ログ13 『ゴブリン殲滅作戦(序)』
大型ゴブリン三体が向かった方角で巨大な爆発が起きた。
暗い炎が舞い踊り、空を僅かに朱色に染め上げる。
それを目撃した杖持ちゴブリン達が歓声を上げ、一匹が巣の中へと駆け込む。
僅かな間を置いて、きたいない歓声が彼らの巣である岩山からこだました。
敵のサイ反応が爆発共に途絶え、大型達が自らを犠牲に強敵を倒した。
とでも思ってんだろう。
勿論、そんなことはない。
脳内ディスプレイで巣の騒ぎを目撃しながら俺は苦笑していた。
俺もウリスも全くの無傷だからな。
イージスモードは、強化服に使われている人工筋肉とナノマシンを使って自分を中心に球体の防御壁を作り出す。
緊急全力防御手段って感じだろうか?
その形状に加え、俺のサイ能力でも強化している。
襲い掛かってきた強烈な衝撃はいなされ、爆風で吹き飛ばされてもなんともない。
まあ、滅茶苦茶な動きになったのでウリスが目を回した。って問題もあるが、死ななかったのだから許してほしいものだ。
「=====~」
俺がイージスモードを維持しながら脳内ディスプレイに意識を向けていると、ようやく正気に戻ったのかなんか言った。
ちなみに俺とウリスは、もみくちゃになった際にぶつかり合う危険性を考慮して、正面から抱き合う形になっている。
ウリスはそれを不思議そうに見た後、ちょっと離れて下を見た。
で、真っ赤な顔になって、
「はわ! はっわわわ!? きゅー……」
何故か気絶した。
……なんでだ? と思ったが、考えてみれば俺の今の状態はいささかまずかったか。
強化服の全てを防御に回すため、どうしても使った中の者の恰好は素っ裸になってしまう。勿論、最低限のエチケットは保たれてはいるが……真っ赤になって気を失ったのは新鮮な反応だった。
アースブレイドの同僚は異性であろうと裸見た程度ではなんも反応しないからな。
そもそも、現在の人類の恰好は資源不足と効率を重視するためにみんなぴっちりしたボディスーツだ。
多少の装飾品は許されていても、基本的に裸に近い恰好であれば素肌を晒しても大して違いはない。
というか、そんなことを気にする余裕はもなかったというだけかもしれない。昔は男女別が当たり前だったが、今はそんな考えや施設はまずないからな。
ふと思い出すのは、サポートナビ達に若干無理に見せられたいくつかの娯楽作品だ。
今の状態と似たようなシーンがそれなりにあり。仲間とピンとこないと話し合っていたらサポートナビ達に妙に心配されていたな。
「戦後の出生率が心配ですね……」とか。「このままでは私達がますますあぶれてしまいます!」とか。
サポートナビ達は情報生命体なので自分達で増えることもでき、己がいられる場所さえ維持できれば半永久的に生存できる。
人口が減るサポート対象に対してナビ達は増え続け、正確な数は興味なかったので知らないが、人が一に対してサポートナビ達は五だとか十とかなんとか。
彼らは人の世話をすることが最上の喜びというか本能だからな。それができない仲間がいるのは忍びないのだろう。
だからといって、自分がお世話している人間を譲る気も分割する気もないのだから、本能に忠実というか変な欲深さもあったりする。
なので、うちの雷火がこの状況を見たらなんと言うか……今はいなくてよかったようなよくなかったような。いれば今のわけわからない状況も多少は改善されるのがなんとも。だからと言ってこの自動記録を見ていちいちなんか言うなよ? ……本当に言うなよ?
