ログ12 『ゴブリンナイト・ゴブリンシャーマン・ゴブリンアサシン(後)』
思った以上に能力が高いな。
大型ゴブリン達に先制攻撃を譲ってしまったことにため息を吐きたくなる。
油断も侮ったつもりもなかったが、やはり未知の相手だと勝手が違うようだ。
なんとも未熟なことだが、ウリスへの奇襲を成功させなかったので十分に許容範囲だろう。
姿を消した大型ゴブリン。だと三体いるからややこしいのでこいつをゴブリンアサシンと命名しよう。
アサシンは隠形系のサイ現象を使って周りに隠れている。
俺とウリスが隙を見せた瞬間、その弓かナイフで襲い掛かるつもりなのだろう。
であるのなら残り二体との戦いが入る前に始末をつけたい。
だが、自前の感覚と強化服の各種センサーを駆使してもどれにも引っかからないな。
温度・音・匂いなどなど位置を教える情報は多く、それらを全て消すとなるとかなりのサイパワーを要求される。
俺もやろうと思えばできるサイ現象持ちだが、ここまでとなるとサイオーラの方を抑えるのが難しい。
サイ能力によって消費されるサイパワーにかなりの差があるからな。
こと隠形の類であればゴブリンアサシンの方が一枚上手なのだろう。
だが、サイを使ってないナイフ投擲が通じたことからそれ以外は駄目だと見た。
俺一人ならいくらでもやりようはあるが……全身を植物で覆っているのが肉眼での確認を阻害しているとするのなら、彼女が相手取るのは難しいか?
木の上にいるウリスに顔を向けると、周囲を警戒しながらこちらも気にかけていたのか俺を見た。
「ハヤテ! ===! ======!」
差し詰め、任せて! 大丈夫だから! ってところだろうか?
その証拠に何事かをつぶやき、サイオーラを今までに見たことがないぐらい身体から吹き出させる。
緑色のそれはウリスのいる木から周囲へと広がり、樹木だけでなく草にも宿り消えた。
彼女がなにをしたのかよくわからないが、植物を介したサイ現象が得意だと考えると疑似感覚を与えてそれを共有したとかか? ……ふむ。どちらにせよ。今のでアサシンは動き難くなっただろう。
他二体の大型ゴブリンもそう思ったのか、互いに視認できる距離まで近付くと共に警戒するように走りから歩みに変えている。
注意するに十分な脅威だとあからさま見せてくれるのはありがたい。
であれば、アサシンはしばらくウリスに任せよう。
そして、こいつらは速攻で終わらせる!
俺はそう決意しながらゆっくりと二体へ向けて歩き出す。
石の鎧・大盾・大剣を装備した奴は差し詰めゴブリンナイトか? 黒いサイオーラも僅かに感じることから、かなりの防御力を持っているだろう。
そして、その後ろにこちらからは完全に隠れて見えない猪頭の皮を被った杖持ち。
その姿からゴブリンシャーマンといった感じだったか? 昔見た資料映像とかであんなのがいたというのを見たことがある。
ノーマル杖持ちと同様に様々なサイ現象を起こせるのであれば、出来ればこいつから処理したいところだが……
ナイトは俺が少しでも殺意を出すとそれに反応を示す。
が、攻撃はしてこない。
武器の距離というのもあるのだろうが、護衛に徹しているのだろう。
そうなってくると少しやりにくい、俺の手持ちの武器は大体直線的だ。
壁を超えるような攻撃手段はなくもないが、この後のことを考えると確実性が低い手段は最大効果を出せるタイミングまで温存するべきだろう。
布石も考え、ここはあえて正攻法で行くか。
「プロメテウス起動」
サイブーストアシストシステムを起動すると同時に駆け出す。
急激なサイパワーの増加に応えるように、ナイトが動きを止め前面に手を出して身構える。
その後ろで黒いオーラがあふれ出すように高まるのを感じた。
杖持ちはあの状態でも俺に攻撃を当てる方法があるのだろう。
だが、それを警戒して接近を止めるつもりはない!
俺のサイ現象の発動キーである特殊呼吸法に切り替え、今度は全身に均一に力が行き渡るようにイメージしあらゆる身体能力を瞬間的に高める。
ナイトの背後に無数の火球が生み出されると共に俺は盾の前に移動し終わっていた。
刹那の移動、加えて上半身を大きく倒し更に半歩大きく踏み込む。
「チィイイイイイイイイイ」
口を閉じたままま強く息を吐き、左手で鞘を押さえ、右手で柄を握り、瞬間的に力をためる。
高速移動と盾の死角により俺を見失ったナイトは、爆発的に高まったサイパワーに反応して黒いオーラを濃くし始めた。
が、遅い!
