ログ10『魔物は食べ物ではありません』
「そもそもスライムのなにを食べるんだ?」
ゴブリンの一団を見付けてコボルトと同様に気絶させて遺伝子解析をしている時に、ふとそんなことを思った。
地面に倒れ伏しているこいつらが向かっていた先が、まさしく先程目撃したスライムがいた場所だからだ。
どうせだったらそのまま放って置いてどうするのか見ておくべきだったんだろうか? どう捕食するかというのも気になるところだ。
(ところてんのようにして食べるのでは? 後はゼリー的に)
脳内ディスプレイ内で雷火がそんなことをのたまうが、記録映像でそれら食べ物を見たことはあるがそこまで固いように見えないが?
(ある作品では乾燥させて寒天のように使っているのを見ましたので)
「架空の話かよ」
(それしか手持ちはありませんけど?)
「それはそうだろうが……で、実際のところはどうなんだウリス?」
サムライドレスの視界内で若干暇そうにグレネード弾を触っているウリスに話を振ってみると、ちょっと考える仕草をした。
「ん~……確か核を食べたり、魔物によってはそのまま踊り食いをするって聞いたかな?」
「おお~スライムの踊り食いですか~そういえばそういう作品もありましたね~」
「向こうだと食材扱いなの?」
「モンスターを食材として扱う作品は結構ありましたね」
「危ないのに?」
「あくまで架空の話ですから、基本強ければ強いほど美味しい設定になったりしていましたね」
「んーいないからこそなのかな?」
「でしょうね」
「実際に食べると、お腹壊すどころじゃないんだけどな~」
「瘴気が身体に及ぼす影響を考えれば、確かに食材としては向かないでしょうね」
「そういえば勇者様がオークを豚肉だ、とか言って食べようとしたのを必死に止めたとかいう話を聞いたことがあるかな?」
「オークを食材として扱っている作品もありますからね」
「元人間なのに?」
「そういう世界観の作品は珍しいですからね。豚が進化した。あるいは最初からそういう種族として描かれていることが多いですよ」
「でも、人型なんでしょ?」
「そうですね」
「なのに食べれるの?」
「所詮架空の話ですから、現実の忌避感はあまり適応されないのではないでしょうか? あるいはそれをある種のネタとしているか。そもそも人型を食べることに対する忌避感があまりないとか? 地域や国によっては猿やら愛玩動物も食べるところもあったらしいですからね」
「そういえばそういう話を私も聞いたことがあるかも……猿って封印の森にいなかったから、絵本でしか知らないんだよね。だから、聞いた時は信じられなかったよ。あんなに可愛いのに」
「食文化は色々ですからね。なので魔物食もこちらにあるのではないかと」
「それはないと思うよ。オークとか元々人間だったって話は常識だし」
「スライムのように元人間じゃない魔物もいるのでは?」
「いるけど、瘴気を浄化しちゃうとほとんど消えちゃうから。残ってても食べられた物じゃないって話だったかな」
「ああ、試みた人はいるのですか」
「うん。勇者様が」
……どうにも聞く限りの勇者って変な奴だよな? それとも平和な時代の日本人ってそんなのが普通だったのだろうか?
そんなことを思いながら解析が終わったゴブリンから離れ、次のターゲットの下へと向かう。
その間も互いの興味を刺激したのかウリスと雷火の会話は続く。
「そういえば、勇者様は強引に食べるために、わざとちゃんと浄化しないで食べて死に掛けたとか聞いたことがあるかな?」
「瘴気とはそれほどまでに危険なのですね。疾風も死に掛けましたし」
「あれは小魔王の瘴気だからってのもあるよ。普通ならまとわりつかれることはあっても、あそこまでになるほど入ってくることはないからね」
「ああ、だから食べるのは危険なわけですか」
「うん。強力な魔物じゃなくても、自分から体の中に入れちゃえば体の内側から瘴気に侵されるわけだからね」
「そういう説明を勇者にはしなかったのですか?」
「したと思うよ? ウルグの話だと、あんまり男の話は聞かない馬鹿だったって話だし。女の人もなんでか妙に盲目になってしまうって話だったし。誰も止める人がいなかったんじゃないかな?」
「ウリスちゃんは、勇者様と言っている割にはあんまり敬意を感じられませんね?」
「直接会ったことないし。私は仕えているってわけでもないから。それに成し遂げたことは立派なことだけど、聞く限りだとそれ以外は立派な人だったとは思えないところもあるからね。特にウルグから聞く勇者様は酷いから」
「食べられないと言われているのに魔物食を試みる。とかですか?」
「それ以外にも色々と。多分、世界各国に勇者様の子孫がいるんじゃないかな? 行く先々で現地妻作ってたとか、ハーレムだとか言って周りを女性で固めていたって話だし」
「それはまたある意味ではテンプレな勇者様ですね……」
ウリスの若干軽蔑が混じってそうな言葉に、脳内ディスプレイ内の雷火仮想体が苦笑した。
「というか、なんだその下半身に正直過ぎるテンプレートは? 少なくとも俺は覚えがないぞ?」
「そりゃ、向こうの環境でそういうのはちょっと情操教育に悪いですからね。基本アースブレイドの戦士達はそっち方面に興味をあまり示さないとはいえ、変に盛られたり、おかしな行動をされても困りますし」
