ログ18『封印の森外区画魔物駆逐作戦下準備・前』
俺の勇者個体皆殺し発言に、植物女だけじゃなくウリス及びに虹色のオーラ達がピタリと止まった。
「まあ、疾風ならそうするだろうと思って、特定は済ませていますよ」
ホログラフィの雷火が深いため息を吐きつつ、サムライドレスを操作して装着ブロックを展開させる。
「流石は俺の相棒だ。けどな。どうやって特定させたんだ?」
「簡単ですよ。強力な個体であるのなら、瘴気もその分だけ増しているでしょうから。魔物の識別方法の延長線上で済みました」
「より周囲に負の影響を与えている個体がいるってわけか」
「ええ。見た目的にも同種族より大型な特徴もありますかね? そうでない個体もいましたが、どうやら勇者個体化すると通常より屈強化するようです」
「まあ、ゴブリンの時に戦ったのもそうだったからな。人の場合もそうなるんだろうか?」
「どうなのでしょう? 会ってみないことには。ただ、向こうでも強者とされる人物が全員屈強かというとそうでもなかったですよね?」
「まあ、筋力や骨格イコール強者ってわけではないからな。そこにサイ能力が加われば余計にややこしくなる」
「単純な見た目に反映されやすい魔物の方がわかりやすいといえばわかりやすいですよね」
「とはいえ、そんな奴らばかりではないんだろ?」
「ええ。気を付けてください」
「ああ。じゃあ行く――」
「待ったああああっ!」
さっさと装着ブロックに乗り込んだ俺をようやく硬直が解けたウリスが叫んで止める。
後は収納されるだけという段階なので、若干見下ろすような状態で彼女に視線を送った。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも。勇者個体だよ!? そんなさらっと散歩でも行くみたいに討伐しに行かないでよ!」
「そう言われてもな……ゴブリン戦でどの程度かはわかっているからな。勿論、個体差もあるだろうから油断はしないが、魔王と呼ばれたゴブリン幼王より弱いのであればどうとでもなると思うが? ウリスだって見ているだろ? 俺が勇者個体を単独で倒しているのを。しかも、サムライドレスを着てない状態で。で、サムライドレスを着たら小魔王だって倒せただろう?」
「それはそうだけど……いくら何でもこの森全部ってのは無理があるんじゃ」
「魔物同士で連携でもするのか?」
「ん~同じ種族ならすることもあるけど、魔王がいないのなら規模は小さいし、他種族とは協力しないかな?」
「なら問題ないさ」
「瘴気はどうするの?」
「不調を感じたらここに戻ってくるさ。その時は浄化を頼む」
「それは良いけど、勇者個体の遺体は?」
「ああ、そういえばそのまま残していると瘴気を撒き散らすんだったか……」
「ついていこうか?」
「いや、無理だと思うぞ? サムライドレスの戦闘機動は生身の比じゃないからな」
「大丈夫、森の中なら速さには自信があるよ」
「そうは言ってもな……ウリスは空を飛べるのか?」
「飛べるの!? その鎧!」
「専用の飛行装置がないから長時間長距離は無理だが、このぐらいの森の規模なら強引に飛び回れなくもないな」
「そ、そうなんだ……聞いていた勇者様の世界と全然違い過ぎるよね。そんなのがあるって聞いたことないよ」
「そりゃ、どの程度かはわからないが、俺達のはその勇者の世界より後の地球だろうしな……で、どうなんだ?」
「流石に空は飛べないかな……そういう霊術がないわけじゃないけど、属性的にそんなに得意じゃないし」
「なら無理しなくていいさ。持ってくる」
「ええ!? それは……あんまりよくないと思うよ?」
「遺体ぐらいで動揺するような戦場を駆け抜けてないが?」
「そういうことじゃなくって、魔物の瘴気は死後に一番強まるの。疾風だって小魔王で経験したでしょ?」
「ああ……なるほど。となると、どうするか? 作って貰ったグレネード弾を使うのは作戦に支障が出る。いくらなんでもこの森の端まで矢は届かないよな?」
「できなくはないけど、狙いが離れれば離れるほど難しくなるかな。それに、その分だけ霊力を消費するし、この森全部の勇者個体の浄化もって考えると、全然足りないと思う」
どうにも魔物は面倒だな……数と戦術を持って襲い掛かってくるブレインリーパーほどではないとはいえ、死体の処理までこうも手間が掛かるのはやり辛い。
「のう」
俺とウリスが沈黙したのを見計らってか、植物女が話し掛けてきた。
「これを使ってみてはどうかの?」
そう言って植物女は自身の枝葉の髪から木の実を生やし差し出した。
昔、小学校のVR授業で見たどんぐりに似た感じだな。
俺は受け取らずにそれを胡乱げな目で見ると、植物女は困ったようにウリスを見る。
「浄化の木の実だね。そっか、森の大精霊ならそれを作るのも容易だったよ」
