ログ2『ウリスちゃんの三元力講座』
流石に歩きながら精霊を動かすのを見るのはなんだったので、適当な木々の前で立ち止まって実演してもらうことになった。
「じゃあ、やってみるね」
「いや、その前に確認したい」
「ん~なに?」
「魔力は世界の外から来ていることはわかったが、他二つはどこから生じているんだ?」
「気力は世界から、霊力は精神から、魔力は正確には魂からって感じだね」
「魂の奥底に世界の外と繋がっている穴が開いているんだったか?」
「そうだって考えられているだけだけどね」
「よくよく考えてみると、それって危険な状態だよな? 全てじゃないようだが魔力の流入と共に無の祝福も流れ込んでいるんだろ?」
「そうだよ。だから、魔力に世界が、人の場合は肉体だね。が壊されないように気力を生み出し、気力による過剰な強化を抑えるために精神が霊力を生み出し、霊力による過剰な干渉が起きないように魂が魔力を生み出すの」
「なんだ? 三すくみによる螺旋が起きているのか?」
「うん。それでバランスをとってるけど、三つともそのせいで増大し続けているだよね」
「物質的に存在しているわけじゃないんだろ? いくら増えても問題ないんじゃないか? バランスさえ取れていれば、通常はなにも起きないんだろ?」
「ん~そうだね。でも、バランスって崩れる時は崩れるでしょ? その時に全ての量が多かったら?」
「なるほど、その分だけの三元力現象が起きてしまうわけか。古代魔法文明が、魔力暴走を起こし、魔物を生み出したように……ん? そのバランスをとるために、大量の気力霊力が生み出され、神獣や霊獣などが生じる切っ掛けになったわけだよな? もしかして、三元力の総量は魔力暴走時と大して変わっていない? いや、性質的に考えるとむしろ増えているわけか?」
「そうだよ。一度魔力が生じちゃうと、後は増え続ける一方だからその内、三元力が原因で世界は滅びちゃうんじゃないかな?」
「気楽に言うな」
「だって、その時がいつになるかなんてわからないもの。千年前だってバランスが崩れて大魔王が世界各地で発生したみたいだけど、なんとかなったみたいだし。人の身でなんとかできないレベルまでになったらもうどうしようもないでしょ?」
「それはまあそうだが……甘んじて滅びを受け入れているように見えるのはどうにもな」
「少なくとも直ぐにそうなるってわけじゃないからあまり気にし過ぎてもしょうがないよ」
「そうだな……あ~それで、魔力は無色の可能性って言っていたよな?」
「そうだね。破壊と創造の力って言ってる人もいるよ」
「気力は世界の法則と現象を強化できる」
「維持と増減の力って言ってる人もいるね」
「霊力は?」
「魂を保護し、増減させる力だね」
「そもそも魂がよくわからないな」
「肉体と表裏一体の『ある』という意志の塊。これがあるから精神が生じて、世界は世界としてあり続けられる。って言っていたかな?」
「あるという意志ね……」
「世界ってそもそも『ありたい』という最小の意志・『根源意志力』っていうのの集まりなんだって。で、それは不安定な状態だから安定した無の状態に戻すための力が常に世界に掛っていて、それを守るために肉体・物質が作れられて、それでも壊されるから補うために魔力を入れて、気力で支えて、霊力で安定させて、って感じに成り立ってるみたい」
「……向こうでは聞いたことがない概念だな。いや、量子力学に近いか? よく知らんけど」
「りょうし? なにそれ?」
「あ~俺も詳しくは知らないんだ。雷火に説明させてもいいが、多分、理解するのは大変だぞ? 俺も全く知らん三元力の話をなんとなくしか理解できてない感じがしているしな」
「ん~私も知ってるってだけで、ちゃんと理解しているかって言われると自信ないかな?」
「まあ、体験を伴って使えていないとよくわからんからな。それで十分だともいえるが」
「うん。私もそう思う」
「それで、霊術は肉体と表裏一体の魂に干渉することで様々な現象を起こすって感じなのか? 今の話だと魂はこの世の全てに宿っているってことだよな?」
「そうだよ。だから、直接こうして」
目の前の木に触れたウリスの身体から緑色のサイオーラではなく霊力か? があふれ出し幹に流れ込む。
すると風も動いていないのに枝が動き出し、まるで手でも振っているかのようになった。
「木の魂に働きかけて本当なら動かないのを動かすこともできるの」
「だとすると、気術と同じでそこにあるものしか干渉できないってことだよな?」
「正確には干渉しやすいだけどね。気術もだけど、なにもないところからやろうと思えばなんでも出せるだよ。物凄く大変で遠回りな上に、消費量が凄いからお勧めしないけど」
「少なくとも俺はどうすればいいかわからないな」
「創造が得意なのは魔力だからね。逆に既にあるものをどうにかするのは不得意かな? 破壊するのは得意だけど」
「霊力と気力は干渉する場所の違いしかないのか?」
「そうだけど、それって大きいことだよ?」
「具体的には?」
「魂に干渉できるってことは、精神にも干渉できるってことなの。それを利用すれば、運命を読み取ることも、変えることも出来たり、別の肉体に他の精神を宿したりとかできたりするんだよ」
「なるほど……つまり、やろうと思えばウリスは俺を操れるのか?」
「ううん。できないよ」
「できないのか……」
「だって、私の属性は森だもの」
