ログ16『耳掛け型通信機』
俺の霊力を提供して、森の大精霊の協力を得る。
のは良いのだが、問題は三元力の区別が付かないことだ。
そもそも俺が使っているのは主に気力らしいので、霊力を出しているという自覚も、使っているという感覚も覚えがない。
だが、ウリス曰く。
「呪いってね。霊力が強い感情の力に呼応して変質した呪力よって行われるの。より思いを留めやすく、叶えやすく、だから強く世界に干渉できるの。普通ならそこにあるものしか干渉できない霊術だけど、呪術だったらそんな制限もなくて……霊力でそれができるってことはね。その分だけ無理をしてるってことなの。だから、瘴気と同様に呪力も世界を壊しちゃう力なんだよね。で、そんな武器を疾風が使えるってことは、それを維持するための霊力を武器に提供しているってことなんだよ。これで気力とか流していたら、疾風の高い三元力ならあっという間に使い物にならなくなるんじゃないかな?」
とのことなので、俺は無意識に霊力を使っているということになる。
「……そういえば同じ刀匠が作った武器を俺の従妹が使った時は、瞬く間に駄目にしていたな」
「その人って疾風と同じ感じだった?」
従妹のことをぽつりとつぶやいたら、ウリスがそんなことを聞いてきた。
「戦いのタイプとしては同じ。というより流派違いの武術使いだったからな。同じく気装術を使ってたんじゃないか?」
「ん~……多分だけど、属性の影響もあるかもね」
「属性でもなにかしら影響があるのか?」
「瘴気や呪力を浄化しやすい属性とかもあるから。だから、人によっては呪いの武器とか使えない人とかいるの」
「俺は万物の属性だから呪いであろうと相性よくできるわけか」
「逆も出来るけどね」
「随分とまあ、都合のいい属性なんだな」
「ん~どうなんだろう? 干渉しやすいってことは干渉されやすいってことだから、気を付けないと場合によっては三元力による影響が他の人より強くなることがあるから気を付けてね」
「なるほど……」
精霊達から妙に好かれているらしいのもある意味ではデメリットといえるか。
未だに大樹に宿っている森の大精霊が悲し気な顔をするが……まあ、知らんな。
今はそんなことより霊力だ。
「それで、風人刀を通して霊力を提供すればいいのか?」
既に納刀しているので、親指でアーセナルバックパックに収納している大太刀を指差してみる。
「ん~……多分、その刀を通しちゃうと霊力が呪力になっちゃうから、大精霊でもダメージ受けちゃうかも」
チラッと俺とウリスが植物女を見ると猛然と首を横に振り出した。
どうやら本当に駄目らしい。
「となると、霊術習得に専念する必要があるか?」
だが、そうなるとこれもまた時間が掛かりそうだな。
未だに植物女の周りに漂っている虹色のサイオーラが霊力であるという感覚を得られていない。
そんなこと思ってると、何事かを考えていたウリスが首を横に振った。
「ううん。今回は私が仲介するよ。私の霊力を使って疾風の霊力を誘導してみる」
「そんなことできるのか?」
「うん。さっきも言ったけど、呪いの武器を使ってもそれが壊れていないどころか、より強力にしている感じだったから。多分、疾風は無意識に触れている三元力に合わせているだと思う」
「そうなのか?」
「普通は得意な三元力に引っ張られるけど、疾風の場合はどれも同じぐらい特異な体質なんじゃないかな? ただ今まで気装術ばかり使ってきたから気力がベースになってるってだけで」
「そう言われてもよくわからないな」
「大丈夫、やることはいつもの訓練とほとんど変わらないよ。ちょっと違うのは雷火ちゃんを着ながらなのと、私が霊力を送った後、疾風が送る側になるってぐらい? それだって多分疾風がいつも武器に流しているやり方で問題ないよ」
「そうか……ぶっつけ本番でやるのもなんだ。今ちょっと試してみないか?」
「うんいいよ。はい」
差し出されたウリスの右手に俺は左手を置く。
サムライドレスの手は大きいので、中指で掌に触れている程度になっているが。
「じゃあ、霊力を送るね」
「ああ」
ここ最近の日課と同じようにウリスの緑色のサイオーラが俺の身体に流れてくる。
サイパワーの他者に流したり、自分に集めたりするのは向こうでも何度か経験していた。
複数人の力を合わせなければ対処できない事態というのは結構あったからな。
そのためのやり方とシステムは確立されていたわけだ。
しかし、その流れ込む物に対して区別をってのまではやったことがなく、三日程度の訓練ではさっぱりだった。
なので、今も霊力が送られてきていると言われてもよくわからない。本当にこのままサイパワーを送ってもだいじょうぶなんだろうか?
「疾風、三元力を増やして」
「わかった。プロメテウス起動」
「うっ! や、やっぱり凄いねこれ」
サイパワーの増幅が始まると同時に、ウリスが顔を顰める
そういえば受け渡しに慣れていない時は、俺も仲間もこんな感じだったな。
まあ、今回の場合は量の問題なのかもしれないが。
「……うん。大丈夫、促せるよ。私に流してみて」
ん~特に促されている感覚はないが……やってみるだけやってみるか。
ウリスに言われるがままいつも俺が武器に流している感覚でサイパワーを送ってみる。
ん? なんか少しいつもと違うな。軽いというか、いつも使ってる時よりなにかがないような感じがする?