と、とにかく、ウリスが意識を失ってくれたのはこちらとしても都合がいい。
短い時間しか彼女のことを知らないが、どうにもなにかとサイパワーを使って行動するみたいだからな。
それはそれでそれなりに隠密行動の手段を持っているようだが、もっと感度の高いブレインリーパーと戦っていた戦士としては僅かなサイでも心配になる。
俺はイージスモードを解除して強化服を普通の状態に戻し、ウリスを寝やすそうな木の根にゆっくりと置く。
このままサイパワーを使わなければ、予測した通りゴブリン達が勘違いしたままになっているはずだ。
奴らのサイ探知はそれほど高くないようだからな。
それを肯定するように、しばらく待っても新たな戦力をこっちに送ってくる気配はない。
これがブレインリーパーだったら、続々と増援が現れるんだがな。
まあ、なんであれ、予想外なことはあったが考えた作戦を実行できそうだ。
そう思った俺はバックパックを前に掛け直し、気絶中のウリスを背負い移動を開始した。
…………起きる気配がないな?
移動を開始して数時間。
ウリスは小さな寝息を立てて目を覚まさない。
なるべく揺らさないように地上を進んでいたというのもあるが、この感じだと気絶からそのまま睡眠に入ってしまったようだ。
ん? いや、もしかしてこれは……あ~あれか?
多分だが、彼女は俺と合流する前にかなり消耗していたのだろう。
どれだけ戦っていたかわからないが、ゴブリンアサシンを圧倒していた力量からして足に矢を受けるというのは不自然だ。
疲労が蓄積していれば、いかに実力者とはいえ本来の力を発揮し切ることはできないからな。
もしくは俺と遭遇する前に別の大型と戦っていた可能性もあるか。
どちらであれ、長時間の緊張状態とサイパワーを酷使していたのは間違いないだろう。
アースブレイドでもそうだったが、サイ現象を起こし続けると抗いようのない深い眠りに入ることがある。
これは科学的アプローチであっても目覚めされることが不可能なサイ現象とはまた違う超常現象だ。
普通に疲労で寝ている上に、これも重なっているのだろう。
コイツの厄介なところはウリスのような身体的疲労がなくても起こりえることだ。
つまり、サイパワーを使用する際、観測できないなにかしらを消費している。
俺達は意志の力だと感覚的に思っていたが、研究者は認めたがらなかったし、こっちも確たる証拠を出せるわけでもなかった。
そのせいでどうにか回避・回復する手段はないかと研究がされても、今のところそれがどうにかできるという話は聞いたことがない。
恐ろしいのは戦闘中にも遠慮なし起こったりするからな。
まあ、慣れてくればなんとなく自分の限界がわかってくるので、滅多に戦っている最中に起こさなくはなるんだが……
そういう数値では表せられない危険性をサポートナビ達は妙に恐れていたよな。
挙句、科学的根拠がいまいち薄い予防策とかを積極的に勧めていた。
質のいい睡眠をとるとか。ストレスを軽減させるとか。
やたら俺達に娯楽とか進めてくるのはそこら辺の理由もあったんだろう。
科学の申し子的な連中がそれ以外を恐れてそれ以外を頼るってのも、今思うと変な感じがしないでもない。
まあ、そういうのしている奴でも、なる奴はなるので俺達からは効果を疑問視されていたけどな。
時々鬱陶しく感じていたってのもあるか?
サポートナビ達はどうにも人類マニアが過ぎるからな。こっちが興味ないことでも強引に進めてくるし……
ともかく、ウリスは起きるまでこのままにしておこう。
巣に近付けば近付くほど巡回しているゴブリンの群れに遭遇する確率が上がり始めた
アシストドローンはまだ巣の上に飛ばしているので、こっちの索敵能力が落ちているってこともある。
どうしても肉眼で確認できる距離までの接近を許してしまうな。
もっとも強化服の一部をマントにしてウリスを覆いながらステルス起動しているのでばれてはいない。
一人抱えながら動く程度でバレるほど未熟じゃないからな。
念には念を入れて治療用ナノマシンを吹きかけてウリスの体臭を消してもいる。
奴らの鋭そうな嗅覚にも捕まらないだろう。
とはいえ、そろそろ厳しいか……
どうにもサイ技術に関しては向こうの方が先を行っている感じだからな。
なにかしら知らない手段で発見される可能性を懸念して、巣を見張らせているアシストドローンをこっちに戻す。
帰還させているついでに、その周りと進行方向上のゴブリン密度を確認してみた。
ふむ? ……こちら側に対する警戒度が低いな。
巣を境に反対側に対するゴブリン密度が三倍以上になっている。
なにかあるのだろうか? ……普通に考えればウリスのシェルターか?