「ハッ!」
抜刀一閃。
放たれた狩斬丸の刃が、オーラに隠れる寸前の大盾を横一文字に切り裂く。
持ち手も一緒に断つほどの深さだったが、ゴブリンナイトは既に手を離して飛び退いていたため腕にも当たらなかった。
追撃しようにも残された大盾が邪魔でそれ以上の踏み込みはできない。
というか避けただと!? ってことは次に来るのは!
踏み込んだ体勢から、重心移動をサイパワーで操作し強引に転がる。
直後、俺がいた場所に火球が殺到し強烈な爆発が起きた。
まだ全身の強化が残っている間だったので吹き飛ばされるだけで済む。
空中にいる僅かな間にサイパワーを周りに振り撒き、空気の抵抗力を俺に都合のいいように増加させ接近していた近くの木に立つ。
横に移動したことによりナイトの側面を見ることができるように……シャーマンを背負っているよ。
か、かなり絵面的に面白いことになっているが、なるほど。
ナイトは石の鎧を全身に纏っているせいで大型の中でも一番図体がでかい。
対してシャーマンは大型の中でも背が低い個体のようで、それが上手く背負っている状態を隠していた。
気配が後ろからしていたから回避が難しいかと思っての突撃だったが、これは予想外だ。
ご丁寧にも鎧の背に背負いカゴのようなものを石で作ってるってのがなんとも。
マヌケなようでいて確実性のある格好に反応に困って眉を顰めていると、ナイトは片膝を付いて地面に左手を突き刺した。
若干の間を置いて抜き出したその手には、切り捨てた大盾と全く同じ物が握られている。
つまり、サイ現象によってその武装は作られていたわけか。
大盾を俺に向かって構え、再びその背後に無数の火球が作られ出す。
これはめんどくさい。
そう心の中で嘆息しながら俺は幹から飛んだ。
アースブレイドの一振りが身に付ける強化服は、着用者が遺伝子改造やナノマシン投与などによる強化処置を行っていることを前提にした機能がいくつかある。
その一つが副眼カメラだ。
服の各所に自由にもう一つの目を作ることができ、脳内ディスプレイを通して肉眼以外の方向を見ることができる。
加えて強化された脳は並列思考もできるので、戦闘中でもよほど大変なことをしない限りは観測が可能。
つまり、俺はゴブリンナイト&シャーマンと戦いながら、樹上の戦いであるウリス対アサシンを断片的に追っていた。
場合によっては助けに入るために。
だったのだが……思った以上に彼女は強いな。
ゴブリンアサシンはその身に纏っている植物とサイ現象を使って上手く隠れているようだった。
ただ見るだけしかしていない今の俺ではどこにいるかどうかわからない。
攻撃のような激しい動きがあれば別かもしれないが、持っていた装備を考えるとそれも難しいと考えていた。
実際、俺の見ている前で矢がウリスに向かって撃ち込まれた。
それも背後からだ。
反射的にアルテミスを起動しようとしたが、それより早くウリスは頭を傾けあっさり避けた。
見てはいないが、気配で察したのか? サイ現象も使って極限まで存在を消している奴から放たれた攻撃を?
サイ現象の影響から離れた矢をその瞬間に感じ取れたとしても、その速度と距離から回避を許せるほどではない。
実際、ウリスが避けられたのは放たれた瞬間に頭を動かしていたからだ。
つまり、隠れているはずの弓引く動作を彼女は正確に捉えていたということ。
考えられるのは戦いが始まる直前に放った緑のサイオーラか。
矢を避けたウリスは、すぐさま身体を回し自らの弓を引く。
だが、直ぐには放たない。
まるで見えているかのように上半身を動かし、弦を離した。
矢が枝葉の群れの中に打ち込まれ、僅かに間を置きくぐもった声が聞こえる。
致命の一撃とはならなかったのか、ウリスはすぐさま近くの幹に手を当てサイ現象を起こして矢を作り出す。
僅かな沈黙の後、再びウリスが狙い打たれる。
今度はウリスの側面から、僅かな動きでは避けられない胴に向けて。
既に矢を引き絞り終えていた彼女は、見もせずに横に弓を向け放った。
どうやら彼女も化け物レベルの射手だったらしい。
矢が矢を撃ち落とす場面なんて初めて見た。
そして、始まるのは次々と幹から生み出される矢による連射。
アサシンもその見た目通りの腕前なのか、ウリスに負けずに撃ち落とす。
だが、それは僅かな時間だけだった。
向こうの矢弾は有限だったのか、直ぐに一方的な射撃となる。
もはや隠れる余裕もなくなったのか、途絶えていたアサシンのサイオーラを感じられるようになった。
こちらからは見えないが、防御に徹しているのだろう。
そして、ウリスの連射は軽いのか決定打を与えるには至らない。
つまり、こちらの結果が彼女の勝利にも直結するということだ。
ならば、一気に決着を付ける!
