ログ2 『エルフ族族長』
エルフ達の歓迎は思ったよりあっさりと終った。
俺が起きたばかりだということを知っているようで、口々に一言二言お礼を言っては大樹の家々に入っていた。
まあ、サポートナビの支援がある状態で一日も寝たのだから身体的にはなんら問題はないんだがな。
心なしか今まで以上に体調がいい気がしないでもない。
(身体機能は正常値ですけど?)
そうなんだよな……科学的にいつもと変わらないってことは、本当に気のせいか、サイ現象か。一度検証してみないとな。
本来より調子がいいというのは一見すると悪いことではないが、場合によっては一ミリの誤差が命取りになることもある。
セルフコントロールを強くできる者にとってあまり歓迎すべきことではないともいえるな。
特に今のような自身も数値的にもはかりかねない調子というのは、気付かない内に微妙なずれを作り出しかねない。
とはいえ、今ここで刀を振り回すわけにもいかないよな。
(気でも触れたかと思われるでしょうね。私も心配になります)
だよな。
ウリスに案内されたのは、里内にある住宅型大樹の中でひと際大きな家だった。
「ウルグの家だよ」
ん? その名前って、
「置いてきた人だよな? 意識を取り戻したのか?」
「うん。結構瘴気に侵されていたから起きるのに時間が掛かっちゃったけど、小魔王が倒れた直後に起きたみたい。みんなの話だと、発生源が無くなったから自浄力が上回ったんだろうだって」
「いや、そもそも瘴気ってなんだ?」
「ん~? 知らないの? 魔物がまき散らす悪い魔力だよ」
「悪い魔力って……良いも悪いもあるものなのか?」
「うん。あるよ」
「いまいちわからないな……」
(少なくとも私達はサイパワーそのものに対して良し悪しを考えてことがありませんよね)
そうだな。結局は使う者次第なのは変わらないと思っていたが……
「疾風の世界には魔物はいなかったの?」
「いなかったな」
「それだけ強くてあれだけ凄い装備があるのに?」
「戦争していたからな」
「人間と?」
「いや、異星人と」
「……異星人? ってなに?」
「自分達が住んでる星とは違う星から来た奴らだな」
「異世界人?」
「まあ、惑星を世界ととらえる そうとも言えるな」
「ん~?」
「……星はわかるよな?」
「空に浮かんでる光でしょ?」
「そういう認識なのか……」
(観測技術が未熟なのか、そもそもそれほど興味がないのでしょうか?)
俺達の中には遠視のサイ現象持ちとか遥か先を見れる奴もいたから前者はこの世界ではどうだろうな?
(では、後者でしょうね。ここはエルフしかいないようですし、封印の森という名称からしてもそういう使命を持った者達と考えるのが自然でしょう)
なにをって考えるまでもないか。
(ええ、魔物と呼ばれる存在でしょう)
戦ってみた感じだと、脅威度はブレインリーパーに迫るな。瘴気のことを含めれば、厄介度はこっちの方が上かもしれない。
(我々では対処ができませんからね)
そうだな。魔物が普遍的にいるのであれば、そこをどうにかする術を手に入れる必要がある。
(そうね。丁度情報源もあることだし、今後の方針を決めるためにもできる限り情報収集しましょう)
などと思考通信で雷火と会話しながら、同時並行でウリスとも会話を続けている。
「とにかく、そいつらと戦うための術と力は必要だったからな」
「だった? 勝ったの?」
「……まあ、そうじゃなかったらここにはいないだろうな」
「そうなんだ。よかったね」
我が事のように嬉しそうに笑顔を向けるウリスにちょっと苦笑した時、不意にドアが吹き飛んだ!?
直前に殺気に近い感覚を覚え反射的に飛び退いていた俺もウリスも無事だったが……
「いつまで家のまでイチャコラしてんじゃゴラー!! 孫はやらんンんんん!!」
出てきたのがウルグだったのでちょっと困ることになった。
元気そうでなによりっちゃなによりだが……孫? どう見てもちょっと上ぐらいだが?
(そういうところまでエルフなのね! エルフ指数がまた上がるわ!)
どういうことだ? 不老化手術でもしているのか?
(作品によってまちまちだけど、不老だったり老化が極端に遅かったり、若年期が長かったり、総じて若い見た目ってことが多いかしらね。勿論、それに伴って長寿って設定が多いわ)
不老不死に対する憧れの顕現か?
(まあ、長年の夢でしたから)
そんなのになっても死ぬ時は死ぬんだがな?
