ログ4 『雷火』
ウルグがエルフ達に囲まれて説得だか鎮圧だかよくわからない乱闘状態になったため、そそくさと家の外に出ると、いつの間にかウリスもついてきていた。
その手にはしっかりとお盆を持っており、量が半分以下になったコメ粥と野菜スープが乗っている。
「これぐらいなら食べられる?」
どうしても食べさせたいらしい。
「食べられることは食べられるが……流石に連続でとなると栄養価が心配になるな」
一日二日必要分取らない程度であれば大して問題はないが、今回は結構な怪我を重ねている。ナノマシンによってストックされている分も大分削られているよな?
(そうね。最大戦闘可能時間は平時の半分かしら?)
結構な状態だな……
(まあ、今食料じゃなくって栄養剤の方を作っていますから、それは食べてもいいですよ)
いいのか?
(かまわないですけど? どういう意味です?)
いや、それなりにプライドを持ってるのかと思ったんだがな?
(疾風がちゃんと全力を出せるように管理できるのなら、私としては文句ありませんので)
「思ったんだけど、胃って大きくなるんだよね? いっぱい食べるようになったらあんなの食べなくてもいいんじゃない?」
「はあ!? なに言ってるのあなたは!?」
…………うおい。
「え? あれ? 女の人の声? え?」
俺の方から違う声が出てきたことで目を白黒させていた。
「あなたね。黙って聞いていれば栄養不足で不健康な食べ物を勧めるなんて、どういうつもりなのよ!?」
「おい。雷火」
「疾風は黙っていてください! これはあなたの鞘として見過ごせない」
「えっと……三元力感じないから腹話術?」
「あ~……遠くの者と会話できる装置がこの服には付いてるんだよ」
「え? 疾風以外にも落ちてきた人がいるの?」
「いるっちゃいるんだが……」
「私はサムライドレス雷火がサポートナビにして地球防衛組織アースブレイドが七振り・星切りの村正・飛矢折疾風の鞘・雷火です」
「えっと……サムライは勇者様の話から聞いたことがあるけど、ドレス? サポートナビ?」
雷火。文明がまったく違うんだから、フルに挨拶しても伝わらないだろうが。
(伝えるつもりなんてありませんから)
しっかり気にしてるじゃないか。まったく……
「サムライドレスは小魔王を倒す時に着ていた鎧。サポートナビはそれを動かす時に手助けしてくれる……なんていえばいいんだろうな? 肉体を持たない人?」
「精霊みたいなもの?」
「……まあ、似たようなものといえば似たようなものか?」
サポートナビ達がなにかと見せてきた映画とか漫画とかでは羽の生えた小人とか、下半身がもあもあしたおっさんとかそんな感じだったが、共通していたのは物質として存在していないあるいは行き来ができるみたいな感じだったか? まあ、なんにせよ現実の身体を持ってないのは共通点といえば共通点か。とはいえ、だからといってこのままというのは喋り難いか。
「雷火。俺のアシストドローンを使っていいぞ」
「いいのですか?」
早急に調べなきゃいけないことはないだろ?
(そうですね。ぱっと調べた感じだとここら一帯は居住区のようです。使われている調理器具とか一部よくわからないのとかがありますけど、どう見てもなにも仕組みのない生木なのに鍋が温まるとか)
それも三元力技術なんだろうな。俺なら感知ができるだろうが、理解までできるかは疑問だな。
(持って帰るのならそこをどうにかしないといけませんね)
そういう意味でも姿を見せておく必要があるんじゃないか? 彼女が同行者になる可能性もあるようだし。
(すごく反対されているみたいですけど?)
家の中ではまだウルグが暴れているらしく、なにやら喧しいが、「もうウリスも大人なのですから」「いい加減に孫離れしましょう」とか声が聞こえるので族長個人の意見が通るかどうかは微妙なところなんじゃないか?
(そうね。まあ、いつまでも私の存在を隠しておくわけにもいかないでしょうし、コミュニケーションしやすい状態にするのは必要よね)
できればもうちょっと様子を見たかったがな。
(あははは)
まあ、実害がないレベルのやらかしはいつものことだからいいっちゃいいが、とりあえず早く姿を見せろって。
黙った俺にウリスが困った表情になってるだろうが。
(そ、そうですね。ごめんなさい。アシストドローンステルス解除)
「え!? なんか出てきた!?」
俺の横にペン型の飛行物体がいきなり現れたことにウリスが驚くが、
(ホログラフィシステム起動)
更にそれを中心に光が漏れ出し、瞬く間に覆い尽くして拡大。
「お、女の子?」
光が宙に浮く少女の姿になったことに困惑を通り越して唖然としてしまうウリス。
そんな彼女に自身の人格安定仮想ボディをホログラフィで作り出した雷火は思わずといった感じで苦笑する。
サポートナビ達は手助けする人間からずれた感覚や思考をしないために、仮想現実を己の中に構築しそこに自身の人格を安定させる身体を作り出していた。
その姿をアシストドローンのホログラフィ装置で映し出しているのが、今ウリスが見ている姿なのだ。
見た目は小さな女の子で、炎のような赤い髪に、黄金の瞳を持っている本人曰く西洋系の美少女。な癖して好んで着物を着ていたりするんだがな。
今日も今日とて自身の名前の主張なのか、雷と炎をモチーフにした柄の着物を着ているし。
しばらくそんな彼女を見ていると驚きから復活したのか、まじまじとホログラフィを見たウリスは困惑の表情になる。
「あなたが?」
「ええ。私が雷火ですよウリス」
頷く雷火にウリスは困惑の表情を強める。
「疾風~魂を全然感じられないんだけど。本当に精霊?」
いや、そんなこと聞かれてもな?
