ログ1 『落ちた戦士』
百年前。地球は突如として現れた敵性異星人によって襲撃された。
大国はことごとく蹂躙され、恐慌状態になった軍や国よって核ミサイルが使われてしまう。
放射能汚染による大荒廃と引き換えになんとか撃退することには成功した。
だが、それは始まりに過ぎないことを落とした船の中から人類は悟る。
船内に解体された大量の人体と、謎の生体装置に繋がれた無数の脳があったからだ。
彼らの船と技術は生物を使う物だった。そして、それを維持するために高度な脳が必要であり他の惑星からそれを収穫する。
故に人類は敵性異星人を『ブレインリーパー』と名付け、いつ終わるとも知れない戦争に突入したのだった。
そんな地球に生まれた俺は、地球防衛組織『アースブレイド』の戦士として生きてきた。
何度も何度も死ぬような戦場へ赴き、そのたびに多くの仲間を失い。
そして、ブレインリーパーが地球にやってくるために使っている巨大転移ゲート戦艦を乗っ取る作戦に参加した。
反物質爆弾を敵星系に叩き込むために。
苛烈な攻撃に晒され奪取部隊が俺以外全滅してしまう中、奪取の成功と共に反物質爆弾は起爆される。
数秒後には消滅するという状況下でただただ心の中に浮かぶのは、一言。
俺達の勝ちだ!
対消滅の輝きに人類の勝利を確信しながら、俺は死んだ。
はずだった。
強烈な衝撃と共に俺は目を覚ました。
目の前には湿気の多い土。いや、腐葉土か? だとするとここは再生森林保――
疑問に思いながらうつぶせの体を起こそうとした瞬間、強く咳き込み、なにかを吐く。
抑えた手に大量に掛ったそれを確認し、眉を顰める。
赤黒い血だ。
それが咳き込むたびに大量に出た。
しばらくすると咳も収まりなにも出なくなったが、同時に自分が何故こんなことになっているのか強い恐怖に襲われそうになる。
湧き上がり心を乱そうとする気配に俺は目を瞑り強く思う。
落ち着け、パニックになるな。
それと共に意図的に呼吸法を変える。
深く静かに取り込んだ酸素を最大効率で身体に巡らせるように……よし、ちゃんと思考できるぐらいまでには落ち着いたな。
なら、まずはあやふやになっている自分を取り戻すために自己確認だ。
俺は『飛矢折 疾風』。
地球防衛組織アースブレイドの一振りである戦士だ。
そこまで思い出すと共に、一気に自分がはっきりする。
が、同時に強い疑問が口に出てしまう。
「どうして生きている?」
脳裏に浮かぶ最後の記憶は……宇宙にいたよな? それも敵星系宙域に。いやいや、まてまて、そもそも俺がいたのはそこと太陽系を繋げる巨大ワープゲート戦艦だった。
だとすると、ここは……
ゆっくりと目を開け、膝をついたまま上半身だけ起こし、周りを見る。
「どこだ?」
まず目に入ったのは、バブル状の硬質物体だった。
緊急脱出装置の残滓だ。
保護対象を包み込みバブルを発生させて例え宇宙空間であろうと長時間仮死状態にして生存させる。
つまり、それだけの事態が起きていたことを示すが、同時に不自然なことがあった。
緊急脱出システムは、その仕様上から使用者の安全が確保できる環境あるいは状態になるまで解除されることない。
ヘルメットが無いことから少なくとも周辺環境は生存可能レベルなのだろう。
だが、状態はどうだろうか?
自然と手が触れるのは、右肩。
そこから肺にかけて切り裂かれたのが最後一歩手前の記憶だ。
今着ているのは戦闘用強化服『サムライスーツ』であるため、破損しても自動的に修復される機能がある。
だから、触っても返ってくるのは間接部分をカバーしている硬いプロテクターか、薄い人工筋肉の感触ぐらいだ。
これではこの下がどうなっているかわからない。が、自分の肉体がどうなっているか直接触れず見られずともわかるぐらいはできる。
年齢的には十八歳と若造だが、十三歳からアースブレイドに所属していれば自然とそれぐらいはな。
ともかく、この感じだと……身体の方は完治しているか?