「浄化の矢と同じってことか?」
「ううん。もっとすごいよ。一度植えればその土地を育った木の寿命が来るまで浄化し続けるから」
「そんなものがあるのならなんで今まで使ってこなかった?」
これ以上認識が下がることはないだろうが、上がらない要素が増えたな。
「待て待て! これを作るのにどれだけの霊力が必要だと思っとる!? なによりこれはバランスを崩す。余程の場所でない限りおいそれと作るわけにはいかんのじゃ」
「だが、それを使えと言ったよな?」
「お主が望んだからじゃ。なにより、愛し子の霊力を特に願いもなく貰ってしまってはバランスが崩れてしまうわ」
「またバランスか……」
要はそれさえこいつらの中で均衡が取れていればなんでもいいわけか。なら、それを利用するのはありか。
「わかった。それを試させてもらう」
ぱーっと顔を明るくさせんな。それで心証がよくなるなんてことはないからな。まだある虹色のオーラ達も良かった良かったって感じに揺らめくし。
思わずため息が漏れている中、植物女は髪中に浄化の木の実を作り出す。
花を咲かせずに過程をすっ飛ばして実だけ生み出すのは、バランスだとか言っている癖にいいのだろうか? まあ、連中の基準内ってことなんだろうが。
「一つ注意点なのじゃ。これらは数を作るために力を弱めとる。流石にこの森は一本で補えるほど狭くないからの」
「ああ、つまり、過剰にならないように調節したわけか」
なるほど、それならバランスも崩さないというわけか。
「安心せい。これでも勇者個体一匹程度なら十分に浄化できるわ」
「それを使う時に霊力は必要か?」
「不要じゃ。ただ埋めればいい」
「なら、こいつらに持たせてくれ」
俺はそう言って近くに待機させていたサポートドローン二機のステルス迷彩を解かせる。
「……わかったのじゃ」
なにやら直接渡したかったようだが、別段俺が必要ないのならドローンが使っても問題ないわけだしな。
植物女がしぶしぶといった感じにサポートドローンに浄化の木の実を渡し始めるのを確認しながら、俺は装着ブロックを収納しサムライドレスの操作権限を雷火から受け取る。
「じゃあ、行ってくる」
「ウリスちゃんはここで休んでいてね。多分、明日の作戦開始時間まで掛かるだろうから」
ぐっと足を屈伸させて力を溜める。
「ええっ!? 私も手伝うよ!」
「明日の作戦でもしかしたら追加のグレネード弾が必要になるかもしれないから、そこまで力の回復と温存をして欲しいの」
「私も戦えるのに……」
「今回はウリスちゃんの力を借りるほどではないってことよ。ほとんどただの作業でしょうから」
「勇者個体を作業って……」
「まあ、ゆっくりしていてくれって。作戦開始時間までには戻る」
俺はそう言ってウリスの返事を聞く前にプロメテウスを起動し、垂直に飛んだ。
瞬く間に木々の天辺を超え、さっき飛んだ高さの五倍ほどの位置にまで到達した。
気装術を絡めて飛べばこれぐらいはわけなく、反重力スラスターを絡めて周囲の抵抗力を増幅させれば空中に留まり続けることもできる。
俺は夜の闇に支配された森一帯を見回す。
空に月は上っていないので、光源は星々だけだがサムライドレスの目はそれだけで十分にその様子をみることができる。
ここまで生い茂っている森は向こうにはない。
一部試験的に再生された環境はあるが、自然に任せているわけではないのでどこか人工的だった。
しかし、眼下に広がる光景は無秩序であり、それでいて整合性が取れていると感じさせる雄大さがある。
かつての地球はこういう姿だったとVR授業で受けたことはあるが……
若干の干渉を感じつつ、目を向けるのは所々に存在している不自然に木々がないあるいは枯れている個所だ。
魔物が出す瘴気が生命を脅かすのなら、例え僅かな影響下でもその場が住処になるほど居続けたらそうなってしまうということなのだろう。
実際、雷火が表示する脳内ディスプレイの地図に映る赤い光点とその一致する。
そして、勇者個体を示す〇が付いている光点もそこにあった。
つまり、あの場所ならいくらでも暴れても問題なしと。
(向こうのルールが適応されるわけではありませんから、いくら破壊しても処罰を受けることはありませんけどね)
だからといって加減なくやるのはな。
(今はそこまでの事態でも状況でもないですからね)
そうだな。まあ、完全修復した機体の調子も兼ねて、一つ一つ装備を試していくか。
(まずはなにから?)
そりゃ勿論……
俺はゆっくりと右腰からサムライドレス用に調整された太刀を抜く。
雷のように激しく波紋がある一メートル五十センチの刀身が露わになった。
さて……ちょっと気合入れるか!
「完全修復されたお前がこの世界にどれだけ通用するか。やるぞ雷火!」
「ええ! 人の敵はひとつ残らず殲滅です!」
「この刃、ただ人を守らんがために!」




