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第一話 激戦

 

 次は決勝戦。今、僕は控え室にいる。西田さんを相手にグラウンドでのサブミッション対策を行っているところだ。決勝戦の相手はブラジル人のブラジリアン柔術家、エディ・サンターナ選手。最初に彼を見た時の、決勝戦では彼と戦うことになるだろうという予感は見事に的中した。

 

 柔術家のサンターナ選手。サブミッションのスペシャリスト。身長は一七四センチ。一七五センチの僕と打撃戦でのリーチはほぼ変わらないと見ている。気を付けなければいけないのは、やはりグラウンドでの卓越したサブミッションだろう。

 

 僕達は控え室のモニターで、準決勝でサンターナ選手が相手選手に見事な腕ひしぎ十字固めで一本勝ちしたのを確認した。その前の一回戦では肩固めで勝利したのも確認している。パワーサブミッションの僕とは大分違う。瞬く間に技をフィットさせる技術を持っているようだ。試合運びも上手い。相手に打撃をさせない。徹底的に自分の庭のグラウンドで勝負する。そういったクレバーな部分も兼ね備えているようだ。

 

 山岸さんの話によると、サンターナ選手の得意技は腕ひしぎ十字固めや肩固めだけでないらしい。リアネイキッドチョークや三角絞めといった、別のサブミッションも得意としているらしい。できれば、スタンドの打撃で勝負を決めたいところだ。グラウンド勝負になった場合でも、持ち前のパワーを武器に強気に対抗しようと思っている。泣いても笑っても次は決勝戦。全力で相手を倒しに行くしかない。


 決勝戦が始まる。

 

 今、僕達チーム横光道場は入場ゲートの裏の空間にいる。僕は神経を研ぎ澄ませていた。集中しないと……。自分の持ってるもの全てを出しきるんだ……。なぜか、僕よりもチーム横光道場のみんなが緊張しているように見える。西田さん一人だけ顔が引きつっている……。

 

 青コーナーのサンターナ選手が先に入場だ。リングアナウンサーがサンターナ選手の名前を呼び上げた。入場曲がかかり、大歓声が沸き起こりやがて静かになる。入場を終えたようだ。

 

 赤コーナーの僕が次に入場だ。

 

「よし。行ってこい」


 リングアナウンサーが僕の名前を呼び上げると、山岸さんが僕の背中を叩いた。

 

 初戦も準決勝も、僕の背中を叩いて同じ言葉だった……。どうやら山岸さんの癖のようだ……。


 入場ゲートを出ると、カラフルな一直線の光が暗い会場の中をあちらこちらへ飛び交っていた。他にもカラフルな電飾やライトが目に飛び込んでくる。やはり、派手なプラネタリウムのような空間だ。大きな入場曲と大歓声が入り交じっている。僕の耳の鼓膜は振動を起こされているような感じだ。手を振るたくさんの観客と、拳を上げ応援するたくさんの観客。今日、三度目の光景。


 僕はレフェリーにボディーチェックをされる。今日最後のボディーチェック。

 

 さあリングインだ。僕はロープの間を潜った。リング中央に右拳を。次に観客席に向かって右拳を上げる。


 決勝戦の入場もなんとか上手く終えることができた。僕とサンターナ選手は、リング上で遠くからお互いをちらちらと見て確認する。サンターナ選手は柔術家。戦前から僕は、もしかしたら今日はサンターナ選手がジャケットを着るのではないかと思っていた。だが、どうやら今日はジャケットは着ないらしい。

 

 僕と同じように、サンターナ選手はハーフパンツくらいの長さのファイトショーツを穿いている。黄色を基調としたファイトショーツ。右側にはブラジル国旗のプリント。左側には「極」という漢字の黒い文字。やはり彼には独特の殺気が漂っている。


 リングアナウンサーが選手コールをすると、大歓声が巻き起こった。先にコールされたサンターナ選手にも。後にコールされた僕にも。やはり決勝戦の熱気は格段に違う……。

 

 中央で向かい合った僕達二人に、レフェリーが英語でルール確認をした。レフェリーはシェイクハンドの合図を出す。僕とサンターナ選手は目は合わせず、お腹の辺りの位置で下から両拳を合わせる。感じる……。殺気だ……。


 そして、ついに決勝戦試合開始のゴングが鳴り響く。

 

 なんと、サンターナ選手は開始早々にタックルで僕の両脚を掴みに飛び掛かってきた。これにはさすがに対応しきれず、僕はテイクダウンを許してしまう。しかし、グラウンドでのポジション取りは僕もみっちり練習している。すぐに僕は下からサンターナ選手の腹部を両脚でロックする。ガードポジションだ。


