ログ10 『口火を切るは天翔ける閃光』
食事を終えた後、沈黙が訪れた。
ここら辺の動物は軒並みゴブリンに喰われているか、危機を察して逃げているかしているのか、森の中だというのに静かなものだった。
とはいえ、脳内ディスプレイに映るゴブリンの巣穴はこちらと相反するかのように騒がしさが増していた。
土がむき出しになっている岩山の周りに奴らがぞろぞろと出始めたからだ。
主に巣から出てくるのが多いが、森の中から出てくるのもそれなりの数がいる。
多分、俺が倒した奴らと同じ目的で出ていたグループだろう。
その証拠に、先程まで目撃していた木材や動物を運んでいた木こりや狩人より良い装備を身に付け、裸ゴブリンを引きつれていたからな。
四方八方から現れる奴らは思い思いの装備をしているが、基本的に皆同じ背格好だった。
だが、三体だけ俺が倒した斧持ちと同じぐらいの大きさの個体が混じっている。
東から現れたのは、猪頭の皮を被った杖持ち。
首にはエルフの生首が紐でくくられて飾られており、少なくともこいつに五人殺されているようだった。
奴に付き従っているゴブリン達も杖持ちが多く、それ以外のは首飾りとなった者達の体を持ち運んでいる。
こいつら!
それを目撃した時、反射的に殺気が吐露しかけ,
「んっ!!??」
ほぼ同時にウリスがビクッとなったので、慌てて抑えた。
漏れたのは一瞬で僅かだというのに随分鋭い。
俺の修行不足ともいえるかもしれないが……ふむ。同じぐらいの間隔で斧持ち大型ゴブリンは気付かなかったんだがな?
下手したらあいつより強いかもしれないな。
ウリスの強さを上昇修正しつつ、なんでもないと手を振って別の個体を観測する。
西から現れたのは、全身を植物のツタと葉で覆った弓兵だった。
こいつは自らの成果を誇るかのように付き従う者達にエルフ達の死体を串刺しにして掲げさせていた。
喉をかっ切られているのもいれば、矢の一本が頭部を貫通しているのまでいる。
数はこちらも五人。
南から現れたのは石の大盾・大剣・全身甲冑を身に付けた騎士のような奴だった。
そいつは他二体と違い自らの成果を主張することはないが、運ばれている遺体の損傷度合いは一番酷い。
石の剣であるが故に切るというより叩き潰す感じだったのか、手足や頭の一部がそれとなんとかわかる形で残されている以外はぐちゃぐちゃだった。
分量からこちらも五人だとはわかるが……食後に見たい光景ではないな。
勿論、それで吐くほどやわではない。
ブレインリーパーの船を落としたこともあるので、これより酷い光景は結構見ている。
なので、この手のには既に耐性が付いている。
が、感情は別だ。
正直、今直ぐに動きたい。
奴らがわざわざ遺体を運んだということは、それを王に献上するためだろう。
損傷個所に明らかに歯形があるので、既に五体満足な状態で遺族に引き渡せない。
それでも、できる限りに原形のままでと思ってしまう。
熱攻撃で金属の塊となった戦友を彼ではないと否定する家族の姿や、脳だけとなった収穫されてしまった者達の縁者が発狂する姿を何度目撃しても……まだ慣れ切っていないからな。
この感情は、戦士としてどうかとは思う。
が、一振りとしては正しいと思いたい。
何故ならアースブレイドは人類を守るためにあるのだから。
とはいえ、ここでなにも考えずに感情に身を任せて動くのはどちらであっても、ない。
俺はゆっくり深呼吸して心を落ち着かせる。
活発に動いている今が最も勝機が薄く、俺が所有する手段を最大効率でいかせない。
なにより、考えなくてはいけないのは、そのためのタイミングまでいかに生き残るかだ。
そうこうしている間に奴らが岩山の周りに集結する。
総数一万五十三。一人で戦うには多い数ではあるが……これ以上増える気配はないな。
アシストドローン達に周りを念入りに確認させる。
うん。いないな。思ったより即来たか。
思わずニヤリとしてしまっていると、巣から大型裸ゴブリンがゆっくり現れる。
それを見たゴブリン達が次々と平伏しは始め、鳴き声さえ一切しなくなった。
やはりこいつが王的な立場にいるのは間違いないようだ。
静寂に包まれる中、ゆっくりと岩山の頂上に上ったゴブリン王は周りを見回す。
そして、眉を顰めて北を見た。
俺達のいる方向だ。
やっぱりそうなるか……
舌打ちしたくなるのを抑え、ゴブリン王の次の行動を待つ。
大きく息を吸い、大気が震えるほどの咆哮を放った。
多分、帰ってこない大型ゴブリンに向けたのだろう。
「ガアアアアアアアア!」
その音はそれなりに離れている俺の鼓膜にも届いたからな
当然、ウリスも聞こえたのでビクッと身を縮ませ、何故かこっちに擦り寄ってくる。
別に抱き着かれたわけではないし、触れてもいないが……不安そうな目でこっちを見られるのはなんともかんとも。
これはあれか? 庇護欲とか? ん~まあ……アースブレイドではこうして頼ってくる奴ってまずいないからな。
むしろ、我先に突っ込む奴が俺の周りには多い。
経験したことがない状況に戸惑いつつ、BRK17ピーステイクを構える。
王が異変に気付いて次の行動を起こす前に、この好機で可能な限り数を減らす!
