ログ4 『サイバトル』
百年前、人類はサイテクノロジーあるいは超心理学と呼ばれる物の発展を余儀なくされた。
突如として襲来した敵性異星人達・ブレインリーパーがその技術を使っていたからだ。
なにもない場所に火を起こし、見えざる手で物を持ち、離れた者の心を覗け、遠く離れた場所に一瞬で行ける。
伝説や神話で語られるような、空想上のフィクションでしか存在しないはずの能力。
時には国の事業として研究されていたそれらは、地球ではその程度の認識だった。
だが、奴らが使うと物理法則を超越し、通常兵器を防ぐほどのサイ現象を起こす。
そう、生物に使うには凶悪過ぎるスティック爆弾やEPS弾を無効化させた大型ゴブリンのように。
「ガアアアアアアアアッ!」
爆炎が晴れていく中、強烈な咆哮と共に現れる緑の人型。
大型といっても、ノーマルと比べてのであって実際は俺と同じぐらいの全長だろう。
そんなゴブリンの全身を覆う黒い輝き。
この光はサイパワーが視覚化されたもので、実際に物理的に光っているわけではない。
サイ現象を使える者のみが見えるオーラであるため、上空を飛ぶアシストドローンの視界にはなにも映ってはいなかった。
もはや疑いようのない証拠。
……ああ、つまり、こいつらは新たな奴らの尖兵だったわけか。
思わず漏れそうになる殺意を強引に抑え込んだ。
使える奴らは総じて人の意思を鋭敏に感じ取れるからな。
勿論俺達もなのでこうして即対応できるように、仲間内で試しながら訓練している。
普通の訓練カリキュラムでやる場合もあれば、トランプやPVPゲームとかうんざりするほどされたのはいい思い出なのかなんなのか。
こちとら真面目にやりたいというのに、やたらとサポートナビ達が俺達を遊ばせようとするからな。
ストレス軽減だとか、それで異性といい感じになって~とか……前者はわかるが後者はなんだんだ? しかも、わざわざ戦争初期に消失したゲームとかそのために復元させるとか、意味わからん。
よし。余計なことを考えたおかげで、殺意も十分に抑えられた。
向こうもこちらに気付いている様子はない。
その時湧き上がっている感情の切っ掛けとなった物から意図的に意識をそらすことで、強まる意思を弱めるに結構有効なのは仲間との訓練で証明済みだ。この手段で結構ゲームに連勝しているからな。
ともかく、これでもう少しだけ思考の時間が作れた。
改めて目の前で起きた現象を考える。
EPM弾を直前で防ぐ見えない障壁は、黒く輝くのも含めてまさに奴らが使うサイシールドのそれだった。
ブレインリーパーはどの個体であってもなにかしらのサイ現象を起こせる。
地球側にサイテクノロジーを組み込んだ生物を作り出せる技術はまだないはずだ。
あったらとっくに戦場に投入している。なので、地球側がというのは故意も事故も無くなったと断言してもいいだろう。
一つの懸念が俺の頭でもわかるぐらいにはっきりと分かったが、だからといって目の前の脅威がなくなるわけでもない。
より奴らに検知されやすくなるが仕方ない……・
ため息一つ吐き、背中にアサルトライフルをしまう。
俺の場合、BRK17ピーステイクはどちらかというと奴らの中で最も雑魚な最下位種を一掃するために使う。
爆裂貫通金属噴流弾を防げるということは、少なくともその上の下位種に分類されるからな。
強化服のシステムもそう判断してみるみたいだが、下位種准尉か……ちっと表示が遅い。まあ、サポートナビの支援なしじゃこんなものか。
アースブレイドは奴らの実力に合わせて階級を付けている。
大雑把に最下位種・下位種・中位種・上位種・最上位種で、それぞれの中にも細かいランクをかつてあった軍隊の階級に当てはめている。
が、そこまで厳密に気にするのはサポートナビ達か人類統合機構の構成員ぐらいだ。
実際に戦っている者達からすれば、五つに分けられているだけで十分だからな。
重要なのは、どこに位置しているかを決める基準である個体が起こすサイ現象の強さのみ。
これがわかれば自ずと戦い方が決まってくる。
そこまで考えたところで大型ゴブリンがこちらを見る。
「フゴー! フゴー!」
怒り心頭って感じに鼻息荒く目と首を動かすが、視線は俺を捉えていない。
自分が撃たれたことからある程度の位置を特定したのだろうが、あの感じだとまだ見つかってはいないようだ。
さて、どうする?
