田舎の宿1
小さな田舎町。民家よりも畑や田んぼが多く、季節のはずれでは虫が多く騒がしくなる。そんな田舎町に緑色のリュックを背負った一人の少年がやってきた。
彼の名はシク。リュックからはみ出るほどの長い枝を差し、先端に三日月のような黄色い月のシンボルがついておりました。
月の光でさえも色を表さない真っ黒いコートに身を包み、右手首に銀色の腕輪をつけていました。
腰のポケットに左手をつっこみ、なにかを探る動作をしています。
「ついた、ここが今日の野宿先だ」
誰かに声をかけるかのように言った。
周囲にはシク以外だれもいない。まるで見えない誰かがいるように喋りかけたのだ。「そうだね、今日はもうヘトヘトだよ」
シクはひとり相槌を打ち、さっそくと宿へ足を運びました。
木製で所々雨風にうたれ、朽ちてしまい、木の端っこや床の端などが削れていました。脆くてちょっとでも力を入れてしまえば簡単に崩れてしまうほどに。
「ちょっと、どういうことよ!」
さっそく扉にノックしようと近づいたときでした。中から声が聞こえます。女のようです。
「泊まれないってどういうことなの!?」
なにか揉めている様子です。
シクは何事かと思い、ノックせず扉を開けました。中にいたのは年頃の娘。オレンジ色の髪をしています。
旅人のような服装ではなく地元ならではのよそにはいかない服装をしています。オシャレとは程遠い。
揉めている相手は店主のようです。あごひげを生やした中年男性。女の人と同じ服装をしていました。
「誰も泊まっていないし、それにお金もあるのになんでよ!?」
女の人は手のひらを見せた。銅貨3枚。
十分泊まることはできるほどのお金です。
ですが、店主は受け取らず、なおかつ女の人を拒否します。
「それは受け取れない。帰ってくれ!」
「なんでよ、どうしてよ! 私のような醜い女は野宿しろと!」
「ちがう、そうじゃない」
「なら、なぜよ! 理由を言いなさい!」
二人の争いは泊まることはない。
女の人は一方的に泊まりたいと店主に言い聞かせている。
店主は困った様子で今日は泊めることはできないと言っているかのように断固拒否している。
「今日は泊れないのかー」
と、残念そうにシクが隣に振り向いて言いました。
もちろん誰もいません。
シクの姿を見た、店主は助けを求める形で、呼びかけました。
「はい、なんでしょう?」
店主は「今日、泊ってくれ! 銅貨2枚で十分だから」とまるで女の人を無視した対応を取り始めました。
それを見ていた女の人は怒ります。もちろん許せない行為だからです。なんで、その少年を泊めて、わたしを泊めないのかと。
「ですから、あなたを泊めることはできないのです。だから、勘弁してください!!」
店主はシクをよそに、女の人を追い出してしまった。
追い出した理由は店主の口から出ることなく、女の人は玄関から追い出されてしまいました。
それを見ていたシクは店主に尋ねました。
「どうしてこんなことをするの?」
店主は戸惑いつつ、シクに答えました。
「あの女は、この町でも有名な人でね、泊めた家をまるで自分の住まいのように振舞うってとても迷惑な女なんだ。あの女のせいで、この町も随分と人が少なくなってしまった」
店主はため息をはき、あの女をどうにかこの町から追い出すことができたらいいなとまで話していました。
その話は真実なのかどうか信じがたい話ですが、こう郊外を出た町や村ではよく聞きます。警備隊や騎士やギルドといった専門の業者や魔物たちからの被害から守ってくれる人は国から離れるほど少なくなっていきます。
ましてや、こう山に包まれた村や町、離れ小島など、国から派遣されてくる人は滅多に少ないのです。
国からの支援を受け取れない村や町は滅びるしかないという人もいましたが、ギルドといった民間企業は、各地の町にいて、町を守るという契約をしています。
国から支援や派遣ができない遠くの地域では主にギルドに頼ることが多いです。
ギルドは小規模から大規模とそれぞれ作られたギルドによって異なります。ギルドは派遣会社と同じで、人員を派遣し、その先の仕事をもらって暮らしています。
ギルドは民間人の手によって結成された職業なのである。
主にギルドの会員たちは冒険者と言われています。
