第一話 思い出と出発
時が流れるのは本当に速い。歳月が流れ年は明けて、季節はすでに春。今は春休み。僕達はもうすぐ高校三年生への進級だ。午後の春の陽気に包まれる部屋の中、僕は回想にふける。色々な思い出が僕の脳裏に甦ってくる。
夏休みには、僕、七海ちゃん、勇斗、咲良ちゃんの四人でそれぞれの家へよく集まっていた。
七海ちゃんの部屋には、ベッドの枕元に茶色いクマのぬいぐるみがあったのを覚えている。僕がゲームセンターのUFOキャッチャーで、七海ちゃんのために取った、あのぬいぐるみだ。七海ちゃんは、僕や勇斗や咲良ちゃんやクラスメイトと撮った写真を、おしゃれな可愛らしいアルバムにしていた。それを僕達は見せてもらったのだ。野名北部高校が大好きだと言っていたのも覚えている。
勇斗の部屋は、スタンディングサンドバッグが部屋の隅に置いてあり、ボクシンググローブ、オープンフィンガーグローブ、打撃用ミットなどが。他にも、ダンベル、ジャージ、サウナスーツなどが散乱し、相変わらず足の踏み場が無かった。元々、勇斗の部屋は中学時代からそんな感じなのだ。僕、七海ちゃん、咲良ちゃんの三人は、勇斗の部屋では、DVDやタブレットのインターネット動画で、最近の総合格闘技の名勝負を大きなテレビの画面で見せてもらった。総合格闘技の様々な技や知識を、勇斗に解説してもらったのだ。みんな釘付けになって見ていた。勇斗はとてもうきうきと解説していた。みんなに見てもらえたことが、とても嬉しそうだったのを覚えている。
ちなみに、勇斗はアマチュア総合格闘技の大会の六一キロ級で、見事に全国優勝を遂げた。その時はみんなで応援しに行ったのだ。決勝戦で相手選手に腕ひしぎ十字固めで勝ったときは、みんな大興奮だった。
咲良ちゃんの部屋には、机の上に勇斗と咲良ちゃんのツーショット写真が置いてあったのを覚えている。咲良ちゃんは本当に勇斗が大好きなようだ。咲良ちゃんも七海ちゃんと同じように、おしゃれな可愛らしい写真のアルバムを作っていた。女の子は基本的に、アルバムを作るのが好きなものだ。しかしまあなんとも、本当におしゃれに可愛らしく作るものだと思う。
それから、カラオケ、プール、ショッピング、映画館、ゲームセンター、ボウリングなどにも行った。ラーメン屋、ファーストフード店、ファミレスなどへ行って外食もした。ラーメン屋では、七海ちゃんと咲良ちゃんがラーメンを食べ切れなかったのを覚えている。代わりに、僕が七海ちゃんの食べ残したラーメンを食べてあげた。勇斗は咲良ちゃんの食べ残したラーメンを食べてあげた。好きな女の子の食べ残しを食べるのは、男にとって一種の喜びだと思う。僕と勇斗と咲良ちゃんは、三人で一緒に、近所の倉庫の夏季短期アルバイトもした。
秋の行事と言えば、体育祭や文化祭や修学旅行。
体育祭での印象的な思い出は、保健室で怪我の手当てをされたこと。全学年男子合同の紅白対抗綱引きが行われた。毎年恒例、先生方も入り交じったものだ。その綱引きで、僕は手のひらと指の皮を擦り剥いた。つい頑張り過ぎたのだと思う。その後、保健室へ。保険の先生で眼鏡美人の穂積先生に、手当てをしてもらえたのだ。手当ては消毒と絆創膏。手当てされている時、大人の女性の魅力に緊張してしまったのを覚えている。消毒の痛みを忘れさせてくれる、言葉にはできない魅力だったのも。
文化祭での僕のクラス二年B組の出し物は、メイド執事喫茶。女子はメイドさんの格好を。一方、男子は執事の格好をして出店した。結果は大繁盛だったのを覚えている。僕が太っているせいだろう。周りから豚執事というあだ名を付けられたのも覚えている。そんな中、僕のことをそんな風に呼んだりはしなかった、心優しい七海ちゃんと勇斗と咲良ちゃんの三人。だが、三人とも必死に笑いを堪えていた……。
