ログ16 『ゴブリン殲滅作戦(転)』
咆哮をし終えた大型を越える巨体の裸ゴブリン。
二メートルを超える仮定ゴブリン王は、俺の方へとゆっくりと視線を向けた。
ステルスはまだ切っていないし、サイパワーも一切使ってない。
なのにしっかりと俺を見ているのは……やっぱりゴブリンの中にもウリスと同様なのがいたか。結局、どうやってるんだろうな?
まあ、なんであれ、ステルスがこいつには効かないのなら真っ向勝負しかない。
「さて、サムライドレスがない俺でこいつに勝てるかな?」
呼吸を切り替えると共にステルスを切る。
周りでまだ生き残っているゴブリン達が驚愕したのか騒ぎ出す。
そいつらをゴブリン王が一睨みして騙されたので、仮定は取ってもいいかもな。
どうでもいいことを考えながら、俺は全身から金色のサイオーラを吹き出した。
応えるように王からも黒いサイオーラがあふれ出す。
俺達の戦意に呼応するようにゴブリン達が雄叫びを上げ始め、包囲しようと動き出した。
「させるかよ!」
サイパワーと強化服の力、更に特殊な歩法を組み合わせて一気にゴブリン王へと詰め寄る。
包囲網を築くというのなら、それが完成する前に意味がなくなる位置に行けばいいだけの話だ。
「シッ!」
刀の間合いに入ると同時に心臓に向けて突きを放つ。
血肉が咲く。はずだったが、代わりに散ったのは白い破片と硬質な音。
なんだ!? いつどこから出した!?
無手だったはずのゴブリン王はいつの間にか白い大剣を持っていた。
黒いサイオーラを纏った刀身で、俺の剣先を防がれている。
硬い! だが、散ったということはこっちの方が僅かに勝っているということ。ならこのまま斬り飛ばす!
こちらの意図に気付き接近を嫌ったのか、王はそのまま刀身を使って強引に押し飛ばそうとする。
拮抗させてもいいが、動かないでいると周りのゴブリンに攻撃されかねない。
だったら!
王の腕に力が入るのに合わせて後ろに飛ぶ。
サイを使って落下速度を増加させて、一瞬で着地。と同時に倒れるように姿勢を低くして大剣を回避した。
その間にドローンによる録画映像を見て、どこから大剣を取り出したか確認する。
あ~こういうタイプか……通りで無手なわけだ。
王は右手を背に伸ばし、同時に突き破って現れた背骨を一気に引き抜いていた。
妙に白いとは思っていたが、骨って。
よくよく見えれば確かに骨的な面影が大剣にはある。
だが、背骨だったそれを抜いたというのに王の体幹にはなにの影響も出ていないし、刀身に血肉すら付いている様子はない。
「そういうのは」
地に触れるギリギリまで落とした位置から片手持ちに切り替え、一気に上へと切り上げる。
王はそれを左手掌から飛び出させた骨のナイフで受け止めた。
「グロイってのっ!」
残った手でアサルトライフルを取り出し、狙いを付けずに打ち込む。
いくつかが外れて背後にいたゴブリン達を四散させるが、数発が胸に叩き込まれ王は吹き飛んだ。
が、俺は思わず俺は舌打ちをしてしまう。
着弾の瞬間、肋骨が皮膚の上に突き出し変形して鎧のようになったのだ。
「防具もかよ! 裸は趣味かと思ったよ!」
サイが込められた斬撃を防ぐほどの骨だ。対ブレインリーパー用弾丸だとはいえ、たった数発では破壊し切れない。
サイパワーも銃だと一瞬で効果が認める量を込め切れないしな。
とはいえ、牽制としては十分だ!
俺は突撃しながら撃ち切るまでトリガーを引き続ける。
僅かに生じる血肉混じり爆炎が晴れると、砕けぐちゃぐちゃになりながらそれでも五体を満足にしているゴブリン王がいた。
「ガァアアアアア!」
流石にリロードを許すほど甘くないか!
自分のダメージを無視して背骨大剣を打ち下ろす王。
俺はアサルトライフルを投げ捨てる。
強化服が銃の自動回収をすると同時に、両手で刀を構えて斬撃を防いだ。
のは一瞬で、それを受け流し、つんのめさせた。
そのままの流れで首を撫で斬るが、それも骨が突き出し防がれてしまう。
すぐさま振り返って追撃……は無理か。
今の攻撃で流石にそのままだとまずいと思ったのか、王の全身が骨によって覆われていた。
骨には今まで見たゴブリン達のどのサイオーラより黒い粒子がまとわりついていた。
経験上、色が濃ければ濃いほど込められているサイパワーを多い。
しかも、俺の金色と黒の相性は悪い。
こちらの攻撃を通すためには倍以上のサイを使う必要があるほどに。
とはいえ、ここまでガチガチに固めるということは、その下への攻撃は普通に通るってことだ。
だったら!
