第三話 帰国と再会
さあ、そして日本への凱旋帰国だ。僕は父さんと母さんにはモスクワからLINEで優勝の報告をした。帰国した僕は夕方に家に着く。改めて二人に優勝の報告をする。
「一成が試合に出ると聞いた時は驚いたが、まさか優勝するとは……」
玄関で父さんが涙ぐみながら言った。
「ははは。驚かせたね。父さん」
「それにしても一成、かなり顔に痣ができてるし、随分と絆創膏を付けてるな……。さぞかし大変な試合だったんだろう……。本当によく頑張ったな」
「うん。でも怪我は顔だけだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「うっうっうっ……。一成、本当にお疲れ様……。母さん一成のためにご馳走たくさん作るわ……」
母さんも泣きながら言った。
「ありがとう。父さんと母さんには凄く感謝してるよ。僕が優勝できたのは、父さんと母さんが僕を温かく迎え入れてくれて、何から何まで本当に良くしてくれたからだよ」
「これ、チャンピオンベルトなんだ……」
続けて、僕はスポーツバッグからチャンピオンベルトを取り出し父さんと母さんに見せた。
「おお」「まあ」
「ある事情があって、どうしてもこれを渡したい奴がいるんだ。僕が総合格闘技をやるきっかけになった親友なんだけど、どうしてもそいつにこれを届けたいんだ……。その前に、父さんと母さんにどうしても見てもらいたくってさ……」
「本当に立派なチャンピオンベルトね。目が眩むくらいに綺麗よ」
「豪華なベルトだな」
母さんが嬉しそうにそう言うと、父さんも嬉しそうに言った。
「そのベルトを渡したい親友というのは、意識不明になってしまった一成の友達の男の子か? 無事だといいな。その友達」
続けて父さんが僕に言った。
「うん。大丈夫だよ、父さん。あいつは絶対に生きてるから」
(だって勇斗は目覚めてみせるって、僕に約束したんだから)
「これ、モスクワで買ったお土産だよ。ウオッカと高級チョコレートとマトリョーシカ。ウオッカは会長に買ってもらったんだ」
続けて、僕はボストンバッグからお土産を取り出し父さんと母さんに渡した。
「おお、ウオッカか。今晩が楽しみだ。会長さんにお礼を言っておかねばな」
「あら、可愛らしいマトリョーシカね。どこかに置いて飾っておきましょ」
父さんが嬉しそうにそう言うと、母さんも嬉しそうに言った。
「ところで一成、雪音さんと琴音ちゃんにはこのことはもう伝えたのか?」
続けて父さんがそう聞いた。
「いや……このことは……二人にはしばらく内緒にしておいてほしいんだ……。なんか……二人とはチャンピオンとしてじゃなくて……いつも通り変わらずに接し合いたいんだ……」
「……そうか。分かった。優しいんだな……。一成は……」
翌朝、僕はチャンピオンベルトを勇斗へ届けるため、チャンピオンベルトをスポーツバッグに入れた。それからすぐ電車で川馬駅へ行く。駅からタクシーで野名病院へ向かう。
そして僕は野名病院へ着く。僕は受付の人に梅宮という名を出す。過去に一緒に格闘技を習っていた友人だと伝えて勇斗の病室を聞く。しかし、勇斗はすでに退院しているとのこと。自宅療養という形に切り替えているらしい。僕は野名病院からタクシーで勇斗の家へ向かう。
僕は勇斗の家へ着く。着くとインターホンを鳴らす。夏の炎天下。家の入り口は日除けがあるものの、なんとも言えない熱気が僕の肌を包み込む。立っているだけで汗ばんでしまう暑さだ。セミの鳴き声が大きく聞こえる。そんな中、勇斗のお母さんが出てきた。
さっきと同じく、僕は梅宮という名前を出す。過去に勇斗と一緒に格闘技を習っていた友人だということを伝え、面会したい意思を伝える。すると、勇斗の部屋へ案内してくれるようだ。
やはり、太っていて眼鏡を掛けていた頃の僕とは、丸っきり風貌が変わっているためだろうか? 勇斗のお母さんは、僕が冴島武虎だとは気付いていないようだ。それに、顔の痣をなるべく隠すためキャップを被ってサングラスをしている。まず、正体はばれないだろう。
「どうぞ。梅宮さん。勇斗はあんな状態ですけど、お友達が会いに来てくれて喜んでいると思います」
勇斗のお母さんはそう言うと、ドアの近くの部屋の電気のスイッチを入れ下の階へ降りていった。
勇斗の部屋へ入った僕が目にしたのは、ベッドで仰向けになった昏睡状態の勇斗の姿だ。誰か人が座れるようにしてあるためだろうか? ベッドのすぐ近くには腰掛けの無い丸い椅子が一脚。勇斗は胸の下辺りまで布団が掛けられていて、腕や肩は布団から出ている。僕から見て手前側の左腕には点滴がしてある。
以前は適度な細マッチョだった体も、今ではすっかり痩せこけてしまっている様子だ。ずっと寝たきりで点滴だけによる栄養補給なのだろう。髪型もすっかり変わってしまっている。毛が女の子のように長く、真ん中で分けてある。
