第五話 拳と拳の約束
深夜に誰かの声が聞こえてきて、僕は目が覚めてしまう。勇斗の声……。勇斗の声がする。なんと僕の目の前に、半透明になった勇斗が現れている。
「勇斗? 勇斗なのか?」
「武虎、お前には俺が見えるのか? やっとだ。どうやらお前とだけはコンタクトが取れそうだ」
僕がそう聞くと半透明の勇斗は言った。
「ああ。見えるぞ。これは幻じゃないのか? 本当に勇斗なのか?」
「ああ。幻じゃねえよ。本当に俺だ。どうやら俺は幽体離脱しちまったらしい」
「え!? 幽体離脱だって!?」
「ああ。幽体離脱だ。俺の姿が見えるのはお前だけだぜ、武虎。咲良にも七海ちゃんにも、俺の親父やお袋や爺ちゃんや婆ちゃんにも、俺の姿は見えてないんだ。誰にも気付いてもらえなくて、それでお前に会いてーって強く念じたら、一瞬でここにワープしたんだ。今まで幽体離脱なんて、誰かが作り上げた嘘っぱちだって思ってたんだけどな……。ほんとにこんなことがあるなんて、自分でも信じられねーぜ」
「僕も……信じられないよ……。どうなってるんだ……?」
僕はまだ驚きを隠せなかった。
「俺は今、野名病院で意識不明になって、昏睡状態になってる。医者の話を盗み聞きしたんだが、俺はこの先目覚めるかどうかも、はたまた死んじまうのかどうかも、分かんねーらしいんだ。でも武虎、お前が助けてくれなきゃ、俺は一○○パーセント死んでたぜ」
「なあ、勇斗。もしそのまま目覚めなかったとしたら、もし死んでしまったとしたら、悔いはあるか?」
「ああ、ありまくるよ。俺は総合格闘技のチャンピオンになって、自分の道場を持って、将来は武道施設の充実した養護施設を設立したいっていう夢があるんだ。それに俺は……俺は……。うっうっうっ……。咲良と話せねーのが、すげーつれーんだ……。うわー! 咲良と話せなくなって、初めて気が付いたんだ……。俺は、咲良が、好きで、好きで、大好きで、どうしようもねえんだってことに……。うっうっうっ……」
勇斗は泣きながら答えた。
「勇斗……。最初は咲良ちゃんのこと、ハエみたいに付きまとってくるとか言ってたのに……。僕は勇斗が泣いたの初めて見たよ……。勇斗……お前の中で咲良ちゃんの存在は、いつの間にか凄く大きくなってたんだな……」
「ああ、すまねー……。つい、取り乱しちまって……」
「なあ、勇斗。僕に、お前のその夢、託してみないか? 僕、お前の夢、絶対に叶えてみせるよ」
僕は思い切ってそう切り出した。
「武虎。それ、お前、本気で言ってるのか? それに、お前の将来の夢は、CGデザイナーなんじゃないのかよ?」
「僕の夢なんて、どうなったって構わないさ。だって、僕達は親友だろ? それに僕はお前のこと、本当に尊敬してるんだぞ、勇斗。見た目がかっこいいだけじゃなくて、凄く強くて、弱者には凄く優しくて、まるでスーパーヒーローみたいで、みんなお前のそういうところが大好きなんだよ。咲良ちゃんだって、僕だって、七海ちゃんだって、他のみんなだって、お前のそういうところが大好きなんだ」
「武虎……お前……」
「今だから言うけど、七海ちゃんはお前のこと好きで、お前の彼女になりたかったんだ……。でもお前と咲良ちゃんの仲を見て、諦めたんだ……。お前に失恋したんだ……七海ちゃんは……。それに七海ちゃん、お前に失恋した時、凄く泣いてたんだぞ……。勇斗、お前は本当にモテすぎで罪な男だよ……」
「そうだったのか……。実は俺も七海ちゃんにすげー惚れてたんだ……。でも俺には咲良がいたからな……」
「でも勇斗、お前は僕の大親友だ。だから僕はお前の夢継いで、格闘技やるために、レーシック手術受けてみるよ」
僕は決心を示した。
「……。すまねー、武虎。分かった。俺、お前に俺の夢、託すぜ」
「武虎、俺、お前ならほんとに総合格闘技のチャンピオンになれる気がしてんだ。技術云々と言うよりも、お前には格闘技に必要なフィジカルの強さがある」
続けて勇斗が言った。
「本当か? 勇斗から見ても、僕はフィジカル強い方なのか?」
「ああ。相撲も強かったし、自転車漕ぐのも速かったし、パンチも重かったし、お前のフィジカルはすげー優秀だ。とりあえず、七○キロ付近のライト級まで体重を落とせば、お前のフィジカルに勝てる奴はいねーと思う。だから、お前は筋力トレーニングを徹底的にやれ。そして体重を落とせ。あとは総合格闘技の道場見つけて、そこで技術を教わるんだ」
「ああ。分かった」
「そうだ。あと、これは俺からお前へのアドバイスだ。格闘技は騙し合いだ。騙した奴が一番つえーんだ。例えば、こっちがローキックが効いている素振りを見せると、相手は必死になってローキック打ってくるんだ。そんときは、拳でカウンター入れるチャンスでもあるんだ。俺は道場や他の道場への出稽古で立ち技オンリーのスパーやる時、それでよく相手をダウンさせてる。それから、相手の武器は同時に弱点でもあるんだ。相手に合わせて臨機応変に戦え。いいな?」
勇斗が僕にそうアドバイスを送った。
「ああ。分かった」
「ははは。話が長くなっちまったな。まあ、色々と裏技はあるんだが、お前は並外れた分析力を持ってるから、自分で色々と発見するだろ。とにかく、俺は今の幽体離脱の状態でずっといると、多分死んじまう。もう自分の体に戻りに行くぜ。頼んだぜ、武虎。俺は必ず目覚めてみせる。だからお前も絶対に頂点に立って、チャンピオンベルト取ってこい」
「ああ。必ずやり遂げてみせる。約束だ」
僕がそう決意を見せると、勇斗は僕に右手の拳を向けてきた。僕は自分の右手の拳を、勇斗の右手の拳にくっ付ける。
「じゃあな」
「ああ」
勇斗がそう言うと僕は返事をした。
そして、勇斗は消え去ってしまう。
朝になり、僕は目を覚ます。深夜にあったことははっきりと覚えている。あれは幻じゃなかったんだ。本当に幽体離脱した勇斗だったんだ。だとすると、僕は勇斗の夢を叶えなくてはいけない。僕はどうすべきなんだろう? とりあえず家に帰るべきだろうか?
でも、僕にはどうしても心残りがある。その心残りとは、僕を助けてくれた梅宮さん夫妻のこと。梅宮さん夫妻に恩返しがしたいということ。梅宮さん夫妻は、僕に実の息子のように親切に接してくれた本当に心優しい人達だ。僕が彼らの息子になれば、洋子さんは生き甲斐を取り戻すかも知れない。心の病も治るかも知れない。
もちろん、父さん、母さん、竜二、姫華には悪い気がする。でも、僕はここに残るべきではないだろうか? 梅宮さん夫妻の息子になることが、恩返しになる気がしている。絶対に恩返ししなくてはいけないと感じるんだ。ここで恩返ししないと、なぜか凄く後悔する気がするんだ。それに竜二には、僕の代わりに姫華を守れるような強い男になってほしい。兄としての僕の願いだ。
第六話 編入 へ続く……




