ログ9 『ウリスVS雷火(料理対決)後』
ウルグ宅前は料理対決や殴り合いが出来るぐらい広く、丁度住宅地帯と家事地帯の境にあるようだった。
ウリスに案内される形で雷火、俺と続いて炊事場などを通り抜ける。
外見だけだと森の中を歩いているだけに見えるのが文化の違いを感じるな。
(生きた木の中に家をというのはなんともメルヘンですよね。これもまた異世界の形ですよ)
一つ疑問なのは、なんで住宅と家事を分けてしまっているんだろうな?
(住宅の形式としてそれぞれを分けてというのはあるにはありますよ?)
そうなのか? 地下シェルター住まいの俺からするとそれこそ非効率って感じがするんだがな?
(理由は様々でしょうけど、台所は火を警戒して、風呂は湿気を気にして、トイレは不浄を嫌い、って感じなんじゃないでしょうか? 場合によっては宗教上のなんてこともあるかもしれませんが)
ふむ? 後者だと今後を考えるとちょっとネックになりかねないな
(直接聞いてみては?)
そうだな。
「ウリス。ちょっといいか?」
「ん~?」
「なんでここは住む場所と分けているんだ?」
「ん~そういえば外だと一緒にしているところもあるんだっけ?」
「利便性を考えても近い方がいいからな。建築技術的にみても、一緒にしても不都合はない形にできるんじゃないか?」
「できるけど、家になってくれている木達の好みがあるから」
「好み? 種類が違うということか?」
(いえ。里に使われている木々はどれも遺伝子的には同じ種類ですね)
「そうじゃなくって、性格かな? 私達が住んでもいいって子もいれば、火を使ってもいいって子もいるし、お風呂が好きって子もいるからね」
「……木の気持ちがわかるってわけか」
「正確にはちょっと違うけどね」
(ああ、なるほど)
なんだ? 雷火だけ納得するってどういうことだ?
「精霊さん達が木の気持ちを代弁してくれるんだよ」
「精霊? ああ、雷火もそうじゃないのか? って言っていた奴か」
(やっぱりそうでしたか。ん~エルフ指数が上がりますね)
「よくわからんが……まあ、とりあえず、木の好みでこんな感じになっているわけか」
「そういうこと。無理矢理しちゃうと、長生きしてくれなかったり、お願いを聞いてくれなくなっちゃったりするからね。あ、そろそろ農場の森に着くよ」
ウリスの言う通り家事地帯を抜け、俺達が食料生産工場と呼んでいた地帯に入った。
といっても、今まで見てきた木々より一回りか二回り大きいだけで外見的にはさして変わりはないが。
「じゃあ、最初にニンジンを採ろうか」
さっさと近くの木へ行き、根元にある扉から中へ入るウリス。
後に続いて入ると、確かにVR授業で見たことがあるニンジンの葉が一面に生えていた。
特に表札とかある感じではなかったが、覚えているってことなんだろうか?
(これも精霊に教わったのでは?)
などと言いながら雷火はニンジン畑の上をふわふわと浮きながら見て回る。
ホログラフィを投影しているアシストドローンのセンサーで選別しているのだろう。
「いまいち栄養価がバラバラですね……」
とかつぶやいている。
しかし、精霊ね……
なんとなく周囲を見回してみるが、これといってなにかがいるようには見えない。
代わりに見えるのは、木目の部屋の中に広がる緑の畑。
天井には光源があるが、スズランのような花が逆さにぶら下がって生えており、それが太陽のような輝きを発しているようだった。
ドローンで確認した時は発光植物なのかと思ったが、よくよく見るとそれそのものというよりどうやら生えている天井に仕掛けがあるようだった。
サイオーラでなにかしらの文字がびっしりと描かれているのを確認できたからだ。
向こうでもいたんだが、書いた文字にサイパワーを宿して内容通りの現象を起こせる奴とか……あれももしかしてサイ能力ではなくサイ技術だったのだろうか? まあ、とにかく、あれと同じであるのなら、あれでスズランのような花を光源にさせているのだろう。
となると、こっちもか?
ニンジン畑に近付いて見ると、縁が床から直接生えているようだった。
それにもサイ文字が描かれており、畑用に調節しているのだろう。
葉っぱを退かしてその下を見てみると、土がしっかり入ってニンジンが埋まっている。
水撒きとかどうしているのだろうか?
