ログ25『花の騎士団団長』
ゆっくりと茂みの中から出ていくと、少しして砦の方が騒がしくなる。
ウリスに先行させつつ、周囲には万が一のためにステルス機能で姿を消したサポートドローンを五機ほど配置しておく。
原始的な長距離武器でも異様なほどの射程と威力が出たりするのがサイ現象なので、念には念を入れておいてもいいだろう。
まあ、ウリスの実力的に必要ないだろうし、真後ろでサムライドレスの俺もいるので、どうとでもなるっちゃなる。
当の彼女だって、呑気に鼻歌を歌いながら歩いているのだから、今の状況はゴブリン達を相手にしてきた時よりは緊迫感がないようだ。
(単によくわかってないってだけでは?)
まあ、森の中で仲間と一緒に過ごして来たわけだからな、集団の脅威というのもいまいち実感してないのはわからんでもないか?
(魔王が発生するまで敵対する集団とも実戦経験も乏しかったでしょうしね)
加えて、あれは集団としての熟練度も歴戦度も低かったことを考えれば、場合によっては変な自信を付けている可能性もあるか?
(彼女自身もかなりの強さを持っているようですからね。戦力判断もできるでしょうし、緊張する要素がないと判断しているかもしれません)
確かに一般人にしては戦闘能力が高いからな。
(忠告しておきますか?)
必要とあればするべきだが、逆にそれで警戒心を抱かせるのも悪手にならないだろうか? 変に意識すると無駄に力も入ることだしな。それに相手が反応されも困る。
(確かに一振りの中には対象が抱いている感情どころか思考すら読めるサイ能力持ちがいましたものね。疾風も彼らほどの高精度はなくても同じことはできますし。ウリスちゃんもしていましたよね?)
ああ、だから騎士達も同じことがでもできないということもないだろうしな。
(同様に防ぐ手段もあるとは思いますが)
防ぐ気があればだろ? そんな様子があるか?
鼻歌に加え、どこから取り出したのか木の枝を振り回し始めているウリス。
(油断し切っていますね)
まあ、敵意は向こうから感じられないからな。緊張感は感じられるが、こちらを視認したせいか物々しい気配は少しやわらいだように感じられるな。
(そうなのですか? 今のドローンの位置だと詳細な生体情報まで手に入りませんから、私からそれを肯定することができませんね)
あくまでそう感じるというだけだからな。
(武装者の感覚を信じないサポートナビはいませんよ。単に人の言うことを肯定したくなるナビとしての性分です)
さいで。
(さいです……おや? 向こうから一騎こちらに向かってきますよ)
そろそろ森と砦の中間地点に辿り着く。
向こうも念のためってところか。
(でしょうね)
その割には砦の方が妙に慌てている感じがするのが少し気になるが。
(なんでしょうね?)
さあな。
「疾風。どうする?」
ウリスも接近してくる一騎に気付いたのか、立ち止まってこっちを見上げてくる。
「俺に聞くことじゃないと思うがな? ウリスはどうしたい?」
「ん~? 早く冒険者になりたいからさっさと手紙渡したい」
「じゃあ、飛ぶか?」
「飛ぶ?」
首を傾げたウリスをひょいっと抱え、ポンと飛ぶ。
急激な移動による影響をサイパワーで防ぐおまけ付きだったが、
(いきなりはどうかと思うよ!?)
思念通信でなぜか抗議されてしまった。
(疾風も面倒くさかったのですか?)
というより、砦の方の動きが段々激しくなってるのがな。
(確かに早めに接触しないとより面倒なことになりそうですね)
場合によっては逆になるかもしれないが、その時はその時だな。
(了解)
こっちが飛んだことを確認したのか、こちらに向かっていた騎士が馬を止めるのを確認。
少しだけ落下地点をサイパワーで調整して、その一騎の前に着地した。
若干の戸惑いの視線を俺の方、というかサムライドレスにか? に向けられたが、ウリスを降ろすと共にそっちに顔が向く。
薔薇と盾の意匠が各所に刻まれた全身甲冑は、女性的なフォルムを持っていた。
(胸もしっかり出ていますから、かなりの巨乳さんか見栄を張っているかもしれませんね)
防具に見栄なんか必要か? というかスキャンできないのか?
(無理ですね)
つまり、三元防具ってことか。
しかも、実用性を取っているのか、紋章以外は特に飾りはない。
これは砦の方にいる騎士達も同様だったが、唯一違うのが丁度心臓の上あたりに付けられた紋章が目の前の騎士にのみあった。
剣を正面に掲げた乙女が描かれたデザインのそれが意味するのは……まあ、彼女だけが付けていることを考えるとあの騎士達の長なのだろう。
いや、砦の騎士達はほとんどが麦と盾の意匠だな?
(五十人ほど薔薇の意匠のもいますよ)
だとすると、薔薇の方が外部部隊か?
(あるいは別階級のとかでしょうか?)
だとすると少なくとも上のかもしれないな。
(どうしてです?)
体格からして女だと判断したが、こいつはかなり強いからな。少なくとも勇者個体ぐらいはありそうだ。
(さっきいないって言っていませんでした?)