「ん、意識しているからだと思うよ。後、強い意志を乗せてないから、その分軽くなってるんじゃないかな?」
そう言いながらウリスは左手を植物女の方に向ける。
掌からいつもの緑色のオーラではなく、少し緑が入った金色の粒子が吹き出し植物女が歓喜の表情になる。
エクスプロージョン弾で焦げた部分が瞬く間に治っていき、周りの虹色のオーラが心なしか震えているように見えた。
それにしても……俺、霊力の感想を口に出していたか?
「今は疾風が私に霊力を流しているからね。そこから心の声が流れてきちゃうの。霊術が上手い人なら伝わらないようにできるけど、今の疾風じゃどうしようもないからそこは我慢して」
まあ、聞かれて困るようなことは考えないから問題ないが。
(エッチなこととか考えませんものね。下手すれば枯れていると言えますよ)
うっさいぞ雷火。地球の刃が色事に現を抜かしてどうするんだ?
(戦場でもそういうのを嗜む一振りはいたみたいですよ?)
……人それぞれってことだろ?
「今、雷火ちゃんと会話してたの?」
「ああ」
「ん~霊力通しても疾風の声しか聞こえないね」
「間接的だからだろ? 思考通信に霊力を使ってるってわけでもないしな」
「んー疾風達ばっかり楽しそうに会話してるのはなんだかな~って思うよ」
「……別に楽しく会話しているだけってわけじゃないだが……少し待て」
「うん?」
「いや、その前に、まだ流す必要があるのか?」
「あ、もういいよ」
なんだかめきめきと音を立てて植物女が大きくなり始めたのを見て、ウリスは慌てて俺から手を離した。
封印の森の里で大樹の中で植物が育てられていたことや、彼女が見せた霊術からしても育成にも霊力は向くってことなんだろうか?
(だとすれば荒廃した地球には必須な技術ですよね。テラフォーミング技術の転用で再生を試みているとはいっても、それでも完全に元に戻すためには百年かかると考えられていますし)
戦力が最低限しか残されていない今であるのならなおさらだろうな。
(やはり帰らないといけませんね)
ああ。
そんな必ず帰る決意を新たにしつつ、アーセナルバックパックから今作った耳掛け型アクセサリーを取り出す。
「それなに?」
ウリスにそれを渡すと首を傾げた。
「通信機だ。それを耳に掛ければ、俺達の思考通信にも混じれる」
彼女が身に付けている生きた植物の服装に合うように植物のつるを模しているので、身に付けてもさして違和感はないはずだ。
が、ウリスは目を瞬かせて通信機をしげしげと見ていた。
「これだけで? 三元力をかけらも感じないけど……」
「いや、だから、俺達の技術だとむしろ三元力を使ってる方が珍しいだがな」
「ちなみに使われている技術は、疾風が使っている物より原始的な代物になっています。骨伝導を利用して音声を鼓膜に伝え、接触面から脳内の電流を読み取る形式なので、身体の改造も必要ないですし、なんの影響もありませんよ」
などと雷火が説明するが、内容の半分も理解してなさそうなウリスが困ったように俺を見る。
「心配なら俺が先に使おうか?」
とりあえずサムライドレスから出ながらそう聞いてみるが、ウリスは首を横に振った。
「疾風が使ってもなんの証明にならないと思うけど?」
「まあ、そうだな」
「それによくわからないけど、雷火ちゃんが大丈夫だっていうのならよくわからなくても平気ってことだよね?」
「少なくともサポートナビに人を害する意思はないからな」
「そういうことじゃないんだけど……見た目はただのアクセサリーなんだよね……」
若干戸惑いならウリスは通信機を右耳に掛けた。
(ではテストをします。聞こえますかウリスちゃん?)
「わっ!? 雷火ちゃんの声が近くに聞こえる!?」
そういうものだからな。
「って、疾風の声も!? 喋ってないよね!?」
俺の口を見ながらウリスは驚きの声を上げているが……念話とかあるのならそう不思議な物じゃないと思うだがな?
「念話とかこういう感じじゃないし。繋がってる時は相手を同時に感じるけどこれは、声だけが聞こえて……変な感じだよ」
まあ、慣れてくれ。
(ですね。あ、そうそう。もし通信を切りたい時は通信オフと念じてください。私か疾風のどちらかに繋げたい時は、名前を念じてから通信オンと念じてください。ちなみにそれは音声でもできますので)
(そう言われてもちょっと困るよ。あ、伝わってる?)
伝わってるから安心しろって。
(よかった……)
(でしたら、慣れるまで設定を変えましょう。通信のオンオフは手で機器に触れた時になるようにしました。手を触れるとオン、離すとオフです)
雷火がそういうと、ウリスは無言で頷き。ちょっと間を置いて、慌てて右耳の通信機に手を触れた。
(うん。わかったよ)
(なお、こちらからの通信が入った場合、着信音が流れます。出られる時に通信をオンにしてください)
(うん。って、着信音って?)
(色々ありますよ。ご自由に選んでください)
などと早速疑似的思考通信を楽しみ出したウリスと雷火。
それを尻目に若干大きくなった植物女が所在無さげにしているが……俺の方を見てもなんもしないぞ?
かまって欲しそうな植物女を無視しつつ、俺は先程感じた違和感を忘れないように己の中で反芻するのだった。




