ログ7『守る刃の意志』
「うん。終わった。じゃあ行こうか疾風」
オークの遺体が完全に消えたことを確認したウリスが突き刺さっていた矢を抜き、リュックサックに付いている矢筒に戻しながらそんなことを言う。
なるほど、彼女からしたら当たり前の状況だしな。しかし、刃としては……
「どうしたの疾風?」
俺が動く様子を見せないことに首を傾げるウリス。
雷火の方はアシストドローンからわざわざ人格安定仮想ボディを出して深いため息を吐く。
「疾風。優先順位という言葉を知っています?」
「雷火。勿論知っているさ。そして、アースブレイドの優先順位はここであっても変わらない」
「これだからサムライは……」
飽きれつつも後方で待機していたサムライドレスを俺の後ろまで動かす雷火。
「え? なに? まだ修理中なんだよね?」
驚いた様子で俺とサムライドレスを交互に見るウリス。
「あくまで全力戦闘をするのはまずいってだけで、最低限の修理は既に完了しているからな」
「えっと……なにをするの?」
「成すべきことを成そうと思う」
「成すべきこと?」
「人にあだなす敵を討つ」
「……疾風。前も言ったけど、ここは疾風の世界じゃないんだよ?」
「そうだな」
「疾風の敵は魔物じゃないよね?」
「そうだな」
「倒しに戻らなくていいの?」
「大本との決着は既に付いてる。後は地球に残された奴らの尖兵を倒せば全てが終わるな」
「じゃあ、急いで帰った方がいいんじゃない?」
「異世界に来ている時点で急ぐもないもないと思うがな? 送還装置がどんな物かはわからないが、この世界と向こうの世界の時間の流れが同調しているってことはないだろう?」
「確か勇者様が使ったのは召喚された瞬間に帰れるって送還装置だったはずだよ」
「なら都合がいい。あ、いや、場所まで同じだと戻った瞬間に即死だな」
「え? どういう状況?」
「そういう状況」
星のことがわかってないウリスに詳しく説明するのはなんだしな。そもそもそんな人物に正しく教えられるほど学があるわけでもない。雷火に任せればいいかもしれないが、彼女も彼女で色々と面倒なところがあるからな
「ん~? そういえば召喚じゃなくて転移で来た人って、結構な割合で死ぬような目に遭ってるって話だったかな? トラックって乗り物にひかれたとか」
「なんだそりゃ?」
「テンプレですね!」
「雷火。今は入ってくるな。話の腰が折れる」
「はーい」
「まあ、とにかくだ。勇者が使ったのはってことは他にも種類があるんだろ?」
「うん。多分、帰れる場所を指定できるのもあるはずだよ」
「だったらあまり急ぐ必要はないよな?」
「でも、人間って寿命があるんでしょ?」
「俺は強化手術と体内ナノマシンで不老長寿になってるらしい。まあ、実際にそれで長生きできた奴はまだ確認できてないけどな。技術が確立されてまだ百年経っているか経ってないぐらいだから、普通の寿命範囲内でしか生きている奴はいない。なにより戦死者が多いし」
「疾風さらっとそういうことを言うのはちょっとどうかと思うよ?」
「そう言われてもな……あ~まあ、とにかくだ。そういうわけで俺はアースブレイドとして動くことを優先する」
「それが魔物を討つこと?」
「正確には人を守ることだな」
「ここには私達以外いないよ?」
「魔物は存在そのものが世界の害悪になるんだろ?」
「それはそうだけど……」
「なら見つけ次第殲滅するべきだ。それが結果として人を守ることに繋がる」
「結界から出てまだちょっとしか動いていないんだけど」
「そうだな」
「ものすごい数だよね?」
「今、二万体は越えたな。森の規模にもよるかもしれないが、そろそろ止まってもいいんじゃないか? それにあの大きさからすると浅い場所にはあまりいないだろうしな。外が今も魔物に抗っているのならなおのことだろう」
「でも、ゴブリン達みたいにまとまってるわけじゃないよね?」
「まあ、やりようはある。ただ」
「ただ?」
「倒した後が問題なんだよ」
「浄化術を持ってないものね」
「でだ」
「うん?」
「浄化の矢みたいなのを弾丸に付けられないか?」
