ログ1『森を出ながら色々と聞く』
封印の森にあるエルフの森から出て一時間ほど、未だに森が続いていた。
先行して上空に飛ばしているアシストドローンを見る限りだと、延々と緑がある。
高度を取れば先を見えなくもないんだろうが、結界という奴なのだろうか? なにもないのにこれ以上は上がれない場所がありどれだけの広さがあるかまだ分かっていない。
今進んでいる方向は西で、北側には山脈が連なっていることは確認できた。
エルフの里から東、南も同じような光景が続いているのでかなり広大なのだろう。
なお、大樹の防壁は山脈に向けて半円状に作られており、森の中を分断しているようだった。
防壁の外側にある里の周りが大した柵ではなかったことを考えると、その中のどこかに大魔王の遺骸があったのだろう。
ん? そういえば大陸を沈めるほど巨大だって話だったか?
考えても出ない答えは知ってる者に聞くのが手っ取り早い。
意識を呑気な鼻歌を奏でながら前を歩いている尖った耳が生えている金髪少女、というかエルフのウリスへ向ける。
「ウリス。大魔王の遺骸ってどこにあるんだ?」
「ん? 大樹の防壁内側全部? 浄化術を掛けた土の下に埋めてるんだって」
「……そりゃまたデカイな」
「今はほとんど形も残ってないみたいだけどね。土だけじゃなくって、木々にも霊術掛けて、毎日邪魔する魔物を狩りながら浄化増幅術を掛けていたって話だから。魔物ってね。浄化するとほとんど消えちゃうんだよ」
「ほとんどってことは残るのもあるのか?」
「魔物の身体がどれだけ魔法に依存しているかによっても変わるって話だったかな? 封印の森にいるのはほとんど魔法の塊みたいな魔物だったから、浄化しちゃうと消えちゃうんだよね」
「まあ、それは確認したが……そもそも浄化しないとどうなるんだ?」
「瘴気だまりを作っちゃうかな? 見たことはないけど、それを放って置くとその土地は汚染されて、なにも植物も育たない死の土地になっちゃう上に、下手すれば新たな魔物が生まれちゃうんだって」
「無防備な人がそこに行くとどうなるんだ?」
「直ぐにじゃないけど、最悪死んじゃって、アンデットになるかな?」
「おお! アンデットきたー!」
いきなり会話に入ってくるなよ雷火。
俺の後ろにふわふわと浮いている着物少女が両手を天に上げて喜んでいる。
アシストドローンによって仮想体をホログラフィで出現させている俺の相棒・人類支援情報生命体・通称サポートナビの雷火だ。
「アンデットってのは、ゾンビとかそういうのだったか? 死体が動くとかそんな」
「疾風の世界にもいるの?」
「いや、架空の話では見させられたことはあるが、本物は見たことがないな。というか、生命活動が停止した存在を動かしてなんになるんだ? サイパワーじゃなくって三元力を使えないだろ? 昨日戦ったゴブリン幼王のように供給源があれば別かもしれないが」
「アンデットって言っても色々いるから。確か瘴気のみでなった個体は、魔法も使えるのがいるって話だったかな?」
「魔法のみなのか?」
「うん」
「瘴気で動く死体になったからか?」
「というより、魔物ってそういうものだから」
「無の祝福の影響だったか? 破壊へと導き、全てを元の無へと還えさんとする外世界の流れとかなんとか」
「うん。その流れが常に入ってくる穴が大きくなってるから、魔物は人以上に魔力を保有しているの。だから、他の三元力が押し退けられたり、拒絶されたりして、その分だけ魔法に依存しているみたい。三元力は存在を維持するために必要な力だからね」
「三つとも普通なら持ってるって言っていたものな。つまりそういうことなわけか……ん? 穴が大きくなるってことは、俺達の中にもそれはあるのか?」
「三元力を持ってる存在には魂の奥にそういう穴があるんじゃないか? って言われているだけだけどね」
「まだまだ研究途上って感じなんだな」
