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魔法使いの陰謀5

「……何があった!」


 目を大きく開け、圧巻する光景が広がっていた。

 アーヌを保健室へ連れて行ってから五分しか経っていないにも関わらずに辺りは静けさに満ちていた。

 珍しいものを見たさで集まっていた観客たちの数は多くなっている。アーヌの戦いが始まってから増え始めていたが、どうもおかしい。


 観客席はみんな学生だ。多くは魔法使い候補で、相手の魔法の特徴と弱点、火力、効果範囲などを調査するために訪れている。アーヌは奥の手と見せかけてまだ試験中だった魔法薬を披露した。

 そのおかげか、観客の生徒は増えた。

 だが、セラが代わって戦ったはずである訓練場は静寂だった。


「……ッ」

「セラぁ! なにがあった!?」


 訓練場の隅で膝をつき、今にも倒れそうなセラがいた。魔力切れを起こしているのか返事はなく、荒い息とともに汗が滝のように流れていた。


「――セラになぁにをしたああぁぁ!!」


 空になった瓶を七つほど転がっている。少年シクの足元には魔法陣のようなものが描かれており、黒く焦げるかのように痕が残されていた。

 シクは黙ったまま、立っていた。


「おまえ! 俺の仲間になにをした!!」

「違うの!」


 食ってかかるかのようにシクの襟元をつかみ上げるギシンにカレンが叫んだ。カレンは状況を知っていた。いま、この場で何が起きたのか。カレンだけが知っていた。


――ギシンがアーヌを連れてこの部屋を立ち去ってから数分後、セラは自己紹介してから、シクに勝負を挑んだ。

 シクの補給の提案を断ったことで、この勝負はもらったと確信していた。そう思い込んでいた。現にシクの手持ちの薬の数は品切れに近く、戦力になるものはないに等しかった。

 魔法使いは自分の手持ち(公式術)を見せてはいけない暗黙の規則ルールがある。魔法使いは自分が使う魔法を相手に見せるのは自分にとって不都合になることが多い。シクは薬を使った魔法使いということを知った。


 薬なら手持ちの数に限りがあり、失えば勝機は一気に稼げる。

 詠唱や歌と言った言葉を発する魔法使いだったら、口封じや沈黙、声切れと言った呪文を唱えることさえ封じてしまう方法で対策ができる。

 魔法陣なら水や炎と言った自然界にあるものを使えば阻止することができる。


 シクは薬の魔法使いだ。

 なら、手持ちの薬を減らせ、最終的にゼロにすれば勝利は確信的だった。


 だが、そうはならなかった。

 カレンははっきり見ていた。

 シクは鍵を取り出し、まるで見えない金庫を開けるかのように宙でカギを回し、なにかを取り出していた。アーヌが残していった爆炎粉を煙幕代わりにして愛用の武器で止めを刺そうとしていた。


 アーヌの時のような同じ手だったら、シクは少なくからず隙が出る。セラは魔法で復元し増幅した槍を一斉に放った。


「“増幅する演奏曲”!」


 交わすことなど不可能に近く、五センチ程度の隙間を開けた手のサイズほどしかない槍を放ったのだ。槍というよりも矢なのだが、セラは槍と断言している。

 交わしたのはギシン以外いなかった。

 この攻撃に交わせるものなど、先生とギシン以外、ありえなかった。


「――解放せよ、“双子のワルツ”」


 爆炎粉から勢いよく飛び出してきた。シクの靴には見慣れない紫色に光り輝く靴を履いていた。ツバサを生やしたかのような装飾があり、宙を飛ぶように舞っていた。

 空中を蹴ることでさらに高くジャンプすることができる。

 そんな見たこともない魔法を使っていたのだ。


「なによそれ……なんなのよ、その魔法は!?」

「……魔法具」


 師匠ゼロから聞いたことがある。世の中には魔法具と呼ばれる魔力を道具に宿して使う専門職の人がいると。魔法具は自ら命を宿し、相手(使用者)を選ぶ。魔法具は決して裏切ることはせず、所有者が死ぬまで付き添うという。