「ええ!? あんな小さいのは私には無理だよ!」
「ということはできる人はいるのか?」
「うん。いることはいるけど……今から里に戻るの?」
「流石にそれはな……大きければ大丈夫なのか?」
「それはそうだけど……」
「雷火」
「はいはい」
サムライドレスが背負っているアーセナルバックパックが開き、そこから雷火はサポートアームを使って俺の拳大のグレネード弾を取り出した。
「どうだ?」
受け取ったウリスは何故か若干泣きそうな顔になる。
「できるぅ~できるけどぉ~」
「無理にとは言わないさ。それならそれでなんとかする方法を考える」
「そうじゃなくって……ぼ」
「ぼ?」
「冒険者がぁ~」
「…………はい?」
「冒険者……」
そんなになりたかったのかよ冒険者。
「あ、それは私も同意です疾風。冒険者になってから魔物の殲滅を行ってもよろしいのでは? 物語では魔物の討伐にも報奨金が出るはずですし。一石二鳥ですよ?」
「却下」
「疾風~」
「世界の敵を倒すのに報酬なんて必要か? それを目的に動くのは一振りとして失格だろう?」
「いや、でもですね」
「なら二人で先に行っていてくれ。必要な道具さえあればなんとかなるだろう」
「もう……これだからサムライは……」
「疾風を置いていっちゃったら案内役失格だよ!」
雷火とウリスはしぶしぶといった感じで結局は俺と一緒に魔物の殲滅をすることになった。
二人の冒険者の熱意はわからんが、早くなってみたいと思っているのを無下にするほど非道な俺ではない。
なので、ちゃっちゃと終わらせる作戦を三人で練ることにした。
流石の俺でも年単位、月単位ここにいるつもりはないからな。
となるとなるべくいっぺんに倒せる方法か状況が必要になるわけだが……向こうのように無差別に攻撃するのは駄目だな。
ゴブリンの巣のように岩山だけだったらあの時使った毒スティックガス兵器・リーパーダイ1064でもありだが、下手すると森を瘴気より先に死滅させかねない。あれはガスに触れた生物の生命活動を阻害して殺すやつだからな。
それだと本末転倒だが、それ以外の化学兵器であれば使えないわけではないか? 敵性存在を明確に見分けられれば……ん? そういえば。
「雷火」
「はい、なんですか?」
ウリスとサンプルで出したグレネード弾にどう霊術を込めるかウリスと話していた雷火が、サムライドレスの方を俺の方に向けてきた。
アシストドローンによるホログラフィの方はそのまま話しているので、別のところから雷火の声がしたことにウリスの方がちょっと驚いていたりする。
サポートナビ達は人格を持っているが、だからといって一つの意識だけでというわけでもない。
俺が身体を動かしながら脳内ディスプレイを操るようなことを、雷火は十数どころか簡単なものなら百、千もできるとか。
まあ、なので慣れている俺は驚くこともなくサムライドレスの方の雷火と話をする。
「魔物の識別はどうやってるんだ?」
脳内ディスプレイに展開されている地図に表示されている赤い光点は今も増え、先に表示されているのには変化が起きる様子はない。
思考操作で動物も表示するように指示すると、しっかり青い光点が出てきて示したので区別はちゃんとしているようだった。
つまり明確な基準を持って識別しているということになるが、俺とウリスと違って雷火は三元力を認識することができない。
機械によるサイパワーの観測はその結果以外できないというのが向こうでの常識だ。
それはこちらに来たからといって変わるわけでもないわけで、そう考えるとかなり不思議な識別になる。
もっとも俺は雷火を信じているので敵性存在だと認識したのならそれに関しては疑いようないんだがな。
「簡単な話ですよ疾風。私は結果を見て区別しているだけです」
「結果? ……ああ、瘴気か」
「はい。僅かではありますが、魔物が通った後の周辺環境が変化していましたので」
雷火の説明に周囲を見回してみたが、少なくともオークに喰われた場所以外に大きな変化は起きているようには見えない。