サイ現象で強引に木の幹に立っていた俺は横へと真上に飛び、シャーマンを背負っているナイトへ強襲する。
振り下ろした狩斬丸の刃は新たに作り出された石の大盾に防がれてしまう。
踏ん張りの利かない空中だ。だから、切り裂くことは期待していない。
「本命はこっちだ!」
飛び込んだ方向を僅かに変えてナイトの頭上・空中に留まっている火球と二体のゴブリンの僅かな間を抜ける。
その瞬間に、狩斬丸から右手を離し、腕をシャーマンに向けて振るう。
思考制御で腕に付いているタクティカルナイフを手の中に収めるように指示しながら。
シャーマンの喉を狙った一撃だったが、俺の動きを察したのかナイトが身体を傾けたため肩を僅かに切るだけに終わる。
石斧の大型同様にそれなりにやるようだが、こっちは防御に徹している分面倒だな。
EPM弾かスティク爆弾で一気にやってしまいたいところだが、あまり派手な攻撃をするとウリスに迷惑がかかる。
気配をサイ能力で消している相手を探知しているってことは、それだけ周囲へ意識を傾けているということだからな。
となると近接のみで倒し切るしかない。が、直接斬撃を交わすにはシャーマンが邪魔だ。
「ナイトなら真正面から切り結べよな!」
思わず浮かぶ文句を口にしつつ、向かい側の木の幹にサイ現象で強引に反転して着地。
間を開けずに飛び出しタクティカルナイフを腕に戻しながら狩斬丸を再び両手で握り、まだこちらに背を向けているシャーマンを斬り裂こうとする。
が、流石にそんなバレバレな動きはさせるつもりはないのか俺に向けて火球が降り注ぐ。
「当たるかよ!」
空気の抵抗力を高め、宙を蹴って横へ方向転換。
火球の爆発も利用し若干離れた木の幹に着地し、すぐさま飛ぶ。
今度はゴブリン達へ直接ではなく斜め上へ。
木に着地すると共に、更に別の木に飛び。
上下右左縦横無尽に二体の周りを高速で飛び始める。
俺の動きについてこられないのかナイトは右往左往し、シャーマンは再び創り出した火球を撃てずにいた。
フレンドリーファイアでも警戒しているのか? どうやらアサシンの隠形は仲間にもしっかり発動しているようだ。
三体の役割と行動はある意味では理想的な形だろう。
ナイトが守りに徹すれば攻撃の要であるシャーマンは守られる。
二体に手間取れば周りに潜むアサシンが必殺の一撃を放つ。
が、それが正しく機能していればの話だ。
アサシンの隠形はこちらに効かず、ナイトは守りに徹し過ぎて重鈍になり、シャーマンは自ら動けないために機動力を失っている。
「はっ! 結局悪手なんだよ!」
今出せる最高速度に達した瞬間、俺はナイトとシャーマンに飛び掛かった。
一撃で決めようとは思わない、身体能力にサイを振っている上に空中なのでどうしたって斬撃の威力は落ちるからな。
だが、ナイトが動ける以上は構造上鎧の関節部なら刃が通る。
シャーマンの防具はただの動物の皮なのでそれごと切れる。
必殺でなくても浅くない傷を与え続けるだけで十分だ!
二体の横を通り過ぎる度に、狩斬丸を、タクティカルナイフを、振るい続ける。
ほどなくして二体の足下は血の海となり、動きやサイ現象が弱くなる。
今なら止めの一撃も防がれることなく打ち込めるだろう。
が、こういう時ほど油断は禁物だ。
俺は周りを飛びながら投げナイフを抜き構える。
サイパワーを込め、必殺の投擲を放とうとした。
「終わり――」
その時、血みどろになったシャーマンがニヤリと笑った。
あ、これヤバい奴だ。
反射的に投げナイフへのサイパワーを止め、身体能力強化へと切り替える。
間に合え!
祈るような思いと共にウリスへ飛び付き。
「はにゃ!? はわわわ!?」
彼女が変な声を上げようが構わず抱え上げながら枝から地面に向けて跳ぶ。
着地と共に走り出すと、流石に舌を噛みそうになったのか黙るウリス。
そんな状態なのに器用に弓を構え強烈なサイパワーを込めて木の上を撃ったり、断末魔の声が聞こえたりしたが今はそれどころではない。
彼女が放った物より強烈な黒いサイオーラが背後から吹き出しているからだ。
くっ! 駄目か!?
一瞬、サイの気配が消えた。
だが、それは俺がよく知っている動きと全く同じ物だった。
そう自爆する時のブレインリーパーと。
「イージスモード!」
俺が強化服に命令すると同時に全力で逃げている俺すら巻き込む巨大な爆発が起きた。