「それだったら、ギルドに頼めばいいじゃないですか?」
「――あ、うん」
まるで納得いっていない様子で乾いた返事を返した。
「それもあるけどね、いまこの町はギルドがないんだ」
「どういうことですか?」
ギルドは民間人から戦力や知識がある者たちが学校といった金のある場所から出身した者やそうではない人を平等に集めたのがギルドだ。
ギルドが町から亡くなるということは、解散したりと会員がいなくなって倒産してしまう際に発生する。
そうなってしまった場合、お金が手元に入らなくなり、会員は点在する拠点(町)から離れていき、しまいには誰もいなくなってしまう。
「ギルドが、先月、解散したんだ」
やっぱりと想像した通りの返答が返ってきました。
「二月前だ、ギルドマスターが病死して、会員が次から次へと減っていった。町から働いた分だけお金を支払っていたんだが、マスターを失ったギルドは誰もマスターをやりたがらず、ましてや“自分ならもっと上手くやれる”と過信して出て行ってしまったのさ」
ギルドの経営は難しい。
トップという存在が大きく、人は集まる。
頼りになる人ほど、ギルドの発展は大きくなる。
ギルドマスターはどんな人だったのか当時のことはわからないが、マスターの死後、マスターのような仕事をこなせないためかみんな去ってしまったのだろう。
そう考えると、どれだけマスターという立場が大変だったのかわからなくもない。
「それで、あの人は結局どうするのですか?」
「ああ…あの女は昔住んでいた場所で休むだろう。そうしないと町の夜は魔物が徘徊するからな。自警団などいない、この町では誰も守ってはくれない。自分でしか守れないからな」
店主はそう言って、棚からカギを取り出し、シクに手渡した。部屋の鍵だ。番号C-1と書かれている。
「飯はパンぐらいだ。追加がほしければ銅貨1枚でウサギ肉の塩焼きととれたての野菜サラダを追加してやる」
さすがにパンだけでは…とシクはもう一枚銅貨を差し上げた。
店主はにっこりと笑うと、「じゃあ、早速腕を振るってくるぜ」と厨房へ行ってしまった。
室内の壁にかけられた看板に書いてあった。
“銅貨2枚で食事つき”と。
あの店主はまんまと、銅貨1枚というめぼしい金額でこの辺で取れる食材の追加を考えたのだ。食事つきとはいえ、なんのメニューかまで書いていないことから、店主任せであるのは確実だ。
「ぼったくりだったら、野宿決定だな」
ぼそりと呟き、シクは荷物を部屋に置かず、店主が運んでくる料理を待った。
数十分後、運ばれてきた料理は店主が言った通りのメニューで味も文句なしだった。
部屋に入り、さっそく久しぶりの柔らかい布団に包まれ、その日の疲れをたっぷりと布団のなかへとしみこんでいった。
翌朝、店主は朝食を作ってくれていた。
昨日と同じメニューだが、野菜スープが追加されていた。味も文句なし。
「おはよう、昨日はぐっすりと眠れたようだね」
店主があいさつを交わした。それをこたえるようにシクも挨拶を交わした。
「夕べ、なにかあったのですか?」
店主が寝不足のようで目の下にクマができていた。店主は髪をかきながら隣の椅子に座り、夕べ何があったのかを教えてくれた。
「あの女、ずっと睨みつけていたよ。笑えない話だ」
店主は目を手で覆いながら、「あの女、早く死ねばいいのに…」と小さく呟いた。あの女がこの町でしてきたことに腹を立てていることと我慢の限界だよと二つの気持ちが込められている気がしました。
あの女がなぜこんなことまでして、町をつぶしたいのかわかりません。だからと言って容易に死ねなんて、使うの失礼ではないのかと思いました。
そろそろ、宿を出る時間の頃、別のお客さんと店主、女のひとで騒いでいるのが目についた。
ちょうど階段を下りていたとき、女の人の大声を上げていました。店主への怒りの声でした。
「ちょっと! あのあと、大変だったのよ!! 女の私を追い出して、見知らぬ男を私よりも単価が少なく泊めといておいて、私の時は簡単に追い出した挙句、単価も高いってどういうことなのよ!!」
「ですから、泊めることはできないのです」
「泊めれないという理由を教えてくれませんか? ぼくとしては、さっぱりだ。ここの宿は女性を泊めることは禁止なのでしょうか…」