そう思っていると、ウリス達がうろうろとしている場所以外の天井が曇り出し、雨が降り出した。
人を認識して水撒きもするのか。
しかも、雲が形成される前に一瞬だけ見えたサイ文字が、その形を変えているのを確認できた。
ふむ? 向こうの奴はそんなことできたか? ん~……あんまり接点がない奴だったからな。
なんにせよ。向こうの生産工場では機械的にやっていることを、こっちではサイ現象で代用しているのは凄いというべきか。
(でも、効率が悪いですよ。正直、このまま再現する必要は感じませんね)
そんなこと言いながら、雷火はホログラフィを出していない方のアシストドローンの反重力装置を使ってニンジンを畑から一本二本と抜いていく。
「んー? いいニンジンを選ぶね。よ~し、私も負けられないよ!」
雷火が採った物を見て、なにやら気合が入ったらしくウリスも次々と抜き始めた。
そんな風に別の木にも移動して食材を集める二人を見ながら、俺はこの生育システムをどうやって作ってるのか確認しようと頑張って見た。
が、やはり全く未知の技術はよくわからないな。
文字が勝手に変化するというのも、どこがやってるのかさっぱりだし。
木がやってるのだろうか? いや、精霊って奴か? ……わからん。まあ、勝負が終わった後にでもウリスに聞くか。なんだったら、旅の途中に習ってもいいしな。
最後に豚肉を取って俺達は勝負の舞台に戻ってきた。
肉に関しては熟成とかが必要らしく、直接畜産している木には向かわずに熟成庫だという場所から取ってきている。
一応、参考にって感じに豚が飼われているところを見せて貰ったが、自動的に給餌や掃除をする蔦植物がいた。
考えてみると同じことを機械的にできなくもないのがな。
雷火がそのまま再現する必要性がないって言ったのは頷ける話だ。
まあ、どう活用するかはその手の専門家がやってくれるだろうし、雷火曰く取り込めば更に効率が良くなるということらしいからな。深く考えるのは止そう。
俺がそんなことを考えていると、ウルグが困惑した視線を雷火に向けた。
「それでは調理を開始して……欲しいのですが……雷火様。食材はどうしたのですか?」
ウリスが即席で作った蔦リュックに大量の食材を持ってきているのに対して、雷火はなにも持って帰ってきていなかった。
そもそもホログラフィなので彼女が持ってくるってことはないのだが、それをわざわざ説明するのもな。
なにより、彼女の調理はここではできない。
「既に調理できる場所に運んでいるのでご安心を」
「そ、そうなのですか……」
形式としてウリスと対面しているキッチンで浮いている雷火に、ウルグのみならず周りのエルフ達も困惑の表情を向けている。
「せっかく作って貰ったのに申し訳ない」
「い、いえ。こちらが確認しなかったのがいけないので」
俺の謝罪に若干の苦笑いをするウルグ。
「え~では、両者調理はじめ!」
気を取り直したウルグを合図に、ウリスは猛然とした勢いで調理を開始した。
木製の包丁で、ニンジンを始めとした材料を切り、これは普通に鉄製ぽい鍋に次々と材料を投入していく。
水も入れ、味噌らしき物体を投入したのは良いんだが……普通に煮だっているな。
鍋の下に特にコンロらしき物はなかったはずだ。
なんとなしにウリスの背後に移動して、確認してみると赤いサイオーラが鍋の下から出ていた。
ウリスのオーラは緑だったよな?
周りを見回してみても、エルフ達から出ているのは彼女と同じ色だ。
別のサイオーラも使えるのか……聞くべきことが増えるな。
そんなことを思いながら興味深げにウリスの調理風景を見ていると、雷火の食材をサムライドレスに送っていたアシストドローンが戻ってくる。
審査員全員分のチューブ飲料パックを持って。
俺・ウリス・雷火以外は皆、キョトンしている。
ウルグの住居前に置かれた長テーブルに座っている審査員達の前にパックが次々と置かれている。
「お待たせいたしました。さあどうぞ」
雷火がそう言うと同時に、視線が俺の方に集中した。
「これが雷火の豚汁ですよ」
そう言いながら俺は長テーブルの空いている席に着き、チューブの蓋を開け飲む。
うん。豚汁だ。
「相変わらずガツンと来る味で美味いよ」
「ありがとうございます」
満足そうにしている俺に雷火が微笑むのを見て、審査員達が恐る恐る飲料パックを手に取る。
「ん~一つ、私から注文していい?」
俺を真似して蓋を開けようとした審査員達に、灰汁取りって奴だろうか? をしているウリスがぽつりとつぶやく。
「出されたものは最後まで飲まなくちゃダメだよ?」
「当然だろう」
「最低限の礼儀だものね」
速攻で吐いた子がよく言うな……
ウリスの念押しにウルグは頷き、周りの審査員に視線で示し合わせ一斉に飲み。
「うぼあ!?」
案の定、即吐いた。
俺は美味しいと感じただけに、実に勿体ない。
「げほ! うえ!? こ、これは! み、水!」
慌てて長テーブルに置かれた水差しとコップに手を掛けるウルグ達だったが、なぜかその中身は空だった。
ん~そこまでするか、えげつない。
「ウルグ~ちゃんと全部飲まないと失礼だよね?」
「ウリス!?」
「し、つ、れ、い、だ、よ、ね?」
「は、は、か……ぐ! なにをするお前達!」
何故か周りにいた審査員以外のエルフ達がウルグ達を取り囲み、羽交い絞めにし始めた。
「じゃあ、みんな手伝ってあげてね~」
うわ……容赦ねえな。
無理矢理豚汁飲料を飲まされて、泡を吹いて白目をむくウルグ達審査員。
チラッと、雷火の方を見ると思いっきりムスッとしていたが……まあ、こうなることはわかっていたよな?
「認めません!」
「いや、これが現実だからさ。というか、これ、勝負はどうなるんだろうな?」
「知りません!」
完全に不貞腐れた雷火がホログラフィを切って姿を消してしまう。
まあ、無効試合なのかな? いや、審査員をノックアウトしたから雷火の負けか? なんであれ、ウリスの企み通りに事が運んだんだろうな。
豚汁の調理を続けながらしてやったりと無邪気な笑みを浮かべる彼女。
とりあえず、旅の間、彼女を怒らせるようなことをするのは止めよう。
そう心に誓う俺だった。