俺の体内には治療用ナノマシンを常駐させているので、ある程度の時間と安静にできる環境にいれば重傷でも治る。
それらを使えば詳細な身体情報を知ることができるが、専門家というわけでもないので詳細を知るのは後でもいいだろう。
最悪、戦えるのであればそれで十分だ。
が、ならなんで血を吐いた? 普通、不自然な内容物が溜まっていたら分解除去するはずだったよな? つまり、それが終わる前に、緊急脱出システムが解除された? 下手したら窒息するよな? システムは俺を殺す気か? これだから物言わぬ機械は……
心の中に文句を浮かべつつ、視線はバブルの向こう側へと向ける。
そこにあるのは、最初に予測した通り森だった。
うっそうと生い茂る木々の中で俺は倒れているってことなんだろうが……それはそれでますます意味がわからない。
木々の形状から少なくとも日本で生えているような植物ではないのはわかるが、形からして地球であることは間違いないようにも思える。
小耳にはさんだ話だと、異星だとまったく異なった形状をしているらしい。
実際に見たわけじゃないし、必要もないから確認もしていなかったのでどこまで違うかは知らないが……だが、わざわざそういうのだから一見して木だとわからない感じではないんだろう。
だとすると、ここは地球だ。
生きて戻ることはないだろうと思っていたはずの。
…………なんかしら感慨深いものでも浮かぶかと思ったが、別にそうでもない。
そんなことに浸っている状況じゃないからだろうが、そこまで自分を制御できるようになっていることには苦笑するしかないな。
とにかく、最後の記憶から推察するに、対消滅の爆発に巻き込まれたワープゲート戦艦が暴走でもして俺を地球に飛ばしたのだろう。
凄まじく都合のいい奇跡だが、現実としてこうして生きている。
だから、納得できなくても納得するしかないんだろうが……
どうにももやもやとしたものを抱えながら、改めて木を注目する。
が、植物を見ただけでここがどこの地域だかわかるほどの知識があるわけもない。
百年にも及ぶ星間戦争で今の地球に安全圏は少ない。
何度も襲来するブレインリーパー達が、そのたびに自己増殖する生体兵器の置き土産に置いていっているからだ。
この森のようにテラフォーミング技術の応用で核汚染から回復させられてはいても、どこになにが潜んでいるかわかったものじゃないのが現状だった。
場所によってはアースブレイドの生存率が十パーセントを切るところがあるぐらいほどだ。
おかげで人が住める場所は核荒廃後からほとんど変わっておらず、今なお世界各地にある大規模シェルター内で密集して暮らしている。
だからこういう事態になった時は迅速に救援が送られてくるはずなのだが……来る気配がないどころか、緊急脱出の仮死保護を止められているのがかなりおかしい。
システムが起動した時点で救助要請は本部へ送られているはずであり、助けが来るまでは探知されるのを防ぐために仮死状態にし続けているのが普通だからだ。
そして、向こうはこっちの状態を常にモニタリングしているはず。
なのに、目を覚ました俺に対してなんの通信も入っていない。
向こうになにかがあったんだろうか? それともなんかしらの呼び掛けはされている? ……確認するためにも手動で通信システムを起動させるしかないか。自分で操作するのは苦手なんだけどな。
ため息を吐きながら、しかたなく意識を自分の内に向け思考で命令する。
脳内ディスプレイオープン。
思考制御によって起動した脳に常駐している補助用ナノマシンが脳裏に架空の画面を作り出し、仮想視界を俺に見せる。
目で見ている視界とは違うもう一つの視界というのは、使い始めたばかりの頃はどうにも変な感じだった。
片方に集中すればもう片方が疎かになる。とか。
今は息を吸うように使えるので戦闘中だって平気に使えるし、つわものとなれば戦闘中にエロサイトを賢覧したり、ゲームをしていたりするらしい。まあ、俺はそんなことをはしないが……よし、こっちには異常はない。本部に通信っと。
「…………ん? オフライン? なんでだ?」
現在の通信には量子技術に切り替わっている。
原理は良く知らないが、どんなに離れていても繋がるという話だったはずだ。
なのにそれができないということは……なにか故障か? だとするとお手上げだ。
学業より戦いが優先される生活を今まで送っていた奴に、原理のよくわからない物をどうこうできる知識も技術もあるはずもない。
殴って治る電化製品とか昔はあったらしいが……それもそれでどんな仕組みなんだろうな?
なんにせよ。こうなると、できそうな奴に頼むしか手はない。
登録武装位置確認。
「さて、相棒はどこだ?」
俺達に与えられる各武装にはパーソナルロックが掛っている。
これによって使用者以外が使えなくなる他に、おまけの機能として位置が確認できるシステムが付いていた。
もっとも、それも通信システムが使われているはずだから、うまく働くかどうか……お、こっちは使えるな。
機構そのものは壊れてなくて、プログラムの一部に異常があるとか?