なんて雷火と会話している間、ウリスとウルグはというと、
「ウルグ! なにドア壊してるの!」
「惚れたんか! ちょろイン如く惚れたんか!?」
「ちょっとここで話していただけでしょ! ボケるのはまだ早いんだからね!」
「ああわからんぞ! わからんぞお! かつての勇者様について行った我が姉とて出会って直ぐに速コロリだったのだからな! 裸みられただけでなに惚れてんだこの野郎!」
俺を睨みながらそんなことを言われてもな……
(ちょろインって現実にいるのですね)
なんだその単語は?
(簡単に主人公に惚れるヒロイン。ちょろいヒロインの訳語です)
簡単に惚れるね……裸を見られるだけとか言ってたな? どういう原理だ?
(そういう出会いでヒロインとしての立ち位置を確立しているのでしょうね。安易ではあっても美少女の裸体というのはそれだけで魅力とインパクトがあるということなのでしょう。もっとも乱用され過ぎていただの通過儀礼的になった時期もあるみたいだけど)
それは物語でのことだよな?
(そうですね。特に青少年向けや成人男性向けの作品で見られたパターンです。ちなみに裸だけじゃなく、事故によるキスや場合によってはなんで惚れたのか、普通はそうならないであろう些細な行動とかでもあったようですね)
いや、だから物語でのことだよな? そんな女性現実にいるか?
少し思い出すのは、アースブレイドの女戦士達のことだ。
正直、地球の刃としての印象が強く、言動も男女の違いは特に感じなかったような? 少なくとも裸見た程度でどうこうなるとは思えない。中には風呂から出ても平然と真っ裸で基地内をうろうろしているのもいたからな。
(戦士達はあんまり参考にならないと思いますよ? そもそも今の地球人類の恋愛観はおかしいですし)
なにをもってそう思ってるのかは知らないが、まあ、あんな状況でああいう時代だからってことだろ? よくわからんが。
(当人では……一応、私達で修正しようと試みてはいるのですよ? ちょっと放置し過ぎましたし。色々と余裕がなかったのはしょうがないですけど)
ご苦労さんなこって。
(た、他人事……まあ、私達が想定する普通の恋愛観であるのなら、実際に裸みられただけでどうこうなるなんてことはないでしょう。そう考えると、他にもウルグが知らないなにかがあったのではないでしょうか?)
まあ、あんまり視野が広いようには思えないしな。
視線の先ではなにやら言い合いながら、俺に飛び掛からんばかりのウルグをウリスが制していた。
これはイージスモードを使った時の出来事を伝えない方がいいな。まあ、そんな機会はまずないだろうが。
ウリスにほぼ真っ裸を見られた時のことを思い出しつつ、騒ぎを聞きつけた他のエルフ達が駆け付けるのを見守る俺だった。
「取り乱してしまい申し訳ない」
そうやって俺が座っているテーブルの対面で頭を下げているのはウルグだ。
場所は玄関扉を入ってすぐの客間らしき場所。
ちなみに玄関はあっという間に直されている。
吹き飛んだドアを近付けて、何事かをエルフ達がつぶやくとサイパワーが家との接合部分に集まりツタのようなものが生じて固定された。
周りの家をアシストドローンで確認して見た所、どこもそんな感じになっているようで、
(ファンタジーだわ!)
と雷火が興奮したものだ。
そんなドアを潜る時、靴は脱がずにそのままとわざわざ言われた。
おにぎりといい、日本という文化と人種に精通しているのかもしれない。
もしかしたら日本語が通じるのだろうか?
こちらの言語が混じっていることや、ウリスの言動の端々を考えればなんとなくそう思わなくもないが、ウルグに試す気にはなれないな。間に入る人がいればまだ物の試しにってなるんだが、ウリスはウリスで間違いなく俺の言葉は通じないしな。
その件のウリスは奥の方にある台所らしき場所でお茶を入れている。
さっきまで彼を取り押さえていた他エルフ達は既にいないが、ちょっと警戒でもしているのか家の周りにいる気配がしないでもない。が、会話に加わろうとまではしなさそうなので、仕方なく翻訳システムを駆使しつつ会話をすることにした。
「私はウルグ。封印の森にいるエルフ族の族長をしている者です」
「俺はち……」
異世界で地球の組織名を言っても伝わらないよな?
