ログ5『最初の会敵』
封印結界である緑のサイオーラじゃなくって、霊力か? まあ、とにかくそれにウリスが触れる。
「フルギオルの森より生まれし子ウリスが願う。一時封じる壁を通る道を開くことを」
その言葉と共に触れている部分を中心に緑の粒子が無くなり、三メートルほどのトンネルが出来た。
雷火。俺と感覚共有を。
(了解)
俺が見ている光景を思考通信で間接的に雷火に伝える。
これで三元力が見えないサムライドレスやドローンも結界にぶつからずに通行できるというわけだ。
「じゃあ、行こうか」
ウリスの後に続きささっと外に出る俺達。
「全員出た?」
「ああ」
「じゃあ、閉じるね。一時開いた封じる壁よ。再び閉じたまえ」
直ぐにトンネルを閉じたウリスを強化服の各所に付いている副眼カメラで確認しながら、俺は前に出る。
(待ち構えていたというより、たまたま遭遇してしまったというところでしょうか?)
雷火がそう言いながら姿を消したままのドローン達を空へと放っていくのを脳内ディスプレイで確認。
俺の目と感覚、ドローン達から送られてくる情報が前方百メートルもない距離になにかがいるのを教えている。
しかも、この気配はつい最近感じた覚えがある。
黒いサイオーラ。無の祝福に侵された魔力。瘴気だ。
つまり、結界を出て直ぐに魔物と会敵してしまったわけだ。
ウリスも同じタイミングで気付いたのだろう。だからこそ直ぐに閉じたってところか。
通信機を先に作っておけばよかったな。
ちょっと後悔しつつ、右腰から自動拳銃SS47守人を抜く。
俺の周りを飛んでいた雷火の姿を映したアシストドローンの管理権限を俺に戻し、ホログラフィを消して背負っているバックパックから専用サイレンサーを出して取り付ける。
その間、続々と送られてくる情報を確認したりしていたが……
(やはり映像情報だけでは限界がありますね)
ここは深い森の中だからな。枝葉に邪魔されてしまえばどうしようもないさ……しかしこれはまた。人型の豚?
視認可能距離まで近付いたサポートドローンから送られてくる映像には明らかに人間ではない存在が映っていた。
そいつらは保護色なのかゴブリンと同じ緑色の肌をしているが、体格や見た目がそれとは大きく違う。
記録映像で見たことがある豚のような頭部に、腹の出た二メートルは超える巨体。
恰好はなにかしらの動物の皮を腰に巻いている程度で、木で作られた簡素なこん棒を持っている。
それが計五体。
ゴブリンと違い見覚えがない姿だったが、雷火には心当たりがあるらしくわざわざ脳内ディスプレイに人格安定仮想ボディを出してピョンピョンと興奮していた。
(おお! オークよオーク!)
は? 映画で見たオークってあんなんだったか?
(一口にオークと言っても作品ごとに色々あるのよ。少なくともあのタイプは日本の作品で主に見かけるタイプのオークね。はっ! そうなると大変! ウリスちゃんを隠さなくちゃ!)
はあ? なんでまた。
(襲われちゃうからよ! 性的な意味で!)
せ、性的? いくら魔物が元は人間だからといって、生物的に違う存在をそういう対象にするか?
(くっころよくっころよ! あ、ウリスちゃんは騎士じゃないから大丈夫か。いえ、でも、エルフ×オークって組み合わせはある意味では鉄板だし)
……なにを言ってるんだ? 雷火。現実と二次元を混同するのは良くないぞ?
(でも疾風。本当にそっくりなんですよ)
だからといってそれとくっ付けるのはどうなんだろうな?
飽きれのため息を吐きつつ、オーク(仮定)達の様子を確認する。
どうやら三元力感知はゴブリンより鈍いのか、きょろきょろと周りを警戒はしていても俺達に気付いている様子はない。
この分だと、しばらく余裕はあるか。
俺は結界を閉じ終えたウリスを手招きで呼び寄せ、
「投影装置起動」
空間ディスプレイを展開して脳内ディスプレイとリンクさせた映像を見せる。
流石に二度目なので驚きはしないが、代わりに眉を顰めるウリスはぽつりとつぶやいた。
「オークね」
(ほらやっぱり!)
