ログ5 『森の妖精』
「…………来ないな」
怪我人を抱えて一時間、ひたすらサムライドレスがある方向へ走って逃げていた。
が、特に新手が現れる気配はない。
「まんまブレインリーパー的なのがいないとはいっても、いくらなんでもおかしいよな?」
思わず独り言をしてしまうほどどうにも違和感がある。
ブレインリーパー共の探知能力は非常に鋭くまたその範囲も広い。
かつて火星軌道上にいた個体が、たった一人が発したサイ反応を捉えて襲い掛かってきたことだってあった。
勿論、それぞれの個体ごとに能力差があり、必ずしも探知しているというわけではない。
それに地球側も馬鹿ではないので、探知を阻害する手段もいくらか講じている。
人工衛星にサイ探知ジャマ―を搭載したり、俺が着ている戦闘用強化服サムライスーツには外部にサイ反応を漏らし難い仕組みがあるとかな。
もっとも未だに発展途上な地球のサイ技術なので、さっきみたいに戦闘レベルのサイ現象を使ってしまうとどうしたって探知されてしまう。
なお、奴ら、特に中位種以下は、サイパワーを発しない存在には興味を示さない。
なので、こうして己の身体と科学技術だけで動いているのであれば見付かることは少なく、状況次第では例え見付けても無視することもある。
当初の予定としてはそこら辺の習性を利用して、集まってきたブレインリーパーがいない方へと逃れてやり過ごそうと思っていた。
少し懸念していたのは強化服を着ていない救助者だが、俺が見る限りではサイオーラを発している様子はなかったからな。
人によっては無意識下でも漏れ出ることがあるので、その点に関してはややついているといえる。
まあ、結果としてなにも起きていないのだから、色々と取り越し苦労になってはいるが……それはそれでな……
場合によってはブレインリーパーが集まることによって異常を察知したアースブレイドがやってくることも期待もしていた。
なのにだ。
上空に飛ばしているドローン達で四方の空を見てみるが、特になにかが飛来している様子もない。
動き出した時に太陽は上にあったが、今は沈みかけ夕暮れになっている。
強化服と肉体改造で夜になってもさほど影響はないが、この時間になっても鳥が飛んでいる様子がないのが気になった。
ひょっとして野生動物復活前の再生地域なのだろうか?
薄っすら覚えている話だと、まず植物を復活させてから、クローン技術で蘇らせた動物を野に放つとかだったかな? だが、ほとんどセットのように行われるとも聞いたことがあるような?
……なんなんだろうか? どうにも違和感を覚えることが立て続けに起きている。
今まで見たことがないタイプのブレインリーパー。
サイパワーを使ったのに集まる気配がない。
動物の気配がない再生環境。
そもそも、こんな場所にこの人だけいることにも不自然さを感じる。
人類の生存圏外に一般人が出る場合、基本的にアースブレイドによる警護が行われなくてはいけない。
地球のほとんどが生物兵器に支配されているのだから当然の処置だ。
仮に無許可で外出しようとしても、シェルター全体を管理しているサポートナビ達に止められる。
だから、この人だけというのはありえない。
攫われてきたと考えるならありえるかもしれないが、それもそれで不自然か。
奴らが人を刈る時、行き先は決まって宇宙船の中だ。
なにより喰うなんてことはしない。
ブレインリーパーにとって重要なのはサイ資源である脳だけだからな。
それ以外の部分など奴らにとってみればゴミでしかないし、下手に傷付けて脳が使い物にならなくなることを恐れる。
それは生体兵器であっても同じであり、巣に持って帰るのを目撃したことはあるが……仮定ゴブリン達は直にこの人を喰っていた。
見た目も新型なら、行動もということか? それとも変異種とか?
中位種が生み出す下位種・最下位種は、地域やそれまでの戦闘経験などからその姿を変容させる。
寒冷地なら耐寒仕様に、海中であれば水中仕様に、核攻撃を受けたことがあれば放射能への高適応など、奴らの姿と能力は千差万別だ。
昆虫的な姿を除いて……
「俺は今、本当にどこにいるんだろうな? 本当にここは地球か?」
思わず馬鹿げたことをつぶやいてしまうほどわけがわからなかった。
誰かに答えを聞きたいところだが、唯一の情報が得られそうな人は治療により強制昏睡状態にある。
腕に抱えているので顔も見られるが、まだどんな容姿をしているかわかるまで回復していない。
が……気のせいか妙に耳が上の方に再生してないか? 腫瘍がこんなところにできるの初めて見たな……やっぱりサポートナビの支援なしだとエラーが出てしまうか。
下手したら目覚めたこの人に怒られそうな気がしないでもないが、こればっかりは命が助かったのだから許してほしい。
まあ、まだ助かったといえる状況かどうか微妙なところではあるが。
そう思って深いため息を吐いた時、周りを警戒させていたアシストドローンから警告が送られてきた。
「来たか!?」
緊張感を高めて送られてきた情報を確認し、俺は眉を顰める。
一番来る可能性がある大型ゴブリンと戦った方向ではなく、向かっている先に煙が上がっているという内容だったからだ。
火を操るブレインリーパーもいるので森が燃えること自体は別におかしくはないが……姿が見えないな。
普通、航空戦力とかも一緒に来るんだが、森の上には特になにかが飛んでる様子もない。
が、脳内ディスプレイでドローンの視界を見ている限りだと、新たな煙が昇り始めている。
戦いが起きている? ……戦っているのはこの人の仲間か!?
