ログ6『世界は魔物で満たされている』
接近する前に現状の装備の確認を改めてしよう。
左腰に打刀・狩斬丸。左手にサプレッサー付きの自動拳銃・SS47守人。バックパックに入っている軍用品は……ゴブリン戦でほとんど使い切ってしまったな。特にスティック爆弾の予備はない。
まあ、サムライドレスがあればいつでも生成は可能なので特に問題はないが。
とりあえず、オークとかいう魔物がどの程度なのかを確認するべきだろう。
他の魔物に餌として認識される場合もあるようだが、だからといって弱いと考えるのは軽率だ。
とりあえず、急所以外への攻撃は通り難いというのなら、狙うは頭部。
ステルス機能が完全機能するギリギリの速度であっても、百メートルという距離は短い。
直ぐにオーク達の近くまで接近できたので、近くの木を背に隠れ、人差し指だけ出す。
その先端に付いている副眼カメラで五体の様子を確認する。
近くをサポートドローンが飛んでいるのでそれでも確認できるが、多角的な情報は多いに越したことはない。
しかし……こいつらこんなに重鈍そうでどうやって獲物を狩るんだろうな? 見た目に反して早いのか? 三元法が存在している以上はそれも出来なくもないだろうしな。
そんなことを思っていると、周りを警戒するのに飽きたのか一体が近くの草を無造作にむしり、根とそれに付いた土ごと口に運んだ。
旨そうに咀嚼しているそいつを見たからか、他のオークも思い思いに近くの枝やらキノコやらを食べ出す。
噛み砕けるものならなんでもいいとでもいっているかのように喰い続ける。
よくよく確認すればそいつらが作ったであろう森のトンネルが出来ており、そこから来たであろうことを推測させた。
サポートドローンの一機にそれを遡らせてみるが、延々とトンネルが続いており直ぐに奴らの巣がある場所まで辿り着けそうにない。
まあ、いくらなんでもこれがそのまま巣に直行しているとは思いにくいが……なるほど。これだけの食欲なら確かにウリスが顔を顰めるのはよくわかる。
根を土ごと喰われたら新たに草が生えるのも時間が掛かるだろうし、なにより奴らの後には僅かだが瘴気が残っているように感じられた。
瘴気の特性を考えれば、この緑のトンネルはかなり長い時間このまま、いや、場合によっては永久にこのまま、もしかしたら広がっていく? 可能性もあるか。
だとすれば、まさに世界の敵だな。
ならば、刃として、戦士として、早急に排除する。
そう思うと同時に俺はゆっくりと木の影から出て、五匹のちょうど真ん中にいる個体の前に移動した。
呑気に草を喰ってやがる。
俺の身に付けている武術と強化服の隠密性をフルに使っての接近であるためか、それとも食事に夢中になっているのか気付く様子もない。
ブレインリーパーが相手だと、完全に気配を消したつもりでも見付かる時は見付かるのだがな。
俺はそんな感想を抱きながら射撃アシストシステム・アルテミスを起動。
俺の意思に応えて強化服が自動的に守人を持つ左腕を動かし、右目に狙いを付けて撃つ。
短い悲鳴を上げると同時に軽い音を立てて頭が弾ける。
至近距離で撃ったのに貫通せずに脳内で爆裂貫通金属噴流弾・通称EPM弾が中で炸裂したのだろう。
本来は着弾と同時に弾頭から指向性の爆発が起こり二度目の爆発で内部を蹂躙する弾丸だが、この感じだと全部中で起きているだろうな。
流石に眼球のような柔らかい部分で反応するようにはできていない。
などと思いながら、身体の方は勝手に動き次のターゲットへと銃口を向ける。
頭のはじけた音か、肥満体な身体が前のめりに倒れたからか、残り四体が一斉にこちらを向く。
奴らが反応するより早く、右から順に目に向けて一発一発撃ち込む。
最初の一体と同じような末路を辿り死んでいくオーク達。
きっと奴らはなにが起きたのかわからずに終わっただろうな。
特に感慨らしいものは浮かばないが、ゴブリンと同じであるのならこの後厄介なことが起きる。
飛び退いてオーク達の死体を確認していると、そこから吹き出すように黒い粒子が舞い上がっているのを確認できた。
「ウリス瘴気の除去を頼めるか!」
「任せて!」
僅かに間を置いて、オーク達の遺体の中心に一本の矢が刺さった。
飾り羽から緑のオーラが吹き出し、黒い粒子にぶつかっては消していく。
これが瘴気の浄化か……ん? 前に見た奴とやり方が違うな。
「ちょっと待ってね。霊具での浄化にしたから時間が少しだけ掛るの」
ゆっくりとやってきたウリスはそんなことを言いながらオークの遺体を見て止まる。
「……三元力も使ってないのにこんなことできるだなんてどんだけの威力なの? その小っちゃいの」
「弾丸が特別性だからな」
「弾丸?」
俺は守人からマガジンを外して一発だけ取り出し渡してみる。
「……なにこれ? 矢じりより小さいね」
手に取ってじろじろと見てみるが、よくわからないのか直ぐに俺に戻した。
「金属でできているのはわかるけど、それだけじゃこの威力にはならないよね?」
「そういう仕組みが中に入ってるんだよ」
弾を入れ直したマガジンを自動拳銃に戻している間も、ウリスの視線は俺の手元に向けられている。
「興味あるのか?」
「ちょっと」
と言っている割には、食い入るように見ているのはどうなんだろうな?