なんとまあ……だとすると確認しないわけにはいかないな。若干躊躇われるが……
「あ~ウリス。あれはなんだ。性的に人を襲うことがあるのか?」
「え? そんなこと聞いたことないけど?」
「……性的って意味わかるよな?」
赤面せずにキョトンとされるとまさか聞いた意味がわかってないのかと思ったが、そういうわけではないらしく目を瞬かされた。
「俺の裸を見て気絶した癖に、この反応は結構意外だな」
「あ、あれは裸で抱き着かれてたから、そう言うの初めてで驚いただけというか、直前の戦闘で意志力使い過ぎてたってのもあるし」
「意志力?」
「意志の力。三元力を操る時にそれが消費されて、なくなると気絶しちゃうの」
「なるほど。三元力とは別個にあるのか……ということは、三元力自体が無くなっても問題はないのか?」
「無理に使い過ぎるとバランスが崩れて体調とか悪くなっちゃうかな? 普通はそうなる前に自然と使えなくなるけど。あくまで三元法は余剰を使ってるに過ぎないからね」
「となると、注意するべきは意志力の消費か。確かに力を使い過ぎると気絶したり、しやすくなる時があったな」
「ん~あのね、経験はないから具体的にはよくわからないけど、性的って子供を作る行為でしょ?」
「まあ、そうだな」
「魔物が人に欲情することはないよ。向けるのは大体殺意で、それに繋がることなら欲求に繋がることはするみたいだけど、少なくともそれ目的で襲うってことはいと思う。よっぽどの変態さんならわからないけど」
「なるほど。人と同じでそういうのもいたりするのか」
「少なくとも封印の森で遭ったことはないけどね。それに、オークはどちらかというと食欲の方が強い魔物だから、繁殖より食べることを優先していることが多いみたいだよ」
「ゴブリンより個体数が増えるのが遅いってことか?」
「うん。でも、あいつらよりなんでも食べるから放って置くと森が剥げちゃうことがあるから注意しないといけない魔物かな? ほら、ゴブリン達が巣にしていた場所があったでしょ? あそこって元々オーク達の巣だったの」
「なんだゴブリン達がやったんじゃないのか」
「うん。ある意味見付けやすい奴らだから倒しやすい相手ではあるんだけど、結構タフだからちょっと大変なのよね」
「なにかあ――」
「色気がない~!」
俺がオークの特徴を聞こうとしたところで、我慢できないとばかりにオークの姿を映す空間ディプレイを自分の姿にして叫ぶ雷火。
俺達に合わせて小声なのはいいが……
「なんだって?」
「色気がないのよ二人共! 普通、こういう話になったらどっちかが赤面するなり、言いよどんだりするでしょうが!」
「そういう状況じゃないと思うんだがな?」
「生物の営みが恥ずかしいことなの?」
「二人して……も~! 確かにそうですけど、そうなんですけど!」
空間ディスプレイ内で地団駄を踏む雷火に困った視線を向けるウリス。
「……それにしても、ゴブリンに続いてオークまでこっちの仮想と似ているのはなんかあるんだろうか? 名前自体は勇者あたりから出てきたとしても」
チラッとウリスを見ると頷いた。
「うん。ゴブリンもオークも勇者様が付けた名前だよ」
「だとしても、姿形まで似るというのはどういうことなんだろうな?」
「考えられるのは、一万年前の魔法文明のせいでは?」
いつもの病気から復活したのか雷火がそんなことを言い出した。
「なんでそうなる?」
「召喚装置があるぐらいですよ? 魔法文明が健在だった当時から異世界から人を呼び出していたと推測できますよね?」
「そうだな。そういうのが各地の遺跡にあったのなら、それを利用していなかったなんてことはないだろうし」
「つまり、その当時からこの世界から見ての異世界の文化文明の影響を受けていたと考えられます」
「そうだな」
「そして、勇者や私達が日本、時代は大きく違いますけどやってきたとすると、日本と繋がりやすい次元だとも考えられます」
「つまり?」