お客さんはどうやら旅のひとのようです。
身なりは異なりますが、玄関ドアが開いており、バイクが止められているあたり、バイクで旅をしている男のようです。
髪は黒色で首よりも短く、軽くて丈夫なビニールに似た見たこともない服を着ていました。紺色か黒色か見分けるのは難しい色合いです。
「どんなに説得されましても、貴方だけは泊めるわけにはいきません。たとえ、裁判になっても引きません!」
「どうしてよ! 私はただ泊まりたいと言っているの! 私は旅をしているわ。この男と同じように。バイクといった高級な足じゃないけど、わたしには生まれ持った立派な足で旅をしているのです。久しぶりな宿でウキウキな気分でした。どうして、泊らせてくれないのですか? この男のおかげで私は魔物の心配がなく休むことができました。あなたは、なぜ私に嫌気をさしているのですか!? 答えてください!!」
店主は髪をかきながら「理由は簡単だ」と言い、女を遠ざけるかのように両手で押し倒してから答えました。
「お前が嫌いだからだ。お前のせいで、この町は終わりだ。去年まではギルドのおかげもあって観光客や旅人が少なからずやってきて、なんとか生き延びてこられた。だけど、お前が現れたせいで、ギルドは解散し、町の住民も月ごとに去っていく始末だ。俺は、お前が嫌いだ。お前は呪われた女だと思っている。いや、間違いはない。俺はお前のような存在がいると思うだけで鳥肌が立つ。お前が俺の宿に泊まった時、周りと同じようにこの宿はおしまいだから」
この女のしでかしたことがすべての元凶であるかのように店主は語っていた。怒りと悔しさをいり交ぜたかのような。
旅の男は黙った。
女のしでかしたことは確かに店主が言う通り許せない行為だ。だけど、女が泊まっただけで、こうも崩れることはないはずだ。
旅の男は冷静に考えているとき、シクと目が合った。
「あ」
「あ…」
シクは視線をそらして、リュックを担いで玄関から出ようとする。旅の男はそれを引き留め、シクをこの宿から出るのを止めさせた。
「待ってください!」
「どうしてですか?」
「この人はいい人です。ぼくはこの町に来たばかりですが、夜、この女の人はとても楽しくぼくに昔のことを話してくれました。とてもいい人なんです。この店主の言うとおりに、乱暴な人とは思えないのですよ」
バイクで夜、一緒になったという話は本当のようだ。
旅の男は女が決して問題を起こすような人ではないと彼なりに考えて話してくれた。だけど、それがなんだ。自分には関係がないことだ。
シクは男を退けようと玄関へ向かうとする。
再び旅の男に止められる。
「なぜ、一緒に止めようとしないのですか?」
「なぜ、あなたたちの協力をしなければならないのですか」
と、シクが問うと、「とても不憫なのです」と旅の男は答えたのだ。
不憫とは…あの女の人はずいぶん旅をして相当疲れている。女性ひとりだ。ましてや盗賊や魔物、変質者が出る世の中では、一人旅はとても危険である。
旅の男はこの宿屋に泊めてもらえることはすでに話し合って決まっていました。けれど、頑なに店主は女性を毛嫌い、泊めようとはしないことから、言い争いに発展してしまったそうだ。
「ですから、あなたからも店主に言ってもらえないのでしょうか?」
「無理ですね。ぼくにはこの話とは関係ないことだ。それに、他者に付き合うなんてすることは旅人してはよろしくないことだ」
シクはそう言い切ると、男の横をそれ、出ていった。
旅の男は止めようと一旦手は出るが、つかむことなく、少年が出ていくのを許してしまう。
旅の男は女性の方を見るなり、一旦は考え込むが、払っておいた銅貨を店主に話して、返してもらい、女性に言ってこの町に泊まるよりは他の町へ行った方がいいと説得しました。
女性も最初は反対しましたが、頑なに泊まらせようとしない店主よりもいつも泊って行ってくれと歓迎してくれる宿屋の方がいいと提案したのです。
しぶしぶと店主に目を向け、旅の男と一緒に出て行きました。
店主はホッとしたのか、壁にかけてあった一枚の写真に目をむき、「この家はつぶしたくないんだ」と小さく呟きました。
少しして、道なりに進んだところで後から追ってきたバイクの男と男の後ろで手を放さないように輪にして捕まえている女性と出会いました。
