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第二話 命に変えても

 

 そして、僕達四人は水清公園へ着いた。

 

 水清公園の前には道路がある。その道路に沿って、花を咲かせた桜の木がたくさん立っているのだ。その道路はまるで、桜のアーケードになっている。桜の花びらが舞う。僕達はつい目を奪われてしまう。灰色のアスファルトの道路もピンク色混じりだ。ゆっくりと道路を走る車は、タイヤと通り過ぎる時の風圧で、そのピンクを疎らにしていく。


 夕焼け空の下に広がる桜のアーケードの中、僕達四人はその道路の歩道を歩く。歩道を歩くたくさんの人。ほとんどの人が上を見上げて、桜を眺めているようだ。写真を撮っている人もちらほらと見掛ける。


「桜、凄く綺麗だね」


「ああ、すげー綺麗だ。俺達、ちょうどいい時期に来たな」


 七海ちゃんが桜を眺めながらそう言うと、勇斗も感激した様子で言った。


「去年はパパとここに来たんだけど、その時も凄く感動したの。だから去年来た時に、私、思ったの。来年は今の高校で友達作って、友達と一緒にまたここに来たいなって」

 

「そう言えば七海ちゃん、去年そんなこと言ってたね。僕、覚えてるよ。七海ちゃんが転校してきてすぐ、僕の前の席になった時だったと思う」


 七海ちゃんがそう話すと、僕も思い出したように返した。


「覚えててくれたんだ、武虎くん。うふふ」


「覚えてるよ、もちろん。七海ちゃんが転校してきた時は、教室の中に隕石でも落っこちてきたような衝撃だったんだから」

 

「私も覚えてるよ。あの時、クラス中が凄くざわざわしてたもん。みんな七海のこと、ちょー可愛いちょー可愛い、って言ってて。その後は、女子みんなで七海のこと取り囲んで、大騒ぎだったんだから。私なんか後ろの方で、全く入っていけなかったよ……」


 咲良ちゃんも覚えていたようだ。


 僕達は道路の桜のアーケードを往復し終え、水清公園の中に入ることにした。水清公園の中には、花を咲かせた桜の木がたくさん立っている。桜吹雪がとても綺麗に舞う。やはり、水清公園の中の茶色い道もピンク色混じりだ。


 水清公園の中にはたくさんの露店が並ぶ。花見の時期だけに、露店が並ぶ通りはたくさんの人で賑わう。露店では、焼きそば、たこ焼、綿菓子、あんず飴、フランクフルト、お面などが売っているようだ。また、金魚すくい、スーパーボールすくい、的当てなどの露店もあるようだ。露店の食べ物の匂いが空気中に漂う。お腹が減って今すぐ食べたくなるような匂いだ。とてもいい匂いがする。

 

 広場には、花見客が様々な色のレジャーシートを敷いて座っている。多くの人が賑やかにお酒を飲む。どこを見渡しても、とても賑やかな様子だ。


 今、僕達四人は広場の前の通りを歩いている。

 

「いいよなー、お前らは同じクラスでさー。なんで俺だけ違うクラスなんだよー? しかも三年生はもうクラス替えがないんだぜー。つまり俺はあと一年、あのクラスでやり過ごさなきゃいけねーんだぞ」


「勇斗の場合、どこへ行っても同じじゃないのか? どこへ逃げたって女子が、郷間くーん郷間くーん、て言って追い掛けてくるだけだよ。逆に、僕はそんな経験がしてみたいよ。本当に羨ましいよ。うっうっうっ……。僕なんか、未だに眼鏡横綱とかデブ島とかエロ島とか言われて、女子からは軽蔑の対象だよ……。文化祭の時なんか、豚執事っていう新しいあだ名も付けられたんだぞ……。この前なんて、あんなのと仲良くしてあげてる郷間くんて、かっこいいだけじゃなくて人間的にも素晴らしいんだわ、とかいう会話を聞いちゃってさ……。僕は勇斗の引き立て役じゃないんだぞ……。うっうっうっ……」


 勇斗が不満の声を上げると、僕は涙ながらにそう返した。


「お、おい……お前……泣いてるのか……? マジかよ……」


「大丈夫だよ、武虎くん。私と咲良は武虎くんのこと大好きだよ。だって凄く優しいし、いつも相談に乗ってくれるし、頼りになるし、女の子の気持ち、ちゃんと分かってくれるんだもん。女の子はね、話を聞いてくれるだけでも安心するんだよ。私、武虎くんにはいっぱい恩がある。それに……武虎くんは……私のヒーローだよ……」


