魔法使いの陰謀
空一面に覆いつくすほどの地図が描かれる幻想的な街。
かすかな白く霧のように薄い雲のなかにそれは描かれていた。
太陽の光に反射してか色を模しているのかその線は、この街を写し取っていた。
「うわーシク、見て! 空一面に地図がー」
シクと呼びながら空一面に広がる地図に向かって大きな声をあげた。
「ここが、地図の街ソーニャ」
かねがね、旅人から噂を聞いていた〈一度は行ってみたいランキン10〉に入る街で、一度でも入ると、その幻想的な光景と魅力を浴びた世界観に飲み込まれてしまうと。
人口は多く、アパートやホテルと言った建物が多く密集するため、昔からここに住む人よりも移住してきた人の方が圧倒的に多いと聞く。
種族は獣を中心とした人獣族が圧倒的に多く、悪魔族が次に多い。
人間は人獣に混ざるように入り、その数は悪魔族の次に多いそうだ。
街の中に入ろうとしたとき、警備員らしき頭部から犬の耳を立てた男性に止められた。兵士と一言で表すべきだろうか、騎士や戦士のような軽装だが鉄の鎧を着ている。腰に下げられた鞘にはこの街の印象を与えるべきか、家紋のような紋章が刻まれていた。
クローバーのような4枚の葉が上下左右に分かれている。
「なにしに、この街へ?」
明らかに敵意を抱きながらなにかを疑っている様子だ。
「旅人です」
「旅人? なんの職業だ!?」
そうか、この街では旅人という職業はなく、旅人というのは“自由な人”と捉えることがあると聞いていたことを思い出した。
「あ――いえ、医者です」
旅人と通じないときに、もう一つの職業として使っている。なにかしっくりくる職業があったはずだが、そのときは頭から出てこなかった。
「医者?」
驚いた様子で「本当に医者なのか? 医療器具など見当たらないが…」と疑いを持って聞いていた。確かに、正規の医者ではない。だからといってヤブ医者でもない。免許はないけどね。
医者であるはずの仲間や重い器具などを運ぶ馬車などもないからだ。たとえ、独り旅をする医者も少なからずいるが、みな、免許を持っていたり、それなりの道具を持っていたりとしているので、兵士はこの旅人が言っていることは本当なのかどうかと半信半疑で見ていた。
「医者です。これが証拠です」
鞄の中にしまい込んでいた薬をいくらか見せた。
小さい小瓶に入った数十個ほどの薬がリュックサックの中から飛び出るように出ます。けど、魔法の恩恵で瓶を引っ張らない限りは飛び出してくることはなかった。
瓶ごとに入っている物は違う、ラベルに名前が書かれ、一本ずつ説明することなく、その瓶を見た兵士はなにか納得した様子で「そうか、医者か…」と納得してくれました。
「医者というよりも薬師だけどね」
シクの腕輪から声が聞こえた。魔法にかけられ、シクのみ聞いたり話したりできる不思議な腕輪だ。腕輪に名前はなく、シクは相棒と呼んでいる。
「ふーん、薬師なんだ、医者って嘘を言ってはいけないよ」
平坦な壁だったところから一人の女性が出てきました。
魔法なのだろうか出入りなどない壁から平然とした顔でこちらに歩いてきました。
「薬師の魔法使い、といったところか…」
腕輪の言葉通り、薬師という言葉が出てきたところ、この人は腕輪の声を聞こえることができるひとなのだろうか。
「私の客だ、すまないが通してやってくれ」
「で、ですが…!」
「わたしが呼んだんだ、大丈夫だ人に危害を加えるほど凶暴な輩ではない」
銀色の首まで伸ばした髪はさらさらで、風が吹けば絡むことなく漂う。白い狐のような先をとがらせた耳を生やし、銀色の尻尾を腰から伸びるように垂れ下がっている。エメラルド色の瞳をしている。
この街の特徴なのだろうか、その衣装は夏場を快適に過ごせるかのような蒼く涼し気なカーディガンの下に白いブラウス、襟元には細長いエメラルド色の紐を結んでいる。