「ああ、干渉しやすいのは個々人で違うんだったか」
「うん。その上、人みたいな密度の高い魂を持ってる存在には霊術って効き難いの。葉っぱみたいな軽いのは風で飛ばせるけど、石みたいな重いのは飛ばしにくいみたいな?」
「となると、いきなり操られるとか意識を変えられるとかはそう警戒しなくてもいいわけか」
「そうだね。さっき上げた例が出来る属性持ちの人は滅多にいないって話だから。ただ、許しちゃうと駄目だからね?」
「許す? なにをだ?」
「霊術で干渉されることを」
「具体的にはどう許すと駄目なんだ?」
「なんでも。文字で書いても、言葉で言っても、許してしまった瞬間にその人からの干渉は無防備になっちゃうの」
「なるほど。それは気を付けないといけないな」
「ただ、全部を全部だめってしちゃうのもあんまりよくないかな? 強化系や支援系の霊術が掛けられなくなっちゃうし。下手すれば回復系も弾いちゃうこともあるだよ」
「それって加減や区別ができるものなのか?」
「意識すればね。とりあえず、嫌だな~って思ったら気をしっかり持てばいいだけだし」
「なんとも曖昧な話だな……ちなみに精霊の魂は?」
「個体にもよるけど、人より密度が高いことが多いよ」
「ああ、だから精霊はお願いする形なのか」
「うん。無理矢理操ることなんてできないよ。逆にそんなことしたら密度の差からこっちの魂を傷付けられちゃうことだってあるし」
「その場合どうなるんだ?」
「心がおかしくなっちゃたり、手足が動かなくなっちゃったりとかかな?」
「そりゃまたリスクがデカイな」
「浅ければ少しすれば治るけど、深いとそのままずっとってこともあるらしいよ」
「お願いで機嫌を損ねるってことはあるのか?」
「無茶なお願いをしなければそんなことはまず起きないかな? 後は起こしてほしい現象に釣り合わない霊力しか持ってない時とか? 足りない霊力を魂で補われちゃう危険があるんだって」
「リスク高すぎないかそれ?」
「そうでもないよ。精霊の性格にもよるけど、大体の子達は足りないと思ったらお願いを聞いてくれないだけで終わるし」
「メリットはあるのか?」
「自分の霊術では起こせない、起こしにくい現象を代わりに起こしてもらえることが出来るの。私だったら森に関することは得意だけど、それ以外の火を起こすとかはちょっと苦手だからお願いすることが多いかな」
そう言ってウリスは足下に落ちている落ち葉を拾う。
「火をつけて」
落ち葉が投げると共にされたお願いは正しく叶えられたのか、なにも火種がなかったはずなのに燃え上がり灰となって散っていった。
「後は、特に複雑な術式や準備をしなくても渡した霊力の限りお願いを叶えてくれることかな?」
「なるほど。その間に他の霊術が使えるわけか」
「そう。こんな風に」
近くの木に枝まで飛び上がったウリスは着地と同時に既に生えていた矢を抜き取り、特に狙い定めずに撃った。
反射的にその行き先を追うと、矢は曲線を描かずまるで舞うかのように不規則な軌道で進み茂みの中へと消える。
加えればその距離は木製の弓で飛ばすのはまず困難なほどであり、更になにかに突き刺さる音までしていた。
軽い感じで降りてくるウリスだが、その背にはずっと大きなリュックサックがある。
向こうでもできなくない行動だが、見た目なんの装備もしていない彼女がしているというのはそれなりに驚きを感じなくもない。
「身体強化に、矢じり制作、軌道修正、飛距離強化、威力強化もおまけして」
そんなウリスがなにをしていたかを説明している間に、矢が飛び込んだ茂みからなにかが出てきた。
頭にたれ耳兎を突き刺した細い枝の人形だ。
「ウッドゴーレムも作ってみたよ」
ウサギ頭部側面から出ているそのウッドゴーレムの頭の先は矢じり状になっていた。
つまり、仕留めた矢がそのまま小さな人形になったということか。
しかも、どう見てもウサギを支えられそうにない細い手足と胴なのに、かなりの俊敏さでこっちに駆け寄ってくる。
「……反射的に撃ってしまいそうな不気味さなんだが」
「獲物を取りに行く手間が省けて便利だよ?」
「不気味さは否定しないんだな?」
「ん~便利だったら細かいことは気にしなくてもいいと思うよ? 可愛くするのも霊力使うし、術式を構築する手間もかかるからね」
「その術式というのはどんな風に構築するんだ?」
「霊力を感じながら頭の中でこうなれってイメージする感じかな?」
「それは気装術と変わらないわけか……なるほど、そうだとすると色々と違うことをするのは大変だな」
「でしょ?」
俺は脳内ディスプレイの慣れや鍛錬による条件反射で身体強化と並列してそれ以外の増減をやったりしているので、その苦労はわからんでもない。
そう考えると、一部を俺がドローンや雷火に任せるのと似たような感じで精霊にお願いできるというわけか。
正直、どれが霊術でどれが精霊がやったことかわからないが、習得すると戦いの幅が広がりそうだ
「ウリス。旅先で時々でいいから霊術を教えてくれないか?」
「霊術だけでいいの?」
「可能なら気術と魔術もだな。ウリスは人に教えられるレベルなのか?」
「ん~……魔術は疾風にならある程度は教えられるとは思うけど、気術はこっちの基礎を教えるぐらいしかできないかも」
「それでいいさ」
「とりあえず、これの処理をするね。早く血抜きしないと美味しくないし」
そう言ってウリスは記録映像でしか見たことがないジビエ処理をするのだった。