ブレインリーパーと人類が奴らに名付けた理由である脳狩りは、要するにサイ能力を資源として捉えているために行われていた。
落とした奴らの船に動力源として無数の脳だけが接続され、それ以外の目立った物がないのが何よりの証拠だ。
ちっ! 思い出したら殺意がまた出そうになった。抑えろ抑えろ。
なので、そう言う理由から、高いサイ資質を持つ者は狙われやすい。
アースブレイドはそのことを逆手に取って、そんな人物を集めて戦士とすると共に囮として活用した。
俺みたいにな。まあ、そうでなくてもいずれは自らなってはいたが……
で、サイ現象を起こす度に奴らの探知能力に引っかかるのか、わらわらと寄ってくる。
つまり、倒すためにはこちらもサイパワーを使う必要があり、同時により危険が増すことを覚悟しなくてはいけないということだ。
逆に言えば、それ以外の物理的な現象は結構無視される。
俺が遠慮なく爆弾を使ったりしているのは、そういう理由だ。
とはいえ、いずれはサイパワーを使う必要があるとは思っていた。
所有している個人兵装だけでは、戦える数と時間に限りがあるからな。
弾薬が尽きるか、強敵が現れるか、全力で戦わなければいけないタイミングがいずれ来ると。
が、この段階では少し不味い。
戦えない一般人が近くにいる以上、わざとこちらの位置を知らせるようなことは極力避けるべきだ。
加えて装備が乏しく補充も出来ない。
だから、わざわざサイパワーを使わずに戦っていたというのに……あ~……まあ、奴らの生物兵器である可能性が高まった以上、遅かれ早かれか。
ここで無理をして使わずに倒すことによるリスクは許容できない。下手すれば怪我だけで済まないのがサイパワーだからか。
よし、やるぞ! 可能なら、俺のサイ現象に奴らより早くアースブレイドが気付いてくれることを!
呼吸法を戦闘用の強く深く。
己と内と外に意識を向け、そこにある力を巡らせるイメージをしつつ、音が鳴るほど強められた息吹を行い、つぶやいた。
「プロメテウス起動」
一度目の襲撃を核攻撃とそれにより地球全域に及ぶ荒廃で退けた人類は、次の襲撃に備えて死に物狂いで研究を行った。
そして作り出されたのが、個人が持つサイパワーを増幅補助するサイブーストアシストシステム『プロメテウス』だ。
これを使うことで人類はようやく奴らと同じ土俵に立つことができる。
その証拠のように、俺の身体が急速に金色のサイオーラに包まれ始めた。
この輝きは個体ごとに色が違い、なぜそうなるのか詳しくわかっていない。
が、いくつか判明していることはある。
科学技術ではどうしたってその輝きは消せないこととかな。
俺がサイパワーを使ったことで完全に姿を捉えたのか、大型ゴブリンがゆっくりと歩き出す。
「ステルス解除」
こちらも歩き出しながら、姿を現すと一瞬だけ驚いた姿を見せるが、その歩みは止まらない。
「光化学迷彩は初めてか?」
「フシュルルルル!」
どうせ言葉が通じないだろうと思っての問いかけに、なんか返事っぽく返された。
獰猛な笑みも浮かべているので、返しってわけでもないだろうが。
なんであれ、雰囲気からして好戦的な奴のようだ。
爆発のダメージを無効化したことから考えて、こいつも俺と同じ強化系か? この手のサイ現象を使う奴に大体こんな感じなんだよな。敵も味方も含めて、勿論俺自身もだが。
サイパワーは地球の科学力でも未だにその原理が解明し切れていない。
使える超能力は個々人の才能に左右され、似たようなものを使えるものはいても一人として同じサイパワーを使える者は、少なくとも地球側にはいなかった。
勿論、人の脳をサイ資源として使えるほど発展しているブレインリーパー側はそうではなかったが、仕組みとしては同じだったのでなにかと似通ったあるいは共通点は存在している。
使えるサイ現象の種類に応じて性格や行動に影響があったりとかな。
そう考えると、笑みはなんの不自然さもないが……本当に奴らの生体兵器なのだろうか?