 そう言うと、七海ちゃんは左手の中指に嵌めた指輪を僕に見せてくる。僕がゲームセンターのUFOキャッチャーで、七海ちゃんのために取った指輪だ。

 

「七海ちゃん……」


 僕はじーんと心を動かされ泣き止んだ。


「そうだよ。私も七海も武虎くんのこと、大好きだよ。私が勇斗を捕まえられたのは、武虎くんのおかげだよ。武虎くんの言う通りだったもんね。勇斗の攻略法。武虎くんて分析力が凄いよね。私は武虎くんのそういうところ、凄くかっこいいと思ってるよ。これからもよろしくね。武虎くん」


「二人とも、本当にありがとう。僕も七海ちゃんと咲良ちゃんのこと、大好きだよ」


 咲良ちゃんが優しくそう言うと、僕は二人の手を握って感謝の言葉を告げた。


「武虎……。引き立て役になっちまったのは気の毒だけど、これからもずっと俺の友達でいてくれないか?」


 勇斗はそう言うと右手を僕に差し出した。


「勇斗……。ああ。引き立て役でも構わないさ。もう、僕はそんなの慣れっこだよ。もちろん、僕達はこれからもずっと親友だ」


 僕と勇斗は握手をする。七海ちゃんと咲良ちゃんはそれを温かく見守っている様子だ。


 水清公園の中を一周すると、いつの間にか夜に。ライトアップされた夜桜がとても綺麗だ。気が付くと七海ちゃんと勇斗と咲良ちゃんがいない。どうやらはぐれてしまったらしい。僕は周囲を見渡す。


 いた。あそこの広場の隅っこにいるのは七海ちゃん……。七海ちゃんは三人の男達に囲まれている。どの男も二十歳そこそこくらいの若い男……。連中は見てからに柄が悪い。それに様子が変だ。七海ちゃんは何か、嫌がっているように見える。

 

 ナンパされているのだろうか? 酔っ払いに絡まれているのだろうか? そうだとしたら、僕は七海ちゃんを助けてあげないといけない。七海ちゃんのために僕は必死に走っていく。


 そこにいたのは、金髪の男、緑髪の男、坊主頭のピアス男だ。七海ちゃんはやはりこの連中に絡まれている。

 

「可愛い顔してお姉ちゃんも強情だねー。ちょっとお茶するくらいだよー。なっ、俺達と遊ぼうよー、なっ」


「やめろ! 七海ちゃんから離れろ!」


 金髪の男に僕は強気に出た。

 

「武虎くん!」


 七海ちゃんが嬉しそうに言った。

 

「七海ちゃんだあ? 武虎くんだあ? 誰だ? お前? どこの豚だ? まさか、このお姉ちゃんの彼氏ってわけじゃねーよな? どう見ても、お前みたいな豚とは釣り合いが取れてねーぜ。ふはは」


 金髪の男がにらみながら僕を小馬鹿にした。

 

「おい、てっちゃん、この豚野郎、ちょっと痛め付けてやんねーと駄目じゃねーのか?」


「どうするよ? てっちゃーん? やっちまう? この生意気な豚男」


 緑髪の男と坊主頭のピアス男が金髪の男に聞いた。

 

 どうやら金髪の男は、「てっちゃん」と呼ばれているらしい。

 

「ああ、豚にはちょっとお仕置きが必要だろ」


 金髪の男が指をポキポキと鳴らしながらそう答えた。


 どうやら、この三人は酔っ払っている様子だ。それに独特の臭いがする。間違いない。酒の臭いだ。


 金髪の男が僕に右手で殴り掛かってきた。僕は反射的に体当たりをする。金髪の男は吹っ飛んでいき、地面に仰向けに倒れる。

 

「このくそガキがー! おい! とおる! やす! やっちまうぞ!」

 

 どうやら、緑髪の男が「とおる」と呼ばれてるらしい。一方、坊主頭のピアス男は「やす」と呼ばれているらしい。

 

 さすがに三人相手では無理がある。僕は体のあっちこっちに殴られたり蹴られたりしてしまう。遠くから人の視線を感じる。ただ、面倒なことに巻き込まれたくないためだろうか。誰も寄ってこない。

 

 七海ちゃんが僕を見て泣いている。七海ちゃんが無事なら僕はどうなっても構わない。いつの間にか眼鏡が無い。暴行を受けている時に、眼鏡が吹っ飛んでいってしまったようだ。そうだ。七海ちゃんは無事だろうか? 


