ログ8 『疾風とウリス』
アシストドローンを駆使しながらあれこれと作戦を考えていると、不意にウリスが俺の前にひょいっと顔を出す。
「疾風! ウルグ============」
……流れ的に最初の救護者を助けてくれてありがとうって言ってるんだろうか?
「気にしなくていい。アースブレイドとして当然のことをしたまでだ」
手を振りながらそう言ってみるが……
「……」
「……」
互いにいまいち自分の意思が正確に伝わっているかわからずって感じに沈黙してしまう。
翻訳システムさ~ん早く機能してくれませんかね?
脳内ディスプレイにサンプル言語データ収集不足と表示される。
考えてみると、そんなに言葉を発してもらってないからな。
……喋って貰うか。
口の前で手をパクパクとさせてみる。
「ん~?」
よくわからないって感じで、首を傾げられた。
「なんでもいいから喋って欲しいだが」
口に出してみたが、今度はウリスの方が手をパクパクとし始めてしまう。
面白そうにしているので、真似っ子が楽しいのか? やっぱり年下なのだろうか?
「グワグワ」
なんかアヒルぽい鳴き真似までし始めたんですけど。
「いや、そう言う意味じゃないんだけど……」
「ん~? グワグワ!」
「グワグワ!」
「グワグワグ~」
「グワー」
「グワ!」
…………俺はなにをしているのだろうか?
翻訳システムも、サンプルとしては不適合と機械的な突っ込みをしてくるし。
わかってるっての!
あ~そうか、サンプルか……
俺は自分を指差してみる。
「疾風」
「疾風?」
で、ウリスを指差し。
「ウリス」
「ん~? ウリス?」
次に、今俺達がいる木を指差してみる。
「木」
「キ?」
「違う」
「ん~?」
首を横に振って否定してみると、ウリスは首を傾げて少し考える仕草をした。
さっきから気になっていたが、ん~っていうのは彼女の口癖なのだろうか? 言語とはなんか違う感じだし。
「=」
お? どうやらこっちの意図に気付いたようだ。
もっともなんでそんなことをするのか? って感じに首を傾げているが。
とりあえず、頷いておく」
「ああ、それでいい。次も頼む」
次々と手近にあるのを指差したり、触ったりしながら単語を口にする。
「葉っぱ」「===」「枝」「=」「幹」「ん~==」
それら以外にもいくつか彼女の言葉で名を呼んで貰った。 とはいえ、周りは森なのでそう多くなく、サンプルとしては不足だろう。
翻訳システムの方はまだパーセンテージすら出てない。
となると、次は……腰についている拳銃を持ってみる。
「けん――」
「====!?」
「ぬお!」
結構なスピードで俺に接近してしゃがむと共に腰に手を当てたウリスに結構ビビった。
色々とオフっていたってのもあるが、素の俺に反応できない動きをするとは……というかなにに反応したんだ?
「疾風~=======、=======?」
腰をぺしぺし。したかと思ったら、立ち上がって強化服のえりを摘まもうとする。
「ぴったりとくっ付いているから、そういうことできないから」
「んー?」
「聞いてますかねウリスさん?」
「んー」
「ぺしぺし叩いてもなんも出ないから」
「ん~=======?」
なんかキラキラした目で見られているんだが……
仕方なく拳銃を腰に戻し。
「んー! ==!」
強化服の一部が変化してSS47守人を固定される様子を、ウリスは両手を握り締めてぶんぶんと上下に振って喜ぶ。
…………ヘルメットを生成しようと思ったが、この分ならいいか。
しかしまあ、言動が本当に幼い。
この分だとあんまり必要な言語データを収集するのは難しいかな?
そんなことを思っていると、不意にクゥ~っと小さな音が鳴る。
音の方向をなんとなく見てみると、ウリスのお腹だった。
「……」
「……」
なんとく彼女を見ると、恥ずかしそうに赤面してお腹を押さえた。
「……腹が減ってんのか?」
意味が通じるとは思ってないがつい聞いてしまう。
と、状況的に理解できたのか、ますます彼女は顔を赤らめた。
鳴った腹の音も含めて、まあ可愛らしいことで。
「まってくれ」
俺は苦笑しながらバックパックから食料パックを取り出し、そこからチューブ飲料とスティックレーションを取り出した。
それをウリスに渡してみると、不思議そうにそれを見たり嗅いだりし始める。
これを知らないってことは、ますます人類統治機構下にいる人間じゃないって確証を持てるな。
何故なら中身の違いはあっても現在の食事形式はどれもこれだからだ。
百年前の核使用で地下シェルターでの生活を余儀なくされたことにより、食糧は合成品に頼るようになっている。
それ以前は工場で野菜などを育てていたらしいが、それすらできる余裕をその当時の人類は失っていたからだ。
土地も肥料もエネルギーもなにもかも不足し、それらがあったとしても全てアースブレイドに回されていた。
核は既に残されておらず、しかも、その兵器でさえ奴らに決定打を与えるには至らなかった。
次にブレインリーパーに襲撃されれば、間違いなく全人類が刈り尽くされる。
そう分かっていれば、非効率な食料生産などしているわけにもいかなかったってことらしい。
そして、それは百年経った今でも続いている。
矢面に立っていることで優遇されているアースブレイドであっても、それは変わらない。
まあ、そうは言っても支給されている合成食品はどれも一般では手に入らない高級品ではあるんだけどな。
今は慣れてしまったが、初めて食べた時はそのあまりの美味しさに変な声が出たもんだ。
ちょっとだけ昔のことを思い出しながらパッケージを開け、一口食べてから飲む。
ん。これは牛丼味と緑茶か。結構気に入っている奴だ。
これが好きな奴は多いので、きっとウリスも美味しく……
こっちの動きを真似てレーションを食べた彼女は即座に吐き出し、慌てたように緑茶を飲んで悶絶した。
その様子はこっちが唖然とさせてしまうほどで……
ほどなくして落ち着いたウリスは、涙目になりながら猛然とした勢いで俺に詰め寄ってきた。
「====!? ==========!?」
え~っとなんか怒ってらっしゃる?
わけがわからず困惑しながらなんとなくもう一口食べようとしたら、ウリスが食料をひったくろうとしたのでひょい腕を上げて避ける。
「====、====、===っ=! ====!」
なんかむくれて奪おうとすることをあきらめない。
その様子が若干面白かったのでしばらく腕のみの追っ駆けっこをしていると、段々と目尻に涙が溜まり始めた。
しょうがなくわざとひったくられとく。
俺から食料を取り上げられたことにほっとした様子のウリスは、両手でバッテンを作った。
「==========!!」
なんとなくこんなモノ食べちゃいけません! って言っているような気がしないでもない。
が、なんでこんな反応になるんだろうな? 美味いよな? 一般人が食べられる物より高栄養で味も濃いはず。
いまいちよくわからない反応に困惑していると、ウリスは俺から奪った食料を自分の腰に付けているウエストポーチに押し付ける。
すると、またしても新たなサイ現象を起こした。
彼女の拳より小さいはずのバックに二人分のレーションとチューブが吸い込まれ消えてしまう。
空間系? いくつのサイ能力を持ってるんだ……
もはや驚きを通り越して呆れていると、彼女は合成食糧を吸い込んだポーチに手を突っ込む。
明らかに掌が入るほどの大きさがないのに、すっぽりと手首ごと入っている。
こういうサイ現象を仲間でも敵でも見たことがあるから驚きはしないが、出てきた物にはちょっと困惑するしかなかった。
何故ならVR授業でしか見たことがないおにぎりと水筒だったからだ。