「私達の魔力はそれほどじゃないから単にわかりにくいってだけかもしれないけど。もしかしたら外ではそこら辺の研究も進んでいるかもね。あ、ちなみにアンデットは魔物の中でも特に霊術が効きやすい相手だから」
「そういえば疾風が小魔王倒した後一掃していたわね」
「雷火ちゃん見ていたの?」
「ちゃん……疾風! ちゃん付けで呼ばれましたよ!?」
「はいはい。よかったね」
「ぞんざい! これだからサムライは!」
「いや、ちゃん呼びがそんなに嬉しいのか?」
「一振り達はみんな私達を一個人として扱ってくれはしますけど、こう他の人達からももうちょっと親しみが欲しいのですよ」
「今更相棒にちゃんはしたくないんだが?」
「別に疾風に呼んで欲しいわけじゃないのですよ。単に一振り以外が私をちゃん呼びするのが嬉しいわけで」
なるほど。俺達アースブレイドは対等にサポートナビ達と接するが、他はまずそうじゃないからな。
本人達は気にしないが、ちゃん付けしようものなら下手すれば不敬として私刑される。なんてシェルターもあるらしいし。
それだけ地球人類はサポートナビ達に依存しているってことなんだが……
俺がそんなことに考えを巡らせていると、ウリスが不思議そうな表情になる。
「ねえねえ。なんで二人は疾風のことを一振りっていうの? 確か刀のことだよね?」
「ああ、俺達は地球、向こうの世界を守る刀だと自分達のことを自称しているからな。組織名もアースブレイドとしていることも重なって、一振りって言ってるのさ」
「……なんだか、本当に勇者様とは違う日本から来ているって感じがするね。聞いた限りだとそんな組織なんてない平和な世界から召喚されたって話だし」
「異星人が襲来する前の時代に召喚されたということじゃないか?」
「あるいはまったく別の世界かも」
「まあ、こうして他時間軸世界が存在すると証明された以上はその可能性が高いだろうな。となると、どうやって俺の時間世界に帰ればいいんだろうな?」
「送還装置が自動で検出してくれるって」
「壊れてなければだろ?」
「うん」
「厄介なことだな……」
一万年前の遺産という言葉から考えれば見付けるのも大変そうだが、その後もとなると不安の種は尽きないな。そもそも、その前にも問題は山積みだ。特に問題なのは既に直接見ている脅威。
「俺が倒した奴みたいな奴ってこの世界にどれだけいるんだ?」
「少なくとも大魔王はいないと思うよ? 発生していたら神獣が目覚めてここも無事じゃないだろうし」
「神獣?」
「魔物が瘴気、魔力で生まれたって話は聞いたでしょ? それと同じことが霊力や気力でも起きてるの」
「それが神獣? 獣が当てられたのか?」
「獣の場合は神獣じゃなくて、獣人や霊獣かな? 獣人は気力の影響で人の姿に近付き、霊獣は霊力の影響で精霊に近い存在になったって感じ」
「そもそも精霊ってなんだ?」
「霊力の影響で意思を持った現象・法則かな? 霊力を感知できればそこら辺にふよふよしているんだけど、見えない?」
ウリスが見ている方向を見てみるが、木々や草花があるだけでそれらしきものは見えない。
「見えないが……これって見えるようになるのか?」
「素質があれば人間でも見えるようになるはずだよ?」
「素質ね……」
「疾風は普通に三元力使っているから、多分、正しく認識してないからってのが大きんじゃないかな?」
「その認識というのは、ウリスの場合はどうしたんだ? まさか最初っからわかっていたってわけじゃないんだろ?」
「人によるかな?」
「まあ、誰に教わらなくてもできる人種は向こうでもいたな。だが、技術として確立しているのなら、伝授する方法もあるはずだよな?」
「そうだね。それをやってみる?」
「ああ、後で頼む」
「後でいいの?」
「差し迫ったものでもないしな。それで神獣は元々はなんなんだ?」
「精霊と同じ現象・法則が変化した存在なんだって。ただ精霊が霊力だったのに対して、神獣は気力だけどね」
「俺が主に使っているって奴か。それによって変化したね……どんな存在なんだ?」
