ログ14 『ゴブリン殲滅作戦(破)』
強化服のステルス機能を起動した俺は、気配を可能な限り消しながら巣へと近付く。
こちら側は警戒が薄いので過剰かもしれないが、こっちは俺とウリスしかないからな。
過剰な慎重で済むのならそれにこしたことはない。
そんなことを思いながら、ふと太陽を見る。
特に違和感はない。
だが、何故だか気になった。
……まあ、向こうでもじっくり太陽を見る機会なんてなかったし、例え違いがあったとしても気付けないだろう。
とりあえず、ゴブリン達はこの日の光が苦手ということがわかっていれば今はなんの問題もない。
今まで確認できた生態からゴブリンは夜行性だ。
まだ遠い位置にいる巡回兵を見る限りでもそれはよくわかる。
眠そうに欠伸して、隣を歩いている奴に怒られていたからな。
練度の低さを感じるというかなんというか。
なお奴らは巣に戻らずに残った十数人のグループが、その場で四対一組に分かれ巡回している。
それぞれのグループで担当している場所が違うのは動きから見てわかるな。
服装は腰みののみなので裸よりは上なのだろうが、どうにもアンバランスさを感じる。
指示した奴はそれなりに高い知能を持っているようだが、実行している奴らはそうでもないように見えるのは……実はこいつらってまだ幼いとか? で、大型が成体……あ~いや、確認できたメスの大きさもこいつらと変わらないしな。
ん~あまりにもブレインリーパーと違い過ぎてよくわからん。
あいつらは下位種でも練度が低いとか思うことなんてなかったからな。まさに兵器といった感じだったし。
なんにせよ。多少は警戒して進もう。
上の指示はそれなりなので、持ってる武器はそれぞれ違ってバランスがいいからな。
石盾と斧・石の槍・弓矢・杖と遠近どちらでも対応できる良い組み合わせだ。
まあ、それでも倒すこと自体はさして問題ないだろう。
だが、まだその時じゃない。
今の装備で馬鹿正直に正面衝突するのはいくらなんでも難しいからな。
下手をすれば体力・サイを消費し切って窮地に陥る可能性だってある。
肉体を強化しているアースブレイドの戦士であっても、限界があるということを常々自覚することは当たり前だ。
それに戦いはなにも正攻法だけじゃない。
今ある手持ちを最大効果で使うことができれば勝機はある。
改めてそう思いながらアシストドローンで見た光景を肉眼で確認した。
少し先でゴブリン四体が所々に残されている木を横切る。
その際に、上に向けてギャアギャアと言っていたのは……馬鹿なのか?
巡回兵は特定のルートで周回しているが、見張りはそれ以外にもいた。
岩山の上に点々といたり、わざと残したのであろう木々の上に弓持ちや杖持ちが隠れているのだ。
あからさま過ぎるのも馬鹿だと思うが、声を掛けるのもアホというか。
まあ、時々鳴き声を上げているから、それで互いの無事を確認しているってことなんだろう。
そういうのは警戒網としてはありかもしれないが……
呆れに近い感情を抱きながら、木の下を通り過ぎた。
結構近付いて見たのだが、今のところ強化服のステルス迷彩機能を見抜いた個体はいないな。
ちょっと懸念していたんだが、となるとウリスが見抜けたのはエルフ特有なのだろうか?
実は森から出る時、彼女の前でステルス迷彩を起動して見せた。
が、なぜかちょっとしか驚かれなかった。
しかも、透過して巣へと進む俺をしっかり視界に捉えていたからな。
もしかしたらなんらかのサイ技術で見ているのだろうか? とも思ったが、少なくともサイオーラを出している様子はなかった。
そのせいで無用な警戒をしてしまっているといえばそうなんだが、直前でなにかしらの手段があると確定しただけでもかなりの収穫だ。
そう念頭に置けるか置けないかで大分違うからな。
ちなみに、ちょっとだけヘルメットを生成する時の反応を期待していたのは内緒だ。
思い返すとあの時の反応はなかなか面白かったからな。
ついつい苦笑しつつ、岩山の方へ更に近付く。
ゴブリン警戒ルートはアシストドローンで既に全て確認終えている。
今も上から奴ら監視をしているので、不意な変更があっても対応可能だ。
念には念を入れて奴らに近付かないように、かつ最短のルートで……
ほどなくして無事に岩山の近くまで来ることができた。
流石にここら辺りになってくると巡回兵の密度が増し、奴らの近くを通る必要性がどうしても出てくる。
まあ、そうはいっても、手が触れるほどの距離に近付くわけではないので問題はないだろう。
そもそも俺の今の歩きは、音を立てず、足跡も残さず、強化服の機能だけでなく自前の技も加えているのだ。
ここまでするとアースブレイドの中でも俺を発見できる奴は限られてくる。
勿論、ウリスが使うような未知の技術か能力を使われたら流石に無理なので、最も接近した時はゴブリン達の五感に極力入らないように動いた。
視界から外れ、風下へ移動し、音は出さず、僅かな振動も出さない。
