ログ14『敵性存在認定』
「流石にそれはって疾風!?」
サムライドレス雷火の装着ブロックが展開されると同時にその気配に気付いたウリスが振り返った。
「なんじゃそれ――」
植物女がなにか言い切る前に、俺はバックジャンプで飛び乗り、
「武装! 雷火!」
キーワードと共に装着ブロックごと機体内に引き込まれる。
密着状態となった圧迫感を感じながら、
「私の操作をあなたへ」
「ああ、受け取る」
雷火から機体の主導権を受け取り、俺の意識はサムライドレスの機体に移る。
脳内ディスプレイと自身の体となった感覚を駆使して調子を確認する。
修復率は既に九十五パーセント。もっとも残り五パーセントは戦闘行動に必要な部位ではなく、それだけを考えるのであれば既に完全修復を終えているといえた。
なにより、ゴブリン幼王戦では壊れていた各装備は完璧に修復補充が終わっている。
これなら未知の存在が相手だとはいえ不足はないだろう。
「近くにウリスちゃんがいることをお忘れなく」
「誰に言ってるだ。俺は人を守るための刃だぞ?」
背面に背負っているアーセナルバックパックを起動し、長方形型の箱左側面から出るマシンアームとそれが持つサムライドレス専用レールガンライフルブレイク改良型・ブレイクバーストを両手で構える。
これはただ普通に使う分には上下に二つの銃口が付いた大口径ライフルなのだが、その真価は武装者がサムライドレスに乗った時に発揮される。
「なんじゃ!? なにをする気じゃ!?」
俺の意思に従ってブレイクバーストの上銃身が変形を始め、口径がグレネード弾に合わせた形になる。
ライフルが変わる間にアーセナルバックパックの右側面からマシンアームが飛び出し、箱上部から射出されたグレネードマガジンをキャッチし、構えている最中のブレイクバーストの上部に装着させた。
腰だめに構え終わると同時に撃つための準備は整う。
が、流石に間近にウリスがいる状況で撃つわけにはいかないので、真上にジャンプしておく。
「なっ!? 三元力も使わずにそんな重鈍なものを!?」
反重力スラスターを使っての跳躍は、一瞬で周囲の木々より三倍以上は高い位置までサムライドレスを持ち上げた。
驚く植物女の眉間に狙いを定めつつ、呼吸法を変えサイパワーを銃器へと流し込む。
サムライドレス専用ライフルのブレイクの正式名称は『自由口径多目的ライフル『ブレイク』』。
サイパワーによる運用を前提として作られた大型レールガンライフルであり、銃身の一部がナノマシンで構成されていることにより口径を収縮拡大できる。
これによりブレイクはあらゆる弾種を撃つことができるが、口径によっては撃ち出す弾丸の威力に耐えられない薄さになってしまう。
それが故に通常時以外はサイパワーによる補強が必須という専用性があったりする。
しかも、発現しているサイ現象は個々人で違うため強化の仕方もそれぞれ違うという理由から、別のサムライドレスと武装者では使えない特定個人専用という制限もあり、仮に他のブレイクを使うのであれば再調整する必要があるめんどくさい武器だ。
まあ、それを言い出したらサムライドレスの武装はどれもそんなものなので、だからこそサポートナビがいるわけなんだが。
なんにせよ。サイパワーが必須だからといって戦場で不便と感じたことはない。
高サイパワーで守られたブレインリーパーの中位種以上は弾丸にサイパワーを纏わせないと本体にダメージを与えられないからな。なにもしないとサイパワーで弾かれるか無力化される。
そして、下にいる植物女もそんな感じなのだろう。
俺の感覚だと中位種ぐらいの力を感じるからな。
なので、サイパワーを弾丸に込め終えると同時に俺はトリガーを引いた。
電磁加速によって撃ち出された大型弾丸は、一瞬で植物女の眉間に到達。
強烈な爆発が起き、サイ現象を使って一気に急降下した俺はウリスの前に着地する。
爆風から彼女を守りつつ、次弾を撃ち込む。
更にもう一発、ん? 硬いな。
雷火が物質分解再結合システム・ヘパイストスを使ってアーセナルバックパックに生成したのは、爆発に特化したエクスプロージョン弾だ。
作る際に様々な調整ができるので一概に同じ効果というわけではないが、今回は植物女に向けて使うため燃焼性も追加している。焼夷弾といってもいいかもしれない。が、あんまりここら辺で細かいこだわりはないので俺は気にしない。
そんなことより気になるのが、いくら貫通力をほぼ捨てているとはいえ、サイパワーを纏わせている弾丸がこうも簡単に防がれるか……
マガジンに入っている全てのエクスプロージョン弾を撃ち込んでも、目の前から植物女の気配は消えていなかった。
しばらく残るはずの爆発による影響も、瞬く間に消える。
現れるのはやや焦げているが、ほぼ無事な植物女。
ウリスとは違う緑色の霊力が周囲に薄っすら舞っていることからすると、それで防がれグレネードの影響を消されているってことか。精霊もまたこっちのサイ技術を越えているわけか。
(エクスプロージョン弾ではない方がよかったでしょうか?)
