第十一話 大歓声
僕とカッファン選手はまずはお互いに距離を探り合う。軽いパンチやローキックを出し合う。どれも探り合いのためお互いに空を切る。
しばらく続いている……この状態が……。
なんとも言えない間合いの探り合いだ……。リーチが長く飛び込み難い……。向こうもタックルを警戒してか、思い切ったパンチは出してこない。だが、気を付けなければならないのは今のような遠い蹴りの間合い。
「いっせー! 相手の脚よく見ろー!」
リングの外から西田さんの声が聞こえた。
案の定、カッファン選手はやはり蹴りを放ってきた。一発目の左の中段蹴りはフェイント。二発目の右の上段後ろ回し蹴りが僕をKOするための本物の蹴り。この美しい蹴りには大歓声が飛ぶ。なんとも言えない食らったら一溜まりもないような風圧が僕の顔面を襲う。しかし、間一髪それを見切ることに成功する。これにより逆にチャンスが生まれた。
右の上段後ろ回し蹴りを僕はスウェーで交わす。交わすと、透かさずタックルでカッファン選手の両脚を掴みテイクダウンに成功する。僕のテイクダウンにも大歓声が飛ぶ。ただ、やはり相手もグラウンド対策を行っている。マウントポジションにはなれない。
ハーフガードの状態になった。カッファン選手がズボンを穿いているせいか、脚の滑りが効かない。グリップが強く脚のロックを外せない。左脚が抜けないので、マウントポジションやサイドポジションに移行できないのだ。
しばらく続いている……移行しようと思っても移行できないという……歯がゆい状態が……。
だが、ここからが僕のパワーの見せ所。僕はカッファン選手の右腕にパワーで強引にアームロックを仕掛けた。大歓声の中、リングの外からはちゃんとセコンドの声が聞こえている。
「絶対に立たせるなー! そのまま極めろー!」
西田さんの声だ。
「いっせー! そのままパワーで強引に持っていけー!」
山岸さんの声だ。
「うおー!」
僕はフルパワーでカッファン選手の右腕を捻った。
耐えきれず、カッファン選手は左手でタップしている様子だ。レフェリーが試合終了の合図を出す。僕は勝利が決まる。レフェリーは僕の右腕を上げた。僕にとって初めてのウィナーコール。
英語の場内アナウンスによると、試合決着時間は一ラウンド三分十五秒。チキンウイングアームロックで僕の勝利。試合が終われば男同士お互いの健闘を称え合う。大歓声の中、僕とカッファン選手はお互いを称え合ってハグをした。
これがリングの上だ。初めてリングの上で大歓声を浴びて、僕は感動を覚える。
引き上げの初勝利の花道の外から聞こえるのは、「イッセー!」「イッセー!」「ウメミヤ!」「ウメミヤ!」という片言の日本語。ロシア人のお客さんが僕の名前を覚えてくれている。僕はとても嬉しくてしょうがない。この感触をまた味わいたい。そう思うばかりだ。
僕は試合後のドクターチェックを受ける。打撃戦は激しくなく、探り合い中心の軽い打ち合いだった。そのため幸い怪我はほとんど無い。次の試合にはほぼ万全なコンディションで挑めるはず。
今、僕は控え室にいる。準決勝に向けての軽いアップと、横光会長が構えるミットへのミット打ちを行っているところだ。準決勝の相手はアメリカ人ファイター、ハーマン・クラーク選手。今度は僕が青コーナーで先に入場、クラーク選手が赤コーナーで次に入場となっている。
クラーク選手は身長一六七センチ。身長は少し低めだが筋肉が太い。がっしりと幅のある体格をしている。トレードマークはアメリカ国旗を基調とした短パンサイズのぴっちりしたファイトショーツ。レスリングをバックボーンとした鋭いタックルが武器。タックルでグラウンドに持ち込み、パウンドで相手をKOに追い込むというスタイルを得意とする選手らしい。