実力を隠せる奴はいるからな。
(偽装も強さの内ですか)
かなり力を抑えている上に、制御も上手い部類に入るな。ここまで接近しないとわからないぐらいだしな。
(そう考えると、勇者個体以上である可能性がありませんか? 奴らは遠くからでもわかっていましたよね?)
まあ、目視や雰囲気だけでわかることも限られているからな。
もう少し観察すれば違うかもしれないが、あまり意識して見るのも良くないだろう。
(今のメインはウリスですからね)
そうそう俺は今、置物ってことだ。
(ゴーレムらしくですね)
などと作戦を確認していたら、今更ながらのことをウリスが思考通信で伝えてくる。
(ちなみにね。ある程度の実力を持っている人なら、ゴーレムか鎧着ている人かぐらい一目でわかると思うよ)
……わからない奴はわからないよな?
(この人はわかるじゃないかな?)
そうか……まあ、考えてみれば向こうでも自動兵器と搭乗兵器の見分けができる奴はいたからな。
(魔法生物と人はそもそも三元力の出方が違うしね。もっとも、一見すると同じように見えるのもあるから、区別できない人は区別できないんじゃないかな?)
なるほど……まあ、人だとバレたからといってなにが変わるわけでもないんだが。
などと思考通信で会話していると、騎士は馬から飛び降り胸に右手を添え、深々と頭を下げた。
「突然近付き申し訳ありません。わたくしはソードピア騎士国十三騎士団が一つ、花の騎士団が団長エルテーナ=フラワーズ=クシュトリガーと申しますわ。貴女は封印の森のハイエルフ様だとお見受けいたしますが、相違ありませんでしょうか?」
翻訳システムは問題なく起動しているな。
(ウリスちゃんが使っている言語と同じですからね)
「ん~?」
聞いていた国銘が違うことと、ハイエルフと言われたことに戸惑ったのかウリスが首を傾げる。
で、なんでかこっちを見上げてきた。
俺がなにも言わないでいると、すすっとサムライドレスの後ろに隠れるのはどうなんだろうな?
(人見知りでしょうか?)
まあ、考えてみれば千人ぐらいしかいない場所にずっといたわけだからな。
(疾風や私にはこんなことはなかったですよね?)
出会いが出会いだからだろ?
(そんな余裕がなかったと)
そういうことじゃないか? まあ、彼女の性格からしてその内に平気になるだろうさ。
(ですね。では、とりあえず当面は疾風が前に出るということで)
だな。
俺は苦笑しながらサムライドレスの胸部装甲を開き、エルテーナの前に降り立った。
彼女は軽く驚いた気配を出していたが、俺が出てきたからというより装着ブロックの一連動作に対してのようだ。
「見たことがない機構ですわ……それに服も……」
若干目のやり場に困っているのか、僅かに兜が動いている。
……そんなに変か? しっかり隠すべきところ、守るべきところはプロテクターで覆われている上に、肌の露出もしてないよな? ウリスも含めてエルフ達は特に反応してなかったし。
(閉鎖的な環境下の人達を参考にしてもしょうがないのでは?)
確かに。まあ、直接突っ込まれない限りは無視しよう。
「いくつか確認してもいいか?」
「どうぞ」
僅かな動揺は直ぐに消して頷く花の騎士団長ことエルテーナ。
「外の国はバラク―ド王国だと聞いたが、千年の間に政変でもあったのか?」
「はい。五百年ほど前に当時のバラク―ド王が乱心いたしまして、我ら騎士が人民がために立ち上がり出来たのがソードピア騎士国です」
「封印の森についてはどれほど伝え聞いている?」
「千年前に最後に倒された大魔王の遺骸が封じられ、ハイエルフ様達が今もなお浄化を試みていると」
「彼らは自分達のことをただのエルフだと名乗っていたが、なぜハイエルフと?」
「今の世のエルフは皆なにかしらの他種族の血が混じっていますので」
「純粋なエルフはハイエルフと区別しているわけか」
「はい」
頷くエルテーナにサムライドレスの後ろに隠れているウリスが首を傾げた。
純血のエルフがいないという言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう。
まあ、なんとなく想像は付くがな。
(妖精族の性質と容姿でしょうかね? ある意味ではありがちですね)
なんにせよ。とっとと役目を終えようか。ウリス、親書を出してくれ。
そう思念通信を送ったが、彼女がまごまごしている間に先にエルテーナが動いてしまった。
気配から緊張と闘気を感じられたので、嫌な予感はしていたが……
「一つ、こちらも質問をしてもよろしいでしょうか?」
「……答えられることなら」
「ありがとうございますわ。貴殿におうかがいしたいのです」
俺の方をしっかりと見るエルテーナ。
「封印の森の魔物を一掃したのはあなた様でしょうか?」
「手伝って貰ったことはいくつかあるが、確かに俺だな」
特に隠し立てすることでもないので素直に答えると、エルテーナは息を飲んだ。
僅かな間の黙考と共に、彼女はゆっくりと腰に差した剣を抜き俺に突き出す。
「でしたらわたくしは! 貴殿に決闘を申し込みますわ!」