いや、これが多分あれだ。ウリスが言っていた三元力の三すくみだろう。
(気力による過剰な強化を抑えるために精神が霊力を生み出しってところですか?)
だろうよ。だから、気装術だという俺のサイ現象では効果が薄い。が、防いだということはそれも絶対じゃない。
(でしたら、次も同じで構まいませんね?)
ああ。
「い、いきなりなにをする!? いくら万物の愛し子とはいえぶ――」
「プロメテウス起動」
「いっ!? ま、待て!」
サイブーストアシストシステムを起動し、同じ弾丸を込めたマガジンを再装填。
ただサイ能力を使うだけでは生じないサイパワーの高まりと共に、ブレイクバーストにさっき以上の力が籠められる。
俺の視界ではサムライドレスから吹き出す金色のオーラが、周囲を強烈に照らしながらライフルに集まっていた。
いつもの光景。仲間がいる時にこれをやるとまぶしいと怒られるのを不意に思い出しながらトリガーを引く。
瞬間、嫌な予感がして咄嗟に銃口を上に向け撃った。
大口径弾が空へと舞い、俺へと落ちてくるはずだった巨大な雹にぶつかり爆発と共にそれを砕く。
どう見ても直径三メートル以上はある氷の塊がいきなり空中に生成された? しかも、雲一つない夜空に?
「氷の大精霊!?」
見上げる俺につられて空を見たウリスが驚愕の声を上げるが、その驚きはそれだけで止まらなかった。
「うそでしょ!? 火、水、風、ええ~!? 次々と来るよ!?」
……俺の目には特になにかがいるように見え……いや、様々な色のオーラが上空にオーロラのように吹き出し始めているのは見えるな。
(観測できない領域が一気に増え始めましたね)
仲間の窮地に駆け付けたってことか?
(かもしれません。ですが、媒体がなくて顕現できないようですね)
せいぜい大気中にある水分を集めて巨大な雹を降らせるぐらいが限度ということか? なんにせよ。別の邪魔が入る前に終わらせるか。
俺はマシンアームを操り、ブレイクバーストをアーセナルバックパックに戻す代わりに大太刀風人丸を取り出す。
サムライドレスの腕とアームを使って一気に鞘から引き抜き。
「ひっ!? な、なんじゃその呪いの武器は!?」
植物女が心外なことを言うが、
(そうです妖刀ですよ)
雷火の言葉を無視しつつ前へ踏み出し、一気に刀の間合いに入る。
が、横薙ぎに振ろうとした刃は途中で止めることになった。
何故なら植物女と俺との間にウリスが飛び出したからだ。
直前まで背後にいたはずなのに、その移動を捉えることができなかった。
しかも、その体は空中にある。飛矢折流身体操術・瞬のような肉体強化による瞬間的な加速というより、瞬間移動みたいな感じだな。
「その移動方法は霊術か?」
俺の問いに、ウリスは着地と共に頷いた。
「行きたい位置と自分の位置を一瞬だけゼロにする霊術・縮地だよ。強引な霊術だから遠くまでは使えないけど、これぐらいなら疾風より早いよ」
「それはつまり俺が再び切りかかっても何度も間に入るってことか?」
「うん」
「そいつはウリスの命を取ろうとしたんだぞ? 何故庇う?」
「本気じゃないよ」
「だから?」
「え?」
「戯れににウリスの命を求めたのは感じからしてわかっていた。だが、こちらの真剣な呼び掛けに対して散々からかい続けた上に、応じれば本気で命を取りかねないほどこちらの存在をどうでもよいと思っていた。信頼に値せず、ほんの僅かな気まぐれで人の命を奪うような存在を野放しにするのはアースブレイドの一振りとして見過ごせない」
「精霊ってそういうものだから。存在が人と違って曖昧で、それでいて大きいから、人一人の命はどうしても軽く見てしまうんだって。でも、だからと言ってむやみやたらに私達を殺すわけじゃないんだよ? ちゃんと契約してからじゃないと魂だって奪えないし」
「なら応えてしまえば奪うのも容易いということだろ? しかも、そうでなくても今のように霊術で物理的に攻撃もできる」