 魔法具は使用者の魔力を食べてエネルギーに変え、魔法を使う。


「魔法具って……うそでしょ! この学校で使える人なんてそうそういないのに!!」

「これで認めてくれるよね」


 カレンはにっこり笑った。


「ふざけないで! まだ勝負は終わっていないわ!! 踊り狂え“乱れる演奏曲”!」


 槍はさらに細かくなり旋律如くシクの周りを囲いこむ。隙間なく埋め込み、嵐の如く舞う槍がシクの行動範囲を止める。


「この攻撃は、相手を確実に足止めにする。少しでも動けば身体は裂ける。高速に動き回る私の魔法からは逃れなれない!」


 一瞬の光が通り過ぎていった。

 セラがハッと気づいたとき、“乱れる演奏曲”は破壊されていた。まるで槍同士がぶつかり合い、外へ投げ出されたかのように一斉に外へと弾かれたのだ。

 セラは一瞬何が起きたのかわからなかった。

 だけど、わかった瞬間、散った槍の先端を持ったシクによって首元に押さえつけられる形で敗北した。


「嘘よ、ウソよ! 絶対破れられないはず……そうでしょ? だって、あの技は完ぺきだった。今までどんな魔法使いだってアレを破られたことなんてなかったわ!」

「まだ言っているよ。シクが本気を出すまでなかったよね」


 自分がやったわけではないのに相棒はどうだい、と慢心に威張っていた。

 悔しがるセラを背に、「まだ終わっていないわ!」と吐き捨てるかのように「まだ終わっていない! 終わっていないわ!!」と立ち上がった。


「まさか!」

「まだ、終わっていない。まだ……魔力の操作には慣れていないけど、私にとって最終兵器。これを交わしたものはまだ……いない!」


 カレンは止めにかかる。


「やめて! それは禁断の技だあーー!!」


 制止を振り切り、セラは声をあげた。


「終わりよ! 狂え震えろ“恐怖の演奏曲”!」


 セラは魂が抜けたかのように倒れた。魔力が切れたようだ。無理もない。まだ覚えて間もなく、魔力が抑えることができない切り札であり禁断の技である。

 大きく二メートルほどの高さを誇る黒い獣が姿を現した。黒い煤のような煙は獣の身体からにじみ出ており、その煙を吸ってしまった観客席にいる生徒たちは次から次へと気絶していった。

 これが、セラが誇る禁断の技の特徴だ。


 グルルルと腹を立てるかのように牙をむきだす。ヨダレとともに黒い獣の瞳が赤く煌めかせた。

 地面に力強く蹴り、容赦なくシクに突進した。距離は六メートルにも及ばない距離。ましてや、獣の速さは人間が全力で走った時の速さだ。

 

 シクは予知していたかのようにスタッと地面を蹴り、華麗に空へ舞う。獣の攻撃を避け、そのまま空中から魔法を放つ。


「吹き上げろ! “ブリザードブレード”!」


 氷の結晶体がシクの目の前に出現した。結晶体を身体を回転させ、足ですばやく二回叩きつけ獣に向かって打ち込む。

 冷たい風を吹かせながら、その結晶体が獣に直撃した。


 小さく白い竜巻が音を立てて獣を空へ吹き飛ぶ。

 その時、結晶体が砕き、獣の身体を凍り付かせていく。獣は振りほどこうとするが全身をみるみる氷漬けになっていく様をただ見つめることしかできず、竜巻が消えたときには、氷の彫刻となって地面へ叩きつけられ、音ともに砕け散った。


 ――そして、今に至る。


 一連の出来事を目の当たりにし、セラは禁断の技を使ったことによる魔力切れと体力・精神の消耗であることが判明した。

 ギシンが心配するさなか、シクはハッと我に返り、ギシンに近づいていった。ギシンは「止めを刺すつもりか!?」と強張ったが、シクはリュックサックから薬をいくつか取り出し、カレンの手伝いもあってセラは一命をとりとめた。


