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第六話 編入


 一ヶ月も経てば、行方不明の僕の捜索は打ち切りになるはずだ。死亡扱いになるかどうかは別として、みんなには僕はほぼ死んだと思われるだろう。それまでは、梅宮さん夫妻には僕のことを外部には秘密にしておいてもらおう。

 

 僕は決めたんだ。ここで徹底的に強くなる。必ず勇斗のために総合格闘技のチャンピオンになる。そして、僕が野名市に戻るのは絶対にチャンピオンベルトを巻いてからだと。勇斗は必ず目覚めると僕に約束をした。僕は勇斗を信じるだけだ。

 

 七海ちゃん……咲良ちゃん……。次に会う時は僕がチャンピオンベルトを巻いてからだ。二人とも元気でやっていてくれ。本当に強くそう願う。大好きで心から愛している七海ちゃんに会えないのは、とても残念だが……。僕にはどうしてもやらなくちゃいけないことがあるんだ……。

 

 七海ちゃん……。例え離れていても、僕は君が大好きだ……。


 もうすぐ夏も終わり。予想通り、行方不明の僕の捜索は一ヶ月ほどで打ち切られた。テレビのニュースでは、僕のお別れ会がすでに行われたことを確認した。葬儀ではなかったようだ。よって、僕は多分明確な死亡扱いにはなっていないのであろう。でも、ほぼ死んだと思われていることに違いはない。

 

 その後、僕は梅宮さん夫妻に自ら養子にしてもらうことを懇願こんがんした。記憶喪失の迷い子の少年ということで、養子にしてもらったのだ。僕はもう冴島武虎ではない。冴島武虎はほぼ死んだことになった。僕は梅宮さん夫妻の息子になったのだ。

 

 ニュースでは、クラスのみんなも半田先生も泣いてくれていたようだ……。それから、父さんも母さんも竜二も姫華も泣いていた……。七海ちゃんと咲良ちゃんも泣いていた……。僕は複雑な気分だが嬉しい……。特に、七海ちゃんと咲良ちゃんが泣いてくれたことが……。


 とにかく、冴島武虎はほぼ死んだことになった。僕は梅宮一成うめみやいっせいという新しい名前を貰った。一成とは、新しい父さんの拓郎さんが付けてくれた名前だ。「どんなことでもいいから一番になれ」という強い思いから付けてくれたのだ。父さんのその思いを僕は裏切るわけにはいかない。


 勇斗と約束した日から、僕は一日も欠かさず猛烈な筋力トレーニングを続けている。食事制限も行っているところだ。筋力を強化しながら体重を落とさなくてはいけない。毎日たんぱく質をきちんと摂取している。だが、糖質や炭水化物や脂肪分の多い食事は極力控えているところだ。


 新しい母さんの洋子さんも献身的に協力してくれている。食事には母さんが畑のお肉と言われる多くの大豆製品を。また、鶏肉も多く取り入れてくれている。

 

 本当に生き生きしている母さん。今では僕を一成と呼んでくれていて、少しずつだが博樹さんを亡くした現実を受け入れているようだ。前向きになって、心の病も良くなってきているように見える。


 僕が日々行っているトレーニングは、過酷な地獄のトレーニングだ。ひたすら筋力を鍛えるための徹底的なトレーニングだ。

 

 僕は毎日欠かさず近所の公園に行っている。暑い中午前中にトレーニングを行った後、一旦昼は休む。その後、夕方から夜にかけてもまたその公園でトレーニングを行っている。雨の日も風の日も。家にいる時はちょくちょく体重計にも乗っていて、着実に体重を落としているのを確認しているところだ。

 

 暑い今の時期、トレーニング中はスニーカーを履き上半身裸でハーフパンツ姿。公園では、ブランコ、滑り台、シーソー、砂場などで遊んでいる子供達の目が。また、犬の散歩で立ち寄る若いお姉さんの目が気になる時もある。だがトレーニング中は必死。正直いちいち気にしてはいられない。雨で体がびしょびしょに濡れてしまうことも。もちろんそんなこともお構いなしだ。

 

 背筋、僧帽筋、肩の筋肉などを鍛えているところだ。空き地で拾ってきた大きなタイヤをひたすら何回も持ち上げる。

 

 腹筋を鍛えているところだ。鉄棒に脚でぶら下がり腹筋運動をひたすら繰り返す。手でぶら下がり脚を伸ばしたまま上に上げるのも、ひたすらに。

 

 広背筋、腹筋、背筋、握力などを幅広く鍛えているところだ。鉄棒で懸垂をひたすら繰り返す。

 

 上腕二頭筋を鍛えているところだ。鉄棒で逆手懸垂をひたすら繰り返す。逆手の斜め懸垂も、ひたすらに。

 

 肩の筋肉、大胸筋、二の腕の筋肉、手首などを鍛えているところだ。腕立て伏せ、拳立て伏せをひたすら繰り返す。

 

 握力を鍛えているところだ。公園のゴミ箱からスチール缶を回収しては、片手でたくさんひたすら握り潰す。

 

 脚力、スピード、跳躍力を鍛えているところだ。ダッシュをひたすら繰り返す。公園内の木の葉に指を触れる垂直跳びも、ひたすらに。

 

 足腰の粘りと首を鍛えているところだ。ゴムチューブを鉄棒の柱に縛り付け、それを頭に引っ掛けて前後左右に引っ張るのをひたすら繰り返す。

 