「でも、言葉は通じるんだよ? ちゃんと説得すれば大丈夫だから」
「相互理解が出来ないほどの思考に齟齬があるのなら、それすら危険だ」
実際ブレインリーパーはこちらの言葉を理解していた。それなのに一切の呼び掛けも交渉も応じずに人類を狩り続けたのだ。
そんな実例があるからこそ、言葉だけ通じようとそれだけで大丈夫だと安易に信用はできない。
しかし、育った世界も文化も違うウリスは首を横に振る。
「大丈夫。私はそのための勉強もしっかりしているから」
「それが通じているようには見えなかったが? あげく、俺の関心を引くためにウリスが死んでもいいとさえ思っていた節がある。殺気を直接浴びたはずのウリスがそれを否定するわけないよな?」
「それはそうだけど、ここにいるのは分体だから平気だったよ?」
「確かになにもしなくてもウリスなら防げただろう。だが、そういう問題じゃない」
「ん~あのね疾風。精霊は例え理不尽な要求をしてきても大事にしなくちゃいけないの」
「例え自分の命が失われようともか?」
「場合によるよ。そうしなくちゃ本当にいけないのなら」
ウリスの目は真剣に俺、サムライドレスの頭部へと向けられていた。
そうだろうとは思っていたが、こちらと価値観が違うな。
(私達はなにより人を、いえ、人類を優先しますからね)
妖精族だからなのだろうか?
(そういう文化だからという方が強いと思いますけど)
なんにせよ。それを受け入れるわけにはいかないな。郷に入っては郷に従えというが、その限度を超えている。
「精霊が失わればなにか支障があるのか?」
「言ったよね? 精霊は世界の現象・法則から生まれたって。だから、ここで森の大精霊が死んでしまえば、世界中の森が衰弱してしまうの」
「消滅するわけじゃないんだな?」
「実際の森とは別の存在になってるからね。正しく森が森としてあれるように促し、見守る守護的存在って言った方がいいかな。だから、魔物という危険があるこの世界ではいなくなってしまうと森が無くなってしまうことと同意義なの」
「それをウリスが危惧するといことは、つまり、俺なら大精霊でも殺せるわけか」
「……その呪いの武器なら多分、できるよ」
「呪いの武器ね……」
確かに妖刀と向こうで呼ばれるほど科学技術だけではどうやっても再現できない強度と切れ味を持つ上に、これを作った刀匠が文字通り命懸けで打った代物だ。
そこに呪いと呼べるほどのなにかが込められていてもおかしくはない。
刀匠も俺と同じような境遇と思いを持っていた人だったからな。
なにより実際に膨大なサイパワーに守られていたブレインリーパー上位種に刃を届かせる数少ない武器であることもいい証明だろう。
「それに加えて疾風、雷火ちゃんを着てる時もだけど、たまに異常なほど三元力が高まる時があるよね?」
「そういう機能が俺の服とサムライドレスにはあるからな」
「魔王を殺せるぐらいの三元力をその呪いの武器で叩きつけられたら、大精霊の分体でも消滅しちゃうよ。もしかしたら、本体にまで届いちゃうかも。だって」
チラッと後ろを見るウリス。
「大精霊がこんなことするなんて聞いたことないもの」
ウリスに庇われている植物女は、そのデカい図体で土下座をしていた。
しかもその周りには先程まで上空に在った虹色のオーラがまとわりついており、見ようによってはそれに頭を押さえ付けられているようにも見える。
「疾風にはまだ見えないかもしれないけど、他の大精霊達に取り押さえられているというか、土下座させられているの」
ああ、やっぱりそうなのか……なんだかな。
(疾風。レベルは?)
準敵性。
(了解)
俺はため息を吐きながら風人丸を鞘に戻し、マシンアームに任せてアーセナルバックパックに戻した。
ただし、左腰の雷人丸に手を置くことを忘れない。
こいつも風人丸と同じ刀匠によって作られた兄弟刀だ。
いざとなったらこいつで切り伏せる。
そう思っていることが伝わったのか、植物女がビクッと震えるのだった。