修学旅行では沖縄へ行った。一番の思い出は一緒の班の男子達と食べ歩きをして、色々な沖縄名物を食べた自由行動。ゴーヤーチャンプルー、サーターアンダーギー、ソーキそば、ラフテーなどを美味しく頂いた。
冬には僕の部屋で、竜二と姫華を交え、六人でクリスマスパーティーをしたのだ。僕達六人は大晦日も僕の部屋に集まって遊んだ。江戸川の土手道から、六人で初日の出や初富士を見たのを覚えている。あの時、初日の出を見終えると母さんが土手道に出てきて、みんなのスマートフォンで、初富士をバックに僕達六人の写真を撮ってくれた。
バレンタインデーには七海ちゃんと咲良ちゃんが、僕と勇斗に、手作りチョコをプレゼントしてくれたのも記憶に新しい。二人は本当に美味しいチョコを作ってくれた。僕は感激したのを覚えている。僕が七海ちゃんを好きだからだろうか? 特に七海ちゃんが作ってくれたホワイトチョコの味が忘れられない。クリーミーな口溶けとミルキーな風味が特徴的だった。
ホワイトデーには僕は二人にブラウニーのお返しを。一方、勇斗は二人にバウムクーヘンのお返しをしたのも記憶に新しい。今年こそ、僕は勇斗にお返しをさせないとまずいと思っていた。デパ地下まで無理矢理連れていって勇斗に買わせたのだ。七海ちゃんも咲良ちゃんも二人ともとても感激してくれていた。それが何よりだ。
僕のスマートフォンにはたくさんの思い出の写真が残っている。特に僕にとっての宝物は、七海ちゃんの水着姿やメイド姿。それだけでなく、僕と七海ちゃんのツーショット写真。勇斗と咲良ちゃんを交えて撮った写真。クリスマスパーティーの時や、初富士をバックに撮った時の写真もある。竜二と姫華を交えた六人で撮った写真だ。色々な場面で僕はあらゆる写真を撮った。現像はしていないが、パソコンにきちんと写真を転送をしておいてある。
もちろん僕だけではない。七海ちゃんも勇斗も咲良ちゃんも、たくさんあらゆる写真を撮っていた。僕がカラオケでオタ芸を披露した時には、三人とも笑顔でスマートフォンを僕に向けていたのを覚えている。そう言えば、七海ちゃんと咲良ちゃんのアルバムには、僕がオタ芸をしているときの写真があった。思い出すとプールへ行った時は、周囲の人の目線が僕のお腹へ集中していた気もする。まあ、僕のこの太いお腹では周囲の人の目線が集中して当然だと思う。
四人で電車で街へ出掛けた時、七海ちゃんが帰りの電車の中で僕の肩に寄り掛かって寝ることもあった。その時、僕はとてもドキドキしたのを覚えている。ドキドキしながらも、好きな女の子に寄り掛かられるのは男としては当然嬉しい。どれもこれも良い思い出だ。
今はちょうど桜が咲いている時期。今日、僕はいつもの四人で夕方から水清公園で遊ぶ約束をしている。もうすぐ家から出発しないといけない。
水清公園は野名市が日本に誇る有名な花見スポット。東武アーバンパークライン水清公園駅から歩いて約十分。アスレチックやバーベキューもでき大きな体育館もあり、世代を問わず人気のある場所だ。
今日の待ち合わせ場所は東武アーバンパークライン川馬駅。僕は川馬駅で勇斗と咲良ちゃんの二人と待ち合わせをしている。僕と勇斗と咲良ちゃんの三人は最寄り駅が同じ川馬駅だからだ。川馬駅から東武アーバンパークライン樫田方面行きの電車に乗ることになっている。その後、水清公園駅に到着する予定だ。
ちなみに、七海ちゃんとは水清公園駅で合流する約束となっている。合流したら四人一緒に歩いて水清公園へ行く予定だ。
第二話 命に変えても へ続く……




