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第五話 休日のドライブ


 夏休みが明けた。僕はまた短大生として学生生活を送る。今は空き時間。僕はパソコン室のほぼ中央にいて、椅子に座りパソコンを使い課題に取り組んでいる。僕が専行している栄養学に関する課題のレポートを作成しているところだ。ゼミの担任の男性教授、奥山おくやま教授から新学期早々に出された課題だ。

 

 雪音も僕の左隣に座っていて、僕と同じ課題に取り組んでいる。周りを見渡すと女子しかいない……。

 

 それにしても周りが騒がしい。何やら周りの女子が少し騒いでいる。そこから一人の女子がこちらに歩いてくる。続けて僕に話し掛けてきた。僕と雪音と同じ健康栄養学科の藤田ふじたさんだ。

 

「ねーねー、もしかして梅宮くんてー、夏休みの間どこか外国へ行ったー? それでー、何か大きなことしたんじゃなーい?」


 藤田さんがにやにやしながら僕にそう聞いた。


「え……? なんのことかな……?」


「例えばー、総合格闘技でー、世界チャンピオンになったー、みたいなー」

 

「え、いや、ええと、人違いじゃないかなー……」

 

 雪音にも知らせていないのに、ここで正直に「僕が総合格闘技の世界チャンピオンです」などと言えるわけがない……。そもそも、雪音には「体力強化のために自転車で旅に出ていた」と嘘を付いている……。さらに、顔の怪我に関しても「自転車で大きい石を踏んづけて、前のめりに転んで顔面を強打した」と嘘を付いているのだ……。

 

「でもー、証拠あるんだよねー。ほらー、この記事とかー、この写真とかー」


 しかし、藤田さんは僕の腕を引っ張って、彼女の席のパソコンの画面を僕に見せてそう言った。

 

 さすがにこれはもう隠し通せなくなってきた……。観念しよう……。

 

「……藤田さん、できればこのことは、内緒にしてもらいたいんだけど……」


 僕は藤田さんにそう頼んだ。

 

「そんなこと言われてもー、ほらー、梅宮くんさー、今~、自分の周り見てみなよー」

 

 僕は周りを見渡す。なんだか、いつの間にか女子に囲まれている……。

 

 しかも大きな黄色い声が聞こえてくる。


「きゃー! 梅宮くーん! お願いだから私のこと彼女にしてー!」


「梅宮くーん! 一緒に写真撮ってー!」


「梅宮くーん! サインちょうだーい!」


「かっこいー! 私ハグされたーい!」


「きゃー! お姫様抱っこお願~い!」


「服脱いでー! 筋肉見たいー!」


「きゃー!」「きゃー!」「きゃー!」

 

 何がなんだか分からない……。女子が僕の周りに殺到している……。完全に囲まれていて、身動きが取れない……。しかも四方八方、女子の体が密着している……。

 

 僕の上半身のあちこちに、女子の胸が当たっている……。これは大変だ……。どうすればいいんだ……? これは、僕が女子にモテているってことなのか……?

 

(勇斗……世界チャンピオンになるってことは、本当に凄いことなんだな……。そしてモテる男って、実は辛いんだな……。女はいちいち面倒臭いと言っていた勇斗の気持ち、今なら凄い分かるよ……。あはは……)


 何やら大きな怒鳴り声が聞こえる。


「こらー! 一成はウチの彼氏だっつーの! あんた達! 気安くべたべた触るんじゃねー! ほら! 早く散った散った! ほら! 早くどけっつーの!」

 

 雪音の声だ。


 雪音が女子の群を掻き分けると、僕に群がっている女子は散って去っていく。

 

 捨て台詞を残しながら……。


「梅宮くーん、早く別れてねー」


「私と付き合った方が、絶対いいよー」


「梅宮くん、今度は、私も外国に連れていってね」


「梅宮くんには、私がぴったりだと思うよー」


 雪音のおかげで僕はやっと解放された。しかし本当に凄かった。あんなに女子に群がられたのは生まれて初めてだ。何せ、過去の僕は基本的に女子からは軽蔑の対象だったから。


「自分から言わねーから、ずっとスルーしてやってたけど、一成が総合格闘技の世界チャンピオンになったの、ウチ知ってたんだぜ」


 レポート課題に戻ると雪音は呆れてそう言った。


「……え……それほんと……?」


「別に隠さなくたっていいだろー。そもそも、ネットでトップニュースになってたし、あの時、顔中が痣と絆創膏だらけだったから、すぐ分かっちまったっての。自転車で転んだとか言って、変な嘘付きやがってさー」


「あ……あ……」 


 どうやらばれていたらしい……。インターネットでトップニュースになっていたのは知っていたが、まさか雪音の目に付くなんて……。「トップニュースなんてどうせすぐ変わるだろう」と思っていたが、僕の考えが甘かった……。やはりインターネットの力は恐ろしい……。

 

「……でもチャンピオンだろうがなんだろうが、ウチにとっちゃ、一成は一成だよ……。琴音には、ねーちゃんの彼氏、すげーだろすげーだろ、って自慢してやったけどな。でも、琴音もしばらくは、わざとスルーしてやってくれって、頼んどいたんだよ。ウチも琴音も、知っててずっとスルーしてたんだよ。あっはっは」


 雪音は明るく言った。


「知ってたのか……。雪音も琴音ちゃんも……」

 