「アルテミスオン。弾道計算開始」
口頭命令と合わせて思考制御で射撃アシストシステムにイメージを伝える。
脳内ディスプレイに映るゴブリンの大群に満遍なく三十個のポインターが付く。
俺の行動に不思議そうな顔をするウリスを尻目に、サイ能力のトリガーである特殊な呼吸を行う。
「プロメテウス起動!」
「==!? =====!?」
サイブーストアシストシシステムを使うとなにごとか言われる。
驚愕しているのはわかるんだが……
「まあ、挨拶ぐらいはしてやらないと失礼だろ?」
伝わらない軽口を叩きつつ、ゆっくり強くできる限りサイパワーを弾丸に込める。
俺が発している強烈なオーラを感じ取ったのか、ゴブリン王が咆哮を止めた。
「チッ! ここまでか!」
本当にサイパワーは不意打ちには向かないな。
そう思いつつ、トリガーを引いた。
強烈な銃撃音にウリスが耳を塞ぐが、俺はマガジンが空になるまで止めない。
まあ、数秒の辛抱だ。
フルオートで発射された弾丸三十発が金色のサイオーラに包まれ空を飛ぶ。
アサルトライフルの本来の射程ではないが、俺のサイ能力現象強弱化を使えばそれを覆せる。
「ふわ~」
金色の線が星空へと描かれる光景が幻想的だったのか、感嘆の声をウリスが上げた。
そんなロマンチックなもんじゃないだがな?
ほどなくして爆裂貫通金属噴流弾が着弾する。
強烈な爆発と閃光がアシストドローンの視界を埋め尽くし、音と振動が俺達のいる場所まで届く。
「ハッ! ジャックポット!」
爆発力を限界まで強化した金属噴流のお味はいかがかな?
それなりに離れているので、身体に影響が出るほどの揺れではない。
が、なにが起きたのか察したのかウリスが呆然とした表情を俺に向けてきた。
サイ能力を使うのだから、これぐらいで驚くかね? いや、ピーステイクを見ているから、銃火器を見たことがないって感じか? わざわざ木の弓矢を使ってるぐらいだしな。
そんなことを思いつつ俺は、彼女に手ぶりを交えて指示をする。
「ここにいて、彼を守っててくれ」
伝わったのかどうかわからないが、あまり悠長にしてられないのでそのまま木の上から飛び降りた。
上でなんか言ってるが、無視。
状況の変化は思ったより早いみたいだからな。
脳内ディスプレイでは、サイ強化EPM弾の余波が普通より早く消える映像が流れていた。
岩山はゴブリン王が上空に張った黒い壁に守られほぼ無傷。
大型も同様で、自身あるいはその周りの杖持ちが防御しているようだった。
そいつらに効くとは思ってないので問題はない。
それ以外は狙い通り爆発の直撃を受けてくれたようだからな。成果は期待できる。
生命反応の消失あるいは原形をとどめてない個体を次々と確認。
上手い具合に集まってくれたおかげで、半数とまでにいかないまでにも……ん、三千八百五十二体か。残り、六千二百。内巣の中に二千五百二。幼生体は二千二。杖持ちがいない場所を重点的に狙った割には、まずまずな成果か? どれぐらいの成長速度と繁殖力があるかわからないが、少なくとも大きく戦力を削いだ。
もう少しサイパワーを込められば、雑魚の全滅ぐらいはできたかもしれない。
まあ、その場合は向こうの防御範囲が更に広がっていた可能性もあるので、下手すれば攻撃そのものを防がれていたかもしれないがな。
そう考えるとそれ以上の戦果は望み過ぎだ。
切り替えろ俺、奴らの次の行動でこっちの対応も変わる。
生き残ったゴブリン達は、ギャアギャア言いながら右往左往し、森の中に逃げるのもいれば、巣の中に入ろうと逃げ惑っていた。
もっとも、それは直ぐに収まる。
ゴブリン王がシールドを展開しながら小さく吠えたからだ。
続けて何事か指示したのか、杖持ち以外が一斉に巣に入っていく。
残った杖持ちは王の下に集まり、シールドを代わりに展開し始めた。
岩山が黒い膜に覆われると共に残っていた三体の大型ゴブリン達が動き出す。
サイ能力を全身に纏わせ、アシストドローンの視界から瞬く間に消える速度で北に。
どうやら精鋭のみを送って爆撃を行った相手を排除しようとしている感じか?
まあ、被害と範囲から考えてそれしかないよな。
実に思惑通り。
後はあの三体を排除し切れるかどうかだ。
俺は気合を入れ、更にスピードを上げる。
向かうは当然、大型ゴブリン達が発するサイ反応の下へ。