呼吸法を切り替え、
「プロメテウスOD!」
全身にサイパワーが過度に行き渡るように意識する。
更にキーワードに応えたサイブーストアシストシステムが、ヘルメット内に薬品混じりの酸素を供給し始めた。
薬物による更なる身体・サイ増加を行うオーバードースモード。
脳と肉体を酷使するこれは一度使うとダメージが抜けきるまで再使用ができない切り札だ。
だが、それで使うタイミングを見誤るアースブレイドの一振りはいない!
意識が加速され、感覚が増加し、筋肉が爆発するかのように力を訴える。
「コオオオオオオオオオオ」
一瞬の停止。そこに体勢を立て直した王が振り返りざまに大剣を振るう。
だが、遅い!
「ハッ!」
吸い込んだ空気を一気に吐き出すと共に駆ける。
小さく、素早く、最小限の移動を最大限の力で!
王の懐に滑り込み、空を切る大剣をアシストドローンで見ながら、俺は王の周りを高速で周り始める。
足を下すと同時に振るう刀と共に。
それまでの斬撃の倍以上の速度で、かつ連続で放たれる斬撃。
骨の鎧の隙間を狙い放たれた刃は、確実に肉を切り裂く。
だが、浅い。
ああ、クソ! 相性の悪さがもろに出ているな!
こちらは致命傷を与えられず、王は高速で動く俺を捉えられずなにもできない。
一方的に攻撃を与えられているが、サイパワーと科学技術によって強引に動かしている身体が早くも悲鳴を上げ始めている。
目鼻口耳、穴という穴から血がたれ出し、一歩動く度に筋繊維が断裂、骨がきしむ。
が、まだだ! もっと! もっと! 力を!
俺の意思に応えたプロメテウスが更に薬物を投与する。
今度は身体に直接注入され、脳が、四肢が火を付けられたかのように熱い!
脳内ディスプレイに警告の文字と、オーバードースモード停止まで残り三十秒とカウントダウンが始まる。
ちっ! いつもより短い。サポートナビなしだとこんなもんか!? だが、それだけあれば十分だ!
「キィイイイイイイイイアアアアアアアア!」
血混じりの裂帛の気合と共に狩斬丸が煌めく。
刃が骨の鎧の隙間に叩き込まれ、今度は僅かな抵抗もなく喰い込み、抜けた!
「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!」
ゴブリン王が技もなにもない動きで武器を振り回す。
当たるかよ!
一刀で左腕を切り飛ばし、二刀で左足を半ばまで断ち、三刀で脇を、四刀で顔を、五、六、七、八、九――
ありとあらゆる場所に刃を振るう。
血飛沫がそれまで忘れていたかのように一気に噴き出すまで。
大量の血を一瞬で失ったことによってか王がふらついた。
最大の好機!
王の背後で止まり、上段に構え数秒ぶりの息を吸う。
「コオオオオオオ」
ゴブリン王が残った右腕で背骨大剣を振るう。
遅い!
骨の刀身が俺に当たるより早く、狩斬丸が王の体を抜けた。
これで終わりだ!
右肩から左脇へ、振り返る姿勢のまま真っ二つになりながら前のめりに倒れていく王。
「くっなんとかな――」
その瞬間、俺は口から大量の血を吐き、堪えられずに片膝を付いてしまう。
脳内ディスプレイには身体中の至る所でナノマシンが緊急治療を開始したことを知らせて来る。
くそ。俺もまだまだ未熟だな。雷火のサポートなしだとこんなもんか。
苦笑しながら強引に身体を動かそうとした。
超接近戦によって介入できなかったゴブリン達が、王が倒れたことによって動き出したからだ。
まだ百体近く残っているのは流石にきつい。
そう思いながら苦笑と共に立ち上がった時、不意に周囲を埋め尽くすほどの矢の雨が降る。
残っていたゴブリン達が全て死んでいく。
ウリスかと思ったが、それはアシストドローンが否定した。
南側の森にいつの間にかゴブリンとは違う生体反応が無数に現れている。
「===~!」
いつの間にか岩山へ移動していたらしいウリスの声が頭上から聞こえてくる。
アシストドローンに森の中を確認させてみると、耳が長い金髪美形な集団が木の上にいた。
どうやらゴブリンの巣の異変に気付いて駆け付けたってところか?
……何人いるんだ?
そう思って意識を脳内ディスプレイに向けた。
その時、
「疾風!」
ウリスと脳内ディスプレイからの警告が重なる。
反射的に腕でガードするが――




