ログ3『雷火合流』
ウリスが植物のつるを操りウサギを逆さにして血を流させたリ、皮を手早く剥いでいるのを見ていると雷火から思考通信が入る。
(そういえばVR訓練でもしなくなりましたよね)
なにがだ?
(動物の解体処理ですよ)
いくら人類の技術の継承だとはいえ、することが無いことをわざわざVRでするのわな。
(ゲームや映画であればセミVRで足りますからね)
VRは仮想現実の略称で、俺達が差すそれはフルダイブ式とセミダイブ式の二種類あった。
フルの方は脳と情報機器を直接繋げ、意識を仮想世界へと送るものだ。
アースブレイドでは死亡しかねない訓練やそう起こらない特殊状況対策などで使われていた。
もっともサイ現象まで詳細に再現できないので、それのお世話になるのは新人ぐらいだったな。
極稀に個人が趣味で作ったVRゲームが流行ったりしていたみたいだが、俺は興味がなかったのでプレイしたことがない。
サポートナビ達がデスゲームデスゲーム騒いでいたのが謎だったが……
俺としては馴染みがあるのはセミVRの方だろうか?
アースブレイドに入る前にも学校などの授業で参考映像を見せられたり、体感授業なんてものがあったな。
こっちは頭に装置を被せ、場合によっては専用の全身スーツや部屋で仮想空間へ入る。
入ると言っても自分の身体で直接体感する仕様なので、フルダイブに比べると色々と劣る点があった。
娯楽や教育として使う分には問題ないが、こと戦闘となると僅かな違いも命取りになりかねない。
そういう意味でなくても、現実ではできないことを体験するためにはフルダイブの方がよりリアルに感じられる。
のだが、そのためにはナノマシンを注入しなくちゃいけないからな……一般人からしてみるとそれは忌避するべきことなんじゃないか?
(アースブレイドの人間ぐらいだものね。ナノマシン入れて脳内ディスプレイ使えるの。やはり私達に不信感があるのでしょうか?)
逆だろ? 尊過ぎて少しでも近付きたくないとかじゃないか?
(それはそれで嫌なのですか……)
雷火がサポートナビ達全体の悩みにため息を吐いたタイミングで、ウリスのウサギ処理が終わった。
血抜きついでになんか霊術を使ったり、草やら粉やらを詰めたりまぶしていたが……
「もしかして、それが昼飯とか言わないよな?」
「ん? 霊術で熟成を促進しているけど、もうちょっと寝かせた方がいいかな? これは晩御飯まで待ってね」
などと言いながらポシェットの中にするりとウサギのむき身をしまうウリス。
頭もしっかりと付いていたんだが、あれも食材として出るんだろうか?
(ど、どうかしら? 確か地域によっては頭が丸ごと入ったスープとか、丸焼きとかするとかデータにあった気がするけど……)
奴らとの戦闘でならグロテスクなのは平気っちゃ平気なんだが、口に入れるものとなるとな。
(私が加工しようか?)
いや、それやるとウリス怒るんじゃないか?
(む! 私が作る食事の方がバランスも効率も一番いいのに!)
まあ、文化の違いはどうしようもないな。
「じゃあ行こうか疾風」
こっちの心配を他所にウリスはさっさと先へ行き始める。
俺も後に続こうとしたが、ふと思い出したかのように彼女が動きを止めた。
「そういえば雷火ちゃんは?」
「ん? 私ならここにいるじゃないですか?」
俺の背後斜め上で飛んでる雷火のホログラフィを見るウリスだが、首を傾げてちょっと困った顔になる。
「その姿って雷火ちゃんの本当の身体じゃないんでしょ?」
「そうですね。本体と言いますか、入れ物はサムライドレスですし」
「でしょ? でも、そうなると大丈夫なの? 向こうに置いてきたままだよ? 拾いにというか着に戻らないと」
そのウリスの言葉に俺と雷火は思わず顔を見合わせてしまった。
「そういえば言い忘れていたな」
「そうですね。特に聞かれなかったので気付かれているのかと思っていましたが、考えてみると三元力が絡まないと気配を読むのが不得意になりますよね?」
「確かにアシストドローンとか気付かれている様子はなかったよな?」
俺と雷火がそんな会話をしているとその内容の意味に気付いたのか周りをキョロキョロし出すウリス。
子供もぽいところはあっても聡い子なんだよな。年齢的に子って思うのはどうかとは思うが。
「あれって自分で動けるの? 三元力がちっともないのに?」
「私がいますからね」
雷火の頷きと共に、俺の後ろから全長三メートルの鋭角的な日本甲冑・サムライドレスが姿を現す。
最低限の修理が終わった時点で俺の近くまで密かに移動させていた。
勿論、兵装に標準搭載されているステルス迷彩を使ってなので、他のエルフ達にも気付かれていない。
目の前のウリスだってまさかこんなに近くにいるとは思っていなかったのか、目を見開いて固まっている。
ステルス機能が十全に機能していると感知できないってことなんだろうか?