「人の視覚では区別ができないほどの微妙な変化ですが、確かに変化が起きているのです。そうですね……疾風がわかりやすいのは視界を生体センサーに切り替えてみるといいかもしれませんね」
「わかった。視界を生体センサーにリンク」
俺の視界が濃淡で表現された世界に変わる。
これは生きている観測情報を下に表現されているもので、色の濃いものほどその活動が強いことを示す。
ウリスを見れば心臓付近が一番濃く、末端になればなるほど薄くなるって感じにだ。
もっとも植物は人と比べるとその手の活動が低いので、これで見る対象ではないんだが……なるほど。確かに違いがあるな。
オークが作った緑のトンネルと、その範囲外の枝葉を見比べてみると、明確にわかるほどの濃淡の違いがあった。
普通の枝葉が濃い緑で表現されているのに対して、場所によっては見えないほど薄い緑になっているほどだ。
「瘴気に触れた個所は生体反応が著しく低下するのでしょう。このままであれば通り跡の植物が枯れるのは時間の問題かと」
「だが、空から見た限りだと森中で枯れている場所はほとんどないな」
サポートドローンの地図は航空写真にもできるのでざっと確認した感じだと、魔物達が集まっている場所、多分巣だろうな。の部分以外はいたって普通の森だ。
「直接捕食あるいは危害を加えた場所以外は自然治癒が働くのでは? どうなんですかウリスちゃん?」
「え? あ、うん。ちょっとだけなら精霊達が浄化してくれるし、ちょっと深刻なら霊獣が食べちゃうかな? 霊獣が食べるとね。自然の回復力が増すんだよ」
「霊獣ですか……生体反応が強い動物が時折いますね?」
脳内ディスプレイで確認してみると、雷火の言う通り青い光点の中に周りの植物を活性化させている個体がちらほらいる。
「だが、普通のと区別が付き難くないか?」
「そう? 見ればわかると思うけど?」
「そりゃ俺とウリスが直接見ればわかりやすいだろうが、画面を通すとな……見た目は向こうの記録映像で見た狼やら鹿やらぽいというか、こっちの野生動物の姿が若干向こうにいたのと違うんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
例えば狼だが、一見するとそんなに大きな違いはないが、よく見ると額に突起物があったりする。
角がある肉食獣なんていたっけな? って感じでこれが霊獣なのかと周りの生体反応を確認してみるが、特に活性化している様子はない。
かと言って他の狼を見てみると、周囲が活性化しているのもいたりするからこれがよくわからん。
しいて違いを上げるとすれば、大きさが倍以上だったり、尻尾が一本多いとかぐらいか?
(疾風。それ十分大きな違いじゃない?)
「ん~見た目も結構違うと思うけど? 普通より大きかったり、尻尾とか角とかが増えていたりとかしてるかな?」
(ほら)
「あと、ここら辺にはいないかもしれないけど、普通の動物とか全く違う霊獣とかもいるらしいよ?」
「少なくともまだそのような個体は確認できていませんね」
「ん~希少な種族らしいから、人がいるところにはいないことが多いって聞いたことがあるかな? 冒険者になったらそういうところにもいってみたいよね」
「そうですね。早く冒険者になりたいものです」
チラチラっと二人してこっちを見るな。雷火はサムライドレスまで動かして……
「とりあえず、霊獣らしき個体は黄色のマーカーにしておいてくれ」
ため息交じりの俺の言葉に若干不満そうな二人。
「別になるなと言ってるわけじゃないんだから、遅いか早いかの違いだろ?」
「む! 疾風はわかってないよ雷火ちゃん!」
「そうですね! 疾風はわかってないですねウリスちゃん」
どうわかってないというんだか……なんか話がそれてるな。
「とにかく、区別が付くのならガスグレネードを使おう」
「ガスってゴブリンの巣で使った奴? あれって、閉じ込められる場所じゃないと駄目なんじゃない? それに危ないよ?」
「いや、特定の遺伝子にのみ反応するガスを作れるから大丈夫だ」
「遺伝子?」
「あ~肉体がそうなるようにする設計図か?」