なるほど救援も呼べてないのであれば、仮死保護が強制的に解除されるわけだ。
バブルは大気圏に突入しても無事なぐらい頑強だが、だからといって敵からの攻撃を永久に防げるほどではない。
無事でいてくれればいいんだが……
半ば祈るように脳内ディスプレイに表示される武装一覧を確認する。
が、ほとんどがリンクオフになっていた。
緊急脱出が必要になるぐらいなのだから、当然といえば当然だが……
「この状況でサムライドレスがないのはまずいな」
ため息交じりにそう口にしてしまう。
地球防衛組織アースブレイドの主力として使われているパワードスーツ『サムライドレス』。
戦士となってからずっと、最終作戦でも纏っていた俺の相棒だ。
その機体に搭載されている人類支援情報生命体・通称サポートナビ『雷火』であれば、量子通信がどう異常になっているかわかるだろうし、なんだったら直すこともできるだろう。
それに、いるといないとでは俺の戦力が格段に違う。
この場所が安全かどうか全くわからない状況下でこれはかなりの痛手だ。
勿論、俺はアースブレイドの一振りだ。単独でだって戦える。
とはいっても、どうしたって限度があるからな……
「せめて全壊にはなってるなよ」
祈るように脳内ディスプレイで記録を確認してみると……どうやら最悪な状況は免れたらしい。
サムライドレスは俺とは別の場所に落ちた後、緊急修復モードに入っていた。
機能の全てを修復に注いでいるが故に、オフラインになっているってことなんだろう。
つまり、時間が経てば救援も呼ぶことができるようになるってことだ。
少し安心はしたが……それはそれで問題だな。
機体が再起動可能になるまで修復されるのに、予測時間が一週間となっていたからだ。
その間単独でというのは果たして生き残れるかどうか……これほど環境が残されているのであれば、サムライドレスなしでもなんとかなる奴しかいないだろうが……
なんにせよ。どうであろうとそれが避けられないのなら、覚悟と準備をするべきだ。
確か緊急脱出システムが起動すると同時に、個人装備一式も射出されているはずだったな。
脳内ディスプレイを周辺簡易マップに変え、位置を検索する。
ん? 泡の中か。
身体の調子を確認しながら立ち上がり、硬質的なバブルの中を探す。
現れたのは、打刀『狩斬丸』
アサルトライフル『BRK17 ピーステイク』
自動拳銃『SS47 守人』
後は軍用品や予備弾薬・サバイバルキットなどが入ったバックパック。
とりあえず、これさえあれば単独サバイバルはできるだろう。
訓練でなんの装備も与えられずに環境再生すらされていない無人島に放置されたこともあるからな。
それに比べれば実に充実していると感じなくもない。
苦笑と共に武器の具合を確認しながら、脳内ディスプレイを操作。
今度は修復中のサムライドレスがどこにあるかを確認してみる。
強化服のセンサーによって周囲の地形はある程度マップに反映されている。が、位置検索と共に広がったその他はほぼ空白だった。
通信システムが無事だったのなら、地図のダウンロードか、衛星の使用も可能なのだろうが……まあ、ないものねだりをしてもしょうがない。今重要なのは、相棒の位置だ。
どんどん拡大されていく空白の地図は、僅かにわかっている周囲地形図が点として表示されるまでになってようやく止まった。
どうやらかなり離れた位置に落ちているらしく、直ぐには辿り着けそうにない。
地理も敵情もなにもわからない以上、慎重に移動して一日ぐらいだろうか?