「これも基本的にはアースブレイド以外の所持が禁止されているからな」
「んー……ん? 基本的にはってその服の時にも言っていたよね?」
むっ? 鋭いな。
「危機的状況下に置いて民間人まで戦闘に参加しなければ生き残れないと私が判断した場合、アースブレイドが保有する各種兵装は一時的に貸すことが可能になります」
「雷火」
「別にいいじゃないですか。魔物がこうもいる世界なのです。いずれウリスも必要になるかもしれません」
「確かにな……確認なんだが、森がないところだとウリスの戦闘力は落ちるか?」
俺の問いにウリスは可愛らしく唸ってから頷いた。
「戦う手段はあるけど、森の中ほどではなくなるかもね」
「そうか……雷火。この状況下であるのなら協力者でも適用できるんじゃないか?」
「そうですね。ウリスちゃん。危機的状況下のパターンの一つとして、戦地での協力者認定というのがあります」
「うん。それで?」
「現状、我々以外のアースブレイドは近くにおらず、それどころか世界にいない可能性もありますが」
「仲間と連絡取れなかったの?」
「はい。量子通信による応答はありませんでした」
さらっと重大な情報を口にするな……まあ、想定内だからいいが。
「私達と同じように結界の中にいる可能性は否定できませんが、少なくとも今はいないと断定できます。よってアースブレイドの戦力が不十分であり、敵性存在から民間人の身を守るためには庇護対象の武装化を容認せざるを得ないと判断します」
「私は案内役だよ?」
「あくまでそういうていです。この条件下で、更に対象になるのはよりアースブレイドの戦士に近い能力を有している人物がいた場合、協力者として安全圏まで各種兵装の付与が認められます。しかも、この安全圏というのは地球のシェルターであると私は考えます」
「ん~つまり……ずっと貸して貰えるってこと?」
「かなり強引ですけど。それが駄目だと認定する存在もいませんしね。なので、折を見てウリスちゃん専用の兵装を作りますので楽しみにしていてください」
「おお! やった!」
「いいですね疾風?」
「……まあ、管理しているサポートナビがそう判断するのならいいさ。ただ」
「ただ?」
「魔物がこうもいる世界と言ったな?」
「ええ。脳内ディプレイで確認してください」
雷火に言われた通り見てみると……広がっていく森のマップと共に敵性存在を表す赤い光点が増えていくのを確認できた。
「これは……どうしような?」
「さして探索が終わってない今の段階でも一万は軽く超えていますからね。しかも、まとまっているというよりほとんどが十体以下で行動しているようですし。ゴブリンの巣のように一気にとはいかないですね」
雷火の言葉にウリスが気になった様子を見せたので、空間ディスプレイで製作中の森のマップを見せる。
「この赤い光点が魔物だ」
「ん~いっぱいいるね。封印で入れなかった奴らの子孫かな?」
「なんでこんなになるまで放置しているんだ?」
「戦力がないからじゃない? 魔物って基本的に人が住みにくいところにいるから、戦うにしても大変だし。三元法が使えると言っても、全員が全員、戦えるまでの力を持っているってわけでもないだろうし。それに魔王がいない魔物って、こういう風にバラバラに行動するの。群れで行動したとしても、多くて百体ぐらいかな? 種族にもよるけど」
「魔物は脅威なんだよな? しかも、世界の敵と言ってもいいほど危険な」
浄化の矢によって形を失い黒い粒子の塊になりつつあるオークの死体を見る。
生きていても死んでいても脅威な敵がいるのなら、人の総力を挙げて根絶やしにすると思うんだけどな? 実際、俺達の方はブレインリーパー達の生体兵器は残らず殲滅している。もっとも、定期的に新たな尖兵を送ってくるので地球上に敵がいなくなるのはほんの僅かな間だけだがな。
「疾風。ウリスちゃんの言葉から察するに、我々と同じ尺度で考えるのは無理なのでは? 前提としての環境が違いますし」
「なるほど。俺達の方はシェルター以外守るべきものは存在してないものな。思いっきりやれないのは殲滅の足かせになる」
「それだけではなく、聞く限りだと星の上にいる全ての人が一つにまとまっていないようですし。一点集中で一地域を殲滅してなどの作戦も取れないでしょうしね」
「共通の脅威があってもか?」
「人の国とはそういうものですよ。例え利害が一致しても、必ずしも同じ行動を取れるというわけではないですからね」
「だが、魔王が登場したらそういうわけにもいかないんじゃないか?」
「そうですね。実際の脅威と被害が目前に迫れば対応せざるを得ないでしょう。ですが、きっとその時だけですよ。推測するに時々大きな塊となって除去できたとしても、それによって小さな脅威まで手が回るほどの余力を失う。力が戻ったとしてもその頃には魔物の数も増えていて、魔王の発生を許してしまい、それによって大きく数を減らすことになるが、の繰り返しなのでは?」
「難儀な話だな」
「世界も違えば色々と違うということなのでしょう」
「もしかして外の人は既に滅んでるってことはないよな?」
黙って俺と雷火の話を聞いていたウリスに視線を向けてみるが、千年も引き籠っていたエルフの一人である彼女に分かるはずもなく困った顔をされてしまう。
「それに関してはそれほど時間が掛からずにわかると思いますよ? 森の縁を今確認しましたから」
「ってことはバラク―ド王国までもう少しだね」
それが今いる場所の国名か……国ね……
俺が生まれた頃にはなくなっていた概念に、きっと向こうの人間なら思うであろう不安感を抱く俺だった。




