ログ11『刃は並び立つ者に厳しい』
森の中にいくつかある沼地や池を住処とする、トカゲを人のようにしたリザードマン。
人に近いが三メートル強の身長と頭部に、個体ごとに異なる様々な形の角と、口角からはみ出るほどの牙を生やしたオーガ。
大樹と呼べる木々の上に巣を作る頭部と胸以外がほぼ人間のハーピー。こいつらは男がいるのがおかしいとか雷火が言っていたが、両方の性がないでどうやって増えるんだ? 単為生殖する生物もいるのは聞いたことがあるが、そういうことか? まあ、なんであれ架空の話だしな。納得いかなかろうと現実は現実だ。
とにかく、それら以外にも様々な魔物が存在しているのを確認し、それらの遺伝子解析を終わらせるのに日が暮れるまでかかった。
単に殺すだけならここまで苦労しないが、無力化して機器を離さないように押し当て続けるというのはなかなか手間と時間が掛かる。
しかも、俺しかできないというのがどうにも非効率だ。
今回の結果次第で行く先々で同じことをするのであれば、なにかしら対策を立てる必要があるな。
まあ、なんにせよ。ようやく次に進める。
が……
「やはり現状ではグレネード弾の数が問題ですね」
「この程度の範囲でか?」
「生産数は問題ありません。単純な構造ですし、疾風がいればさして時間を掛けずにいくらでも作れますから。問題なのはその後の処理です」
「ああ、なるほど……」
俺とサムライドレスの方の雷火が顔を向けるのは、植物で作ったベッドの上でぐでっとしているウリスだ。
最初の頃は雷火と話すほどの余裕があったが、精霊達と霊術の付与をグレネード弾にし始めてからはこちらの呼び掛けに反応しない時があった。
そして帰ってくる頃にはこんな状態になっていたというわけだ。
「……無理をしなくてもよかったんだぞ? なんだったら断っても良かった」
「でも、疾風は止めないんでしょ?」
俺の言葉に薄っすらと目を開けたウリスは薄っすらと笑った。
「まあ、止める理由はないからな」
「なら、私も頑張って手伝うよ。仲間ってそういうものでしょ?」
なるほど。ウリスはそういう認識なのか……
「疾風?」
俺が間を開けてしまったことに困惑の表情を浮かべるウリス。
……まあ、いずれはわかることだ。ここは正直に口にすべきか。
「俺のウリスへの認識は庇護下対象の民間協力者だ」
「ん~?」
「要するに、ウルグから預かった案内役だから、無事に帰すつもりだってことだ」
「んー……子供だと思ってるの?」
若干むっとした表情になるウリスに、俺は苦笑してしまう。
「そうじゃない。単に、俺の仲間という認識が、同じアースブレイドのサムライドレス使いのみだってことさ。全力で隣に並び立てる守る刃でなければ、それ以外は全員誰であろうと合わせる気になれないんだ」
「私は戦えるよ?」
「ああ、知ってるし、見ている。実力からすれば向こうの民間人協力者以上なのは間違いない。が、サムライドレスを装着した一振りほどじゃない」
「それは確かに一人で魔王を倒せるほどの力はないけど……」
「もし戦えることにプライドがあったのなら謝る。すまない」
「ううん。言いたいことはわかったから……そっか、私の実力だと仲間って思ってもらえないんだ……」
落ち込んでしまったウリスは俺に背を向けてしまった。
現状、彼女の力を全て知っているわけではない。だが、三元力技術という俺達より深くサイ現象のことを知っており、瘴気に対する対抗手段を持っていることを加味しても、共に並び立つ仲間という認識には至らないだろう。
戦闘力的な面で考えれば、プロメテウスを起動してない俺といい勝負ができるだろうが……雷火はこの考えに反対か?
(いえ。アースブレイドとしては間違った考え方だとは思えません)
だよな。
(ですが、ここはアースブレイドがある地球ではないということも考慮しなくてはいけないと思います)
考え方を改めろと?