 そして、トレーニング前とトレーニング後のストレッチも欠かさない。


 時は流れ今は十月一日。今、僕の体重は七三キロ。この約二ヶ月半で僕は二七キロも痩せた。毎日大汗を流し、毎日何回も体重計に乗っていた。学校にも行かず、正に地獄のトレーニングを続けた結果だと思う。

 

 それから、僕は日帰りレーシック手術も受けた。おかげで視力を取り戻すことにも成功した。高校一年生の時一七三センチだった身長も、今では一七五センチまで伸びたのだ。

 

 夜、僕は上半身裸で家の洗面所の大きな鏡を見る。明らかに自分が変化しているのが分かった。削ぎ落とされた無駄な肉。黒く日焼けして筋骨粒々な体。髪も伸び眼鏡も掛けていない、以前の僕とは別人。自分で言うのもなんだが、なんだか僕はかっこ良くなった気がする。いや、間違いなくかっこ良くなっていると思う。


 あとは、本格的な技術を教わらなくてはならない。道場探しだ。新しいスマートフォンも買ってもらった。インターネットで調べてみよう。僕は自分の部屋のベッドに座り、スマートフォンのインターネットで調べてみることに。ちなみに、僕は博樹さんが使っていた部屋を使わせてもらっている。調べてみると見つかった。横光よこみつ道場という総合格闘技の道場があるらしい。


 そして数日が経った。今、僕と父さんと母さんはみんなで揃って朝食を食べている。

 

「一成、せっかくだから高校は卒業しなさい。学費のことなら心配しなくていい。父さん見つけたんだ。一成を受け入れてくれる高校を。佐野本要さのもとかなめ高校という私立高校なんだが。一成の学力を測って、高校三年生としての学力に見合う結果であれば、特別待遇としてこころよく受け入れると校長さんが言っているんだ」


 父さんがそう切り出した。


「私立高校? 父さん、それ本当?」


「はっはっは。ああ。本当だ。嘘じゃないさ。今は少子化だからな。学校側もできれば生徒が欲しいんだろう。どうする一成? 父さんと母さんは、一成の制服姿が是非見たいんだが……。残り少ない高校生活なんだ。どうせなら楽しんできなさい」


「ありがとう父さん。僕、その高校、是非行ってみるよ」

 

「それから悪いんだけど、僕、市内に総合格闘技の道場を見付けたから、道場にも通いたいんだ……。いいかな?」


 続けて僕はそう聞いてみた。

 

「そうか。ついに道場が見つかったか。一成の好きにするといいさ。父さんも母さんも、一成が目標を持って生きているのが、何より嬉しいんだ。やるからには全力で、いの無いようにやりなさい。父さんも母さんも、一成のことを必死に応援するさ」

 

「一成、頑張るのよ。でも、無理はしないことよ」


 母さんも嬉しそうに言った。

 

「僕は絶対にやるよ。そのために地獄のトレーニングをして、ここまで体重を落としたんだ。あと一週間くらいあれば、ジャスト七◯キロくらいまでは行けるよ」


 今は十月の十日の夜。明日は佐野本要高校の編入学試験。もうすぐ次の日を迎える。僕の体重は本当に七◯キロまで落ちた。この約一週間トレーニングは午前中だけにして、その分食事は今まで以上に控えた。午後は寝る前までみっちり勉強をした。

 

 数日後。学力試験に合格した僕は、佐野本要高校の三年C組に所属することに。編入生として。


「今日からみんなとお勉強することになった、梅宮一成くんだ。梅宮くんは記憶喪失で、今までの記憶を失っているから、みんなフレンドリーに優しく接するんだぞ。記憶を失ってはいるものの、学力試験では見事合格して我が高校に編入となった。残り少ない高校生活、梅宮くんをまじえ、みんな笑って卒業できるといいな。それでは梅宮くん、クラスのみんなに挨拶をしてくれるか?」


 担任の男性教師、勝浦かつうら先生が僕を紹介した。

 

「今、先生からご紹介していただいた通り、僕は梅宮一成といいます。残り少ない高校生活ですが、是非皆さんと一緒に、笑顔で卒業したいと思っています。卒業までほんの数ヶ月ですが、よろしくお願いします」

 

 僕は自己紹介をしてお辞儀をした。


 なんだか思い出す。七海ちゃんが野名北部高校に転校してきた時のことを。七海ちゃんもこんな気分だったのだろうか? まあ、僕の方は高校生活がもう数ヶ月しかない状態での編入だが……。


 クラス内が少しざわつく。

 

「なあ、なんか、すげー強そうじゃねーか? あいつ」


「なんか日焼けしてるし、ガタイがいいよな」


「ああ。制服着ててもなんとなく筋肉あるの分かるぜ」


「おいおい、女子がちょっと騒いでないか?」


「無理もねーよ。あの編入生、結構イケメンじゃん」


 男子達がざわついた。


「ねえねえ、あの人かっこ良くない?」


「うん。凄く強そうで素敵」


「ガチムチ系だよね。私、タイプかも」


「お姫様抱っこされたくない?」


「私もされたい。でも彼女いそうじゃない?」


「記憶喪失なんでしょ。チャンスありかもよ」


 一方、同時に女子達もざわついた。

 

 どうやら僕はかっこいいらしい。女子に狙われているようだ。無理もない。僕は太っていて眼鏡を掛けていた頃の以前の僕とは別人になった。自分でも自分がかっこ良くなったことは自覚していた。


 第七話 相園雪音 へ続く……

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