女性は男に説得されたのか、あの宿屋についての怒りはとうに消えていました。
「やあ、しばらくの間だけ一緒に行かないか?」
男に声を掛けられました。
「次の町まででしたら、いいですよ」
とシクは答えました。
バイクでゆっくりとこぎながら、バイクの横を歩くかのように女性も一緒に歩いていました。バイクの積荷はさぞ多くはなく。寝袋と多少の食糧が入った箱をかけているだけ。箱の中は携帯食で半分ほど空にして埋まっていました。
「あの町、雰囲気は素晴らしいと思ったのに、店主はヒドイ人でしたよね」
「そうですね、まあ、世の中いろんな人はいますからね。まあ、でもあの宿の料理はおいしかったですよ。文句なしの味でした」
もう一度味のことを思い出す。
他では味わえない一工夫された一品。店主ならではの的確な味付け。想像するだけでヨダレが出てきてしまう。
「しかし、どうして女性を毛嫌いするのでしょうか…銅貨を多く支払っても頑なに拒否されましたし、なによりもあの態度、ぼくはだんだん腹が立ってきました」
バイクの男は道端にあった石ッころを蹴飛ばしました。宙に吹き飛び、空を切るかのように空へと羽ばたいていき、見えないところで草木に覆われた茂みの中へと消えていきました。
「ぼくにはわかりません。もし、理由が分かったとしても、あの店主を説得するのは骨が折れることは間違いないのでしょう」
「たしかに…」
旅の男は相槌をうった。
少し進んだ先で二手に分かれた道に出ました。
右手はシクが来た道、左手はバイクの男が来た道。それぞれ行った道を互いに交換する形でいくことになりますが、女性は両方の道から来たことを告げ、「やっぱり戻ろうかな…」と口に出しました。
「あの店主のことだ、また喧嘩になる」
とバイクの男は止めました。しかし、女性はやっぱり気になるようで引き返すように言いました。
確かに、今来た道から奥へ行く道はありません。あの町にいくだけの道なのです。女性はあの町でなにかやり残したことがある感じで、あの町に戻ろうとしました。
バイクの男は「ついていく」と言いましたが、女性は「いいえ、気持ちだけで結構です」と男を突き放します。
男は「しかし…」と戸惑いますが、女性は「宿屋には泊まりませんから、あの町は思い出の町ですから」と告げたのだ。
思い出の町?
バイクの男は気になりましたが、シクはため息を吐き、早くも立ち去りたい気持ちでした。
「思い出って、あの町でなにがあったんだい?」
「それは、――いえません」
女性は口をもごもごし、それ以上、答えることはありませんでした。女性は「では、また会える時があれば」ともと来た道を引き返しました。
バイクの男は残念そうな顔をしています。
「せっかくの旅の友ができたと思ったのかい?」
「まあ、そんなところだ。一人で旅をしていると、どうも寂しいと思うようになってきてしまっているんだよ。君はそんなことはにのかい」
シクはしばし考えました。すぐに答えが見つかりこう言いました。
「別に、ぼくには傍で見守ってくれている人がいるから。寂しくはないですね」
と勇気に満ちた声だった。
「そうか、強いんだね」
バイクの男はそういうと、バイクにまたがって「そろそろいくね」と手を振って、シクが来たことがある町へ走っていきました。
バイクの背中が軽くなった乗り物は寂しい背中だけが残されていました。
男が去った後、シクは見守った後、男が泊まったことがある町へ歩き出しました。
少しして、シクに話しかけます。
「いいのかい? 本当は一緒に行きたかったんじゃない?」
ため息をはき、答えました。
「ううん。ぼくには君がいるから、ちっとも寂しくないよ。それに寂しいのは店主の方だったんじゃないかな」
「どういうこと?」
シクが見えているのは銀製の腕輪でした。
少なからず腕輪から声が聞こえました。この声は腕輪から発しているようでした。
「店主、ずっと眠れなかったようだね。きっと昔の思い出がとても恋しかったんじゃないかな」
「そういうものなのかな…」
腕輪は晴天な空を見上げながら言いました。
「まあ、君にはわからないのかもしれないね」
少年は笑い、腕輪は「ひどいよ!」と文句を言っていました。