サムライドレスは異世界を駆ける

ファイル２『封印の森のエルフ』

ログ１０ 『旅立ちはエルフと共に』

　雷火が不貞腐れてからしばらくしてウリスの豚汁が完成した。

　俺以外は食べられる状態ではないのに、しっかりと全員分長テーブルに置くのは……まあ、嫌がらせもあるのだろうか？

　「どうぞ疾風」

　「ありがとう」

　俺用に少量だけお椀に入れられた豚汁。

　一緒に渡された箸を持って口に近付けると、味噌の匂いが鼻孔をくすぐった。

　既に雷火のを飲んでるので空腹感はないが、自然と食欲がわいてくる感じがする。

　少しだけ喉を鳴らしながら、まずは汁をすすった。

　豆の風味が先に来て、次に塩味を感じつつ一緒に煮込まれた食材達の存在が混ざり合いながら主張している。

　雷火が作る豚汁は、単一の強い味なので他のが感じられるというのは不思議な感じだ。

　そう思いながら箸を使って具材を食べてみることにする。

　ＶＲで伝統文化の授業をしていたことが初めて生きたな。

　若干の苦笑と共に咀嚼した。

　脂身が程よくついた豚肉は、臭みもなく肉と脂の二種類の旨味が噛み締める度に出てくる。

　人参は柔らかく仄かに甘みが感じられ、大根は瑞々しく汁を程よく吸って噛む度に野菜の旨味と混じった味が感じられた。

　コンニャクはそれ自体の味は薄いが、食感が面白く口を楽しませる。

　それが具材を汁と一緒に合わせて食べると、それぞれの旨味が混然となりつつも、咀嚼が進めば調和がとれ味を一段上へと引き上げた。

　「おにぎりも一緒に食べると美味しいよ」

　そういうウリスを見ると、小さなおにぎりを木の皿にのせて持ってきていた。

　正直、もうお腹いっぱいなのだが……若干の興味がある。

　「いただこう」

　おにぎりを受け取り、言われた通り一緒に食べてみる。

　ああ、なるほど……確かに米の甘味と風味が豚汁と合わさって一段どころか次の段階へと昇華されていると言っても大げさじゃないぐらい美味しくなった。

　（私の豚汁とどっちが美味しいですか？）

　復活したか雷火。

　（別にあれぐらいで疾風とのリンクを切りはしませんよ）

　さいで。

　（それでどうなのです？）

　ん～……どっちも好きではあるんだが、ジャンル違いって感じもするんだよな？

　雷火のは、豚汁だ！　って思いっきり主張しているが、ウリスのは豚汁ですよ？　とやんわり主張している感じだしな。

　そもそも、飲料パックにしている時点で、固形物は入ってない。

　（疾風はそう言ってくれますけど……エルフ達には毒物扱いですからね）

　ホログラフィは引っ込めてはいても、アシストドローンで勝負会場を確認している雷火は落ち込んでいた。

　無理矢理雷火製豚汁を飲まされた審査員達は、既に目を覚ましている。

　が、起きた直後に盛大に吐いたせいか、皆一様にげっそりとしているんだよな。

　ウリスにそそのかされて無理矢理飲ませていたエルフ達が申し訳なさそうにしているし。

　俺の強化された耳に、「まさかここまでの物だったとは」とか、「聞いていた以上よね。あれを平然と飲める疾風様って……」などと言っているのが聞こえる。

　ついでに、なんだか若干恐れられているような気配を感じなくもない。

　ゴブリン幼王を倒したことより、食べ物でそう思われるのってどうなんだろうな？

　（色々と心外ですね……）

　流石にやり過ぎたと思ったのか、ぐったりしているウルグをウリスが介抱している。

　「はい。私の豚汁だよ。早く審査して」

　「うぅぅ。ウ、ウリス。今は……」

　「ん～？　なあに～？」

　あ～違うな。駄目押しに掛ってるな。

　笑顔のまま放たれるウリスの圧力に屈して、手渡された木製お椀をすするウルグ。

　「あ、味がわからん……」

　……味覚障害が起きるレベルなんだな。俺達の食料って。

　（本当に心外です！）

　疑問なのは、俺自身は普通にどっちもちゃんと美味しく感じるし、味もわかることなんだよな？

　（疾風は人として強化されていますからね。許容範囲が違いますからね）

　それをわかっててそのまま出したのか？

　（優れている食事は万人に受けるのです！）

　受けてないから俺以外倒れて吐いてるんだろうが。

　（くぅ～！）

　脳内ディスプレイ内で地団太を踏んでる雷火に苦笑しながら、近くにウリス達の方に顔を向ける。

　ぐいぐいと遠慮なしに完食させようとしているウリスに、意地でも参ったと言わないが流石に食べることを拒否しているウルグ。

　話からして孫の心配をする祖父というのはわからんでもないのだが……

　「ウリスはなんで外に行きたいんだ？」

　素直に聞いてみると、ウリスはウルグを見ながら若干ムスッとした。

　「ん～だって、一度も外に出たことがないんだもの。みんな千年前は外で大冒険してたんだよ！　私だけずっとこの森の中しか知らないし」

　召喚勇者に仕えていたという話だったしな……ちょい待て。

　「もしかして、誰一人として千年間森から出ていない？」

　「ん？　それはそうでしょ？　封印霊法を森全体に掛けてるんだから」

　「魔物達は？」

　「封印する時に入ってきてたのが繁殖したんだって」

　「なんで俺は入れたんだ？」

　「封印内に転移の穴が開いたんじゃないかな？」

　「大気圏突入していたはずなんだか？」

　「ってなに？」

　「あ～……物凄い高い空の上？」

　「ん～……そういえば空から降ってくる瘴気を帯びてないのは、結界で全部防ぐと負担が強いから素通りさせるようにしてるって聞いたことがあるよ」

　「内側から突破することは？」

　「流石にそれはどんなのでもできないようにしているよ」

　「じゃあ、出れないのか？」

　「封印解除の条件は、魔王の瘴気が基準値まで下がることだから今回の一件で大丈夫になってるよ。勿論、まだ完全に浄化してないから一時的にしか無理だけど、私が一緒にいけば大丈夫！」