「焦るなー! 冷静に対処しろー!」


 リングの外から山岸さんの声が聞こえた。

 

 もちろん、僕はここからの対処も分かっている。相手の腕を握ったり脇で挟む。両脚で相手の腹部を固定し、このクロスガードの状態をキープしとにかく自由にさせない。隙あらば下からパンチを浴びせること。僕が下からサンターナ選手の顔面にパンチをヒットさせると、サンターナ選手は上から僕の顔面にパンチを浴びせる。だが、お互いに決定打とはならない。


 しばらく続いている……この状態が……。

 

 この状態では、下で凌いでいる僕の方が第一ラウンドはジャッジの判定に不利に響くだろう。かと言って、下からサブミッションを狙うこともなかなかできない。相手は超一流のグラップラー。僕は下からサンターナ選手の右腕にアームロックを狙う。当然、すぐに対処され解除される。

 

 向こうも僕から一本取ることは難しいと思ったようだ。サンターナ選手は右手を大きく振り上げ、ハンマーパンチを振り落とす。僕は一発目の強烈なハンマーパンチを顔面に浴びてしまう。その後の二発は、必死に首を左右に動かし交わすことに成功する。一発目のハンマーパンチがあまりの痛さと重さだった。こんな強烈なパンチを浴びせられ続けたら、非常に危険だということを僕は悟ったのだ。

 

 四発目のハンマーパンチだ。サンターナ選手は右手を振り上げた。それに合わせ、僕はここぞのタイミングで上体を起こす。上体を起こすと、サンターナ選手の両脇を差し体を密着させる。密着させた状態で両腕を上体に回す。そして左側へ反転させ体位を入れ替えた。

 

 今度は僕が上でサンターナ選手が下のポジション。しかもマウントポジション。僕が圧倒的に有利な状態。

 

「よっしゃー! そのままパウンド浴びせてKOしろー!」


 リングの外から西田さんの声が聞こえた。

 

 僕は形振なりふり構わず、サンターナ選手の顔面に左右のパンチを連打した。ヒットするパンチもある。一方、ガードされるパンチも。

 

 お返しとばかりに、僕はハンマーパンチをお見舞いしようと右の拳を振り上げた。しかし、今度はサンターナ選手が抜群のタイミングでブリッジをする。僕は前方へバランスを崩してしまう。サンターナ選手は左へローリングして、僕との体位を入れ替えた。直後、僕はすぐに強烈な両足のプッシングをお見舞いする。両足でサンターナ選手の体を突き飛ばす。サンターナ選手は後方へ突き飛ばされた後、下半身を踏ん張らせ立ち上がった。同時に僕もすぐに立ち上がる。

 

 再びスタンドの状態からの仕切り直しだ。今度はサンターナ選手がとっさに僕の体に抱き付いて、グラウンドに誘い込む。僕が上のポジションだが、きっちりとサンターナ選手にはガードポジションを取られている。脚のロックが邪魔でなかなか身動きが取れない。

 

「あと一分半だー! 下から腕と首狙ってくるぞー! 気を付けろー!」


 リングの外から西田さんの声が聞こえた。

 

 西田さんの忠告通り、サンターナ選手の下からのサブミッション地獄が始まった。下から僕の右腕を決めようとアームロックを仕掛けてくる。僕もこれは読んでいるのですぐに反応し外す。

 

 次は下からの三角締めだ。サンターナ選手は瞬時に右脚を僕の首に覆うように巻き付け、左膝の裏で右足首をがっちりと固定した。この三角締めは頸動脈けいどうみゃくにかなり良い形でフィットしている。これはやばいかも知れない。

 

 物凄く苦しい……。なんとも言えない圧迫感が、僕の首から上全体を襲っている……。

 

 ここからさらに、僕の右腕を伸ばそうとして腕ひしぎ三角締めに移行しようとしている。

 

 これは完全にピンチだ……。本当にやばい……。

 

「いっせー! 左手でカバーしろー!」


 リングの外から山岸さんの声が聞こえた。

 

 僕は右腕を伸ばされないように、左手で自分の右手を掴み必死に凌ぐ。とにかく、この左手のクラッチが外れたら終わりだ……。僕は確実に右肘が極めらてしまうだろう……。

 

「持ち上げて落とせー!」


 また山岸さんの声が聞こえた……。


「うおー!」

 

 僕は指示通りサンターナ選手を持ち上げて、渾身のバスターをお見舞いした。

 

 これにより三角締めは運良く外れた。その直後、第一ラウンド終了のゴングが鳴り響く。


 第二話 勇斗の言葉 へ続く……

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