「ん~? 魂みたいなもの?」
「そこまで裏側ってわけでもないが、まあ、特定の種族に対してのみ効果がある広範囲攻撃手段があると思ってくれればいいさ」
「そんなに凄いのがあるの? 身体も改造しなくちゃいけないし、物凄い鎧があるし……どんだけ凄い敵だったの?」
「まあ、方向性の違う同等以上の異文明が相手だと思ってくれればいいさ」
「む~……疾風がこの世界に来たってことはさ。その敵もこっちに来てる可能性ってあるのかな?」
「…………可能性はなくはないだろうが、どうなんだろうな?」
サムライドレスの方を見てみると、ホログラフィの方の雷火が腕を組んで考える仕草をする。
「確認できる範囲内では倒していたはずです」
「だとすると本隊の方か」
「どれだけの影響範囲だったかは不明ですが、少なくとも転移ゲート近くでなければ異世界転移は起きない可能性は高いと推測します」
「まあ、それ以外の原因はないよな」
そんな俺達の会話にウリスは首を傾げる。
「疾風の世界にも転移ゲートってあるの?」
「こっちにもあるのか?」
「遺跡の中にたまにあるよ。後やろうと思えば霊術でもできるかな?」
「気術じゃできないのか?」
「距離を縮める移動法はあるかな? 疾風はできないの?」
「高速移動はできなくもないが……まあ、可能ならそれも習得するとして、浄化術の方は大丈夫そうなのか?」
「うん。問題なく付与できるよ。あんまり数が多いと私の霊力が足りなくなるけど」
「となると後は遺伝子サンプルか……」
既に跡形もなくなくなったオークの遺体があった場所を見てから、ホログラフィの方の雷火を見る。
「サポートドローンでの採取を試みます?」
「いや、多分それができたとしても瘴気の影響力を見るに正しく計測できるか?」
「とりあえずやってみるだけやってみるべきなのでは? ゴブリン幼王の瘴気の影響はありませんでしたし」
「あ、それは私がまとめて浄化したからだよ」
ウリスの言葉に雷火は若干沈黙。
修復記録でも読み返しているのだろう。
「確かに……妙な劣化が検知修復されていますね。すいません疾風見過ごしていました」
「いや、無意識下のことならしょうがないさ」
サポートナビは人より広い意識領域を持つが、だからといって全てに対して意識を向けているわけではない。
人格安定仮想ボディを持っているが故に、ある種の限度が存在してしまっているらしく、細かなことや大したことないことは無意識とナビ達は言うが、それ専用のアプリケーションに任せていることが多いってわけだ。
「となると、サポートドローンで採取するのは無理か?」
「そうですね。ただ、劣化が起きたタイミングを確認して見たところ、疾風を排出した瞬間から始まっているようですよ?」
「俺の三元力が防いでいたってことか?」
ウリスの方を見てみると頷かれた。
「で、死ぬと瘴気が吹き出すわけだから……サポートドローンに霊術を掛けてもらうか?」
「よくわからないけど、それをするために接触する必要があるのならいくらなんでもばれちゃうと思うよ?」
「いや、ちょっとだけ体毛の一本だけを手に入れるだけでいいんだ」
「ん~それぐらいの量だと霊術の霊力に触れるだけで霧散しちゃうんじゃない」
「あ~……つまり、俺の手で生きている個体に装置を当て続けなくちゃいけないわけか。遺伝子解析が終わるまで」
倒すのは簡単なのはさっき確認できたが、あの嫌な感覚を常時味わうってことだよな?
「止めます? 止めましょう。で直ぐに冒険者登録しましょう」
「いや、だからと言って振るわれるのが止まる刃があるか?」
「これだからサムライは……」
「まあ、なんであれ直ぐに始めるか。すまないがウリスは雷火が作るグレネード弾に霊術処理を施しておいてくれ」
「ん~……わかったけど、どれぐらい?」
「とりあえず、俺が帰ってくるまで、できる限り頼む」
「……疾風?」
「じゃあ、行ってくる」
「えええっ!? ちょっと疾風!? アバウト過ぎない~!」
叫ぶウリスの声を無視しつつ魔物の下へと走っていく俺だった。