　「だが、一度も外に出てないんだよな？　千年間」

　「うん」

　「この世界の人間の寿命って？」

　「え？　長い人で百歳ぐらい？」

　「千年前の情報で案内というのはどうなんでしょう？」

　ウリスではなくウルグの方を見ると、ちょっと困った顔をされた。

　「まあ……知識量に差がないのであれば、ウリスでも問題ないですよね」

　ため息交じりにそう言った俺に、ウリスを止めるつもりがないことを悟ったのかガクッとうな垂れるウルグだった。

　弓矢やらなにやら色々と詰め込まれた大きな背嚢を背負ったウリスは、ちょっと歩く度に後ろを振り返って両手を振る。

　そこには木々で出来た門の前に勢揃いしている千人ほどのエルフ達。

　大樹の防壁がある方とは反対側、農場の森からやや離れた位置にあるここには獣避けであるらしい簡素な柵があるぐらいだった。

　こちら側には魔物がいないってことなんだろうか。

　（ドローンはどうする？）

　念には念を入れて先行させておいてくれ。魔物ばかりが脅威だとは限らないしな。

　（了解）

　それにしても……

　今歩いている場所は枯葉や枯れ枝が露出している、獣しか使ってないんじゃないか？　と思わせる道であるため狭い。

　そのため、後をついて行っている俺は思いっきりウリスとエルフ達の間を塞いでしまっている。

　最初は避けてあげていたのだが……十回以上も繰り返されると、若干呆れと面倒が重なってしまい今はしていない。

　「行ってきま～す！」

　俺が動かないことにさして文句も言わず、代わりにピョンピョンと飛び跳ねるウリス。

　「お土産期待しててね～！」

　見た目に反して幼いところがあるからしょうがないが、これではいつまで経っても里から離れられないんだが……

　ちょいと離れたところにいるエルフ達もそう思っているのか、最初は感極まって泣いている人達が多くいたのに今は困ったように笑っている人が多い。

　これは俺がしっかりしないとけないんだろうか？　いや、あくまでそういう面があるというだけで……だよな？

　（まあ私がいるから大丈夫でしょう）

　お前はお前で心配なんだがな。たまに妙に頑固になるし。

　（疾風のことだけですよ？）

　サポートナビの性分はわかるんだがな。

　ウリスと雷火の二人に途方に暮れながら五十回に及ぶ振り返っては叫ぶを繰り返したぐらいで、ようやく里の入り口が見えなくなった。

　なんとなく泣くかな？　とか思ったが、予想に反してそういう素振りはない。

　「行こ疾風」

　ニコッと俺に笑ってさっさと先へと歩き出す。

　未練たらたらなさっきの様子とは段違いだな……切り替えが早いのか、外の世界に対する期待値が高いのか。

　にしても……

　「重くないのか？」

　明らかにウリスの二倍ぐらいありそうな大きさの背嚢を平然と背負っている様子は、エルフの華奢な体格からして違和感が非常に強い。

　「ん～？　霊術を使ってるからほとんど重さを感じないんだよ」

　「ポーチには入らないのか？　確か体積を無視して入れられたよな？」

　「あれは食料限定にしているから容量が少ないの。これは重さ軽減だけって感じかな？」

　「複数の効果を重複させることはできないのか？」

　「できるよ。ポーチの方は容量拡張以外にも保温。腐敗防止とか掛けてあるの」

　「なんで同じのをリュックサックに掛けないんだ？　せめて容量拡張とか入れれば動きやすくなるだろ？」

　「多重に霊術を組み込めばそれだけ霊力の消費が増すの。術式を書く面積の問題もあるし。込められる霊力量もそれだけ増しちゃうし。放って置ける時間が短くもなるし」

　「書く？　いや、込める？　農場の森で見た奴か？」

　「うん。それと同じだね」

　「普通に霊術を使うわけにはいかないのか？」

　「ずっと霊力を消費していると大変でしょ？　それに中に食材とか入ってたり、普通以上に入ってる時に止めちゃったら大変なことになるし」

