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第十話 ゴング


 そんなこんなで、山岸さんの代わりに僕がグランプリに出場することになった。

 

 宿泊ホテルの会見場での公開計量で、僕は六九・八キロで計量をパス。その後、組み合わせ抽選会のくじ引きが行われ、初戦の相手は韓国人選手、ヤン・カッファン選手と決まった。つまり、僕のデビュー戦の相手がヤン・カッファン選手ということだ。

 

 僕が見たところ、カッファン選手は身長一八○センチ台前半の長身の選手。脚も長くいかにもリーチがある感じに見える。山岸さんの話によるとテコンドーの使い手らしい。いい意味で足癖が悪いのだと思う。間違いなく初戦からトリッキーで厄介な相手だろう。

 

 そう言えば思い出した。最初に宿泊ホテルの大広間のリングで、山岸さんのスパーリングを行おうとした時にいたあの選手。カッファン選手は先に隣のリングでスパーリングをしていたあの選手だ。綺麗な回し蹴りを放っていた。正直言ってあの蹴りは脅威だ。

 

 でも僕は冷静だ。普通はデビュー戦となると緊張してしまうもの。僕にはそれがほとんど無い。当然だ。僕には心強い味方がいるんだから。チーム横光道場のみんながいる。何より、「ダンクラスの現チャンピオンである山岸さんと毎日スパーリングをしてきた」という強い自負がある。それに、当日は山岸さんが僕のセコンドに付いて指示を出してくれるのが心強い。山岸さんは試合には出られないものの、あれから全力で僕のサポートをしてくれているのだ。


 組み合わせ抽選会が終了。今度は会見場でライト級グランプリ出場選手八人揃っての写真撮影。続いてリザーブマッチを戦う二選手の写真撮影。

 

 撮影中の時、僕は初めて分かった。グランプリ出場選手八人の中に、近付くと一人だけ異常に殺気を感じる選手がいたことが。緊張が無かった僕だが、その選手と近距離で目があった瞬間に重苦しい気持ちに襲われたのだ。

 

「よく聞け、一成。あいつだ。俺が出場できなくなったことで、今度はあいつが優勝候補だろうと言われてるらしい」


 山岸さんが真剣な表情で言った。


「優勝候補……。確かに殺気が違いますね。見た目も南米系っていうか、中東系っていうか……。さっき抽選会で、ブラジル……エディなんとかって呼ばれてたような……」


「ああ。ブラジル人だ。あいつはブラジリアン柔術家、エディ・サンターナだ」

 

「エディ・サンターナ……。あの人、僕とは逆サイドのブロックに入りましたね。もし僕が決勝戦まで行けば、あの人と戦うことになりそうな予感がします……」


「とにかく、特にグラウンドでは要注意だな」

 

 写真撮影のその後、僕は現地のマスコミにインタビューされた。日本やアメリカから来たマスコミにも。まだ成人してもいなく、ただの付き添いのセコンドが役目だった無名の僕。そんな僕に山岸さんの代わりが務まるのかを心配される質問ばかりだ。

 

「え……あ……その……ま、まあ頑張ります……」


 僕はしどろもどろになりながら答えた。

 

 実際は今、僕の心の中には火が点いている。はっきり言って、「くそー、余計なお世話だ。この人達、今に見てろよ」という心境だ。


 今日は試合当日。今日のメインイベントの最終試合はライト級グランプリの決勝戦。ギガスポルトの会場は一万五千人以上の観衆でほぼ満席。物凄い熱気のようだ。


 僕には何一つとして格闘技のバックボーンや経歴は無い。だが、山岸さんの代理として試合を引き受けた以上、優勝目指して全力で戦わないといけない。なぜなら、すでに僕はオープンフィンガーグローブを嵌めていてファイトショーツも穿いている。そして、上半身裸の今や一人のプロのファイターなのだから。

 

 試合に出ることが決まり、慌てて買ったこのファイトショーツはお気に入りだ。モスクワ市内の格闘技専門のスポーツ用品店で買った物だ。ハーフパンツくらいの長さで色は黒を貴重としている。右側には赤い稲妻。左側には騎士の上半身姿が赤くプリントされてある。あまりのかっこ良さに一目惚れしてこのファイトショーツを選んだのだ。


 今、僕は控え室にいる。軽いアップと軽いミット打ちを行っているところだ。横光会長が直々にミットを構え、僕のパンチとキックを受けてくれている。

 

「一成、カッファンはテコンドー出身の選手だ。スタンドの打撃戦では、蹴りの距離に気を付けろ。隙が生まれたら、かさずタックルでグラウンドに持ち込め。グラウンドになったらパウンドでKOか、サブミッションで一本だ」