 シクの的確な応急措置もあって、遅れてやってきたゼロと保険の先生の手伝いもあって、セラはこの国の病院へ運ばれていった。


 ギシンは先生に呼び出され、そのまま退場することとなったが、そのとき一言告げた。

「この借りは必ず返す。あと、明日の試合で必ず俺が勝利する」


 明日の試合。

 ゼロに尋ねると、明日、年に一度、三対三のチーム戦が行われるという。学年ごとに分かれ、16チームの中から学年でもっとも強いチームが選ばれるという。

 選ばれたチームは表彰のほか、一流の魔法使いとして国家魔術大学の進学への権利が与えられるという。


 国家魔術大学とは、魔法使いのなかでも最も憧れる大学で、各学校のお祭りで優勝を得た学生のみ、試験を受けることができるという。

 国家魔術大学は、シクのような世界中を旅する一流の魔法使いよりも上のランクである国家魔導士として、政府と同じ階級とともに国一つを動かしたりギルドの頂点として君臨することもできるという。

 国家魔導士になるにも三年という月日のさなか、結果を出さないと卒業ができず、最悪、半年で退学になることも多いという。


 そんな師匠のもとで勉強するとは違って、国家魔導士は世界の情勢を知り、各言語(ドワーフやエルフ、ホビットなど使われている言語はそれぞれ違う)を学び、万能として世界へ羽ばたく。

 そんな魔導士を目指す魔法使いは師匠の弟子とはならず金をかけて魔法学校を卒業することを目指しているのだ。


 ギシンたちやこの学校に通う生徒たちも国家魔術大学を目指して勉強しているのだ。カレンはゼロの弟子入りしているため、学校に通っているのは別の理由からなのだろう。

 ギシンにとって、この学校でのチーム戦で優勝取ることは重要で、優勝をとれなければ、ここにいる意味も価値も見出せないのだと。


「この学校に通う者たちは常に相手の魔法、魔法式、呪文、道具と言ったものを探り入れている。下手に披露したりすれば、命取りになる。どの魔法使いでも弱点は持っているからな」


 帰り際にゼロからここの生徒の服と教材を受け取り、明日から正式に通うことが決まった。けれど、油断はできない。

 シクを犯人に陥れ、なおかつ魔法使いを敵に回した真犯人が、まだこの国いて、なおかつこの学校の関係者だとゼロは言っていた。

 犯人は今でもどこかでクスクスと嘲笑っているのだろうか。


 翌日、空一面真っ青な海。魔法によって描かれた地図がはっきりと見えるほど雲一つ流れていなかった。

 目が覚めた寝室はゼロたちが貸してくれた部屋だ。ホテルや宿屋で借りれば、「命の保証はない」とゼロたちから念を押され、カレンの推薦もあって、空いている部屋を使わせてもらった。


 お金はゼロたちに生活費として手渡しており、お金としてもホテルや宿屋で泊るよりは少し高かった。けれども、賑やかな食事や話題と言った一人ではできないことを彼らはしてくれたのである。


 満足な一日を終え、今日にいたる。

 仕度を終え、服に着替え、腕輪以外の装備はゼロたちが支給してくれたカバンにできるだけ入る量で抑えていく。重くもないかさ張ることもなく軽装でなおかつ目立たないように。昨日は、派手に目立ってしまい、研究しているかもしれない。

 今日の試合で、シクの手の内を昨日の戦闘で調べ上げているのかもしれない。


 それはギシンたちも同じなのだが、奥の手は未完成であるセラの魔法のみで多大なお披露目はしていないという。

 そんな状況で昨日の出来事だ。校内ではもっぱら転校生の話で一面花畑だろう。

 昨日のことを忘れたくても忘れられない。生徒も先生もあの日、観客席で見てしまっている。


「見られたのであれば、仕方がない。これも宿命だ」


 とわけわからないことを言っていた。


「さて、チーム戦に出る以上、カレンも付き人として参加する。カレンと一緒に出るはずだった友人が熱を出して棄権してしまったため、代わりを探していたのだ。シクのような魔法使いだったら我が弟子の暴走も抑えてくれるだろう」


 と試合のことについても拒否することもなく、カレンと一緒に参加してはくれないかという話にまとまっていた。

 相棒は、このことについて尋ねると、


「シクに尊重するよ」

「いいかげんだね」

「だって、面白そうじゃん。国を消滅するよりもチーム戦で相手をボコボコにする方がシクにとっての目標も意外と見つけそうだと思うし……」

「それは、犯人のことを言っているのか?」

「それもあるけど。ぼくね、シクが同年代の子を助けようと思うなんて、なかったから。師匠がそのことを気にしていたよ。だから、ここは止めたり破壊するんじゃなくて、チームとして楽しんでくれることを進めようと思ったんだ」