初戦もそのスタイルでKO勝ちしたのを、僕達は控え室のモニターで確認した。相手のデータを収集するための貴重な一試合だったのだ。夢中になって見てしまった。多分、クラーク選手は僕と同じく体の力が強い。組み合った時にそれを感じることになるだろう。
だが、山岸さんが僕のために作戦を考えてある。その作戦は、タックルに強烈な膝蹴りを合わせてできれば一撃でKOするという作戦。そうでなくても、僕はタックルを切る練習を今まで散々行っている。何も怖れることはない。山岸さんが考えてくれた作戦を実行するまでだ。
準決勝試合開始のゴングが鳴り響く。試合開始だ。
僕とクラーク選手はすぐお互いにパンチやローキックを出し合う。初戦とは違い空を切ることはほとんどない。激しい撃ち合いになる。
「いっせー! リーチ活かして攻めろー!」
リングの外から山岸さんの声が聞こえた。
僕がリーチを活かしたパンチをヒットさせれば、クラーク選手は負けじと間合いを詰めてくる。詰めてきては僕の顔面にパンチをヒットさせる。クラーク選手は小柄なためか、至近距離での左右のパンチの回転がとても速い。レスラーでありながら、打撃戦でも僕は十分注意しなければならない。すでに、かなりのパンチを食らってしまっている。はっきり言って顔面が痛くてしょうがない。
しばらく続いている……激しいパンチの打ち合いが……。
鼻からは血が垂れてくる……。口の中は血の味でいっぱいだ……。なんとなく頭もくらくらする……。でもお互いに鼻と口から出血をしている状態。相手も苦しいことは間違いない。
そんな中、僕は右ローキックを繰り出す。すると、クラーク選手はその脚をキャッチしようとする。脚を掴んでのテイクダウン狙いだろう。だが僕もそれは読んでいた。すぐに突き放す。その後、またすぐに激しいパンチの打ち合いになってしまう。
またしばらく続いている……激しいパンチの打ち合いが……。
「三分経過だ! 残り二分、絶対に気を抜くなー!」
リングの外から西田さんの声が聞こえた。
「いっせー! タックルを出させろー! 顔面に大振りのフックを打っていけー! 交わして低空タックルで潜り込んでくるはずだー!」
続けて山岸さんの声が聞こえた。
山岸さんの指示を聞くと、僕はタイミングを見計らう。見計らうと、クラーク選手に大振りの左右のフックを連打する。僕の一発目の大振りの左フックを、クラーク選手はバックステップで交わす。二発目の大振りの右フックを下に交わす。その瞬間だ。クラーク選手は低空タックルで僕の脚を掴みに飛び込んできた。
ここだ。僕は思い切り右膝をクラーク選手の顔面にヒットさせた。完全に決まった手応え。しかも渾身のカウンターヒット。クラーク選手は後方に吹っ飛ぶ。仰向けの状態で失神する。もう追い打ちの必要は無い。僕はクラーク選手の仰向けに倒れこんだ姿を眺めている。やはりレフェリーが止めに入った。そして試合終了の合図を出す。
英語の場内アナウンスによると、試合決着時間は一ラウンド三分四十九秒。膝蹴りでのKOで僕の勝ち。これで二勝目。
また大歓声が起こる。選手退場の花道。僕を呼ぶ声が一段と大きくなっている様子だ。国籍は違うとは言え、確実に僕の応援をしてくれているファンが増えている。
僕は準決勝の戦いを終えドクターチェックを受ける。さっきの試合は激しいパンチの打ち合いだった。特に顔面の殴り合いになってしまった。体全体のダメージは少ないが、僕は顔面にパンチを相当貰ってしまった。顔面が熱くてひりひりする。
チーム横光道場のみんなと通訳者の田中さんは、僕のドクターチェックを心配そうに見守っている様子だ。僕は西田さんに鏡を借りた。自分の顔をチェックする。目立つほどではないが傷と腫れが少しあるようだ。でも、チャンピオンベルトのためなら顔面がハチの巣みたいになっても構わない。ここまで来て引き下がるわけにはいかないんだ。
決勝戦も絶対に勝ちたい。
第三章 世界一綺麗な情景 へ続く……




