。

 

「なあ、一成。せっかくだから、男同士二人だけで話さねーか?」


 山岸さんが言った。


「え? 二人で……? あ、仕事のことですかね?」


「ま、そんなとこだ。わりーな、一成の彼女達。ちっと一成と、二人だけで話させてくれねーかな? 金出してやるから、二人でロープウェイにでも乗ってきてくれ」


 雪音と琴音ちゃんはロープウェイに乗りに行く。僕と山岸さんは駐車場に残って二人だけで話をすることにする。山岸さんは僕と何を話そうと思っているのだろうか?

 

「なあ、一成。総合は楽しいか?」 


 ふと山岸さんが僕に聞いた。

 

「はい。殴られても蹴られても痛いし、関節技も痛いし、首絞められるのは苦しいですけど、何度でも、あの勝利の花道を通りたいです。だから楽しいを通り越して、自然とやっているって感じです」

 

「そうか。俺はそれを聞けて安心したぜ。ライト級ではお前に、この先も期待してるからな。俺はな、実は七七キロ付近のウェルター級に、階級を上げようと思ってるんだ」


「え? どうしてですか?」


「俺がウェルター級を制覇すれば、横光道場は俺とお前で二階級制覇になる。元々柔道やってた時代は、八一キロ級でやってたんだ。元々食う方だからライト級だと、食事制限がきつくてな。ウェルター級の方が俺にとっちゃ、体重調整もしやすい。それに、俺はお前の師匠でもある。だから、いつもお前より強い場所にいないといけねー」

 

「そうですか。僕は山岸さんなら、ウェルター級でも勝ち抜いていけると思いますよ。僕もグランプリで山岸さんにはお世話になったので、是非協力させてください」

 

「ああ。これからも頼んだぜ。一成。ところでよー、あっちのねーちゃんの方、お前の彼女なんだろ。お前は彼女のこと、本気で好きなのか?」


 山岸さんはそう言って急に話題を変えた。

 

「あ、あのー、なんでそんなこと聞くんですか?」

 

「俺はよー、ほんとに好きだった女とは、結婚できなかったんだ。つまり、かみさんは実は本命の女じゃなかったんだ。ほんとに好きだった女には、つい意地張っちまって、素直に気持ち伝えられなくてよ。結局いつの間にか、疎遠になっちまって。苦しかったぜ。ほんとに好きだった女が、もう別の男と付き合ってんじゃねーだろうか?とか、もう別の男と結婚してるんじゃねーだろうか?とか、すげー考えちまってな」


「あ、まあ、それは辛いですね……」


「でもよー、一緒にいるうちにこいつといるのも悪くねー、いや、こいつとならこの先やっていけるって思ってよー。それで気が付いたら、かみさんと結婚してたんだ。本当に好きだった女とは別々になっちまったけど、俺は全く後悔はしてねー。かみさんと結婚して、今は結果的に良かったと思ってる。人生は難しいもんだ。正しい選択もねーけど、間違ってる選択もねー」

 

「山岸さん……。実は僕も一緒です……。雪音は好きとか愛してるとかいうより、気が付いたらずっと一緒にいて、いつも僕の側にいて、いつも僕を見てくれている女性なんです……」

 

 僕は自分の気持ちをそう打ち明けた。


「その様子だとどうやら、他に本当に好きな女、本命の女がいるって感じだな……。その本命の女が、別の男と付き合ってたら苦しいか? 他の男と結婚したらどうだ?」

 

「苦しいですし、考えただけでも辛いです……」


 七海ちゃんのことが、真っ先に浮かんだ……。

 

「今の彼女はどうなんだ? 同じく苦しいか?」

 

(雪音が違う男の人と一緒にいる姿なんて、僕は想像したことも無かった……。でも、よく考えるとやっぱり苦しい……。僕は雪音がいつも側にいてくれると、思い込んでいるんだ……。僕にとって、雪音はすでに七海ちゃんと同じくらい、大きな存在になっているんだ……)

 