 同年代の子……ふと昔のことが頭に横切った。


 まだ師匠と旅をしていたとき、馬車に揺れて連れ去られた子供たちを助けるためにギルドの依頼を受けて捜索していたころのこと。

 標的を見つけ、師匠とともに誘拐犯を捕まえようとした矢先、「こいつらがどうなってもいいのか!!」とナイフで子供たちの首に当てながら挑発したのだ。

 師匠は「武器を捨てろ! 今なら投降すれば深く罪にならないよう我らで説得しよう」と師匠は彼らを説得しようとした。

 だが、「そんなウソは騙されない! そう言って、お前らは何度も俺らを騙した。そんな見え透いた嘘に従う連中なんていないだろうなッ!」と怖がる子供たちにナイフで脅す。

 手下たちも同様に子供を人質した。

「話し合いで済ませたかった」と師匠は腰からガラスの瓶に入った薬をいくつか取り出す。何をするのかすぐに分かった。召喚獣を呼び出す気だったのだ。

「ダメです! 師匠、そんなことをすればここ一帯は住めなくなります」と同じ弟子である友が師匠を止めようとした。

「我はお前(弟子)たちも守る義務がある。彼らは投降しなかった。なら、懺悔を下すまでだ」

「ダメです。もっと横柄おうへいに……」


 仕掛ける師匠と弟子の攻防のさなか、シクはなにを思ったのだろうか一人で彼らの前に近づき、こういった。

「ぼくが人質になります。子供たちを放してください」

「なぁにぃ? お前が?」

「ええ、魔法使いが人質になるなんて前代未聞です。あなたたちはそれができた。子供たちよりもぼくのほうがより利用価値があるんじゃないでしょうか」

 誘拐犯たちは数秒ほど仲間たちと相談した。

「悪い話じゃない。だが、仮にお前たちは怪しげな術を使う。口と手足を縛らせてもらう。もちろん目もだ!」

「いいよ。その代り子供たちも放してね」

 誘拐犯はいいぜと、子供たちから手を放した。

 そのとき、シクは持っていた爆弾を地面へ落としたのだ。

 握っている素振りも見せなかった。隠している素振りもなかった。不意をつかれた誘拐犯たちはその爆弾を見つけたときには遅かった。


 爆音とともに誘拐犯が使用していた馬車は吹き飛び、木端微塵となった。連れていたウマは吹き飛び大きな切株にぶつかり、胴体が真っ二つとなった。

 吹き飛ばされた誘拐犯たちは着火地点に近いほど、肉片が飛び散るほど吹き飛ばされた。

「ぐわああああ!!」

「イテェ! イタイイィィ!!」


 爆音の息吹が争っていた二人にも届く。身の暗示を察した師匠によって急きょ、防御壁の魔法を展開し、爆発の威力を殺し、服が破れ、肌に軽く擦り傷を作る程度に抑えた。

 師匠の背中に隠れるように友も隠れた。


 月の光と虫の声がする森は一瞬にして灰になった。

 地面はえぐれ、隙間から光が差し込んでいた空間は爆発とともに吹き飛び、月が十分に顔が覗き込めるほどの広い空間を作った。


 着火地点の中央にシクがひとり佇んでいた。

「シク!!」

 師匠の慌てぶりから駆け寄ってくる。

 クレーターのような穴が開き、周りのものはすべて外へ吹き飛び、そこが森であり、虫や小鳥たちの楽園だった場所が一瞬にして広くさびれた空間へと変えてしまった。

「師匠、片付けましたよ」

 と、澄んだ表情でシクは師匠に問いかけました。まるで散らかった部屋を掃除終えたような顔でした。

 喜んでくれたのかと思い、師匠に再び声を掛けようとしたとき、シクの頬に平手打ちされました。力強くそれが叩かれたと認識したとき、地面に転がるように倒れたときでした。

「このバカ弟子がぁぁああ!!」


 師匠は今まで見たこともない怒っていました。

 シクはなにをこんなにも怒っているのか理解できませんでした。傍にいた友も減滅するほどシクを遠回しにしていました。

 重たい口調を開き、シクは答えました。

「だって……逃げる時間なんていくらでもあった。数も誘拐犯よりも子供たちの方が圧倒的に多くて、ぼくらが駆け付けた時点で逃げ出す余裕なんてあったはずだよ。それなのにみんな怖がっちゃって……だからぼくはみんなをきれいにしてあげたんだ」