以前は散らかっていた部屋も、今はすっかり片付いている様子だ。スタンディングサンドバッグは当時のまま部屋の隅に置いてあるが、ボクシンググローブ、オープンフィンガーグローブ、打撃用ミットなどは机の上に綺麗に揃えてある。エアコンの冷房がついていて、室内は涼しく快適な温度だ。外は炎天下。当然、窓のカーテンは閉め切ってある。
真ん中のテーブルの上には花が立ててある花瓶が置いてある。その隣に三つの写真も。その写真は勇斗と咲良ちゃんのツーショット写真。僕、七海ちゃん、勇斗、咲良ちゃん、竜二、姫華の六人で撮ったクリスマスパーティーの時の写真。その六人で江戸川の土手道で初富士をバックに撮った写真の三つ。多分、咲良ちゃんや七海ちゃんが、勇斗が目を覚ますことを願って思い出の写真ということで置いたのだろう。実際写真は全て勇斗のベッドの方向へ向けてある。
幸い、テーブルの上にはチャンピオンベルトを置くスペースは十分ありそうだ。僕はスポーツバッグからチャンピオンベルトを取り出す。
「暑い中大変でしたでしょう。どうぞ。お茶です。あら、そのご立派なベルトは?」
部屋に戻ってきた勇斗のお母さんは、ペットボトルの緑茶を僕に渡し不思議そうに聞いた。
「あ、どうもありがとうございます。えっと、これは勇斗くんの夢だった、総合格闘技のチャンピオンベルトです。今日はこれを彼に届けに来ました」
テーブルの上の花が立ててある花瓶と三つの写真の後ろに、僕はチャンピオンベルトを置いた。
「でも、きっと大切な物でしょうに。梅宮さん、本当によろしいんですか?」
「ごくっごくっ……。ええ。これは、元々彼の夢ですから」
「勇斗のためにわざわざ、本当にありがとうございます」
「あの、勇斗くんに触れても大丈夫ですかね?」
「ええ。大丈夫ですよ。是非、手を握ってあげてください」
勇斗のお母さんがそう言うと、インターホンが突如鳴り響いた。
「あ、ちょっと玄関まで行ってきますね」
僕はベッドの近くの丸い椅子に座る。それから、テーブルの上のチャンピオンベルトを眺めた。
「勇斗……それが約束のチャンピオンベルトだ……。今はそれだけだけど、必ず別のチャンピオンベルトも手に入れて、また持ってくるからな……。だから必ず目を覚ましてくれよ。あの時の約束、僕は絶対に忘れないからな」
僕はチャンピオンベルトを眺めると、細くなってしまった勇斗の右手を握りそう語り掛けた。
僕が勇斗の右手を握っていると、後ろのドアが開き誰かが部屋に入ってきた。
二人の女性だ。僕にはすぐ分かった。誰よりも勇斗のことが好きな咲良ちゃん。僕が世界一好きな女性の七海ちゃん。その二人だということが。どうやら、さっきのインターホンは咲良ちゃんと七海ちゃんの二人だったらしい。
あれから約一年が経った。二人ともさらに綺麗になっている。
七海ちゃん……。明るいロングヘアーにはふんわりとパーマが掛かっていて、両耳に着けたシルバーのロングピアスが髪の隙間から姿を覗かせている。すっかり大人の女性になっていてとても綺麗だ。
「あの、どちら様ですか? 勇斗の知り合いの方ですか?」
咲良ちゃんが僕に話し掛けてきた。
「あ、はい。僕は小学生の頃、勇斗と一緒に格闘技を習っていた者で、梅宮一成という者です」
冴島武虎はほぼ死んだことになっている……。本当のことは言えない……。
「そちらの大きなベルトは……? もしかして梅宮さんて、つい最近、十九歳にして総合格闘技の世界チャンピオンになったっていう、あの梅宮さん? インターネットのトップニュースになっていたので、もしかしたらそうなのかな?、と思ったんですけど……。なんだか体付きも格闘家っぽくて、凄く強そうに見えるから……」
「そうなんですか……?」
七海ちゃんがそう聞くと咲良ちゃんも僕に聞いた。
「あ、はい。そうです。僕がその梅宮です……」
「チャンピオン本人だったなんて……。凄い……」
僕がそう答えると咲良ちゃんは驚いた様子だ。
「でも、そのベルトは勇斗の物です。僕が世界チャンピオンになれたのは、勇斗がいたからです。僕が格闘技を始めたのも、勇斗がいたからなんです。だから今日は、そのベルトを勇斗に届けに来ました。そのベルトは、元々勇斗の夢ですから……」
「ぐすん……。梅宮さん……本当にありがとうございます……。私、なんてお礼を言ったらいいか分からないくらい感激です……。総合格闘技のチャンピオンになるの、本当に勇斗の夢だったから……。ぐすん……」
「ぐすん……」
咲良ちゃんが泣きながらそう言うと、七海ちゃんも貰い泣きしたようだ。
声は変わらずとも姿形がすっかり変わっているためだろう。やっぱり、咲良ちゃんと七海ちゃんの二人も僕が冴島武虎とは気付いていないようだ……。本当に全くばれていない……。
第四話 指輪と絆 へ続く……