奴らはバイオ技術に特化した文明を持っているらしく、兵器を始め宇宙船などなにもかもが生体で作られていた。
なので別にゴブリンみたいなのが作られても不自然ではないが……あんな風に笑うことなどあったか? いや、それより、こっちがなにか言って反応することさえなかったはずだ。
これまで戦ってきた昆虫のような生体兵器達を思い出し、眉を顰める。
人型などがいてもこうも感情が表面的に出るような奴らはいなかった。
少しやり難さを感じなくもないが……今更の話だ。
殺気を向けられている以上、なにより守るべき人に害悪をもたらす存在であるのなら、この一振りのやることはなにも変わらない。
「この刃、ただ人を守らんがために!」
俺はいつもの言葉と共に、思考を完全に戦闘に切り替えた。
刻一刻と迫る間合い。
大型ゴブリンの全身から黒サイパワーがあふれ出し、その両手から石斧へと宿り始める。
が、馬鹿正直に斬り合うのはな。
俺は奴の間合いに入る前に右腰から拳銃を抜いた。
意識をSS47守人に向けると、金色の光が宿る。
それに反応した大型ゴブリンが雄叫びを上げなら接近してくるが、
「これだけ近ければアシストなしでもいけんだよ!」
斧の間合いに入るよりこちらがトリガーを引くのが早い。
フルオートで撃ち出された弾が、腹・胸。首・顔に叩き込まれる。
撃ち出された弾丸もEPS弾だがアサルトより口径小さい仕様上、そのまま使えば牽制にはなっても最下位種でも倒すほどの威力は出せない。
だが、それに俺が起こせるサイ現象である『現象強弱化』を使えば、小さなEPS弾でも戦車を破壊できる威力にすることができる。
計五発の弾丸がスティック爆弾の威力と変わらない爆発を引き起こした。
至近距離であったため、俺も爆炎に巻き込まれる。
だが、サイパワーで強化服を強固に、足の摩擦係数を増させ、触れる爆風を弱らせることで吹き飛ばされることを防ぐ。
これでアサルトの銃撃を防いだような現象は起きていないはずだ。
サイパワーは同じサイパワーで相殺できるからな。
ただ……
俺はしっかりと着弾を確認しながら構えは解かなかった。
ほどなくして爆炎が晴れる。
現れたのは撃ち込む直前とほぼ変わらぬ位置にいる大型ゴブリン。
銃弾を撃ち込まれた場所は、焦げ抉られてはいても致命傷といえるほどまで深くはない。
顔に至っては鼻がなくなっていても、目はしっかりと残っている。
「ちっ! やっぱり駄目か! これだから黒は!」
毎度のことながら相性の悪さに思わず悪態が口から出てしまう。
サイパワーの色について判明していることの一つとして、ある種の相性があることがわかっている。
俺の場合は黒との相性が悪いらしく、打ち消すためには倍以上の輝きを込める必要があった。
他の色だとそこまでやる必要もなかったりするのがなんとも理不尽なところだ。
しかも、似たような性質だと余計に相性の良し悪しが影響出たりするから腹が立つ。
とはいえ、あれでも下位種の最も下である准尉であったのなら十分に致命傷になったはずだ。
下手すれば中位種に届くぐらいの力はあるかもしれない。強化服の計測だけではどうしたって正確性は欠けるといったところか。
そもそも機械はサイパワーを直接計測できないからな。
まあ、だったらだったでいつも通りやるだけだ!
相手の戦闘力を上昇修正しつつ、拳銃を離す。
強化服が自動的に紐を形成して飛ばし、右腰に収めると共に、俺は刀を抜いていた。
サイパワーは使用者の意志の力によって強さが変わる。さらに使う瞬間により強い思いを込めれば、その分だけ起きる超常現象は増す。
その仕様上の関係か、俺はどうしても苦手意識がある銃へのサイパワーは込め難かった。
受けた傷をものともせずに近付いていた大型ゴブリンは、既に斧を振りかぶっている。
位置的にもサイパワーを効果があるまで込めきる時間はない。
石斧には刃が見えないほど込められた黒い輝き。
こちらも金色の光を刀へと宿すが、まともに受けるのはまずいか。
石斧の間合いに入ると共に己の得物を振るう大型ゴブリン。
間合い内に大木があっても構わず振られる斧は、 石でできた切れ味も鈍そうな刃だというのに、まるで紙のように幹を切り裂く。
相性的にも喰らえばいくら強化服であっても斬り裂かれるだろう。
だからこそ、前へ進む!
向かって迫る斧を、倒れるように低姿勢になってかわし、刀を下段に構える。
地面に顔が付く直前で、片足を大きく前に出し地を這い飛び上がるように振るった。
腹から胸へと切り裂く一撃は、その直前で石斧の柄によって防がれた。
戻しが早い! いや、それよりただの木の棒が切れないだと!? ほんとにこれだから黒は! こちとら最新鋭の技術で作られた刀だぞ!?
