第三話 激流
時は流れ、今、七月の中旬に入ったばかり。もうすぐ高校生最後の夏休み。今日は台風のため学校は休校だ。
僕は部屋の時計を見た。今の時刻は午前十時過ぎ。僕は今、僕の部屋で、勇斗、咲良ちゃん、竜二、姫華とトランプやウノで遊んでいる。竜二と姫華は以前とは違う。トランプやウノもできるようになった。僕が教え込んでおいたのだ。
僕達は本当は七海ちゃんとも遊びたかった。だが、台風の影響で電車の運行も不安定なためさすがに呼べなかった。
まあ、遊びの言い出しっぺは勇斗だ。今日は朝からお爺さんに頼んで、車で咲良ちゃんを迎えに行ったらしい。その後、咲良ちゃんの家から咲良ちゃんと一緒に送ってもらったようだ。勇斗は中学の時から相変わらずだ。天気が悪い時は、いつもお爺さんに送ってもらって僕の家に来ている。
僕と勇斗と咲良ちゃんは同じ中学で家も比較的近い。だからこんな天気でも一応遊べる。今日に限っては、さすがに車でも来るのは大変だったらしい。風も強く、道路のあちこちに水が溜まっていたという。ちなみに例のバッグは僕の部屋にはもう無い。勇斗にあげてしまった。
遊びながらも、僕と勇斗と咲良ちゃんは七海ちゃんとLINEでメッセージを送りあっていた。当然、僕達四人はLINEのグループを作ってある。自宅待機の七海ちゃんとは、こうして通信している。僕達と一緒にいる気分にはなってくれるはずだ。だが、一緒に遊べないことを七海ちゃんはやはり少し残念がっているようだ。
「なあ、ちょっくら江戸川の様子、見てこないか? かなり川の水が溜まってるはずだぜ。どんくらい溜まってんのか、ちょっと見に行かないか?」
「勇斗、行ってもいいけど……危ないからすぐ戻るって約束だよ……」
勇斗が急にそう切り出すと咲良ちゃんが心配した。
「ああ、分かってるよ、咲良。とりあえずさ、見に行くだけでいいんだ。竜二と姫華には部屋でちょっと待っててもらってさ。俺達三人だけで一緒に見に行こうぜ」
「多分この様子だと、川の流れも凄いことになってると思うけど。ちょっと見てみたいのは僕も一緒だよ、勇斗。竜二、姫華、お兄ちゃん達はちょっと川の様子を見てくる。二人とも、ゲームでもやって待っててくれ。外は危ないから、絶対に出ちゃ駄目だぞ」
「うん。分かった」
僕が竜二と姫華にそう念を押すと、二人とも同時に返事をした。
僕と勇斗と咲良ちゃんは、玄関のシューズボックスにしまってある上下のレインウェアを着た。早速、江戸川の土手道に出てみることに。上下のレインウェアがあって本当に良かった。傘だと飛ばされる可能性がある。実際、雨だけじゃなく風も強い。
予想通り江戸川の水は氾濫していた。土手の堤防の半分くらいまで溜まっている。川の流れも速くなっているようだ。しかも川の水は茶色く濁っている。
流れの様子もおかしい。普段とは逆の方向……。これは逆流……。普段は南の東京湾へ向かって流れているはずだ。今は北の合流する利根川へ向かって流れている。
「あれ、何かな? 何か、流されてきてる……。ワンちゃん……? あれ、多分ワンちゃんだよ。可哀想だけど、こんな川の状態じゃ助けられないよ」
何かを見付けたかのように咲良ちゃんが言った。
確かに犬が流されている。しかも小さい黒い子犬だ。
「俺が絶対に助けてやるよ。待ってろよ、ワンコロ」
「勇斗、いくらなんでもそれは無茶だよ! この水の量と、この川の流れの速さじゃ。勇斗も一緒に流されちゃうよ。絶対にやめとけって!」
強気な勇斗に対し僕は言った。
「わりーけど、俺にはこのまま見捨てるなんてことはできねーんだ」
勇斗は上半身裸で裸足になると、雨風に耐えながら川に向かって土手を下っていく。土手を下ると川に飛び込んでしまう。
勇斗は川に飛び込むと、流されながらも渾身のクロールを見せた。渾身のクロールで黒い子犬を捕まえることに成功する。だがやはり、黒い子犬を抱えているせいだろうか。岸に戻ってくることができない。流されていってしまう。
「勇斗~!」
咲良ちゃんが泣きながら叫んだ。
大親友が流されていくのを黙って見ているのは、僕にはとても耐えられない。僕は慌てて眼鏡を投げ捨て、上半身裸で裸足になった。続けて、雨風に耐えながら土手を下っていき川に向かって飛び込む。
眼鏡が無いため僕の視界はぼやけていた。だが見えないわけではない。黒い子犬を抱えている勇斗の姿は見える。僕も渾身のクロールで泳ぐ。流されながらも勇斗の所へ辿り着く。
僕は勇斗の右腕を掴み岸に戻ろうとした。勇斗は左肩に黒い子犬を抱えている。僕は勇斗と一緒に岸に戻ろうとするが、如何せん川の流れが凄まじい。僕と勇斗はどんどんと流されていく。
「勇斗~! 武虎くーん!」
遠くから咲良ちゃんの声が聞こえた。
もう駄目かも知れない。僕と勇斗は水をかなり飲んでしまっていて苦しい状態だ。勇斗はそれでも抱えた黒い子犬を離さないようだ。意識が遠退いていく……。勇斗も黒い子犬を抱えたまま意識を失いかけている。
遠退いていく意識の中、僕は川の中に何かを発見した。木だ……。木が見える……。千葉県と埼玉県を繋ぐ、東武アーバンパークラインの鉄道橋の柱付近にある木々。鉄道橋には及ばないがかなり高い木々だ。上の方はまだ川に飲み込まれていない。
僕は渾身の力を込めて勇斗を放り投げた。なんとか、勇斗を木の太い枝に乗っけることに成功する。勇斗は意識を失っているが、左肩に黒い子犬がしがみ付いているようだ。多分、これで勇斗も黒い子犬も助かるはずだ。一方、僕は流されていく。
意識が朦朧とする……。よく見ると、近くに何かが浮いているようだ……。近くに流されてきた大きな木材を発見する。僕はその大きな木材にしがみ付く。この大きな木材にしがみ付いてさえいれば、なんとか溺れずに済むかも知れない。だけどもう、水を飲んだ息苦しさと体の冷えで僕は気を失いそうだ。
もう駄目だ……。意識が……。
第四話 勇敢な二人 へ続く……




