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第七話 相園雪音


 僕の席は、黒板を前にして一番左の窓側の一番後ろに決まった。編入生ということなので自動的にそうなった。

 

 昼休み、僕は自分の席で弁当を食べようとする。


「ウチ、相園雪音あいぞのゆきねっていうんだ。よろしくな。なあ、ところであんた、ほんとに記憶喪失なのか? 自分がどこから来たのかも分からねーってことか?」


 すると、右隣の金髪でセミロングヘアの日焼けしたギャルが、僕にそう話し掛けてきた。

 

 なぜかこの相園さんというギャルは、話し方が男っぽい……。

 

「ああ。本当だよ。僕は記憶喪失なんだ……」

 

 記憶喪失なんて嘘だ……。本当のことを喋ったら大事件になる……。何せ、僕はほぼ死んだことになった人間だ。生きていたってことになったら、大騒ぎになるに決まってる。

 

「そっか。なんか辛いことでもあったんだろーな。ウチにはなんとなく分かるんだよ。そーゆーの。うおっ、すげーいい体してんじゃん、一成。なあ、なんかスポーツやってんのか?」


 相園さんは僕の肩をぽんぽんと叩きながら言った。

 

 早速僕のことを呼び捨てに。しかもあちこちにボディータッチ。ビッチだ……。両耳にはシルバーのピアス。見た目からしてビッチだ……。

 

「スポーツ? まあ、ちょっと訳あって鍛えてるんだ。自己流だけどね。は、はは……。それにしても相園さんて、結構フレンドリーなんだね……。はは……」


「相園さん? ウチのことを呼ぶときは雪音でいいぜ。フレンドリーって、当たりめーじゃん。うちのクラスにこんないい男来るなんて思わなくて、びっくりしたんだよ。早めにマーキングしとかねーと、他の女に持っていかれちまうだろ? なあ一成、電話番号とメアド教えてくれよ。LINE繋いでくれよ。いいだろ?」

 

「ああ……。分かったよ……。雪音」

 

 下の名前で呼び捨てにされたせいだろう。僕は自然と相園さんを雪音と下の名前で呼び捨てで呼んでしまう。そうして、僕と雪音はスマートフォンにお互いの電話番号とメールアドレスとLINEを登録する。


 今日はもう帰りだ。僕は早く家に帰って、着替えて公園でトレーニングをしないといけない。総合格闘技の道場に入門する前に、自分の体を作り上げておかないといけないんだ。生徒が少ない中、自転車置き場でそんなことを考えていたら、一人のギャルが近付いて来た。雪音だ。

 

「なんだ。一成もチャリ通だったのか」


 雪音が話し掛けてきた。


「なんだって、それはこっちのセリフだよ……。雪音」


「なあ一成。帰り道どっち方面だ?」


「ああ。僕はあっち側だよ」


「ウチと同じじゃんかよ。良かったら一緒に帰らないか?」


「ああ……。いいよ……」


 自転車に乗っての帰り道。道路には秋らしく枯れ葉が落ちている。僕は勇斗と一緒に自転車で帰った日々を思い出す。そう言えば、勇斗は咲良ちゃんをハエに例えていた……。でも、女子にモテながら自分の彼女をハエに例える勇斗が、僕は羨ましかったんだ。そして男として好きだったんだ。


(勇斗……僕は元気にやってるぞ……。お前は必ず生きてると信じてる……。約束だからな……)


「なあ、一成。家に帰ったら何するんだ?」


 秋の季節真っ盛りの中、自転車に乗りながら雪音は興味津々に僕にそう聞いた。

 

「公園でトレーニングだよ。毎日やってるとっても大切なトレーニングだ」

 

「へえー。じゃあさ、その毎日やってるトレーニング、ウチ、見ててもいいか?」

 

「見てるって言うけど、雪音、僕のトレーニングは遊びじゃないんだぞ」

 

「そのトレーニングって、ウチがいると邪魔か?」

 

「邪魔じゃないけど、ただ見てたって面白くもなんともないだろ。それに周りから見れば、何やってんだあいつは?って感じのつまらないものだよ」

 

「つまらなくてもいいんだ。ウチ、一成のこと本気でいい男だと思ってるんだぜ」


 雪音は言った。


「雪音……。お前……もしかして僕のこと好きなのか……?」


「ああ。ウチ、筋肉のある男好きなんだよ。最初、一成のこと見た時に、すげーいい男だと思ったんだ。多分、ウチ、一成のこと好きなんだと思う。なあ、一成。あんたってどんな女の子が好みなんだ? ウチみたいなのって好みじゃないか?」

 

 どんな女の子が好みって聞かれても答えは決まっている。「僕が世界一好きなのは、七海ちゃんだよ!」としか言い様が無い。とは言え、僕は記憶喪失ということになっている。ここは無難なことを言っておくべきだろう。

 

「そうだな。好みなのは桃山里英だよ」


 僕はそう答えた。


 日本全国で桃山里英を知らない男はまずいない。顔もスタイルも抜群の超人気スーパーグラビアアイドル。「ももりえ」というニックネームで親しまれている。某巨大動画サイトの動画配信者でもあり、チャンネル登録者数も非常に多い。特に若い世代では知らない人はいないと言っていいだろう。それも男女問わず。

 

「……そっか。分かったよ。ウチ、これからは日サロ行くの止めて、美白して、髪ももうちょっと伸ばして暗い色に戻すからさ。とりあえず今日、一成のトレーニング見ててもいいか?」


