第四話 指輪と絆
よく見ると、涙を拭う七海ちゃんの左手の中指には指輪がしてある。その指輪は間違いなく、僕が七海ちゃんのためにゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったあの指輪だ。
(七海ちゃん……。あの指輪、ずっと大切にしてくれてるんだ……)
「うっ……」
そして、それを見て僕も自然と泣きそうになってしまった。
七海ちゃんはやっぱり最高の女性だ……。それになんだか……みんなとの思い出も思い出してしまう……。
「……梅宮さん、どうかしたんですか?」
泣き止んだ咲良ちゃんが聞いた。
「あ……いえ……。僕がしたことでお二人に喜んでもらえたことが嬉しくて……なんだかつい込み上げてきちゃったもので……」
それもあるが、本当は七海ちゃんがあの指輪をしていてくれたのが嬉しくて、そしてみんなとの色々な思い出が僕の脳裏を過ったんだ……。
「あのー、お二人は勇斗のご友人ですか? 学生さんですか?」
続けて僕は二人にそう聞いた。
白々しくも、僕は二人が元気でやっているかどうかを確認するために聞きたいんだ……。
「はい。勇斗くんの親友ですよ。それから私達二人とも、同じ都内の西洋大学に通っている学生です。私は経営学部の絹井七海といいまして、こちらは文学部の若森咲良といいます」
いつの間にか泣き止んでいた七海ちゃんが爽やかに答えた。
「お二人とも勇斗のお友達で、都内の女子大生なんですね。じゃあ、住んでるのも向こうですか?」
「はい。二人とも普段は都内に住んでいます。私は祖父と祖母の家で二人と一緒に暮らしていて、咲良は学生寮に住んでいるんです」
「そうですか。僕は栃木県に住んでるんですよ」
「栃木県から来たんですね。今日はわざわざ、遠いところありがとうございます」
咲良ちゃんが僕にそうお礼を言った。
「いえいえ。意外と電車ですぐですよ」
「梅宮さん、ちなみに咲良は、勇斗くんの彼女なんですよ」
七海ちゃんがそう明かした。
「あ……そうなんですか……」
もちろんそれは知っている……。僕が二人をくっ付けた張本人だから……。ある意味、七海ちゃんを失恋させて泣かせた発端は僕と言える……。
「咲良は普段から毎週日曜日になると、野名市に帰ってきて、勇斗くんのお見舞いに来ているんです。今は夏休みなので、私も咲良も野名市にいて、スケジュールが合う時には、平日でもこうして二人でお見舞いに来ています」
七海ちゃんが僕にそう教えた。
「こんな美女二人に心配してもらえて、勇斗は幸せ者ですね」
「咲良は特に頑張ってるんですよ。私は日曜日にモデルの仕事が入ってしまうことが多くて、なかなか来られないんですけど、咲良は勇斗くんのために本当に献身的なサポートをしてるんです。勇斗はいつか絶対に目覚める、って言って、だから、私も絶対に勇斗くんは目覚めるって信じてるんです」
「そうですね。僕も信じてますよ。勇斗は必ず目を覚ますって」
「……でも、心配なことがあるんです……」
咲良ちゃんがしんみりとそう言った。
「どんな心配ですか?」
「もし目を覚ました時、勇斗の一番の親友だった、武虎くんのことを聞いたら、多分、勇斗は……。自分のせいで川に流されて、武虎くんが死んじゃったって思って、凄く罪悪感を感じちゃうんじゃないかと思うんです……。意識不明でも、こうして勇斗が生きていられるのは、川に流された時、武虎くんが助けてくれたおかげだから……」
「それから、勇斗と武虎くんの二人が助けた、川に流されてたこのワンちゃん、今はうちの実家で飼ってて……。女の子で名前はラナっていって、私と七海の名前を合わせて、私達二人で付けたんです」
続けて、咲良ちゃんがスマートフォンの犬の写真を僕に見せて言った。
(ラナか……。女の子っぽくていい名前だな)
どうやら、勇斗と僕が助けたあの黒い子犬は咲良ちゃんの実家で飼っているらしい。写真を見るとすっかり成長して大きくなったようだ。とにかく無事で良かった。僕らが命を懸けて助けた甲斐があったというものだ。
「……武虎くん……。この指輪、武虎くんに貰った大切な指輪で……。この指輪を見てると、私には武虎くんが死んだなんて、どうしても思えなくって……。武虎くんはきっとどこかで生きていて、また会えるんじゃないかなって、思ってて……」
七海ちゃんが指輪を見ながら語った。
「会いたい人……なんですね……」
「私……まだ武虎くんに自分の気持ち……ちゃんと告白してなかったから……。いつか会えたら……絶対に言おうと思うんです。武虎くんのこと……大好きだよって……。大好きは……愛してるの意味だって……」
なんてことだろう……。まさか、僕と七海ちゃんが本当に両思いだったなんて……。太っていて眼鏡を掛けていてキモくて、女子から軽蔑の対象だったあの僕を、七海ちゃんが好きだったなんて……。僕は胸がドキドキしている……。凄く切ない気持ちでいっぱいだ……。僕はまた泣きそうな気分だ……。
「またいつか四人で……んーん……違う……。竜二くんと姫華ちゃんも加えた六人で……絶対に思いっ切り、笑顔で写真撮りたいよね。ね、七海」
咲良ちゃんが言った。
「うん。絶対にね……」
竜二と姫華か……。元気にしているだろうか……?
「……生きているといいですね。川に流されてしまったという、その武虎くんというお友達。僕もその武虎くんという人に会えたら、伝えておきます。七海さん……咲良さん……二人とも会いたがっていると」
僕は言った。
すると、七海ちゃんはテーブルの上の写真立てから写真を一枚抜く。その裏に何かを書いて僕に渡してきた。
「これ、大切な物なのでは?」
僕は写真を受け取ってそう聞いた。
「はい。大切な思い出の写真です。私達がそれぞれに大切な六人で、江戸川の土手道で一緒に、初富士を背景に撮った写真です」
「綺麗に撮れてますね。本当に」
「その眼鏡を掛けている人が、冴島武虎くんという、私達の大切な親友、そして私の大好きな人です。もし武虎くんに会えたら、これを渡してほしいんです。あと、写真の裏には、私と咲良の連絡先が書いてあります。どうか、お願いします……。写真のことなら、気にしないでください。また現像すればいいだけなので」
「分かりました……。この写真、大切にお預かりします。七海さん、咲良さん、僕はまたいずれ、必ず別のチャンピオンベルトを持ってきます。それまで、どうかお元気で……」
僕はとりあえずチャンピオンベルトは一つ獲得できた。勇斗のためにいつかまた別のチャンピオンベルトが欲しいところ。だが、その前にどうしても欲しい物がある。それは運転免許証。
まだ長い夏休み中に、僕は約二週間の免許合宿を経てMTの普通自動車免許を取得する。これでこの夏、もうやり残したことは無い。
第五話 休日のドライブ へ続く……