黒い短パン。露出度が高く白い肌をさらけ出しているが黒いストッキングのおかげか、その影響は少ない風にも見えた。
身長はシクと同じぐらいで小柄だ。年齢はシクよりも幼く見える。
細い腕からはにつかわない腕輪とは異なるベルトをしている・動物の革で作られたベルトは女性のなにかを縛り付けているかのようにも見える。
薄く汚れた緑色のブーツは、雨風か長く履いているためか色が褪せている。
「しかし…」
それでも許可ができないと兵士は拒んだ。
「くどい! 何をそんなにも疑っているのだ!? まさか、先日起きた事件を私の客が起こしたと思っているのか!?」
先日の事件と聞いて、旅人に関係があるのかと気になった。
けれど、シクにとっては初めてここに来た。先日のこととは関係がない話だ。ましてや、いままさに門から入るところで怪しまれることは人違いにほどほどしいものである。
「まさか、気になったの? シク」
腕輪が聞いてきました。
「……」
女性がシクを見つめたまま、なにかを考えるかのように口元に指をあてていました。
女性は一冊の本を取り出し、いつまでたってもらちが明かない兵士にその本を突きだしました。
その本を見た兵士は「これは失礼しました!」と言い、慌てた様子でシクを門から中へと入れてくれました。
あの本はそんな効果があったのかと腕輪が尋ねました。
「いや、ぼくにもわからない」
シクはあの女性が見せた本が本当に魔法と関係する本なのかどうかわからない。なぜなら魔力が感じないからだ。
けど、兵士はあの本を見て、急に態度を変えてシクを入れてくれた。
それに、相棒の声も聞こえていた。
この女性は少なくからず魔法使いであることだけはわかる。
「少し、場所を変えよう」
女性は言った。
優雅な声に、思わず安らかな気持ちに包まれてしまう。
疲れが一瞬引いていくような声だ。
けど、これも魔法の一種なのかもしれない。
シクは操れないようにと心を強く持ち、相手の誘惑に惑わされないように静かに呪文を唱えた。
住宅街を通りすぎたあたり、4階・5階建ての建造物が立ち並ぶ道に出た。建造物の壁から縦に長い看板がいくつもあった。それぞれの階を何のお店なのかを示す目印でもあった。
「いろんな人がいるね」
腕輪は楽し気に言った。
「そうだね、ここはいろんな人がいるね」
シクはそう答えると、「そうだろ」と満足げに女性は言った。
人とすれ違うようにして通り過ぎていく。
同じ人種の人間とすれ違うこともあれば、悪魔族と呼ばれ、魔力に特化した人種である彼らを横に通り過ぎれば、「この人、魔力はすごーい」と腕輪がはしゃぐほどだった。
人獣族は人間と似つかない原型をしているが、動物の一種を交えているようで、顔が動物だったり、体全身だったり、耳と尻尾だけであったりと様々だ。
多少の違いがあれど、周りは関係なく自分が信じた道を歩んでいた。
「なんだかワクワクしてきちゃったよ」
腕輪が興奮していた。
今まで見たことがないほどの人の数と店に並ぶいくつかの商品や衣類を子供のようにはしゃいでいた。
「フフフ…あとで、一緒に買い物に行きましょうね」
と女性は前約束を結んできた。
道を外れて路地裏へ入る。
小さな川を通り過ぎ、壁しかない場所に出た。
日が差している時間帯なのに、そこだけ夜のようだった。日の光は一切入らず、代わりに小さな街灯が照らす程度の明るさしかない空間だった。
壁しかない場所に立って、本を掲げた。本は青白い光を発して、手のひらほどのサイズの鍵となった。
なにもない平坦な壁にそっと近づけるとカギ穴が鍵を共鳴するかのように浮かび上がったのだ。
女性は鍵をカギ穴に差し込むと、あら不思議と木造築の壁となって現れたのだ。
「師匠と似ているよね、シク?」
確かに。
師匠も同じように扉もない壁に向かって鍵穴を指している様子を弟子時代に何度も目撃していた。
