田舎の町2
「…やっぱり、気になるんだね」
街角の小さな宿に泊まり、一日の疲れを癒すかのように暖かいシャワーを浴びていたとき、腕輪からそう囁かれた。
服を水で濡らし、部屋で干し、持ってきた服の一枚をベッドに置き、シャワー室へ入って数分と立っていたころだった。
「キミがそこまで気にするなんて…」
「別に、ただ他人と関わりたくないだけだ」
「嘘つきだね」
暖かい雨水を浴びながら腕輪にシャワー口へ直接手を伸ばす。すると「アチチッ」と腕輪が悲鳴をあげた。
「ひどいよ!」
腕輪は悲痛な叫びを発声しながらすぐにシャワー口から手を引いた少年に少し感謝しながら再び尋ねた。
「…気になるなら、もう一度――」
「必要がない」
言い切った。まっすぐな一言は腕輪も理解していたが、まっすぐすぎて少し戸惑ってしまった。
シャワー室から出て、タオルで体を拭き、濡れ水がないのを確認してから浴室を出た。ベッドに置かれた服を着ることなく、タオル一丁でベッドに横たわった。
「風邪ひくよ」
腕輪に心配された。
でも、すぐに服を着ても、再び濡れてしまう。
暖かい湯船を使ったときと同じで、体温が温まっているためか汗が噴き出てしまう。せっかくきれいでまだ未使用の服を汗で怪我したくなかった。
ベッドへ横についてから少し考え事をしていた。
少年にとって、これからどうするべきかを…考えていた。
「ハァ…金、ねぇな」
皮付きの財布を開く、そこには銅貨5枚しか入っておらず、宿屋と食費で大方1枚しか残らない計算となる。破滅へ向かう一歩手前だった。
翌朝、仕事はないかと街を散策した。
煉瓦造りの家が立ち並び、様々な職業の人たちが歩き渡っている。丸太を担ぐ大男に馬車を引く馬の後ろでのうのうとタバコを吸い、人を見下す目をしている大商人、家庭のことを考えながら歩いている男、武器を背負いまたは腰に下げて練り歩く冒険者の姿があった。
冒険者のひとりが手配書を片手に持ちながらある一定の方向に指をさしながらなにか話しをしていた。
「北の町から依頼だ」
「なぜ、この町から依頼が出ているんだ?」
「依頼主がそうしたい事情があるらしい」
「それで、仕事の内容は?」
「討伐だと、書いてある」
片耳を大きくたて、音を拾い上げる。
そう聞こえてきた内容は、どうやら先日立ち寄った田舎町からの依頼の話だった。討伐の依頼。モンスターかそれとも人間か、依頼書の内容を目で追うほど目がいい方ではない。
その依頼書を自分にも頂けないかと手配書を配布しているギルドへ向かった。
ギルドは宿から南にいった通りにあった。
他の建物と違って木製の二階建ての建物だった。
小規模だが、人材も少なからず名簿からして足りないほどとまでいかないほど揃っていた。それぞれの仕事をこなせるように整えられた名簿には、すでに何人かほど、依頼先へ向かったようでチェックインされていた。
「なにかご用でしょうか?」
カウンターの前の手配書を壁に掛けられ、気になる依頼がないかを見ていたとき、女性に声を掛けられた。
「いや、討伐系の依頼はないかと…」
少し強張ったような口調で吐く。
女性は見た目こそ美しくメガネをかけ気品だった。燃えるような赤毛の髪に、オレンジ色の瞳をし、身動きがとれるような軽い布製の服を着ていた。
腰に下げた一本の剣に、片手で押さえながら話しかけていた。
「討伐ですか? なら、こちらになります」
案内された先には、討伐という看板が立てられ、大きな掲示板に比べて数枚しか載っていなかった。
「こちらで全部ですか?」
「はい、昨日の頃から突然、多くの討伐依頼が届きまして、みな出払ってしまったのですよ」
「…なるほど」
名簿の数からチェックインされていたのは討伐を専用とした家業の人たちばかりだった。討伐以外の食材・素材探しや人捜しなどの依頼よりも圧倒的に少なく、報酬が高い分だけ討伐の依頼は稼ぎやすいものだ。
専門の知識を得られずただ倒せばいい。肉体派で何も考えない人たちにはもってこい仕事なのだろう。
「それじゃ、これをいただけますか?」
一枚の依頼書に目がとまった。
それは、先日立ち寄った田舎町の宿から少し離れた民家からの依頼だった。金銭自体は少なく、他よりも随分と財布のなかが寂しくなるほどの額。
「よろしいのですか? それよりももっと大金が得られる依頼があるのに…」
女性はそういった。