 僕はすぐに眼鏡を見つけて確認する。やはり、またあの連中に囲まれている。しかし、僕は激しく暴行を受けてしまった。体中が鉛のように重い。七海ちゃんを助けたいが体が動かない。


 最早ここまでか……。七海ちゃん……。


 一人の少年が連中に話しかけている。あれは勇斗……。間違いなく勇斗だ。離れているが、その後ろに咲良ちゃんもいる。


 金髪の男が右手で勇斗に殴り掛かっていった。勇斗はそのパンチを後ろに交わすと、金髪の男の脚に蹴りを入れる。あれは右ローキック。勇斗の右ローキックが、金髪の男の左脚の外側の太股にヒットした。

 

 一発だけで相当効いたようだ。金髪の男は寝転がり悲鳴を上げながら、左脚を抑えている。恐らくもう立てないだろう。

 

 今度は、緑髪の男が勇斗に掴み掛かろうとする。勇斗はそれを見切ると、緑髪の男の下に潜り込み腹部にパンチを入れる。勇斗の右ボディーブローが鳩尾みぞおちにヒットした。

 

 緑髪の男は寝転がり悶絶している。声も上げず苦しそうに腹部を抑えている。声も出せないくらいに効いたようだ。恐らくもう立てないだろう。


 もう一人残っている。坊主頭のピアス男だ。坊主頭のピアス男は手に何かを持っている。ビール瓶だ。

 

 坊主頭のピアス男が、ビール瓶を持って右手で勇斗に殴り掛かった。勇斗はそれを左側に交わし坊主頭のピアス男の右腕を掴むと、その腕に両脚を絡ませて飛び付く。坊主頭のピアス男は前方へ一回転し、地面で仰向けになって勇斗に腕を伸ばされている。あれは、飛び付き腕ひしぎ十字固め。

 

 痛みでたまらず手離したらしい。ビール瓶が地面に転がっている。坊主頭のピアス男は、悲鳴を上げながら勇斗の脚を左手で必死に叩いている。タップしているのだろう。


 勇斗が腕ひしぎ十字固めを解くと、三人の男達は身をかがめながら逃げていく。一方、勇斗のあまりに見事な戦いぶりに、広場にいる人達が拍手をしているようだ。


 さすが勇斗だ。三人相手でも全く危な気なく追い払った。それどころか、まるで連中を子供扱い。それに比べ、僕は体当たりを一発お見舞いしただけ。その後は袋叩きにされてしまった。僕は本当に頼りになる親友を持ったものだと思う。勇斗の背中がたくましく見える。僕は少し回復して、なんとか体は動くようになった。僕も七海ちゃんと勇斗と咲良ちゃんの所へ行こう。


「大丈夫か? 七海ちゃんは怪我は無いみたいだけど。武虎、その様子だと、お前は随分と派手にやられたみたいだな」


「うん。まあ、これくらいなら数日あればすぐに良くなるよ。でも、勇斗が来てくれなかったら、七海ちゃんも危なかったと思う。勇斗のおかげで助かったよ」


 勇斗の心配に僕は答えた。

 

「ぐすん……。勇斗くん……ありがとう……。それに……武虎くんもありがとう……。凄く男らしかったよ……。私は怖くて何もできなかったよ……。ごめんね……武虎くん……。私のせいでこんなことに……。ぐすん……」


 七海ちゃんが泣きながら言った。

 

「びっくりしたよー。七海、随分と柄の悪い人達に囲まれてたから。勇斗と二人であわてて駆け付けたの。ねえ、武虎くん、病院に行かなくて大丈夫?」


「あはは。僕は脂肪の鎧をまとっているからね。このくらいなら平気だよ」


 咲良ちゃんの心配に僕は平然としてみせた。

 

 すると、七海ちゃんが僕に抱き付いてきた。

 

「七海ちゃん……。僕は大丈夫だから……。七海ちゃんが無事で本当に良かったよ……」


「ぐすん……。武虎くん……。本当にごめんね……」

 

 勇斗と咲良ちゃんはそれを暖かく見守っている様子だ。

 

 やっぱり七海ちゃんは可愛い。僕が命に変えても守りたい女性だ。本当に無事で良かったと思う。勇斗のおかげだ。

 

「勇斗、本当にありがとう。あとで何か奢るよ」


「礼なんていいってことよ。それよりさ……」

 

「武虎、例の物、あれ今度バッグごと貸してくれないか?」


 勇斗が僕の耳元で囁いた。


「ああ。分かったよ」


 第三話 激流 へ続く……

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