ログ22『森の外へ』
翌日。
なんとなく森の中が清々しくなっていると感じながら外へと向かう。
ちなみに植物女のちょっかいはない。
どうやら顕現の媒体になれる樹木は限られているらしく、そこに近付きさえしなければ物理的には現れないようだ。
隣を歩くウリスが時々、オーラが漂っている場所をチラチラと見ては困った顔を俺に向けてくるが、無視。
(なんか泣いているように木々が揺れてないですか?)
自然のイタズラだろ?
(精霊ってその自然とイコールなのでは?)
自然に自意識はないな。
(まあ、自然から生まれた存在というだけで、必ずしも同一というわけではないみたいですしね)
倒してしまった方が後々楽な気がするが、そうすると自然の守りが薄くなるわけだしな。
(魔物の瘴気から自然を守っているってのは、昨日のでよくわかりましたしね)
準敵性から、要警戒に落とすか?
(少なくとも疾風がどういうことを嫌がるか十分に伝わったでしょうからね。目を光らせているだけでも十分に抑えられるでしょうし)
そこまでの影響力が俺にあるというのもいまいち信じられないのだがな。好まれやすい属性ってだけでなあ。
(疾風自身で手に入れた親愛ではないですからね)
一方的なのは相互信用には繋がらないってことだな。それに向こうにこちらの理解があるようにも見えないのがな。
(彼らの善意が必ずしもこちらにとって望む物であるかどうかわからないってことですよね?)
意思疎通がある程度できても、根底がそもそも違っているのならどうしたって相容れないのはブレインリーパーで経験済みだ。
その前提がある以上、力ある存在にその傾向があると認識できているのにどうして奴らの善意を信用する?
(ブレインリーパーじゃないにしても、人類の中でもそういうことはいくたびもありましたからね。親切のつもりで行った行為が、異文化人にとっては失礼にあたる。なんてことはよくある話ですし)
同じ種族の中でもその程度なんだ。在りようがそもそも違う奴らがどうこうしようと俺の心が動くことはないな。
(私もそれには同意です)
なので準敵性は継続。
(だそうですウリスちゃん)
(ん~……板挟みになるのは私なんだけど……)
さっきから耳を触ってこっちの思考通信を聞いていたウリスはますます困った顔になっていた。
……やはりやるか?
(ウリスちゃんが困っているのは忍びないですからね)
(そんなことされる方がもっと困るんだけど……)
そこまであいつらが必要なのか?
(昨日も言ったと思うけど、精霊がいない土地は瘴気に弱くなっちゃうの)
その発生源である魔物はもういないぞ? そもそも俺達が危険だと考えているのは大精霊のみだが?
(魔物が世界から消滅したわけじゃないでしょ? それに大精霊以外の精霊ってより本能のままにあるから、大精霊が上から纏めてないと危ないんだよ)
(どう危ないのですか?)
(本能のおもむくままに霊術を行使して、周りを自分にとって都合のいい場所に変えちゃうの。火なら周りを火の海に、水なら周囲を水没させちゃうとか)
……精霊全体を敵性と認識した方がいいのか?
(だから駄目だって! 精霊がいなくなった土地にはね。魔物が集まりやすいんだよ?)
邪魔するのがいないからってことか?
(人のいない場所は霊獣や精霊達が守ってるからね)
ただ単にそこに住んでるだけだろ?
(霊獣はそうだけど、精霊はどこでもいるかな?)
それは駆逐するのが大変そうだな。
(疾風の思考物騒過ぎるよ!?)
(敵は基本殲滅ですから)
(雷火ちゃんも!?)
まあ、世界が違うから考え方も違うのは理解できるが、危険な敵をそのまま放置というのはな。
(精霊は敵じゃないからね! そりゃ考え方が違い過ぎるし、世界のバランス重視だから人とか時々蔑ろにするけど、適度に接していたりすれば全く問題ないし、ちゃんと話せば協力もしてくれるからね)
精霊術って奴か……ドローンと似たような感じで便利かと思ったが、力が強い個体になればなるほど厄介な自意識があるとなればな。
(大精霊の影響下にある中精霊小精霊ならそうでもないよ。しっかりお願いか契約をすれば勝手な行動とかもしないし)
見えんしな。
(三元力をちゃんと見えているんだから、その内見えるようになるよ。そこから判断すればいいと思うな)
とりあえず、今は大を準敵性存在。中小を要警戒存在だな。
(了解)
(ん~……もう今はそれでいいや)
若干疲れたようなウリスだが、少し間を置いて顔を明るくした。
「まあ、でも、もう少しだものね。んふふ~もう少しで冒険者」
「冒険者!」
「冒険者!」
何故かわざわざサポートドローンを一機近くに寄せてホログラフィまで出してウリスと一緒に楽しくする雷火。
別にいいっちゃいいが、例え森から出ても直ぐに冒険者になれるもんじゃないんじゃないか?