 それらを一旦終えると、山岸さんが僕にそうアドバイスを送った。


「はい!」


「お前のパワーなら、グラウンドに持ち込めば必ず勝てる。だから自信を持って試合に挑め」

 

「はい!」


「山岸さん、ありがとうございます。僕は山岸さんがいてくれるのが心強いです」


 続けて僕はそう言った。


「おうよ。作戦は任せとけ」

 

「このトーナメント、山岸さんの顔に泥を塗ることだけはしたくないので、僕は必ず優勝します」

 

「泥を塗るか……。そうだな……。お前が負けたら俺だけじゃなく、日本で待ってくれてる横光道場のみんなの顔に、泥を塗るようなもんだ。プレッシャー掛けちまって悪いが、みんなのために絶対に負けんなよ」

 

「俺もセコンドとして、一緒に戦ってやるから」


 続けて山岸さんが僕の肩を組んで言った。

 

「一成……私はお前を信じてるぞ。試合中の指示は勝と徳義に任せるが、私もお前のために試合前、こうしてミットを構えてやることくらいはできる。お前は私や凱、そして勝が見込んだ男だ。必ず優勝できる。頼んだぞ」

 

「俺も全力でお前のサポートするからよ。頑張れよ。一成」


 横光会長が僕にそう思いを託すと、西田さんも僕に応援の言葉を掛けた。

 

「皆さん、本当にありがとうございます。何から何まで」

 

 そしてついに僕の試合だ。

 

 リングアナウンサーの声が、僕達チーム横光道場がいる入場ゲートの裏の空間に聞こえてくる。青コーナーのカッファン選手が先に名前を呼ばれた。大きく掛かっていた入場曲が消え、大きくなっていた歓声が静まったようだ。カッファン選手が入場を終えたのだろう。すると僕の名前が呼ばれた。


「よし。行ってこい」


 山岸さんが僕の背中を叩いた。

 

 入場ゲートを出ると、カラフルな一直線の光が暗い会場の中をたくさん飛び交っていた。その光は天井や観客席へ向かって動いている。あちらこちらへ目まぐるしく動いているようだ。他にもカラフルな電飾やライトが全体的にちらほらと存在する。暗闇をベースに、赤、白、黄、青、緑、紫などの様々な光の色が僕の目に飛び込んできた。会場内は正に派手なプラネタリウムのようだ。

 

 大きな歓声が聞こえてくる。大きな入場曲と大きな歓声が合わさっていて、僕の鼓膜は振動を起こされているようだ。暗くて分かり辛いが、観客はほぼロシア人の人々のように見える。入場花道を通る僕にたくさんの人が手を振ってくれる。恐らく女性だろう。また、たくさんの人が拳を振り上げて応援してくれる。恐らく男性だろう。


 リングの前で、僕はレフェリーにボディーチェックを受ける。オープンフィンガーグローブのチェック、ファウルカップのチェックなどを。さらに、体に滑る物を塗っていないかのチェック、マウスピースのチェックなど様々なチェックも。僕から少し遅れて入場したチーム横光道場のみんなは、後ろからそれを見守っているようだ。


 リングのロープ際には男性スタッフが二人いる。一人は五本あるロープのうち上から二本目のロープを上に引き上げた。もう一人は上から三本目のロープを下に押し下げた。僕がリングインしやすいようにだろう。二人でロープとロープの間隔を開けている。


 さあリングインだ。僕はそこを潜った。リング中央に向かって軽く右拳を。次に観客席に向かって軽く右拳を上げた。


 なんとか上手く入場を終えることができた。僕とカッファン選手はリング上でお互いに視線を向ける。カッファン選手は上半身こそ裸だが、長くて白いズボンを穿いている。あれはテコンドーのズボンだ。


 基本的に総合格闘技はほとんどみんな上半身裸。だが、柔道着や柔術着や空手着などのジャケットを着用する選手もまれにいる。実際、僕の師匠の山岸さんが柔道着を着て戦う選手の一人だ。カッファン選手はテコンドーのズボンを着用してきた。やはり、国技を背負っているという威信を感じる。


 リングアナウンサーが選手コールをした。カッファン選手が先にコールされ、続けて僕がコールされた。コールされるとお互いに大歓声が飛び交った。一回戦目でこの熱気……。不思議だ……。緊張よりも、アドレナリンがみなぎってくる……。


 僕達二人は中央で向かい合う。レフェリーは英語でルール確認をすると、シェイクハンドの合図を出す。僕とカッファン選手は両手で軽く握手した。

 

 一回戦試合開始のゴングが鳴り響く。僕のデビュー戦が始まる。

 

 カッファン選手が左の拳を僕に向けている。僕はカッファン選手の左の拳に自分の左の拳をくっ付けた。これが試合開始のサインだ。これからリングの上での戦いが始まるのだ。


 第十話 大歓声 へ続く……

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