自分の財布を気にしているのだろうか。いらない世話だ。けど、お客さんであり同じ冒険者としては心配されるのはとてもうれしいものだ。
人手が足りている中規模以上のギルドとなると、こうまで優しく話しかけてくれる人はいないからだ。
「いい、これでいいです」
依頼書を掲示板からはがし、女性に手渡した。
ここに名前をと、名簿を託され、空白に自分の名前と職業を書き、この依頼を受けるとチェックを書き込む。
「はい、承りました!」
女性がそう申し入れ、場所までの地図をもらい、ギルドを出た。
「やっぱり気になるんだね」
腕輪が楽し気に笑いながら言った。
「ウルサイ、だまれ」
「うわーこわー」
まるで嘲笑うかのように怖がった振りをして遠のく。
腕を軽く動かし、自分から立ち去るかのように一歩奥へと身を引く。
その光景にあたりから目を向けられた。奇妙な動きだったのだろう。一人でしゃべりながら一人で腕を自分から遠ざけているのだ。
「やめろ、街中だぞ」
「へいへい」
腕を開放し、自由にする。
腕輪は少年の腕を支配するかのように常に喋ると同じようにして生活の一環として支配している。見た目は少年が勝手に一人で同行としているだけで、中二病と異国の言葉で使われる意味合いと同じ行為だった。
腕輪に支配された腕は腕輪の身となり、少年自身で動かすことはできない、一種の呪いを受けることとなる。
けれど、腕輪はそうしなかった。
つねに主導権を少年に託し、しゃべるときだけ少年の胸の前に寄せ話しをしているだけで、特に問題行動をしているわけではなかった。
少年も了承しており、腕輪は少年にとって相棒でかけがえのない友でもあった。
田舎町にたどり着いたのは翌日の昼だった。
宿屋に泊まるだけの資金はとうに底をつき、食費だけであっという間に金が尽きてしまっていた。
「今日は野宿だね」
嬉しそうに腕輪がはしゃいだ。
「嬉しそうだね、そんなに楽しい事なのかい?」
少年の問いに、腕輪は頷くかのように返した。
「うん。だって、いつもは熱い水をかけることもないし、大きくて厚みがある布に被されないし、なによりもこうして話し合えるし、うれしいなーって」
腕輪は子供のように何を話そうかと楽し気に予定を立てていた。
少年は腕輪の話はそう長くはなく、昔旅をした町々や国の思い出を語ってくることが多く、それが少年にとって暇つぶしだった。
けど、野宿は宿で泊ると違って木の上で基本寝ることが多く、体が硬くなって痛くなることがよくあった。
一人旅はいろいろと不便だ。
たき火をしていては他人やモンスター、盗賊といった良くないものが近づいてくる目印となる。
それに、火のつけっぱなしは危なくて大方、火事になりかけたこともあってか、寝るときは大抵消すようにしている。
木の上で寝るときは、夜寝ているときに無防備になるため、金銭がらみや殺しの標的を回避するために木の上という結構なキャンプ地点となる。
他の旅人はどうして休んでいるのかは知らないが、少年はこうして寝ることにしている。
それに、腕輪の語りは少年しか聞こえない。
いくら大きな声で話されても周りには聞こえないから、少年にとって他人との旅やラジオといった常に情報を得られる機械を使わなくても住んでいた。
「あそこがいいね」
腕輪に指示されるまま、休めれる場所を探していた。
大きな湖の近くで大きく背が高い木が佇んでいた。
周りの木は少し低く、その木だけが周りを見下すかのように存在感をアピールしていた。
「少し、目立ちすぎじゃないのか?」
「気づかれなければどのみち関係ないよ」
木の上にのぼり、荷物と一緒に枝の中に隠れる。
確かに葉が多く、周りから少年が木の上にいるとは思えないほど密集し、ひとつの要塞と化していた。
ここなら、よっぽどのことがない限り問題事に巻き込まれることはない。
「決まりだね」
腕輪の嬉しそうな声が響いた。
寝静まったところ、腕輪はかつて泊まった川で両断された町の話をしていた。
その町は昔、一つの国として他の小国よりも大きく、繁栄していた。ところが数年後に起きた事件が原因で、夫婦が突如と引き裂かれ、それぞれ道で横断した町々へ別れられた。
男女が別れ、男性は男性の町、女性は女性の町として道を崩して川にして住むようになった。差別の国として分けられたのだ。
原因となったのは当時、国を管理していた若い男だった。女に騙され、周りから非難の声が浴びせられたことが原因で、国を半分にし、それぞれ別々で分けるようになった。