そもそも……まあ、わざわざ楽しそうにしている二人を仮定と予測の話で盛り下げるのもなんだしな。
「というか、サムライドレスの足で一気に行くか?」
「「え!?」」
俺のつぶやきに二人が何故か驚いた表情になって俺を見た。
「そんな風情もへったくれもないことをするの!?」
「そうですよ疾風! 異世界の旅は歩いてゆくものです!」
「それか馬車!」
「ええ。騎乗の旅というのも良いですよね」
「雷火ちゃんの世界にはバイクってのもあるんでしょ? 鉄のお馬さん」
「それもありですけど、いえいえ、ここはやはりもっと中世ヨーロッパ寄りの異世界的に行きましょう」
「ちゅうせい? それはよくわからないけど、やっぱりてくてくかとことこ、ぱかぱかだよね」
「ですよね~」
「ね~」
君達仲いいな……まあ、急ぐわけでもないし、いいっちゃいいが……
脳内ディスプレイに映る向かう先の砦が妙にあわただしくなっているのが気になるだがな。
(速く行っても逆に向こうの準備が整ってなくって、慌てさせることになりますよ?)
なるほど。万全な状態にしておいてから接触した方が相手に余裕があるというわけか。
(後は精霊ほど話が通じない相手ではないことを祈るばかりですね)
少なくともエルフは話が通じたからな。
俺と雷火でウリスを見ると、楽しそうにしている彼女はそのまま首を傾げた。
今は通信状態じゃないのでこっちの話は聞こえていないのだろう。向こうも聞くより冒険者になったらどうしたいかを考えるというか思い出し方に忙しそうだ。
「やっぱりダンジョン探索かな~」
「街での雑事を請け負うというのもいいですよね」
「護衛任務とかもいいよね」
「討伐クエストもいいのでは?」
などなど、サポートナビなので俺と思考通信で会話しながらウリスとも会話している雷火。
本来の目的忘れてないか?
(いや、疾風に言われたくないのですけど)
俺のはどっちも本来の目的だが?
(あ~……はい。疾風はそうですよね)
それにしても……
あーだこーだ楽し気な会話をまだ続けている二人。
楽しいか?
(楽しいですよ。疾風はこの手の話にあんまり乗ってくれませんし)
そりゃ興味が薄いからな。現実的な話でもなかったし。
(これから現実になるのですよ)
俺はそこまで希望的にはなれんのだがな。正直、俺というか向こうの今の地球人類と異世界の社会が合うかどうかもわからんしな。
(そりゃ色々と違いますが)
別になにからなにまで干渉するつもりはないし、できないことだって多いということも分かってはいる。
だが、だからといってこちらの考え方まで変える気はないからな。
(郷に入っては郷に従えという言葉がありますよ?)
それが俺達からすれば大きく間違っていてもか?
(場合によりけりでしょうか? 私だって我慢できないことはありますし)
まあ、随分暴れたよな?
(……なんのことでしょう?)
……まあ、結局異邦人どころか異世界人である以上は、どうしたってそれによる軋轢は避けられないだろうからな。
流石にこちらの社会を尊重はするが……魔物レベルと同等かそれ以上のなにかがあった場合、ウリスと別れることを考えなければならない。
(そうですね)
シンプルに帰還のみを考えられないのは一振りとしての悲しい性ってところか。
(いえ、単に疾風がそういう人だからってだけだと思いますよ? 全てとは言いませんが、他の一振りであったのならきっと違った行動に出るでしょうし)
まあ、実際にどうするかはそれに直面してみないとわからないがな。
(現状では千年前の情報しかありませんからね)
せめてファーストコンタクトは穏便に行きたいものだ。
西洋甲冑を全身に纏った者達が小さな砦の周りに集まっている様子を見ながらそんなことを思う俺だった。