「日本から伝わった魔物の情報が、魔物化に影響を及ぼしたと考えられるのでは? サイ現象はイメージに大きく左右されるという検証結果もあります。ゴブリンはこうゆうものだ。オークはこういう姿だ。そういうのが浸透していた、あるいは人の魔物化に起因した人物が保有していたとするのなら、私達が知っている空想上の化け物と同じ姿になってもおかしくないでしょう」
「確かにメタモルフォーゼのサイ現象持ちが変身する時は、そのなりたい姿をイメージする必要があるって言っていたな」
「はい。同じ現象ではないでしょうけど、変身という意味では同様であることには変わらないわけですから。この推論は間違ってないかと。後は、他の魔物も私達が知っている姿であればあるほど確かなものになるのではないでしょうか?」
そう言って雷火はウリスを見ると、彼女はなにかを思い出すかのように間を開けて頷いた。
「ウルグから聞いた話だけど、ほとんどの魔物は勇者様が知っている姿に似てたりそっくりだったみたいだよ。全部が全部同じではなかったみたいだけど」
「なるほど……ヤな影響の仕方だな」
苦笑するしかない俺に対して、雷火はなんとも複雑な表情になっていた。
「純粋なファンタジーの産物ではなく、こちら発進のとなるとこれは喜ぶべきなのでしょうか? 地球人類の産物であると考えるのなら喜ばしいことかもしれませんが、それで多くの被害が出ているとするのならサポートナビとしては――」
なんだかぶつぶつと自分の世界に入り始めているのは困った様子だが、とりあえず放って置こう。
優先すべきは、近くにいるオーク五体だ。
アサルトライフルがあれば一気に殲滅できなくもないんだが、まだ新たなのは作ってないからな。
下手にサイパワーを使えばそれにおびき寄せられる他の魔物もいるかもしれない。
散らばったサポートドローン達が十分に広がり切るまでまだ時間が掛かる。
ステルス機能を切ればその速度は上がるかもしれないが、未知の世界でそれは安易すぎるだろう。
出来ればドローン達は見付からないに越したことはない。
とはいえ、少なくともこの周辺にはこの五体以外はいないようだ。
「ウリス」
「ん?」
「あいつらに他の仲間を呼ぶ手段とかあるか?」
「叫ぶぐらいかな? それで近くの仲間を呼ぶことはあるけど、よっぽど追い詰められないとしないかな?」
「どうしてだ?」
「他の魔物によっては良い餌だから」
「魔物同士で共食いがあるのか?」
「仲間ってわけじゃないからね。人がいたら人の方を優先するみたいだけど、それでも連携するとかするわけじゃないし。魔王がいなければ普通は別種の魔物は食うか食われるかの関係でしかないみたいだよ?」
「それはそれで生態系が存在しているわけか……」
「バランスが取れているわけじゃないから、いればいるだけ環境がおかしくなるけどね」
「となると……まあ、やれなくはないか」
「どうするの?」
「ウリスはここにいてくれ。俺だけで仕掛ける」
「雷火ちゃんの鎧でいかないの?」
「まだ修復中だからな。戦闘で使うのはまだ避けたい」
「援護はなくていいの?」
「霊術なしで攻撃できるか?」
「ん~……オーク相手だと難しいかも。あいつらは見た目通り脂肪が厚いから、急所以外への攻撃が通り辛いの」
「命中精度や脂肪を貫通させる威力を出すためには霊術は必要ってことか?」
「なしで撃てることは撃てるけど、それだとかえって疾風を邪魔しちゃうかな? ん~使っちゃダメなの?」
「周りの様子が完全にはわかってないからな。三元力感知距離内に他の魔物がいないとも限らない。今はできる限り霊術は控えてくれ」
「よっぽど大きな術じゃないと普通の魔物は気付かないけど?」
「だがいるんだろ?」
「うん。滅多にいないけど」
「なら必要ない内は三元力なしで行くべきだろう。こっちにはなくても強力な攻撃手段がある」
「わかった。でも、万が一の時は使うよ?」
「ああ」
俺は頷きながら強化服のヘルメットを生成とステルス機能起動を行い、オーク達の下へと駆け出した。