「まあ、見たいって言うなら無理に止めないよ。でも多分、見てたってつまらないぞ……」


 僕と雪音は、僕がいつもトレーニングしている公園に着く。公園には、ブランコ、シーソー、滑り台といった遊具が揃っている。それから、鉄棒、砂場も。よく子供達がここで遅くまで遊んでいるのだ。だが今日は誰もいないようだ。

 

 ふと僕は空を見た。空はオレンジ色だ。遠くに見えるオレンジ色の太陽の光が、僕の目に突き刺さる。もうすぐ日が沈む頃だ……。


「ここが僕がいつもトレーニングに使ってる公園だよ。雪音はちょっとここで待っててくれるか? さすがに制服だとトレーニングはできないから、僕はジャージに着替えてくる。それに、家から持ってこなきゃいけない物もあるんだ」


 僕は言った。


「着替えてくるってのは分かるけど、持ってくるって何持ってくるんだよ?」


「大事な物だよ。すぐ戻ってくるからさ。そしたら、いつものトレーニングを見せるよ」


「ああ。ちゃんと戻ってこいよ」


「僕は逃げも隠れもしないよ。必ず戻ってくるから」


「約束だからな。ウチ、楽しみにしてるぜ」

 

(雪音ってよく見ると、結構可愛い顔してるんだな……。しかも笑顔が凄く可愛い……。ギャルなのにケバくないし、両耳のシルバーのピアスも自然な感じだ……。ナチュラルになったら、絶対に綺麗になるタイプだな……)


 夕暮れの中に雪音の笑顔を見た僕は、心の中でそう思った。

 

 僕は家でジャージに着替えた。大きなタイヤを肩に担ぎ、ゴムチューブをズボンのポケットに入れ、歩いて雪音が待つ公園へ行く。

 

「な、なあ、一成……。あんた、そんなデカいタイヤ、家から毎日持ち歩いてんのか?」


 公園に着くと雪音は驚いたように聞いた。


「ああ。それだけじゃないさ。これを毎日こうして、何回も下から持ち上げるんだ」

 

 僕は雪音に、タイヤをひたすら持ち上げるトレーニングを見せた。


 それを終え僕は休憩する。すると、雪音は大きなタイヤを持ちあげようとする。だが全く持ち上がらない。持ち上がるはずがない。当たり前と言えば、当たり前だろう。雪音は僕が見たところ、身長一五○センチ台後半で細身な女の子だ。体力的にはどこにでもいる普通の女の子だ。見た目は日焼けした金髪のギャルで、喋り方も男っぽいのはあるが。


「一成。あんたってさー、もしかして、化け物か? あんな重いの、なんであんなにひょいひょい持ち上がるんだよ?」


 雪音はまた驚いたように言った。


「まだまだ、山場はこれからだよ……」


 僕は体が熱くなってきて、上半身裸になりズボンをまくり上げた。鉄棒を使ったいつものトレーニング、腕立て伏せや拳立て伏せを。ダッシュや木の葉に触れる垂直跳び、鉄棒でのゴムチューブトレーニングも行う。雪音はなんだか嬉しそうだ。それに、明らかにいやらしい表情で近くに来て僕の裸を見ている。


 僕はトレーニングを終えた。上半身裸のまま雪音とベンチに座る。

 

 気が付くと今はもう完全に夜。公園灯がベンチに座る僕達二人を優しく照らす。コオロギだろうか? スズムシだろうか? 秋の虫の鳴き声が響いている。

 

「なあ、一成。なんであんなにきついトレーニング、毎日やってんだ?」


 雪音は不思議そうにそう聞いた。

 

「はは……。それは秘密だよ……」

 

 総合格闘技のチャンピオンになることを、幽体離脱した親友と約束したなんてことは言えない……。言ってもどうせ信じてもらえないだろう……。僕の頭がイカれているだけだと思われるはず……。幻覚を見ただけだと思われるに決まってる……。

 

「そっか。じゃあさ、ウチ、毎日ここに来ていいか? うちんちさ、実はこの公園の近くなんだよ。てゆーか、もしかして一成んちとうちんちって、近いんじゃね?」

 

「ああ。僕んちもこの公園の近くなんだよ。多分、雪音んちと近いかも知れないよ。それより雪音、僕のトレーニングなんか見て、今日楽しかったのか?」


 雪音がそう言うと僕は逆に聞いてみた。

 

「何言ってんだよ……。好きな男と一緒にいて楽しくない女なんていないだろ? なんかさ……ウチ、さっきの一成のトレーニング見てて、一成の子供産みたいとか思っちゃったりしてさ……。冗談とかで言ってるわけじゃないからな……。やっぱり強い男ってすげーいいなって思うんだ……」

 

 雪音でも照れることがあるようだ……。僕は雪音が照れるイメージは無かった。ちょっと驚いている。なんと言うか、男っぽい喋り方するのに結構可愛いところがある……。まあ、よく見ると実際可愛い。

 

 七海ちゃんや咲良ちゃんとは全く違うタイプだと思う。だけど雪音は雪音で凄く可愛い。実際、僕はギャルも悪くないと思っている。しかも普通の女の子とは違う。雪音は向こうからぐいぐいと積極的に来る感じだ……。

 

「子供産みたいって言ったって、雪音、まだ僕達は今日会ったばっかりだぞ……」


 僕は少し呆れてそう言った。

 

 とは言え、子供産みたいなんて言われると悪い気はしない。むしろ気分は良いものだ。七海ちゃんに言われたら、きっと僕は鼻血垂らしているだろう……。おまけに恐らく失神してると思う……。


 第八話 師匠 へ続く……

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