巣から北が俺のいる方向で、南にエルフ達がいる? あ、サムライドレスの落下地点はゴブリン警戒網に近いな。
ゴブリンシャーマンの自爆で思ったより近付けているってことか? そりゃ結構吹き飛ばされてはいたが……だが、無理に辿り着いたとしても完全修復までまだまだ時間がある。
下手に近付いてその存在をゴブリン達に教えるのは愚策だな。
最悪、武器防具の素材にされかねない。
かといって、防戦を始めてしまえば作戦どころじゃなくなる。
結局相棒なしで作戦を実行するしかない。
俺は小さくため息を吐きながら、更に慎重に前へと進んだ。
そうして大型三体を倒した翌日の早朝。
ウリスが起きるタイミングで、巣の近く・森が切り開かれている場所まで辿り着いていた。
「疾風……====?」
ややぬぼ~っとした表情で周りを見回したウリスは、自分が低い木々の中で葉っぱに隠れていることに気付き首を傾げた。
彼女をくるんでいたマントは既に強化服に戻している。
移動の必要がなくなった上に、なんとなくそろそろ起きそうだったからな。
それに、目を覚まして自分がくるまれていたら混乱して騒ぎかねないだろ?
流石にゴブリン達が大量のうろうろしている場所でそれは勘弁願いたい。
「あれを見てくれ」
とりあえず、枝葉の隙間を指差してみる。
寝起きが悪いのかぼんやりとしながら促した先を見たウリスは驚愕で目を見開いた。
これでいい感じに目が覚めたんじゃないか?
なんだかシェルターの外に放置された古い機械のようにギギギっと俺を見る。
「======!?」
小声でなんか言ったが、相変わらずなにを言っているかわからない。
一日経てば多少はわかるかと思ったが、やはりサポートナビなしな上に、サンプルが一人だけだと難しいか。
正直言えば、彼女をここに連れてきたくなかった。
が、未だ昏睡状態のウルグを置いて俺の方へ加勢に来たことから考えて、下手に安全な場所で寝かせてもきっと追ってくるだろう。
それはかえって危険だと判断したが故に連れてきたわけだ。
まあ、敵地の間近に連れてきた方がはるかに危ないかもしれないが、俺の考えが上手くいけばさして危険はない。
作戦の成否もこれまでのゴブリンの生態と、ここまで近付けたことでほぼ成功しているようなものだ。
というわけで、ウリスがやらかさないように見張りながら、ゴブリン達の様子を観察し始める。
予想が正しければ、ほどなく良いタイミングになるはずだ。
ゴブリン達はどうやら日が出ている時間は苦手らしく、夜は周りの森を巡回していた奴も朝になると共に続々と巣の中に帰還している。
もっとも奴らも馬鹿ではないようで、巣の周辺は勿論、森の中にも十数体のグループがいくつか残って警戒していた。
ウリスしか見てないのでただの予想だが、もし彼女と同じようなサイ技術をエルフ達が身に付けているとする。
だとしたら、森を切り開いたのはゴブリン達なりの対策かもしれない。
まあ、俺には無意味だがな。
天空の目から昼夜の配置転換を見守る。
日が昇ってから一時間ほどで全ての動きが止まった。
その間ウリスは、俺が黙って巣を観察しているので一緒にゴブリン達の様子を見ていた。
こっちと違ってアシストドローンのない彼女としては一か所に留まっているのが不思議でしょうがないらしく、時々チラチラとこちらを確認してくる。
もう少し様子を見て作戦を開始したいところだが、このままだと勝手な行動どころか一緒に付いてきてしまいそうだ。
かといってどうやって俺の意図を伝えるか…………ああ、そういえば。
ふと思い出したのは、強化服の機能の一つ。