(その必要があると疾風が判断したのなら)
参考までに雷火の考えを聞かせてくれ。
(現状、私としてもウリスを庇護下対象として捉えるべきだと思います。年齢的には百歳らしいですが、若干の危うさと無茶をする傾向があることを考えればその数字をこちらの感覚で判断するのはよくないでしょう。戦闘能力に関しては……なんとも言えないですね。聞く限りですと三元力技術が主体となっているようですから、正確な判断は私には難しいでしょう。ウリスがこうまで疲弊するのに気付けなかったぐらいですからね)
サイ関連は大体物理法則に反しているからな。
(忙しそうにはしていましたが、身体的には疲弊の兆候はありませんでしたからね。)
俺もサイ能力を使い過ぎると身体はなんともなくても全く身動きが取れなくなることはあったが、余程な状況じゃなければそこまで使おうとは思わないんだが……確か、死亡記録があったよな?
(ええ。記録上では限界を越えてサイパワーを使った者が死亡し、謎の消失を起こしたことがあるそうです。いくらこちらの技術が私達より発展していたとしても、起こる結果はそう変わらないはずです。なので、まさかここまでしてくれるとは思っていなかったというのもあります)
だよな……まあ、よくわかってないこっちより限界の見極めが優れているってだけの話かもしれないが。
(現状、特に危険な兆候は確認されていませんから、そういうことなのでしょう。ですが、サポートナビとしては恥ずかしい限りです)
まあ、次は気を付ければいいさ。
(ええ。なので、今日と同じペースで浄化グレネード弾を生成するのは止した方がいいかと)
そうだな……となると、この百発でなんとかするしかないか……
(そうですね。そう考えると、魔物を誘導する必要性がより強まりました。幸い、各魔物は同種族である程度まとまっているようなので、ドローンの数さえ確保できればできなくはないでしょう)
一種族ずつ追い込むのはどうだ?
(確実性は上がるでしょうが、後半になればなるほど手間が増える可能性があります。魔物同士の縄張り争いなどである程度のまとまりが生じているでしょうから)
減らせば減らすほどより広範囲に魔物が広がる可能背があるか。
(もう一つ問題点が。現状のサポートドローン達には戦闘機能を搭載していません)
製造を急いだのか?
(はい。衛星など当然ありませんので、できる限り周囲の情報を集めるのが先だと判断しました)
ドレスの方の修理も重なっていたしな。それに関しては正しい判断だと俺も思うよ。しかし、そうなるとガスグレネードの有効範囲に追い込むのがより難しくなるな。
(後付けでも可能ですが、各種パーツ製造、再調整、更に新たな機体を製造となると……準備だけでも結構な日数を取られますね)
その素材も全部俺達で用意しなくちゃいけないからな。いくら物質を自由に変換できるヘパイストスシステムがあっても、俺の方に限界がある。
魔物が周囲を跋扈している環境下であれば、ウリスのようにへばるまで頑張るわけにもいかない。
だとすると……
「ん~追い込みの準備を終えるのに、最低一ヵ月は掛けたいところか……」
ぽつりとそう口にした瞬間、俺に背を向けて寝ていたウリスががばっと起きた。
本格的に寝ちゃいないと思っていたが、いきなりどうした!?
「流石にそこまでいたくない!」
ああ、なるほど。
「最悪、先に行ってくれてもいいんだぞ? 通信機も渡すから後で合流すればいいわけだし」
「案内役の意味がないでしょそれだと!」
「そうか? むしろ、そっちの方が案内役としては適切なんじゃないか? 先に向かう先の情報を手に入れるわけだし」
「もう! 守るとか言ってる癖して、いきなり放置とかどうかと思うよ!」
「勿論、安全は確保するさ。完全武装のドローンも付ける」
「そういうことじゃない! こうなったら意地でも仲間って認めさせるんだから!」
なんだか急に怒り出したウリスは草のベッドから飛び降り、さっさとそれを元の姿に戻した。
「要するに、魔物達をある程度集めたいんだよね? 多くて百か所までに」
「可能なら各種族ごとにな」
「だから一ヵ月も掛かるってことだよね?」
「ああ。それができる数を揃えるのにサムライドレス一機だとどうしてもそれぐらいはかかる」
まあ、ちゃんと計算したわけではないので、もしかしたらもっとかかる可能性はあるが。
「だったら、それを私がなんとかしてあげる」
「……どうやって?」
「森の大精霊に協力を仰ぐの!」