「正直言って苦しいです……」


 山岸さんの問いに僕は自分の胸の内をそう明かした。

 

「一成。男にはいつか必ず、決断しなきゃいけねー時が来る。だがその決断に、後悔だけはするなよ」


「はい……」


 その後もしばらく、僕と山岸さんは会話をした。すると、ついに雪音と琴音ちゃんがロープウェイから帰ってきたようだ。

 

「雪音、どうだった? 山の景色は絶景だったか? それから琴音ちゃんも、楽しかったかな?」


 僕は二人にそう聞いた。

 

「ああ。絶景だったよ。ま、琴音の方はすげー怖がってたけどな」

 

「うん。怖かったけど、凄く綺麗だったよ」


 雪音がそう言うと琴音ちゃんも言った。

 

「ねーちゃん達も戻ってきたことだし、俺はそろそろおさらばするぜ。一時だ。まだ昼飯時だから、お前らはそこのレストランで飯でも食って、少しゆっくりしていけ。俺は膝の怪我ももうすぐ治る。そしたらまたスパーリング頼むぜ、一成。それまでとりあえずは毎日、道場に顔は出すからよ。じゃあな。また明日からよろしく頼むぜ」


 山岸さんが腕時計を確認してそう言った。

 

「あ、はい。こちらこそお願いします」


 僕は言った。

 

 そして山岸さんは背中を向け手を振った。手を振ると、車に乗り込み行ってしまう。

 

 僕達三人はレストランで昼食を済ませた。昼食を済ませると、山の景色を眺めたり、スマートフォンで写真を撮ったり、お土産を買ったりしてゆっくりしていく。その後、高禅寺湖こうぜんじこには向かわず、そのまま、いろはに坂の下りへ向かい帰ることにした。そして、東北自動車道を使い佐野本市へ帰る。


 帰ってきても、僕にはまだやることがあった。それはいつものトレーニング。夜、僕は公園でトレーニングを終える。ベンチで休憩していると、雪音が自転車でやって来た。ほとんどいつもはトレーニング前に来ているのに、今日は随分と遅い到着だ。来ないから、今日はドライブでさすがに疲れて今頃寝てるんじゃないかと思ったのだが……。雪音と一緒に誰かがもう一輪自転車に乗ってきている。琴音ちゃんだ。

 

「一成さん、もうトレーニング終わっちゃったの?」


 琴音ちゃんは自転車を駐輪すると、僕に近付いてきて話し掛けてきた。

 

「うん。今日はもう終わりだよ」

 

「こいつ、自分も公園行きたい行きたいって、うるさくってさ、夜遅いからって止めたんだけど、あまりにうるさいから、仕方なく連れてきたんだよ。お前のせいで一成のトレーニング、もう終わっちまったじゃねーかよ。このバカ妹がー」


「だって、行きたかったんだもーん。一成さんに会いたかったんだよー」


 雪音が呆れてそう言うと琴音ちゃんが言った。

 

「雪音は意外と過保護なんだな。母親になったら、案外教育ママになりそうだ」


 僕は言った。

 

(最初会った時は、ギャルだったからそんなイメージは無かったけど、なんだかんだ言って、姉妹の長女だからしっかりしてるんだな。雪音は。でも、僕も三人兄妹の長男で、特に姫華には過保護だったから、気持ちは分かる……)

 

「今日はドライブへ行ったのに、琴音ちゃんは眠くないの?」


 続けて僕は琴音ちゃんにそう聞いた。

 

「うん。車の中で寝てたから大丈夫だよ」

 

「琴音ちゃん、僕とシーソーでもやるかい?」

 

「うん。やるー」

 

「わりーな、一成。バカ妹の世話させちまって」

 

「いいよ。なんか僕も、久しぶりに遊びたい気分だからさ」


 雪音が申し訳なさそうにそう言うと、僕はこう言葉を返した。

 

 その後、結局雪音も加わった。僕達三人は夜遅くまで、子供のように公園の遊具で遊んでしまう。


 第七話 ジレンマ へ続く……

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