そうして、岩山の麓まで辿り着いた。
既に夜が開けてそれなりの時間が経っている。
そのせいかサボっているのか休憩しているのかよくわからん奴や、嗜好品なのか枝をしゃぶっている奴など、単独で動いている個体もチラホラ。
丁度いいし、もう少し確認してみるか。
岩や残された木によって周囲のゴブリン達から死角になっている場所に都合よく一体いた。
こいつなら仮に気付かれても騒がれる前に始末できる。
場所的にも短時間なら隠せるだろう。
そう思ってウリスのようにこっちに気付くかどうか試してみる。
眼前でゆっくり手を……平気そうだな。
眼前でステルスが効く限界の速度で振ってみても、特に反応らしい反応は見せず木の皮ぽいのをかじっていた。
やっぱり嗜好品かなんかか? まあ、動物の中にはそういうのを食料にする奴らがいたと聞いたことはあるが……とりあえず、これで懸念事項の一つが消えたな。
勿論、個体差もあるだろうから警戒は依然すべきだろう。
強化服の機能で姿も匂いもとらえられることはないとはいっても、どうしたって限界はある。
あまり早く動くとステルス機能の処理能力を超えてしまうし、風や足音などいる証拠などいくらでも出てきてしまう。
巣の周りは十歩歩けば一体はいる。
しかも、大体まとまって動いているのでなにかしらの偶然やミスで見付かる可能性だってあるだろう。
であるのなら、ここからはより慎重に。
重心をずらさない歩法でより痕跡を残さず、効率的な体の動かし方で大気の揺れもほぼ無くし、呼吸法をより小さいものに変える。
まあ、ヘルメットもしているので、喋っても外に声が漏れることはないから呼吸は過剰か? いや、これをするとしないとでは動きのキレも違うからな。
俺のサイ現象の起点となっている呼吸だが、例え使わなくても身体によい影響を及ぼす。
アースブレイドの研究者や医師曰く、サイオーラを発していなくても人は常に体内のサイへ働き掛けているのではないか? とか仮説を立てていたっけな。
実際、息吹などの呼吸法まで追及している武術を習得している者と、してない者では身体能力に明確な差があるそうだ。
まあ、あくまで仮設の段階の話で、サイ技術が発展途上な地球では結局そうかもしれない程度だったがな。
だが……もしかして、ここら辺にウリスやゴブリン達が使うサイ技術へ至る断片があるかもしれない。
などとつらつらと考えながら岩山を登っていく。
三グループの横を通り、岩の上に乗っている奴の下を四回ぐらい通過。
既にドローンによって地形の探索や索敵も終わっているので、特に迷うことなく目的地に到着した。
辿り着いたのは岩山に無数に開いている穴の一つ。
その中は全て繋がっている。
で、それぞれに必ず一体は見張りがおり、その近くには交代要員らしきのが三・四体横になって寝ていた。
日の光を嫌ってか五体とも中に入っているのは都合がいい。
用があるのは穴ではなく、その周りだからな。
ゆっくり穴の上まで行き、腰のスティック爆弾をちぎってペタッと張る。
まずは一つ。
俺は直ぐにその場から離れ、次の穴へと向かう。
その際にステルス迷彩の効果範囲から外れたスティク爆弾が白い姿を現してしまう。
だが、見張りの視覚外に張っているので気付かれる様子はない。
そもそも掌に収まるぐらいに小さいしな。
さてどんどん行くぞ!
その後、次々と穴の上にスティック爆弾を張り付けていく。
欠伸をしているゴブリンの上やら、喧嘩でもしているのかギャアギャアと騒いでいるゴブリン達のところなど。
手持ちのスティック爆弾を全て岩山にセットした頃には太陽は最も高い場所まで上がっていた。
流石に一人でやると時間が掛かるな。
ウリスの方は大丈夫だろうか?
そう思ってアシストドローンを彼女の方に向かわせると、大人しく小さな木々の中で隠れていた。
特に疲弊した様子もないな。こういうことも慣れているのだろうか?
ちょっと興味深いが、だからといって彼女が疲れないというのはないだろう。
よし、さっさと次へ移行しよう。
パックパックから今まで使っていたのとは違う別のスティックを取り出す。
爆弾を設置してない穴の中に入り、ちょっとくぼんだ所や石の影に隠すようにそれをちぎって張り付ける。
こいつがこの作戦の肝だ。
もしこれが効かないとなれば、勝率は低くなるが……ネガティブな可能性を考えるのは不毛だな。
ばれたら終わりなので爆弾の時より慎重に設置していく。
同じことを別の穴で繰り返し、午後二時丁度に全てを終えた。
さて、後はだ。
山肌を登り、頂上に音もなく降り立つ。
そこには大き目な葉っぱで影を作りながら四方を見張っているゴブリンが四匹。
彼らの周りに交代要員はいない。
ここの交替は大体一時間ぐらいで、一分前にしたばかりだ。
タイミング的に今が一番いい。
さあ、ここからが本番だ!
俺は心の中で気合を入れ、ゆっくりゴブリンへ近付いた。