それ以外の原因は思い付かないが、どうする? この人を抱えたまま行くのはあまりにも危険だ。
だが、行かないという選択肢はありえない!
仕方ない索敵能力が落ちるが、来いアシストドローン!
周囲を見回して見付けた大樹に怪我人を隠し、今度はドローン達を二機とも残していく。
こいつらはただ索敵するだけの機体ではない。
必要に応じてあらゆることができる仕様であるため、アシストと名が付けられている。
だから、ドローン達にアサルトライフルを近付けると、機体を浮かせている反重力制御で掴む。
勿論、ペンほどの大きさしかないので一機では難しいので、二機でだが。
よし! これで俺がいない時に敵が近付いても、銃撃という手段が出来た。
加えて周囲にも前の場所から回収した残りのスティック爆弾を再配置。
これであの大型が出てこない限り万全だろう。
仮に出てきたとしても俺が駆け付けるまで時間は稼げる。
代わりに俺の戦力が減少したが、ある程度サイパワーを使っても平気であるのならなんの問題もない。
とはいえ、それに過信して使い過ぎるわけにはいかないがな。
そう自分に言い聞かせつつ、火の手が上がっている方へと俺は駆け出した。
「なんだありゃ……」
火元へとたどり着き、やや離れた燃えてない木の上から観察を行った。
現状を確認せずに飛び込むのは馬鹿のやることだからな。
なんだが、それで目撃したのは妙なものだった。
五十匹のゴブリン。
これは正直、見慣れた感じがある。
円陣を組み、外に盾と槍持ちが十匹。弓兵がニ十匹。裸が既に死体と化しており、それが十五匹。
そして、おかしなことをしている杖持ち五匹。
大型ゴブリンの時にも見たが、動物の皮を被ったシャーマン的な奴らがギャアギャアと言っていた。
よくわからないのが、その叫びが終わる度に杖にサイ現象が発生していることだ。
火球を作り出し周囲の木々にぶつける。燃える木々からの影響を防ぐために風の障壁を自分達の周りに作り出す。
これに関しては別におかしなところはない。似たようなサイ現象を個別に見たことがあるからな。
おかしいのは杖ゴブリンが一体で全て起こしていることだ。
ブレインリーパーと奴らから技術を奪った人類もだが、基本的に一個体一サイ現象しか起こせない。
俺のように現象の強弱化のように幅広く適応できる奴もいれば、火を生み出すだけや、風を起こせるだけなのが基本。
複数持ちはいないわけでもないが極稀だ。
アースブレイドでも五人ぐらいしかいなかったはずだし、ブレインリーパーでも最上位種に七体確認されたぐらいだったはず。
地球に関しては億単位、リーパーに関しては兆単位の中でそれしかいない。いないはずなのに……
杖ゴブリンが雷を放つ。
三つ目だよ。さっきまでコイツ火の矢と風の壁作ってたよな? 操作系だとか? それだったら複数の現象を起こせなくもないが……だとしても、五匹全てが同じサイ現象を起こしているのはおかしい……いや、今はそれを気にしている場合ではないな。戦力の見極めを優先すべきだ。
ゴブリン達はインターバルを挟みながら、ローテーションでサイ現象を起こすことで防御と攻撃の隙を潰している。
単純ではあるが強力な戦術だよな。
そんな感想を抱いている間も、ゴブリン達は攻撃されていた。
木々の間から絶え間なく矢が撃ち込まれているのだ。
それが風の障壁阻まれ、周りに突き刺さっている。
既にかなりの量が撃ち込まれているようで、ゴブリン達の周りは生け花で使うとかいう剣山みたいになっている。
今の時代、そんなことは仮想現実内でしかできないが、うちの相棒に無理やりやらされたことがあるんだよな……
ともかく! 裸の頭に刺さっているのも矢なので、相手は同じ射手なんだろう。
なんらかの特殊装置でも使ってるのかってぐらいの発射速度だが、それらしき音は聞こえないんだよな?
少し気になるが重要なのはそこではなく、一瞬でも防御を止めれば杖ゴブリンも裸と同じ末路を辿ることか。
それだけ矢の軌道は正確無比で、十分な威力を持っていた。
なんせ裸ゴブリンは全て一本の矢で絶命しているからな。
が、うまく防御されてしまているので、拮抗した状況になってしまっている。
しかも、杖ゴブリンは周りに火をつけているので、このままいけば逃げ場を失うだろう。
今のところ、木から木へ定期的に移動しながら攻撃しているので、矢が撃ち止まる気配はない。
焦る必要は無さそうだが直ぐに助けに入ることを、戦士としての性が待ったをかける。
何故なら木々側の射手も射手でおかしいからだ。
強化服のセンサーで確認する限り反応は一人しかいない上に、ドレスの反応もない。
まあ、極稀に着ずに警護をすることもあるので、それ自体は気になりはするがありえないことでもないか。
が、そもそもだ。なんで銃火器じゃなく、原始的な弓矢なんだ?
