第一話 郷間勇斗
五分三ラウンドの壮絶な試合だった……。
過去最高に楽しい試合だった……。
まるで夢のようだ……。
僕があの総合格闘技界のスーパースター、的場和輝の引退試合の相手を務めることができたなんて……。
それだけでも名誉なことだ……。
歓声が大きい……。
さいたまハイパーアリーナの会場が暗くなり、歓声が静かになる……。
いよいよ判定の結果が聞かされる……。
僕はレフェリーの右側に立って、的場選手は左側に立って判定の結果を待つ。
「判定の結果をお伝えします!」
会場内に場内アナウンスが流れた。
さあ、緊張の瞬間。
「ジャッジ安倍! ……梅宮!」
まずは僕に一ポイント入った……。
「ジャッジ小泉! ……的場!」
今度は一ポイント取られた……。
やっぱり判定が割れたようだ……。
あと一人……。
あと一人のジャッジで勝負が決まる……。
心臓がドキドキする……。
最後のジャッジだ……。
「ジャッジ小渕! ……」
今思えば……不思議だ……。
いつからだっただろう……?
僕がこの道を志したのは……。
僕は千葉県立野名北部高校に通う、生徒の一年生。身長一七三センチ、体重一○○キロのデブ少年だ。そんな僕の名前は冴島武虎。誕生日は七月十八日で血液型はO型。現在、僕は千葉県の野名市に住んでいる。
そして、学校は二学期の半ばを迎えようとしている。僕のクラスは一年D組。
僕は眼鏡を掛けていて、見た目ははっきり言って自分でもキモいと思う。眼鏡は銀縁でレンズも厚いものを使っている。髪色は黒髪で髪型は一センチ弱の坊主頭。体重一○○キロだが、毎日自転車で通学をしているため自転車を漕ぐのは得意だ。基本的に運動神経は悪いが、自転車を漕いでいる時は速いしスタミナもある。生まれつき力もあり、中学時代の体育の授業では相撲だけは特段に得意だった。
僕は相撲がとても強く体型も太っているせいか、中学時代にあだ名を付けられた。眼鏡横綱とかデブ島などと。また、こういうルックスのためか、将来少女を拉致監禁しそうだと言われたことがあり、エロ島というあだ名も付けられた。
ゲームも得意だ。僕は高校では帰宅部だが、中学時代はコンピューター部に所属していた。テレビゲーム、スマートフォンやPCのオンラインゲーム、あらゆるゲームを好む。勉強は中くらい。だが、中学時代コンピューター部だったうえ今も毎日パソコンに触れているため、PC関連の知識も豊富だ。
そんな僕の将来の夢はCGデザイナーになること。理由はなんとなくかっこいいからという理由だ。将来は日本屈指のCGデザイナーとして、大きく活躍したいと思っている。
高校で中学時代から僕を知っている奴らは、今でもあだ名を呼んでくる。眼鏡横綱、デブ島、エロ島などと。
現在、僕の中学時代を知らない男子、中学が別だった男子にはよく言われる。
「冴島、お前って太ってるのに自転車漕ぐのは速いな」と。
今は学校の休み時間。僕は廊下にある自分のロッカーを開ける。ロッカーから次の授業に備え、公民の教科書を取り出す。廊下には会話をする生徒達や、スマートフォンを眺めている生徒達などがいる。生徒達は男女問わずいて、歩くスペースはあるものの賑わっている様子だ。
「武虎、今日、一緒に帰ろうぜ」
僕がロッカーを閉めると、親友の勇斗がそう話し掛けてきた。
「ああ。いいよ」
僕は返事をした。
僕のことを武虎と呼んでくれる奴は、基本的に少ない。
親友の勇斗は僕のことを武虎と言って、下の名前で呼んでくれる数少ない男だ。誕生日は十一月二十四日で血液型はAB型。そんな勇斗のフルネームは郷間勇斗。クラスは一年A組。
勇斗には咲良ちゃんという彼女がいる。
咲良ちゃんは身長一五○センチ台前半でやや小柄な女の子だ。髪色は黒髪で髪型はロングのストレートヘア。前髪も綺麗に揃っている。顔は童顔でとても可愛い。ある種の男性には弩ストライクの風貌だ。誕生日は四月六日で血液型は勇斗と同じくAB型。そんな咲良ちゃんのフルネームは若森咲良。クラスは一年C組。
僕と勇斗と咲良ちゃんは中学が同じ。中学三年生の時は三年A組で一緒のクラスだったのだ。
自転車に乗っての帰り道。道路には秋らしく枯れ葉が落ちている。
僕と勇斗は二人とも自転車通学で、しょっちゅう一緒に帰る。咲良ちゃんも自転車通学だ。もちろん、勇斗と咲良ちゃんがカップルで一緒に帰ることもある。その時は僕は気を利かせて二人で帰らせることにしているのだ。でも、咲良ちゃんは高校では文芸部に所属している。そのため、文芸部の活動が無い時だけ勇斗と一緒に帰っている。そう言えば、咲良ちゃんは中学時代も文芸部に所属していた。多分、本が大好きなんだろう。
「勇斗、彼女がいるってどういう気分だ?」
秋の季節真っ盛りの中、僕は勇斗に聞いた。