 友は思ったサイコパスだと。

 師匠は汗が引くほどシクの行動は無茶すぎて危ないものだと察した。

 このまま大人になれば、きっと殺人的な異常者に育ってしまう。そうすれば、被害はもっと広がってしまう。


「師匠、こいつを逮捕しましょう」

 友が言った。師匠は強張った。逮捕すればいいかもしれない。けど、なにに対して罪なのか理解できないでいれば再びしてしまう。

 師匠は発覚を恐れ、隠蔽しようとした。

 それと同時に、昨日の出来事を思い出し、シクに尋ねた。

「昨日、同年代の子と友達になったって……言っていたよな」

「うん。とても明るかったし、楽しかったよ」

 師匠は力強く吐き捨てるかのように言った。

「その子も誘拐犯に囚われていたんだぞ!! その子の未来も他の子の未来も勝手な理想ですべて打ち砕いたんだぞ!!」

 シクはまるで理解していない。部屋に転がっている邪魔なものをゴミ箱に捨てただけ、それが何でそんなにも怒るのかシクは理解しがたいものだった。

 シクの生い立ちは複雑で、シクを見つけた場所はゴーストタウンだった。大人用の服を着せられ、段ボールに『かわいがってください』と捨てられていた。

 まだ、生まれてから数時間も経過していなかった。


 師匠はシクを保護し、しばらくの間、ゼロのお世話になるとともにその子の世話をした。シクは小さいながらも魔法を覚えることは天才的だった。

 本来なら大学で学ぶはずの高度の魔法も6才で覚えてしまうほど、優等生ぶりと危険性を指摘していた。

「吾輩、この子の将来が楽しみだ。だが……」

 ゼロは自分の袖を握りながらこう言った。

「恐ろしくもある。彼はまだ理解していないのだ。魔法がどのような物であって、人がどのような存在か、吾輩。この子がいずれ、この世界を滅ぼす存在になってしまうことを恐れているのだ。この子は生まれながら古代文字も読めた。おそらく、魔道書も読むことができてしまうだろう」

 魔道書。世界各地に存在し、世界を統一したり自然を変えたり、人を支配したりと禁断にして禁じられたもので、使うことも知ったものも抹殺されてしまうほどの危険な代物。

 それをシクが手に入れないようにゼロは言った。

「吾輩、来週で賢者の資格が与えられる。これは名誉なことだ。魔道書を隠蔽することも持ち運ぶことも可能な権利だ」

 ゼロは続ける。

「魔道書は、人を選ぶ。文字もかなり古く、神が存在時代に創られたとして、文字も古代文字とはまた異なるという。シクが理解できるとは思いたくもないが、念のため移動したいと思う。吾輩は、そのときまである国で滞在することにする」

 ある国とは地図が空に浮かんで見えることが有名な国ソーニャ。魔法使いを多く逸材を輩出していた国だ。魔法学校でも20位に入るほどの人気学校で、その学校でしか得られないものがいくつかある。