アースブレイド同士であれば脳内ディスプレイ越しに考えていることが瞬時に共有できる。慣れた者同士であれば思考通信というのを使ってイメージすら一瞬で相互理解ができた。
とはいえ、そこら辺のはサポートナビがないと若干の正確性が損なわれるだが……そもそもナノマシンを入れてないウリスにはその手は使えない。
というか、統治機構の下にいる一般人であっても同じことはできないんだがな。
基本、ナノマシンは治療用以外使われない。それなりにリスクがあるから戦う者以外は使われないのは当然だ。
で、そんな人達が戦闘に巻き込まれた場合。状況によっては説明する必要がある。
そのための機能がアースブレイドの装備には備わっている。のを全く使ったことがないからすっかり忘れていた。
こういうことはサポートナビの雷火がいれば教えてくれそうなのだが、そもそも彼女がいればとっくに言葉が通じるようになっているはずだからな。ままならんというかなんというか……とにかく。
「投影装置起動」
右手首の一部がレンズ状に変化し、そこに両掌ぐらいの大きさのディスプレイが形成された。
これは脳内ディスプレイを持っていない一般人になにかを説明したり伝える時に使う名の通り虚空に画面を作り出すもので、空間ディスプレイと呼ばれている。
あ、これはまずいか。
「え――!?」
案の定、驚きの声を上げようとしてウリスの口を左手で塞ぎつつ、思考制御でアシストドローンの視界と空間ディスプレイをリンクさせる。
突然岩山を上から見た光景が映し出されたことに目を見開いて固まる彼女に苦笑するしかない。
こっちからすると彼女が様々なサイ現象を操る方が驚きなんだがな。
もう声を出さないだろうと俺はウリスから手を離し、そのまま巣の方を指差す。
で、空間ディスプレイの方へ指先を動かしてみる。
ウリスは黙って枝葉の向こうに見える岩山の巣と俺の手首上を見比べた。
「わかったか?」
言葉は通じつとも適切なタイミングで口にすれば伝えたいことは理解できるはずだ。
彼女は子供ぽいところがあるが、馬鹿ではない……はず。
果たして正確に意図が伝わったのか、ウリスは俺に向かって頷いた。
駄目押しでウルグの方に飛ばしているアシストドローンの視界を移してみる。
「とりあえずウルグは無事だから」
「==。=====疾風」
言葉が通じなくてもなんとかなるものだな。まあ、詳細を詰められないのは変わらないが、少なくともこれで俺の意図を伝えやすくなった。
空間と脳内ディスプレイをリンクさせて、俺が今からしようとしていることを映像化させて伝える。
わかりやすいようにデフォルメな感じで作戦概要を表示したんだが……なんか目をキラキラさせているな。
ちょっとコミカル過ぎたか? ん~雷火によく見させられたアニメーションとかの影響だろうか?
とりあえず、妙に興奮し始めた彼女に手ぶりを交えながら意志を伝えてみる。
「まあ、そういうわけだから、ここで待っててほしい」
見せたイメージ映像では俺が動いていて、ウリスが動いていない。
流石の彼女でもわかったのか、直前の表情とは打って変わって心配そうになる。
だが、少し逡巡してから頷いてくれた。
ふむ……彼女のことだからただ待たせるだけというのは余計に不安にさせるかもしれないな。
であれば、最後の詰めは協力してもらおう。
正直、少々手が足りないというか、若干の不安がなくもない。
そう思った俺は、空間ディスプレイとボディランゲージを交えて修正案を伝える。
彼女がそれにも頷いてくれたのを確認して、俺は作戦を開始した。
さあ、ゴブリンの巣壊滅作戦の開始だ!