国はそこから崩壊し、妻として夫として結婚しても子供が生まれるまでは互い会ってはならないとして別々の町に暮らせられ、孤独死する人たちが増えていった。
少年が訪れたときは、すでに昔のような繁栄した町並みの姿はなく、殺風景で寂しい建物が立ち並ぶだけの拝観となっていた。
七代目の当主は両断された町を一つにしようとしていた。
七代目の当主の手助けをする約束の代わりに、国ではなく島として大地から切り離す条件を約束した。
町の周りを一つの島として穴を掘り、水をため、湖の真ん中に大きな大陸が作り上げられた。大規模な工程は少年が再び訪れるまで数年という年月がかかっていた。
互いに協力し合うことと互いに住みたいという思いから男女の差別はなくなり、一緒に作業しては励ます関係となっていた。
ところが、少年が来たときには、人工は半分以下まで減り、孤立した島には仲良く住む夫婦や家族がいて、町は昔ほど殺風景になっていた。
けれど、互いに離れないという絆を得たその町は、少年が去った後も続いているのだろうか……と物語は締めくくられた。
「…思うだけどさぁ」
だいぶ長くなり、時間はとうに太陽が昇りだしていた。
腕輪はまとめる才能は少なくからずなく、時間とその人の行動をいちいち話の中に混ぜ、話していたため余計に長くなってしまっていた。
少年は腕輪の話は途中から聞いていなく、ふと我に返る腕輪が喋るまで眠っていた。
「せっかく人(?)が気持ちよく語っているのに、眠っているのかなぁ!」
不満そうにぼやく。
「話しが長い。要点だけ絞って語ればいいだよ」
「それじゃ、せっかくの思い出話がたったの一行にまとめられちゃうじゃん」
一行って…。少年がため息と同時にあくびをし、体を起こした。
腕輪は不服そうだが、少年は周辺を見渡してから、地面へ降り立った。
湖から顔を近づき、眠そうな顔を両手で水をすくい顔を洗った。
荷物を背負い、木に別れを告げ、目的地である田舎町へ足を進めた。
昼頃、着いたのだが、町はいやに静けさが広がっていた。
当初来たときは、少なくからず人々があいさつをしてくれたのだが、誰一人顔を出す人も挨拶する人もいない。
ましてや、昼間にも関わらずカーテンは閉まったままで、扉も開いたままとなっていた。
「ごめんください」
建物の中には誰もおらず、いままで生活していたように湯気が立ち上るコーヒーが入ったコップ、揚げたての焼肉、ふっくらと膨らんだパンに、溶けたバターとキャベツやレタスといった野菜が皿の上に乗せたまま、一人っ子いなかった。
「ここの家の人、どうしたのかな?」
「わからない。だけど、以前来たときよりも…」
悲鳴が聞こえた。
町のどこかで。
家を飛び出しその悲鳴の先へ走っていった。
そこにはバイクがひどく壊れ、半分に折ったかのようにバイクだったものが倒れていた。一人の女性が嘆く前に、一人の男が倒れていた。
「あ、あの人は!」
少年は近づき、腕輪が同時に思い出したかのように声を張り上げた。
バイクに乗っていた二日前に知り合った青年だった。
バイクは無残な姿で、専用の業者に頼まなければ直らないほどひどく損傷していた。
青年は腹から血が出ていた。
真っ赤な水が青年から逃げるかのように地面へと吸い込まれていた。
「なにがあった!?」
そばで悲鳴をあげていた女性も知っている人物だった。
バイクの青年が気にかけていた女性で、田舎町では問題女として店主が追い出そうとしていた女性だった。
「わ、わたしは…関係ないわ」
「あ、待って!」
そう言ってどこかへ駆け出してしまった。引き留めようにも引き止めず、とりあえずバイクの青年を応急措置だけ済ませ、近くの家まで移動した。
青年が気づいたときには夜になっていた。
青年を運んだ建物から外をのぞくも、明かりはついておらず、二日前に来たよりもひどく静かさで包まれていた。
青年が目覚めたのは数分後だった。
青年はひどくやつれ、包帯と糸と針で塗った後からまだ血が出ており、痛みがまだ続いていた。青年はただ一言、バイクの心配をしていた。
バイクはもう直らないことを告げると、青年は悔しそうな顔をし、両目を追うように腕で涙目を隠しながら泣いていた。
少しして、青年が語り掛けてくれた。
痛みで眠れず、「寒い寒い、痛い痛い」と繰り返しながらも、自らが体験した出来事と、この町で何があったのかを…一つずつほつれゆく糸をたどっていくかのように語りだした。