「そんなことを俺に言ってもいいのか?」
「疾風はとうに教育の枠から外れていますから。お望みなら私が保持している作品をお見せしましょうか?」
「さして興味がわかないな。見て欲しいと勧めるなら別だが」
「私達としては戦い以外のことへの興味を自ら進んで抱いてほしいのですけどね。それはそれで精神衛生上よくありませんし」
基本、俺を始めとしたアースブレイドの刃は、暇さえあれば戦うための鍛錬に没頭する。
そうしなければ生き残れなかったし、そうするだけの動機を誰しもが持っていたからだ。
肉親や故郷、ブレインリーパーになにも奪われていない人間などいない世界だったからな。
とはいえ、そんな状態は例え人の身のまま限界を超えるように改造されていようとよくない。
だからこそ、人に仕えることを喜びとしているナビ達は俺達を気遣い余暇や娯楽をよく勧めてくるわけだ。
そういう心情と理由を知っているからこそ、俺は雷火から勧められたら拒否するつもりはない。
「そこまで身構えなくても触れれば楽しいはずよ。これも一つの人が望む形なのですから」
「まあ、それら作品がこの世界に影響を与えている可能性があるとするのなら、一つの参考として見るのもありか?」
「そういう意図で提案したわけではないのですけど」
「正直、どんな作品であろうと必要がないのであれば娯楽に身を投じる暇はないと思うのだがな?」
「自分でそのように動いていてはいつまで経っても暇になりませんよ?」
「一振りが目の前にある脅威を見逃すのは刃としても、戦士としても失格だろ?」
「疾風がそう望むのであれば鞘として否定をする気はありませんよ。ですが、ここは私達が本当に戦うべき相手のいない世界です。アースブレイドの目的は地球人類の守護である以上、過剰な行動だと考えられませんか?」
ん? ウリスに続いて雷火も俺を説得しようとするか。
「この世界のことはこの世界の者達で解決すべきだと?」
「この森から魔物を一掃することを否定するつもりはありません。それによって得られるデータは今後旅する上でも役に立ちますからね。ですが、それ以降、行く先々で魔物を根絶するまで対峙し続けるのは物理的に不可能ですよね? 同じ七振りの『フラガラッハ』や『ゲイボルグ』がいれば別かもしれませんが」
「確かに殲滅戦が得意なあの二人がいればこんな手間は必要ないよな」
「なによりアースブレイドの支援が得られないのは全て自分達で用意しなくてはいけないということです。今回に関しては瘴気の関係上、ウリスの手も借りなくてはいけません。この世界に魔物がどれだけ繁栄しているかわかりませんが、少なくとも人の手によって絶滅させることができないほど存在しているわけです。そんな数を相手に、しかも、その中には通常の攻撃手段では倒せない個体もいる可能性もありますよね? 小魔王がガスの影響を受けなかったように」
「そうだな。サイパワーは時として物理を越える」
「なので、疾風の目的は?」
「地球に帰還し、可能であればこちらの世界の三元力技術を持ち帰り、最後の後始末を手助けすること」
「地球人類を守護する刃であれば、そちらを優先すべきなのではないのでしょうか? 勿論、疾風の性分は知っていますし、他のアースブレイドの戦士達であっても目の前に人の脅威となる存在がいるのであれば優先的に排除するでしょう。ですが、その行動が行えるのは向こうであればこそです。現状孤立無援の私達ではどうしたって限界があり、それを想定して優先順位を付けるべきでしょう。本当に帰ることを目的としているのであれば」
「そうだな。最終目的はな」
「疾風……」
「急ぐ必要がないのはウリスにも言ってるだろ? そりゃこの世界の全ての魔物を殲滅するにはマンパワーが圧倒的に足りない。今回のことが上手くいっても、全ての個体に化学兵器が効くかどうかもわからない。だが、だからといって目の前の脅威を排除しないというのはな」
「つまり、目の届く範囲の脅威だけはできる限り排除し続けるということですか?」
「そういうことだな。流石の俺でも俺一人で世界中の魔物を残らず殲滅しようなんて思わないさ。そうしたいのは山々だが。現実をわからないほどではないからな」
「てっきりそこまでするつもりだと思っていましたよ」
「無謀はしないさ。あくまで戦士として現実的に手の届く範囲で刃を振るう」
「今回の行動はその範囲を確認するためということもあるわけですね」
「そういうことさ」
「それってさ」
俺と雷火の会話が終わったのを見計らってか、ウリスがちょっと困ったような顔をして口を開いた。
「もし物凄く上手くいったら、この旅が魔物殲滅の旅になるってことだよね?」
「まあ、そうなるな」
「ん~それはある意味、冒険者って言えるのかな?」
首を傾げるウリスに、仮想体の雷火は苦笑する。
「どちらかというとモンスターハンターなのでは?」
「そっちもありといえばありだけど……」
「どうせだったら冒険したいですよね」
「ねー」
なんというか、妙に仲良くなってる二人に苦笑するしかない。
そんなに冒険したいのか? よくわからん乙女達だな……