なんとかなる敵しかいなくても個体によって危険度は高くなる。
そんな奴を一人で、かつ、複数相手する事態になったと想定すると……まあ、殺されるしかないか。
アースブレイドの一振りたる戦士である以上、己の命は人のために使われるべきであり、それ以外での死は許されない。
が、だからといってどうしようもないものはどうしようもない。現実的な戦力差を正しく認識できないのは戦士として失格だ。
そう考えると、どうにも不安を覚える距離だが……行くしかない。
修復中のサムライドレスが見付かって破壊されるなんてことになったら助かる可能性が潰える。
打刀を左腰、拳銃を右腰に近付けると、装備を感知した強化服が一部を変化させて武器を固定した。
同じようにバックパックから取り出した予備装備を体の動きを邪魔しないところに付けていく。
投げナイフを腕周りに、スティック爆弾と弾倉などを腰回りに付け、タクティカルナイフを二振り両腕外側に差し、バックパックを背負う。
最後にアサルトライフルを左の背に付け……なにか忘れているな……ああ、そういえば。
アシストドローンへオンライン。
思考制御での指示と共に、脳内ディスプレイに二つの視界が追加される。
いつもは雷火がやってることだからな。さっきの通信システムも含めて、いかに彼女に頼っているかよくわかるな……
そんなことを思いながら映し出されている映像に少しだけ着目する。
短く切られた黒髪に、凶悪一歩手前な鋭さがある黒目を持ったそれなりな顔の少年。
俺だな。
どうやら落ちたばかりだからか、ドローン達は周りにいたらしい。
緊急脱出システムには、状況に合わせてドローンを自動で排出するシステムがある。
なので、俺の上には手のひらほどの小さなペン状の機体が二機ほどふわふわと浮いているはずだ。
といっても、ステルス迷彩機能を搭載している上に、小型ながらも反重力装置によって浮いているので普通の人の知覚でそれを確認するのは難しい。
まあ、戦士であれば誰であろうとなんとなく位置はわかるだろうが……にしても……サムライスーツの上にガチガチに武装を身に付けていることも重なっているとはいえ、下手すれば通報されそうだよな。
自分を確認する習慣はないので、こうしてたまに見るとどうにも苦笑が漏れる。
青春のほとんどを戦い漬けだったってのもあるが、そうじゃない時期でもモテたことがないからな。
まあ、戦いに容姿もなにもあったものじゃないので、普段はどうでもいいっちゃいいんだが……よそう。あまりにもくだらない。
ため息を吐き、強化服に対して思考制御で命令する。
襟から黒い液体のようなものが吹き出し、ヘルメットを生成して黒いシールドが頭全体を隠す。
強化服の構成は人工筋肉とナノマシンによって構成されているため、武器を固定した時のようにその形を変化させることができる。勿論、あまりに元の形から離れた形状にはできないし、ヘルメットのようなものを生成するには事前に登録をする必要があるとかなんとか。正直、ここら辺のことは雷火がやっていたからよくわからない。
まあ、適材適所で役割を分担しないと最大効率は引き出せないってことで……というか、なんで俺をずっと見ている? さっさと周りを警戒しろ!
さっきからずっと俺を見ているアシストドローン達にちょっとイラっとしつつ命令すると、彼らの視界が木々の上へと上昇していく。
人格ありとなしのAIだとこうも違うか……まあ、そもそもの運用がサポートナビによるってのがあるだろうからな。そりゃ自己主張するのを装備の一つにいちいち付けていたら効率が悪い。
そんなことを思いながら俺は念には念を入れて強化服のステルス迷彩機能を起動し、森の光景と同化しながら歩き出した。
これ、見えなくなるのは良いのだが、あまり早く動くと周囲の光景とずれて逆に目立つ場合があるのが難点なんだよな。
慎重に動くのであれば今の状況に丁度いいといえなくもないが、開発部ももうちょっと頑張ってほしい。
そんなことを思いながらゆっくりと歩きつつ、脳内ディスプレイで身体の詳しい状態を確認してみる。
自分の感覚には自信があるが、だからといってそれを過信し過ぎるのもよくないからな。
表示される身体の情報を見る限り、やっぱり完治はしているようだ。
ただ、同時に確認できる治療ログを見ると……よく生きていたなって思えるのがある。
右肩から肺にかけてのダメージが一番危険だったようだが、それ以外にも身体中の至る所に内出血・骨折やひびなど負傷情報がびっしりと。
そりゃ死ぬことをいとわずに一日以上戦い続けていたのだから、むしろそう考えると軽傷といえるか? こうして生きているからな。まあ、なんであれナノマシン様々だ。
とか適当なことを考えつつ、アシストドローン達の視界も合わせて森の様子を確認する。
周囲の木々は幹が太く、頭上に太陽があっても枝葉が生い茂っているので森の中は暗かった。
その影響か地面には腐葉土はあっても草花はほとんどない。
生体兵器が闊歩するような激戦区であれば、再生した自然はここまで残ってないはずだ。
豊かな自然はそれだけその地域の危険は低いことを意味する。
が、その割には動物の気配がしない。
核荒廃からの再生は、植物だけじゃなく動物もセットで行われるって話だったし、何度か訓練とかで叩き込まれたことがある森の中は色々な気配で溢れていた。
どうにも不自然な環境だな……なにもいないのはそれはそれで助かるっちゃ助かるが……このままサムライドレスのところまで辿り着けるか?
なんて考えたのが悪かったのか、アシストドローンが生体反応を探知した。
人の反応でも、動物の反応でもない。
だが、敵でもない。
なんだ? 普通は個体を特定はできなくても、なんであるか直ぐに判明したよな?
アシストシステムがアンノウンと示すそれに眉を顰めながら、ドローンへ接近命令を出す。
ほどなくして仮想視界に映ったのは……
「ゴブリン?」
思わずそう口にしてしまう存在だった。