師匠は「秘密だよ」と言っていたが、女性がしているあたり、師匠となにか関係があるのかと気になっていた。
扉を開けようとした矢先、「そういえば、言い忘れていたな」と、急に思い出したかのように女性はハッとなって立ち止った。
「名前、言い忘れていたな。私の名前はカレン。カレン・シルヴィーナ・ヴァレッサだ」
「あ…ぼくの名前は――」
「知っている。シクだろ? お前の師匠からさんざん聞かされたからな。凄腕で天才だってな」
シクが言おうとしたとき、カレンさんは知っている口ぶりで名前だけでなく師匠からよく言われていた同じ言葉が出たのだ。
この人は師匠のことを知っている人物なのだろうか。疑いつつも相棒に視線を向けた。
「……大丈夫」
なにが大丈夫なのだろうか、しかし、相棒が否定も危険だとも言わない。相棒は、相手が危険だと判断すれば、防衛系の魔法を自動で展開してくれる。一次的に相手の物理攻撃・魔法攻撃を遮断する中位系統の魔法だ。
師匠が安全にという親心というやつかお守りとして備え付けてくれた。
「大丈夫、この先は私の家に通じている。久しぶりの客人だ。数日の安全と食事、仮眠は無料で提供してあげる。私はお前の師匠の友人で、古い知人でもある。友人からかねかね聞いているよ」
カレンはそう告げ、危ない人ではないといった。
シクはその言葉を信じることしかできないが、師匠の友達というのであれば、昔の師匠がどんな人だったのか知っているのかもしれない。
シクは三つほど質問をした。答えがあっていれば、師匠の友達だ。
「師匠の素顔はわかりますか?」
「ん? まだ疑っている様子だな。まあいい、質問には答えよう。そうだな、師匠は人前で振舞うのは苦手だった。ましてや素顔を晒すのは自分の住まいを人がいない島まで移動するほど臆病だった。顔は魔法で使ったお面で、常に誰かの姿を借りて生活している。ましてや、素顔を知った者は容赦なく“忘却の魔法”で忘れさせていた」
あっている…。
師匠は外出する際にマスクをして、相手から印象がさほどない顔に見えるよう魔法をかけていた。素顔は誰にも知らされず、ただシクの印象は髭を生やし、灰色のとんがり帽子をかぶり、地味でボロ布当然のようなローブを纏っていた。
師匠は、素顔恐怖症だと告げていた。
たとえ親族でもペットでも妖精でも自分の素顔を知られるのを恐れ、恐怖し、知った者には“忘却の魔法”で忘れさせ、それでも覚えている人には、“捏造の魔法”で記憶も情報もすべて別のものへと移し替えてしまう禁忌の魔法を使っていた。
「マネしてはだめだよ」と師匠は言っていたが、誰にも告げていないとも言っていた事実をカレンさんは知っていた。
「ふたつめです。どうして、ぼくが師匠の弟子であると分かったんですか?」
「そうね、一目でわかりました。師匠がてが……いえ、師弟関係は学校の出身とは違って“魔力の流れ”、“言葉遣い”、“属性の相性”、なによりも旅だった者には“二度と出会うことがない刻印”が契約として結ばれる。私の得意分野なの。相手の魔力や呪いといった呪いとか見極めることができるの。それに、先週届いた師匠のお便りで知っていたから」
カレンさんはこの街に来ることをあらかじめ知っているかのような口ぶりだった。
「これでもノーレンさんやモスマーンさんとは知り合いだったのよ。あなたが来ることはあらかじめわかっていたわ」
と告げた。
ノーレンさんやモスマーンさんのことは懐かしい人たちだ。
「元気にしているかな? とくにノーレンさんは不意打ちとはいえ、殺されそうになったもんね、女性に弱いからねあの人」
相棒が可笑し気に言った。
ノーレンさんとは“田舎の町”で知り合った人物だ。男性でひょろひょろとしていて頼りがないのだが、泊まったホテルでもめていた女性の間を入って助けていた。
けど、女性の心を見分けなかったノーレンさんは、罠にはまって深い傷を負ってしまった。