そう思っていたが、どうやら驚きのポイントが予想とは違ったらしく、ウリスが妙なことを聞いてきた。
「大樹の壁はどうやって越えたの? あれ、登ろうとすると枝が捕まえるように動くようになってるんだけど」
「え? 特に邪魔されることなく踏破できましたが?」
ウリス・ホログラフィの雷火だけでなく何故かサムライドレスの方まで首を傾げる。
少女の姿はまだいいが、ごつい鎧がその仕草をするのはどうなんだ? いや、まあ、そんなことより、
「人と違って魂がないからじゃないか?」
俺の考えにウリスは首を横に振った。
「物であっても魂はあるんだよ」
「付喪神の話か? 雷火も言ったが、このサムライドレスは作られてからそんなに年月は経ってないぞ?」
「それは高度な魂のことだよ。この世界の全ては物体と表裏一体の魂と共に存在しているの。だから、どんな物であっても、それこそそこら辺に転がっている小石でも、枯葉でもなんでも魂はあるの」
「全ての物に魂ね……ああ、だから、霊術で木を操ったりできるわけか」
「そういうこと。だから、その鎧であっても……あ、でも、そうか……瘴気に侵されていなければ小動物ぐらいは行き来できるはずだから、そのおかげかも。しっかりとした知性と意識があるのに魂がそんなにしか宿ってないのが信じられないけど」
ふむ。それはある意味、場合によっては有利に働く情報だな。
(私単独かドローンを活用しやすくなりますね)
まあ、その必要があればの話だがな。無ければ無い方がいい。
(少なくともこの森ではなさそうですね)
敵性が確認できる個体はいないということか?
(ええ。サポートドローンを十機ほど作って飛ばしていますけど、動物の反応はあってもゴブリンのような存在は確認できないですね)
サポートドローンは、強化服で使えるアシストドローンのいわばサムライドレス版だ。
ステルス迷彩や反重力装置も搭載しているので派手な動きをしなければ見付かることはない隠密性を備えつつ、アシストより大型であるためできることは多い。
見た目は楕円形で前面に大型多目的カメラが付いていて、サイドからアームを出して物理的に物を掴むことが出来る。
それを使って荷物の運搬や、銃火器を持たせて自動兵器替わりなんてこともできる便利なドローンだ。
大型になっている分、探索索敵機能もアシストより向上しているので本当に危険が去ったのか、俺達の周りに脅威がないか探らせていたわけだが……防壁の内側もか?
(ええ。あっちはこっちより静かですよ。小動物どころか昆虫すらなかなか発見できませんから)
ゴブリン達が食い荒らしたってところか?
(ウルグさんの話からすると他の種類の魔物も存在していたはずですから、それだけ王が出現した魔物は脅威ってことなのでしょうね)
まあ、死すら兵力に転換できる能力だか魔法だか持っていたらな。他の種族を食い殺すぐらいはできるってことなんだろう。繁殖力も凄いようだし。
(遭遇したら巣ごと撃滅が基本でしょうか?)
この手のは大体その必要があるよな。
(毒ガスは効きましたよね? 何発か作っておきますか?)
ああ、結界の中にはいなくても外にはいる可能性があるからな。
(了解。機体修復と並行して作っておきます)
「……疾風ってさ」
「ん?」
不意にウリスが俺のことをじーっと見てきた。
「時々妙なタイミングで黙り込むけど、なんで?」
「あ~……まあ、別に秘匿することでもないしな。俺の身体は改造されているって言ったろ?」
「え? あ、うん」
「その一つで頭の中に見えないぐらい小さな機械を入れていて、それを使って考えるだけで思考が伝えたい相手に届くようになってるんだよ」
「えっと……念話みたいなもの?」
「ああ、こっちにもあるのか」
「うん。遠くの人と会話するのに便利だからね」
「それはこっちも同じだな。いや、どちらかと言うこっちの方が手間か? なんせ、それ用の装備を付けてないといけないからな」
「その服?」
「ああ」
「じゃあ、疾風が黙っている時って雷火ちゃんと話しているの?」
「そういう時もあるな。単に考えているだけって時もあるが。なんせこの世界は未知が多過ぎるからな」
「大丈夫。案内役の私がいるわ」
(千年間引き籠っていた種族の知識がどこまで通用するのでしょうね?)