「まあ、これは映像を作り出す技術だから……いやでも、本体も人工物だからな。魂なんてあるんだろうか?」
「少なくとも私達にそのようなものは観測されたことはなかったはずですね。あくまで向こうのサイ技術による感知ですが」
俺と雷火の会話にウリスは首を傾げつつ、
「本体って?」
とりあえず自分でもわかりそうなことを口にすることにしたらしい。
「疾風が乗っていた鎧ですよ」
「え? あれにまだ人がいたの?」
「いや、ですからあれ自体が本体ですね。まあ、正確にはその中に入っている情報が本体ですが」
「んん? でも、あれには不思議な三元力は感じだけど、魂は感じなかったよ?」
「人工物だからじゃないでしょうか?」
「物でも高度な魂は宿るよ?」
「それは長い年月を使い続けた場合でしょうか?」
「うん。そう」
「こちらにも付喪神という伝説がありますね。ただ、そうであったとしても私が生まれたのは五年前です。流石にまだ宿らないのでは?」
「そんなにはっきり喋れるのに?」
「そういう技術ですから」
「不思議……って、通り抜ける!?」
触ろうとした手がすり抜けたことに驚くのは良いが、なんでわざわざ俺を間に挟んでやるかね? それが最短距離なのはわかるが、しかも器用に片手にお盆を持ちながら。いい加減受け取った方がいいのか?
「疾風、そこは赤面するところよ? というか、ウリスも胸を密着させない!」
「何か問題でもあるのか?」「何か問題があるの?」
「駄目だこれは……ウリスはどうだか知らないけど、疾風はしっかり性教育受けているでしょうが!」
「たかだか触れているぐらいで動揺するのもかえって失礼だと思うがな?」
と俺が言えば、
「そっちの方が失礼なの!」
「そうなの?」
ウリスは首を傾げる。
「普通はそうなのよ! え? なに異世界ってそんな常識なの? それはちょっと予想外です」
頭を抱える雷火だが、言われているウリスの方はいまいちよくわからないのかキョトンとしている。
単純にそこまで精神年齢が上がってないだけじゃないかこれは?
(見た目的には疾風と同じぐらいだから、そこまでではないとは思うけど? そもそも、疾風の裸を見て気絶したのですよ? おかしくないですか?)
サイパワーの使い過ぎが重なっていただろうからな。ちょっとのショックでもってことなんだろう。
(ちょっとのショックって……なるほど。変わった育ち方をしているということですね)
そうだな。肉体の成熟度より、育った環境だろこういうのって。
(確かに疾風もそうですしね)
ジト目で見られてもな……。体型がもろに出る服しかなかった向こうで、戦闘訓練を男女の差別なくしていればこの程度の接触でどうこういう気にすらならなくなるんだがな。というか、
「いい加減離れた方がいいと思うが?」
ついでにお盆をウリスから受け取りつつ言ってみると、案の定よくわかってないのか俺にまで首を傾げる。
「どうして?」
ウリスは未だに映像であるが故に触れられない雷火に俺越しに手を伸ばしており、接触は最初ほどではないが見ようによっては抱き着いているようにも見えるだろう。
で、家の中は妙に静かになっており、代わりに殺気がじんわりと……いや、身内だからわかりそうなものだと思うんだがな?
俺がため息一つ吐くと共に、ドアが内側から吹き飛ばされた。
さっと避けつつ、とりあえず粥に手を付けておく。栄養価が無くても空腹感は抑えられるからな。
流し込むように口に入れてみたが、ほどよい塩によって引き立てられた米の甘味が美味しい。
「表に出ろエロ魔人がぁあああああ!」
ウルグが心外なことを言ってるのを聞きつつ野菜スープも飲んでおく。というか、ここ既に表なんだが。大分錯乱してるな。
ふむ。僅かな酸味を感じられるが、嫌な感覚ではなく次を促すな。具材も小さく切り刻まれて噛まなくても崩れるぐらいに煮込まれているようで、粥と合わせて食が進むように作られているようだ。
完全に俺のために作られた物ってのがよくわかるが、正直これ以上は食べられないな。
そのことを申し訳なく思いつつ、お盆と空の食器を反対側に避けたウリスに投げ渡す。
「孫は渡さんんんんん!」
「疾風!」
文字通り飛ぶように接近してきたウルグの拳を受け止める。
さて、ウリスには悪いがちょっとこの世界の戦闘技術を確認させてもらうか。
(わざとだったの!?)
さて、なんのことかな?
「これだからサムライは……」
上空に逃げていた雷火の呆れた視線を受けつつ、俺とウルグの戦闘は始まった。