「獣って付いてるけど、奇怪な姿をした巨大な化け物らしいよ」
「見たことないのか?」
「ここで見てたら死んでるよ。神獣は世界が無の祝福で壊されないように生まれた存在だからね」
「世界の免疫システムみたいなものなのか?」
「免疫? う~ん。よくわからなけど、神獣は世界そのものだから、有ることを無に帰そうとする力には過剰反応するんだって。だから、無の祝福が宿った存在は徹底的に破壊するみたいだよ」
「で、普段は寝ていると?」
「うん。魔力で世界が大きく壊されない限りは動かないって聞いたよ」
「ん? 無の祝福によってじゃないのか?」
「無の祝福そのものは力があるわけじゃないの。ただ、それが宿ると世界を壊す運命になりやすいってだけだから」
「だから、実際に壊している魔力にしか反応しないわけか……というか、さっきアンデットは魔物の中でも特に霊術が効きやすい相手だと言っていたよな? 瘴気の浄化も霊術でおこなっていたはずだし。なんで気力で生まれた神獣が抵抗存在になるんだ?」
「気力が世界の理を支え維持しているからだね。ほら、疾風だって気力で力を増幅していたりしたでしょ? あれは気力を強めたい現象や法則に過剰に注いでいるからできることなの。あ、でも普通は気力って魔力に弱いからね。そこは注意しなきゃダメだよ?」
「普通はってことは……量の問題か?」
「うん。神獣は世界そのものが転じたものだから、膨大な気力を持ってるの。だから、本来なら苦手な力であるはずの魔力を圧倒できるの。まあ、そのせいで一度暴れると周りの環境が滅茶苦茶になっちゃうみたいだけどね」
「……もしかして、大陸が大魔王によって沈んだっていうのは神獣のせいもあるのか?」
「うん」
「世界を守るために世界を壊すのはどうなんだろうな?」
「大陸が沈んだだけで世界が壊れたわけじゃないからじゃないかな?」
「ああ、なるほど。目線が違うわけか」
「うん。だから、私達の意味で世界を守っているのはどちらかというと、霊獣や妖精かな?」
「妖精はウリス達のことだよな? 他にもいるのか?」
「ドワーフとか色々といるかな?」
「ドワーフきたああああ!」
「うっさいぞ雷火!」
「く~向こうにいる時にちゃんと疾風に布教できていれば!」
「……宗教なんて興味ないぞ?」
「一種の比喩ですよ」
「さいで……」
若干疲れた感じの俺にウリスは困ったような顔になりながら、説明の続きをする。
「ん~とにかく、霊力の影響で変化した動植物が霊獣で、人が変化したのが妖精族って感じ。で、妖精の場合はなに属性の霊力で変化したかによって種族が変わっていたみたい。エルフは森関連の、ドワーフは山関連のって感じに。霊獣も似たようなもので、同じ動植物でも地域によっては大きく姿や能力が違うんだって」
「そんなウリス達がなんで世界を守るんだ?」
「私達妖精族は、生まれた場所が壊されることを凄く嫌うの」
「それで本能的に世界を壊そうとする魔物と戦うことが多いわけか」
「そのせいで人間とも争うことも多かったって話だけどね」
「こっちの世界の人間も環境破壊のプロなわけか」
まあ、向こうみたいに星のほとんどを自爆で破壊し尽くすなんてことは流石にしてないみたいだが。
「そういえば、精霊も霊力で変化した存在だよな? 彼らは積極的に魔物と戦わないのか?」
「しないかな? 彼らは本能的に自分が元になった現象や法則の中にいるだけだから、神獣に近いの。だから、それが大きく壊されそうにならない限り動かないよ。精霊によってはバランスさえ取れていれば気にしないってスタンスな子も多いし。こっちが呼び掛けて手伝いをお願いすれば動いてくれるけど」
「使役することが出来るのか?」
「お手伝いしてくれるだけだよ? 代わりに霊力をあげないといけないけど」
「それはゴブリン相手に使っていたか?」
「うん。ん~言葉ばかりだとなんだから、実演して見せようか?」
「そうだな。頼む」