まあ、なるようになるさ。少なくとも時が経っても変わりようがないことはあるだろうしな。
「あ、また黙った! なにか失礼なこと話してない?」
「いや、単にこうして会話するのに慣れているから、ついな」
「ん~?」
若干不審そうに俺と雷火ホログラフィを見るウリスに苦笑するしかなかった。
昼飯は軽くおにぎりを一個と栄養補助剤を一粒。
あんまり入らない俺の腹を考慮して雷火が作った物だが、ウリスに渋い顔をされてしまう。
が、俺の身体のこともしっかりと理解しているのか、特になにかを言うことはなかった。
夕食は宣言通りウサギの料理が出てきた。
懸念した頭は流石になかったが、調理を監視していた雷火曰くスープの出汁に使われていたらしい。
まあ、そのままごろんと出てくるよりマシなので、俺用に少量に分けられたスープや焼き兎はありがたくいただいた。
個人的に気になったのは、テーブルや焼き場などを霊術でささっと作った様子だろうか?
木を操作する様子は何度か見たが、土を変化させて簡易的な窯を作るとは思わなかったからな。
属性は森だとか言っていたが、もしかして森にある全てに対してってことなんだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、ウリスによる霊術というか三元法の基礎の授業が始まることになった。
が、その前に一つ。
「夜通し歩くのは危険なのか?」
簡易台所を元の姿に戻しているウリスにそう聞いてみると、彼女は首を傾げた。
「長い旅になるんだから急がなくてもいいと思うけど?」
「案内役のウリスがそういうのなら従うが……疲れたのか?」
「ん~? そういうわけじゃないけど、普通夜は寝るよね?」
「あ~……なるほど」
「なるほど?」
「いや、そういえば久しく規則正しく寝てないなって思ってな。向こうで戦士になってから夜に寝るなんて習慣はなくなっていた」
自分が異世界じゃなくても一般人から外れていることを思い出し俺は苦笑するしかない。
「えっと、どういうこと?」
「この身体は回復力も上がってるからな。例え疲れても一時間も寝れば寝過ぎになる。加えて向こうで奴らの襲撃は昼夜関係なしにあった。生活リズムを規則正しくできる余裕がなかったと言えばいいんだろうか? ああ、断っておくが、これが向こうの普通ってわけじゃないからな。一般人は強化手術なんてしてないし、俺も戦士になるまでは夜には寝ていたさ」
話している途中からウリスが悲しそうな困ったような顔を向けてきたのはまいったな。
「まあ、そんな顔をするなって。望んでこうなったんだからな」
「……あのね疾風」
「ん?」
「ここは疾風の世界じゃないし、疾風の敵もいないから……無理。じゃないんだろうけど、普通に戻ってもいいんだよ?」
(それは私も同意ですね)
…………言ってる意味がよくわからないな?
「俺は既に刃だ。納める鞘はあっても、一振りであることには変わらない」
「でも、戦う敵はいないんだよ?」
「俺の敵はいなくても、この世界の敵はいるのだろう?」
「それはそうだけど……」
「なら、この世界に生かしてもらっている以上は、その恩を返すのが筋だ」
「これだからサムライは……」
「雷火ちゃんがそういう気持ちがちょっとわかったよ」
雷火のいつものセリフに同調するようにため息を吐くウリス。
そんなにおかしいことなんだろうか?
いまいち二人の反応がよくわからない。
ちなみに、三元力の基礎授業は大したことはしなかった。
差し出された両手に手を合わせ、ウリスが出す三元力を見極める。
ただそれだけなのだが、どれも緑のサイオーラに感じられて俺には区別がつかなかった。
ウリス曰く、
「三元力の違いが判らないと霊術を教えるのは難しいの」
そりゃ現象の基となっている力がどれかわからなければそれを使えないのは頷けるが……う~ん。
「大丈夫、疾風は区別がついてないだけで、三元力は普通にあるから」
なんて言ってくれるが、どうにも先の長そうな話だ。