　「そりゃそうだが……それって三元力を溜められるってことだよな？」

　「うん？　もしかして疾風の世界にはマジックアイテムとか霊術具とかないの？」

　「ないな。そんなものがあったら……」

　そもそもブレインリーパーに襲われることはなかっただろうな。

　「そんなものがあったら？」

　「まあ、色々と便利になっていただろうな」

　流石にサイ資源として人間の脳が狙われていたなんて話すのわな。

　（向こうでも好んで話題にすることはありませんでしたしね）

　実際の脅威でなければただ引かれるだけだろうしな。

　（どう反応していいか困るだけだと思いますよ？）

　どっちであっても言わぬが吉だろうさ。あくまで向こうの事情であり、終わったことだしな。

　（それにしても、サイパワーを貯蓄できる技術は是非欲しいですね）

　だな。とはいえどう切り出すか。三元力の性質が俺とウリスでは違うから、ただ学ぶだけってわけにはいかないだろうし。情報だけで伝授できる代物だとは思えないしな。

　（機械的に記録できないのは痛いですね）

　まあ、向こうでも散々開発班とかが愚痴っていたからな。昨日もさっきも散々考えたが、俺程度の頭じゃ解決策なんて思いつくわけないしな。

　（ひとつ方法はあるといえばありますけど）

　ああ、それに関しては追々だな。

　（確かにまずは森の外がどうなっている確認しないことには、そもそも帰れるかどうかわかりませんしね）

　見付けることが可能かどうかもわからないしな。

　なんて会話を思考通信でしていると、俺が黙ったことをどう思ったのかウリスが唐突に立ち止まって振り返った。

　「疾風ってこっちの技術に興味があるの？」

　「……ああ、三元力技術に関して言えば、こっちの方がはるかに優れていることがわかったしな」

　「でも、優れれば魔法文明みたいな危険があるんだよ？」

　「それを含めて向こうの世界に伝えたいんだよ。例え俺が伝えなくても既に技術は存在していることがわかった以上、いずれは到達するだろうがな」

　そして、破滅へと導くとわかってはいても核兵器を使って地球を荒廃させたように、やらかす可能性は高いだろう。三元力技術が人間主体の力である限り。

　「じゃあさ、私も一緒に地球に行こうか？」

　……はい？

　（あらま。思ったより聡い子ですね）

　三元力技術を伝授してもらう簡単な方法として俺と雷火が考えたのは、単純に習得者を地球に連れ帰ることだ。

　が、向こうにこちらへ来れるという技術がそもそもない。俺がこの場にいるのは量子爆弾で破壊された転送ゲート戦艦が暴走したが故にと考えられる以上、こちらの技術で帰ることができても再びこちらに来れる可能性は低い。

　昨日散々考えた時に雷火にも確認して出した結論だ。

　だからこそ、安易に誰かをという考えはとりあえずするべきじゃないと思ったので、俺に恩を感じているエルフ達の前で下手にそれを口にするつもりはなかった。

　のだが、あんまりにも確認し過ぎたな……とにかく、軽い気持ちで言っていい言葉じゃないことは伝えるべきだ。

　「わかってるのか？　向こうに異世界間移動技術はないってことを」

　「そうだね。でも、その内発展するんでしょ？　いずれは帰って来れる技術が生まれるんじゃない？」

　「それはそうだが。あくまで可能性の話で、どれだけ時間が掛かるかもわからないんだぞ？」

　「平気平気。千年ぐらいは気長に待つから。私も手伝うし」

　気楽に言って、話は終わりだとばかりにウリスは再び前を向いて歩き出してしまった。

　（……不老不死に近い種族だけはありますね）

　あ～……これってウルグ達は知ってるんだろうか？

　（今思い付いたのなら知らないと思いますよ）

　本気なんだろうか？

　（確認してみる？）

　……現段階でそれを知ってもな。

　（そうですね。本当に帰れるかどうかわからないですし）

　全ては外次第だな。

　（ええ）

　さて、なにが待ち受けているのやら。