(そうね)
ならとりあえず名前だけにしておくか。
「飛矢折疾風です」
「名前が疾風でよろしいですよね?」
「ええ」
頷きながらふと思う。
「族長が前線に出ていたのですか?」
「必要なことでしたから」
そういうウルグをよく見てみると、武人の気配を感じる。
確認できたエルフ達は全てが戦いに秀でているという感じではなかったので、ゴブリン達が跋扈する場所へ向かう必要があるのならなるほどとうなずけなくもない。
ただ、なんのために? って疑問があるが、直接な関係者ではない俺が聞いてもしょうがない上に、既に終わっていることだしな。
とりあえず、
「完治しているようでなによりです」
「ありがとうございます。あなたの治療が無ければ私はこの場にいることはなかったでしょう」
「いえ。私では瘴気までは治療できませんでしたから」
「瘴気の影響があっても治療ができたのですからさして問題はありませんよ」
「瘴気は傷の治りまで影響を及ぼすのですか?」
「はい。身体の治癒力や治療系の三元法を阻害します。私が受けた瘴気は深部まで及ぶものでしたから、本来であれば助かる見込みはなかったのですが……流石は異世界の技術ですね」
そんな会話を若干気まずさと探り合いの雰囲気を出しながらしていると、ウリスがお盆を持ちながらこっちにやってきた。
「ずっと寝ていたからお腹すいているでしょ? 簡単な食事だけど一緒に持ってきたよ」
そう言って俺の前に置かれたのは、木の椀に入ったコメの粥だった。
(疾風。まずは成分分析をしますからちょっと待っててください)
いや、別にそこまで警戒しなくてもいいだろう?
(いえ。彼女らの食事では必要な栄養素を全てとる前に疾風が満腹になってしまいますから。なにが不足しているか確認しておかないと)
サムライドレスには長期任務のためにいくつもの生存支援装置やシステムが組み込まれている。
その一つにサポートナビによる食料の生産もあるというわけだ。
勿論作られるのは、効率重視の高カロリー高栄養化の流動食や固形物なので、戦時であっても日常であっても非常に重宝する。
個人的には好みなわけで、全く文句はないのだが……また目の前で食べれば取り上げられそうだな。とはいえ、一つ言っておかないといけないかな?
「食事はありがたいんだが」
「ん? もしかして口に合わなかった?」
「いや、貰ったおにぎりは美味しかったよ。ただ」
「ただ?」
ん~若干善意を否定するようで心苦しいが、こればかりは俺自身の仕様だからな。
「栄養価が足りないだ」
「大丈夫。今度は野菜ジュースも用意したから」
確かにおかゆの隣にどろりとした液状のものがある。
(複数の野菜を液状にしてミックスしたもののようですね)
栄養価は?
(必要な栄養素は満たしていますが、量が足りません。せめて五倍に圧縮しないと)
「あ~その。俺の身体は戦闘用に改造しているんだ」
「か、改造!? え? でも、ちゃんと人間だよね?」
思わずって感じにウルグの方を見るウリスだが、見られている方も困惑しているようだった。
「まあ、見た目は確かに人間ではあるし、人間の枠組みの中にあるといってもいいらしいが、それでも人の形で出せる限界以上を出すための遺伝子改造やナノマシン注入とかしているからな」
「いでんし? なの?」
「そういう技術があるってだけわかってくれればいいさ。で、その体を維持するためにはそれ相応のエネルギーや栄養が必要なんだ」
「もしかして、あの不味い食べ物じゃないと駄目なの?」
困ったような悲しそうな顔をされてもこっちが困るんだが……
「駄目じゃないが、大量に喰わないといけないかな」
「じゃあ、いっぱい用意するね!」
「いや、正直、俺の胃はそんなに大きくない。向こうの食事は昨日のおにぎり一個でも多いぐらいだったからな」
その言葉にウリスは絶句してしまった。
(潤沢な資源があるからこその反応でしょうね)
これだけ自然を使い、高度なサイ文明を持っていると考えると、ブレインリーパー共が襲来する前の向こうより豊かなのかもしれないな。
(文化の違いもあるでしょうから、一概に豊かとは言い切れないところがあるとは思いますけどね)
まあ、幸や福は様々だからな。
俺は俺で雷火と思念会話をしていたため、見た目的には二人して無言になってしまうという状況になった。
そんな二人を見てか、どこか得心がいったといった感じで頷くウルグ。
「……やはりハヤテさんは我々が知っている日本とは大分違う日本から来たのですね。かつて我々が仕えた勇者様が帰られた日本とは」