「そうだね、でもあの後、ちゃんと反省していたから大丈夫だとは思うけどね」
事件解決後、真実を知ったノーレンさんは、自分の甘いところを深く反省していた。寂しいという心に隙が生まれ、そうした悲劇の片方を積み、犠牲者となれ果て用としていた。
この一連を受けて、ノーレンさんは、防備として魔法を一から学んでいくと言っていた。
「モスマーンさんの能力は驚かされる毎日だったな。魔法とは奥が深いな」
「シクだって、魔法の奥が深いと思うよ。知識とか才能とか――」
「そんなことないよ」
相棒の言葉をかき消すかのように冷たく否定した。
「さて、これで疑いは晴れたかな」
「いえ、まだです。あとひとつ質問です」
「やれやれ、時間はあまりとりたくないのだが…」
横に逸れる目線に、どこかの建物の影に潜む何かを追っているような目をした。その素振りはすぐに判明した。
シクが質問しようとしたところ、物陰から二人の男たちが姿を現しました。
「やっぱり手配書通りの似顔絵だったぜ。大方騙されるところだったぜ」
先ほどの兵士の鎧と同じ姿をしていますが、顔の輪郭が固い四角く、肌が少し焦げたかのような黒色でした。
「おまえ、そいつを庇うつもりだったようだが、そうはいかない。この事件の最重要人として身柄を確保させてもらう」
門で何度も怪しんできた兵士でした。
その目は明らかに、獲物を捕らえたぞという目をしていました。
「やっぱり…あまり質疑応答をこの場所でしたくなかったんだ」
深くため息を吐き、カレンさんは、鍵穴からカギを貫いた。手のひらに吸い込まれるかのように鍵が解けていった。
扉だった場所は平たんな壁となって、そこが扉があったとは到底思えない建物の影に囲まれた暗い壁、もとの風景に戻っていた。
「さて、逃げるぞ、シク」
カレンさんはシクにそう呼び掛け、兵士たちの合図とともに建物の窓辺から屋上から兵士たちが姿を現し、同時に弓を引きました。
弓矢は空を切って飛びますが、何らかの魔法によって弾かれ、地面へと落下していきました。
「なに?」
「やはり、魔法使いか!?」
カレンさんを知っていた兵士は驚いた様子でした。
まるで先ほどのカレンさんを知っている兵士とは別人のようにも見えます。
「ここは分が悪い。人込みに逃げれば、早々相手にしてこないと思う。中央広場に移動しよう
カレンさんの合図とともに兵士たちの眼に向かって何かが一斉に飛びかかる。その形を目視したときに、その正体が明らかとなった。
カレンさんに案内される形で彼らを素通りして、蛇のような形をした生物が兵士の顔を覆い、目を隠し、首を絞めていた。
兵士たちはもがき苦しんでいるが、形として捉えることができないその生物を追い払うことができずにいた。
水のような青々とし、触れることさえできない。
「荒れに絡まれたら一たまりもないね」
相棒が流れるかのようにそう言い、シクも「捕まったら大変だ」と他人事のように言っていました。
カレンさんの魔法はおそらく、動物として姿を与える能力。動物の姿(殻)を与え、そこに属性となる水と殻から破れないように魔力でやさしく包み上げる。
どんな武器でも腕力でも一度でも捕まったら逃げられない。なぜなら触れることができず水面に手を突っ込むかのように一定量の水だけが手に付着し、多くの水を吸い上げることができないからだ。
たとえ、その動作を繰り返せば水は少しずつ抜かれ、いずれ消えてしまう。
だからカレンさんは、一斉に相手の隙を突き、一定だけ封じることができる生物を選択し、大ぜいに向けて放てるよう小さく身近にいるものを選択したのだ。
カレンさんがまだ師匠の友達だと信じたわけじゃないが、どうして自分が追われる身なのか、手配書として発行されているのか謎に包まれたままだ。
先日起きた事件と関係しているのかもしれない。
シクはこの街を長く滞在するつもりではなかったが、予定を変更させざる得られなくなった。