「知ってても本人が言わないなら、あえて聞かないってのが、美学ってもんだろ。それにさ、一成がすんげー努力してるの、毎晩あの公園でトレーニング見てるウチが、一番よく知ってるって」


 雪音は本当に毎日、公園での僕のトレーニングを見守ってくれている。雨の日も風の日も。


 僕が世界一好きな女性は七海ちゃんだ。


 でも、いつも僕の側にいて世界一僕を見てくれている女性は雪音だ。


 新学期早々から、僕は女子に囲まれるほどの有名人になった。だが、そんな平日を終え今日は日曜日。今日は朝から雪音と琴音ちゃんを車に乗せて、県内の日光田にっこうだ市へドライブに行く予定だ。まだ九月中旬で紅葉シーズンではないが、日光田市のいろはに坂を車でドライブする予定なのだ。十月の紅葉シーズンは渋滞してしまう。よって、今のうちに行っておくのが懸命だと思っている。今の時代、紅葉の写真はインターネットにいくらでも溢れている。特に時期にこだわりは無い。

 

 ちなみに乗って行く車は、昔母さんが乗っていたクラシック型の水色の軽のワゴン。母さんは病気でもう長らく車に乗っていない。僕が乗って良いことになったのだ。すでに、中にはポータブルのカーナビを搭載してあり、車の前後には初心者マークを貼り付けてある。

 

 僕はいろはに坂の上りを運転する。雪音が左の助手席に。琴音ちゃんが後部座席の左側に乗っている。まだ紅葉シーズンではないためか、休日とは言え混んではいない。まあ、多分運も良かったのだろう。

 

 今日は天気も快晴。紅葉シーズンではないものの、ところどころ黄色やオレンジ色に変色した木々の葉が目に映る。これからこれらの黄色やオレンジ色が次第に増えていくのだと思う。最終的には全体が赤っぽく染まっていくのだろう。

 

 今のところ車はかなり快適に進んでいる。だが、とりあえずは安全運転を心掛けよう。いろはに坂は上りは二車線。下りは一車線。どちらにせよ一方通行。そんな特殊な道路だ。しかし、本当にここはヘアピンがきつい……。

 

「一成、チョコ食べるか?」


 隣から何やらバッグの中をごそごそと漁り、雪音が僕にそう聞いた。

 

「ああ。貰うよ」

 

「運転中で危ないから、ウチが食わせてやるよ。ほら、口に入れてやるからあーんしろよ」

 

「あ、ああ。悪いな」

 

 そして、僕は口を開けて、雪音に左手で一口サイズのチョコレートを口に入れてもらった。


「ふーん。お姉ちゃんと一成さんて、なんだか夫婦みたーい。一成さんがお姉ちゃんと結婚して、うちんちに婿養子に来たら、お父さんきっと喜ぶよ」


「はっはっは。琴音も言うようになったな」 


 琴音ちゃんの発言に雪音が笑った。


「お姉ちゃんもウチも女だから、うちの自動車整備工場継げないもんね。だっていっぱい力使うから。一成さんだったら継げるでしょ。力持ちだし。そうなったら、世界一強い自動車整備士だね。一成さん、世界チャンピオンだもんね」


 琴音ちゃんが言った。

 

「確かに僕は力には自信あるし、車種はある程度分かるけど、自動車の細かい知識は無いよ。琴音ちゃん。それに意外だと思うかも知れないけど、僕はCGデザイナーになるのが、夢だったんだよ」

 

「シージー……デザイナー?」

 

「一成。あんた、記憶喪失治ったのか? 第一、そんな夢があったのに、なんで格闘家になったんだ?」


 雪音が驚いたように聞いた。

 

「あ、ああ、いや、ちょっと思い出しただけだよ……。僕は親友の夢を引き継いだんだ。そのためには、自分の夢を捨てる必要があったんだ……」

 

「大事な友達を亡くしたのか? それでその友達のために、あんなにきついトレーニングやってる、ってわけか?」

 

「いや、生きてるんだけど、自宅療養で意識不明の寝た切りになってる……。この前チャンピオンベルトを届けに、そいつのお見舞いに行ったんだけど、点滴でしか栄養取れないから、すっかり痩せこけててさ……。でも、いつか目覚めるって僕は信じてて、だから僕ができるのは、そいつの夢を果たすことなんだよ」

 

「その夢って、まだ足りないのか? チャンピオンになったのに」

 

「ああ。これは、僕の個人的な思いだけど、また……いや、何度でも、あの勝利の花道を通りたいんだ」


 雪音のその問いに僕はそう答えた。

 

「そっか。なんかすげーな。一成って。なあ、今度ウチも、その友達のお見舞い行っていいか? てゆーか、家どこなんだ?」


「千葉県の野名市だよ。野名には、水清公園ていう、有名な花見スポットがあるんだ。春休みの花見シーズンになったら、雪音も連れていくよ」

 

「ほんとか? 約束だからな。一成」

 

「ああ。約束だ。連れていってやる」

 

「いいなー。二人だけでずるいよー。ウチも連れていってー、一成さん」


 僕が雪音とそう約束をすると、琴音ちゃんが駄々っ子のように言った。


「分かったよ。雪音も琴音ちゃんも、二人とも連れていくよ」


 第六話 決断と後悔 へ続く……

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