しかも、裸ゴブリンに刺さっている矢の材質はどう見ても木だった。
サイ資質の関係上、弓矢を使っている仲間はいた。
なんでかそれじゃないとサイパワーを込め辛いとか、変な制約があるサイ能力持ちがそれなりにいるからな。
なので、武器に関して疑問は少ないが、だとしてもアースブレイドの装備の中に木を使っている物などなかったはずだ。
少なくとも俺が知っている装備は科学的な強化が行われている金属矢だったはず。あるいはサイそのもので出来た力場矢とか。
ゴブリン達と戦っているのは、アースブレイドじゃないのか? だが、撃ち出されている矢には緑色のサイオーラがまとわりついている。
今の時代、強化服や遺伝子改造やナノマシン投与などをしなくてもサイを使えるような高い資質の持ち主は、問答無用でアースブレイドに入れられるはずだ。
例え戦えなくても、囮にはなれるし、普通のシェルターにいるより複数の意味で守りやすくなる。
だから、アースブレイドの一振りであることは確定のはずなんだが、くそ! 通信システムが万全だったから。それとも向こうがオフにしているのか? あ~よくわからないが、攻撃されている射手は強化服のセンサーで人間と表示されている。
だから、このまま観察をし続けるというのはありえない。
かといって、今の装備だけで固まっている奴らを攻撃するのはな。
よくよく見れば盾にも黒いオーラがまとわりついている。
通信システムエラーのせいで相手にこっちの存在を伝えれないし、かといってわかるように動いたら不意打ちができなくなる。
刀で突撃するのは賢い選択とはいえない。下手すれば誤射されるしな。
銃撃もオーラに防がれる可能性があるし、一発一発パワーを込めていたら戦闘が長引く。
増援を考えるのなら、一発でまとめてだな。
となると、少々派手にいくしかないか? さっきより強めにサイパワーを込めなくちゃいけないから、できればやりたくないが……しかたない。
ため息一つ吐き、俺は肩から投げナイフを一本取り出す。
腰からスティック爆弾をちぎり、柄に罠に使った時より少ない量を付けた。
「プロメテウス起動」
サイブーストアシストシステムを使うと同時に振りかぶり、投げナイフにサイパワーを籠める。
金色の輝きが宿ると共に、杖持ちゴブリン達がこちらを見た。
サイ資質を発現している存在は、サイパワーに対する感覚が鋭くなる。
物理的に見えないオーラを視覚的に見たりするのは五感に現れるそれの一部であり、もっとも顕著に強くなるのは第六感的なものだ。
だから、どうしてもサイ技術は隠密に向かないのだが、まあ、わかったところで遅い!
「シッ!」
鋭く息を吐くと共にナイフを投げた。
俺のサイ現象で速度・貫通力が引き上げられた刃は、狙い違わず風の障壁・杖持ち一匹の胸を貫通し、地面に突き刺さる。
「起爆!」
ほぼ同時に爆発。
本来ならありえない爆炎が生じ、ゴブリン達を飲み込む。
さて、これに耐えられる奴はいるか?
大型ゴブリンの周りにいた奴らは不意打ちだったこともありノーマルの爆弾で倒せたが、今回はばれての攻撃だ。
いかにサイパワーを纏わせて威力を上げたとはいっても、わかっていれば防げる奴は防げる。
それがサイ現象の理不尽なところだ。
俺は拳銃を取り出し構えながら、爆炎が晴れるのを待つ。
ほどなくして現れたのは、爆発によるクレーターのみだった。
ほっと一息吐きながら、俺は木から木へと移動を開始。
「ステルス・ヘルメット解除」
透明化を止め素顔を晒しながら、生体反応がある場所へと向かう。
流石に防衛組織の仲間であっても戦闘状態で接触するのはまずいからな。
それに、こっちは通信関係がおかしい。
せめて顔だけでも晒して個人を特定してもらわないと、下手したら攻撃される。
そんなことを思いつつ、射手がいる木の前まで辿り着いた。
「俺は地球防衛組織アースブレイド、七振りが一人。星き――」
幹の裏に隠れている相手に正式な名乗りをしている途中で、言葉が詰まった。
何故なら、
「==?」
聞いたことない言語と共に現れたのは、植物で作られた簡素な服を着た少女だったからだ。
サムライスーツすら着ていない!? アースブレイドじゃないってことか!? そもそもなんだあの服!? 植物なんて違法――
目の前の彼女に色々と驚いていると、更に驚愕する光景を見せられる。
「==?」
俺が固まっていることに彼女は小首を傾げた。
その頭の金髪ロングヘア―がサラサラと流れる。
サイドには妙に鋭い尖った耳が……
「……エルフ?」