舌打ちしたくなる気分を抑えながら、大型ゴブリンと互いの得物による押し合いを始める。
サイパワーによる強化はそれがどんなサイ現象かによっても変わってくるが、基本的にプラスマイナスだ。
だから、道具を使用するのならそれの良し悪しも結果に大きく影響が出る。
これが仮に同じ武器同士であったのなら、俺の方があっさり折れ砕かれていただろう。
ある意味では、原始的な武器で良かったといえる。が、それはそれで腹が立つ。
「刀匠に謝れこの野郎!」
「フゴオオオオオオ! フシュルルル!」
別に会話が成立しているわけでもないが、こっちがなんか言う度に反応しやがるな。
単に気合を入れているだけかもしれないが。
その証拠のように、俺を押し潰さんとする大型ゴブリンの顔に青筋が浮かぶ。
げっ! 足が沈み始めてやがる。
足元にもサイパワーを回してその強度を上げたいところだが、下手すると刀身の方が不足して折れかねない。
まったく、ただ単に大型なっただけじゃないってことか。
パワーは今のところ同じぐらい、速さもある。
俺の一撃を防いだことと武器の扱いも悪くなく、重心のバランスもしっかりしているようだった。
ノーマル達と違ってなんらかの武術を身に付けているのは間違いないだろう。
だが、俺は小さくため息を吐く。
「ただのパワーファイターか。警戒して損したな」
若干の拍子抜けを感じながら、この状況をそのまま決着に繋げるために動く。
身体と刀に巡るパワーのイメージを留めるものに変え、深く長く息を吸う。
地球のサイテクノロジーは個人の才覚に左右されるところがあるが、それ以外のものと組み合わせることで単純に能力以上の力を発揮できる。
俺の意志に反応して、体内に在住しているナノマシン達がサイパワーをより引き出せるように脳内や神経を刺激。
それに加えて俺自身に叩き込まれてきた技術を合わせる。
「ハッ!」
裂ぱくの気合と共に、己と強化服の筋肉が瞬間的に力を増し、刃の切れ味が増大する。
金色の輝きが黒を吹き飛ばし、石斧の柄をただの木に戻すおまけ付きだ!
もはや遮るものが無くなった刀身が元々の予定通りの道筋を通る。
驚愕に目を開く大型ゴブリンだったが、柄が切られようとした瞬間に後ろに飛び退いたため付けた傷は浅い。
即座に振り下ろしによる追撃を行うが、振り上げを強引に変えた一撃だったためバックステップで避けられてしまう。
なかなかどうして動きが素早い。基礎だけはしっかり身に付けているのだろう。
だが、俺はその先を行っている!
振り下ろしが避けられた瞬間、俺は柄から右手を離し拳銃を抜いていた。
込めるサイパワーは初撃より強く硬く!
俺の動きに気付いた大型ゴブリンだったが、僅かな跳びであっても宙に浮いている間はなにもできない。
「撃ち抜け!」
撃ち出した弾丸は狙い違わず顔面に当たり、張られた黒いサイパワー障壁を貫通する。
今回は爆発ではなく、貫通力に力を注いだ。
起きるのは小さな爆発のみだったが、それでも大型ゴブリンを後ろに倒すには十分な威力だった。
強制的に仰向けに倒れ切る前に俺自身も前に飛ぶ。
宙にいる間に刀を逆手に持ち替え、奴が地面に落ちると同時にその胸に着地し、心臓の位置に刃を突き刺した。
「グッガッ!?」
「こいつはおまけだ!」
血を吐く大型ゴブリンの顔面に銃口を叩き付ける。
「くたばりやがれ!」
トリガーを引くと共に発射される五発。
頭蓋を貫通し、脳内で爆発して頭部を木っ端みじんにした。
心臓を潰しても動く奴は動いていたからな。やれるのだったら同時に頭も潰しておくのがある種の鉄則っと。
まあ、それでも動く奴は動くので、しばし警戒。
…………よし。生体反応もなくなっているな。
動かなくなった大型ゴブリンの頭なしを見ながらほっと一息吐く。
だが、その直後に急激な違和感に襲われ、意識が一瞬飛ぶ。
なんだ!? 一体なにをされた!?
直ぐに脳内ディスプレイで身体データを確認するが、なにも変化は起きていない。
そんなはずは……
本当に僅かな間だったが、確かに意識に空白が生じていた。
だが、何度調べても表示される情報は健康そのものだった。
意識の消失記録だけは確かにあるのにだ。
原因不明だが心当たりがあるとしたら、僅かに感じられるような気がする違和感か。
仮定ゴブリンを倒し始めてから感じ始めているそれは、大型を倒した時から少し強まっているような?
正直、気のせいといってもいい僅かなものだが……体内に未知の毒でも持ってるのか? 強化服システムでも探知できないとなると……なにかしらのサイ現象? いや、今はこれがなんであるか確認するより前にここから逃げるべきか。
経験上これだけサイ戦闘を行ったのなら、ほどなくして奴らが殺到してくる。
アシストドローン達に周囲を警戒させつつ、怪我人を隠している大樹へと向かった。