 教師として入るにも、実力や地位が必要となる。

 ゼロはやってのけるつもりだ。


「吾輩、しばらくの間、君とは会えない。だが、次に会うときは、立派なこの子の姿を見ることができる時だ」

 ゼロは魔法をかけ、この子の未来に願った。


 ゼロと別れたのは8才になったときだった。8年間一緒にいたことになるが、師匠はゼロと同じ師匠の出身で、同じ時期に旅立った。

 ゼロとは1年だけだが、共に旅をした仲間。信頼できる。師匠にとって友人と呼べるのは数少ない。


 そして、いま、部屋にいる。遠く離れた宿屋に移動し、ギルドに事の報告をしていた。

「誘拐犯が自爆したと?」

「はい、助けようとしたのが遅かったです。我らが見つけたときには“光は閉ざされ、闇が開かれた。俺たちは贄として命を捧げる”……と」

「なるほど。儀式のようなもので、失敗したのか」

「はい、とくになにも起きなかったあたり、失敗だったようです。しかし、尊い犠牲が出てしまった。もう少し早ければ……」

「こちらももう少し人数を出していれば防げたかもしれません。なによりもあなたたちの責任ではありません」

「ですが――」

「このことはギルドマスターに報告しておきます。親御さんたちには報告しておきます」

「あの子たちの身元は……」

「2割が貴族、王族の子供で、8割は孤児院からの誘拐だったことが発覚しました。親を持つ貴族や王族たちは嘆き悲しんでいました。あなたたちにも訴えをかけていますが、私たちで何とかします」

「本当になにやら大変申し訳ございません」

「いいえ、私たちも力不足でした。クソッ……現場はしばらくこちらで保管します。彼らの目的もしばらくの間、話すことはできませんが、おそらく王族や貴族を憎む組織の一部だと思われます。今後のことは防ぎますが、あなたたちにも被害が出るかもしれません」

「こちらで対処しておきます。なにかあったら教えてくださいね」

「分かりました。では、お元気で――」


 連絡を終え、部屋に戻る。

 そこには何も変わらない朝を迎え、元気よく体操をするシクがいた。

「シク、○○(友)、出発するぞ!」

「はい!!」


 偽造工作はしておいた。

 大きな組織でもなく小さな組織で誘拐をベースにしていた連中を貴族や王族を憎む敵であったと証拠を残し、爆発の原因もダイナマイトを改良したものを近くにあった小屋に置いてきた。肉片になった敵のひとりを傷を修復し、まるで証拠を残したかのような状態で小屋の前で倒れさせた。

 警察はきっとこう思うはずだ。「爆発の原因はあのダイナマイトだ。爆発から逃れようとしたのか仲間に裏切れられたのか自身もダイナマイトで自爆しようとした」

 と、現にダイナマイトを握らせておいた。

 あれば、魔法によって爆発させられたとは思いもしない。現場を知る犯人でしか知らない。


 だが、死霊魔法である死者を呼ぶ魔法であれば、すぐに判明してしまうだろう。

 そうなる前に、シクの姿を変え、自身も姿を変える。

 大きな罪を背負い、三人でどこかの国へ行く。


――ということがあった。


「それは昔の話だろ」

「そうだね、昔の話だね」

「皮肉っているのか」

「そうでもないよ、ただ変わったねーと思っただけさ」


 相棒は昔の自分に似ている。鏡合わせのようにしてもう一人の自分が腕輪に宿ったような感じだった。相棒は目的のためなら犠牲は問わないというところがある。

 でも、カレンという赤髪の少女(獣人は明確な年齢は人間とは異なるため、見た目では判断できないと出会ったことで、少し変わってきているのかもしれない。


「ところで、チームは三人なんでしょ、あとひとりは?」

「あと一人はどなたなのでしょうか?」

 カレンは少し戸惑いながら言った。

「影が薄いシャドくんがいるんだけど……」

 その人はどこにいるのかと尋ねるとカレンは照れ笑いしながら「それが、どこにいるのか見当ができなくてね、魔法で姿を隠れてしまうから地図があってもわからなくてね」

 と次の問題が発生した。

 試合まであと2時間しかない。それまでにシャド君を連れてこなくてはいけない。

「吾輩は準備のため、先を急ぐが……シャドくんの件は君らに任せる。いずれにせよ三人そろわなければチームに参加できないからな」

 と、一足先にゼロは出ていった。

 カレンは「大丈夫、シクの魔法ならね」とシクを宛てにしていた。ごめんねと言わんばかりに手を合わせて「友達と打ち合わせあるから先に」と出て行ってしまったのだ。

 その子の特徴がわからず、あと二時間で探すというノルマが新たに追加されてしまった。


「災難だね」

「本当にさ、でも相棒、すぐに見つけれるだろう」

「ぼく宛かい!! まあ、貸しにしておくよ」

「この試合での勝利したとき、相手の魔力を半分ほど気づかれない範囲で奪っていいよ」

「よし、それでいこう!」

 と、相棒の許しを得た。

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