「あいつがハエみたいに付きまとってくるだけだよ」
「でも、コクられてOKしたんだから、咲良ちゃんは立派な彼女だろ。大切にしなきゃ」
「ま、まあな。はは……」
勇斗は苦笑いをした。
家に着くと、僕は自分の部屋のベッドの上で仰向けになる。今は夕方。カーテンは開いていて、部屋にはオレンジ色の日が射し込む。外からは微かにカラスの鳴き声が聞こえる。
ふと、僕は仰向けで勇斗のことを考えた。
勇斗は女子にとてもモテる。僕も女子だったら一目惚れすると思う。勇斗が咲良ちゃんと付き合うまでに振った女子は、数知れず。身長は一七三センチで僕と同じだが、体重は六一キロの適度な細マッチョ。そして、なんと言っても顔が凄くイケメンだ。髪型もいかにも少女漫画に出てくる美男子のような髪型をしている。色が明るめでミディアムのサラサラヘアでかっこいい。僕と同じく帰宅部だが、球技も全部得意で運動神経自体も抜群だ。
中学時代は活動が少ないからという理由で、部活は園芸部に所属していた。勇斗は小学生の時からずっと総合格闘技の道場に通っている。そのため、時間を取られる部活は好きではないらしい。総合格闘技を習うきっかけは、的場和輝選手に憧れて、とのこと。的場和輝選手はブラジルの柔術一族、グルベール一族を次々となぎ倒していったレジェンドだ。日本の総合格闘技界の先駆者で、ファンタジスタとの異名を持っている。総合格闘技界のスーパースターだ。
勇斗は凄腕のバーリトゥーダーであるせいか、体の力も凄く強い。中学三年生の時の冬、体育の授業で行われた相撲のトーナメント戦。A組B組合わせた、レスリング部の部室で行われたものだった。そのトーナメント戦では僕と勇斗が決勝戦でぶつかった。結果は時間切れの引き分けになって取り直し。しかし、その取り直しでも時間切れの引き分けに。結局二人とも優勝という異例の形になったのを覚えている。相撲が終わった後は二人で握手した。見ていた体育の先生と男子達が、拍手喝采してくれたのも覚えている。良き親友同士の決勝戦で、お互いに力を出し切ってのとても気持ちのいい勝負だったのだ。
中学一年生の時から体育の相撲で全勝していて、眼鏡横綱と呼ばれていた僕が唯一倒せなかった相手が勇斗だった。
勇斗は中学時代から喧嘩最強な男としても有名だった。とにかく弱い者虐めをする奴らのことが大嫌いな男でもある。
中学一年生の時の秋、学校内で三年生の不良男子四人と喧嘩になったことがあったという。カツアゲをされていた、気が弱い一人の同学年の男子を助けるためだったようだ。その時、一人で下っ端の不良男子三人をあっという間に片付けたらしい。最後は残りの一人の不良男子のリーダーの奴にタックルして馬乗りになったという。そしてあっという間に肩固めで落としてしまった、とのこと。
一人で年上の不良男子四人を楽に片付けてしまったのだ。しかも最後は、「もう二度と弱い者虐めは許さん!」と言わんばかりの気迫を込めた絞め技だったという。
喧嘩最強で有名だったせいか、格闘技系部活の男子に喧嘩を挑まれることもあったらしい。中学三年生になってすぐの春、同学年のレスリング部の男子に喧嘩を挑まれたことがあったという。レスリングで全国優勝を重ねていた、実力者の男子だったらしい。その時はタックルしてきた相手をがぶり、華麗にスピニングチョークを極めて相手をタップさせた、とのこと。
時を待たずして、空手部の同学年の男子に喧嘩を挑まれたこともあったという。空手二段の実力者の男子だったらしい。その時は、相手の左の中段蹴りを脇腹と右腕に挟みキャッチし、そのままアキレス腱固めを極めて相手をタップさせた、とのこと。
不良男子を楽に片付けたり、凄い実績を持つ格闘技系部活の男子に喧嘩で楽勝したりしたという。そういった学校中に知れ渡った武勇伝を持っている。
喧嘩最強で弱い者虐めを嫌い、強き者には強く弱き者には優しい。正に絵に描いたスーパーヒーローのような男だ。ルックスが良いだけではない。その強さと優しさと高いヒーロー性が、女子にモテるところでもあるのだろう。僕自信、勇斗のそういったところがとても大好きで一人の男としてとても尊敬している。
実際、勇斗は女子だけでなく男子にもとても好かれている。いつもイケてる系男子とオタク系男子の垣根を越えている。色々な男子と仲良く話をすることができるレアな男だ。ガリ勉ではないがテスト勉強の要領が良く学業も優秀。基本的に男子には素を見せる。熱い友情やエロい本性を。一方、女子にはクールでさりげない態度を取る。
でも僕は知っている。勇斗が女子にクールでさりげないのは、単に勇斗が女性にシャイなだけだということを。そんな勇斗はとにかく男女問わずみんなから好かれる人気者だ。
第二話 勇斗と咲良との出会い へ続く……