今日から俺は犬の犬
狐耳族も悪くはない。
悪くはないが、やっぱり猫耳族の方が魅力的だよな。
「そんなわけで、先を急ごうか」
「え、どういうわけ?」
きょとんとする陸。
純朴すぎる瞳が愛くるしい。
今は朝食の時間で陸は麺つゆをかけた固いパンを食っている。
さすがにどうかと思うが、本人が美味いというなら好きにしたらいい。
俺はもともと朝は食べないタイプなので、お茶を飲んでいるだけ。
この世界でもお茶はそれなりに美味い。
一口啜ってから、次の言葉を紡ぐ。
「いや、お前の妹を早く救ってやらないといけないと思ってな」
「う、うん」
狐耳族を夜のお店でじっくり見た結果、猫耳族の良さを再確認した俺の気力は高かった。
やっぱ猫耳こそ至高だ。
猫の可愛さが100で、女の子の可愛さが100なら、猫耳少女は10000といえる。
そして、陸の妹なら娘も同然。
俺が撫でくり回しても何もおかしくない。
俺の心は純粋なまでに欲望に忠実なのだ。
「軍資金はあるし、一気に救出に行こうぜ」
「そ、そうだね」
なぜだ。
なぜ引いているんだ。
そのためにこの異世界に来たんだろうが。
普通はパンを麺つゆに浸しながら食うヤツのほうがよっぽど引くと思う。
……俺の心の中を見透かされているのだろうか。
撫でくり回すくらい良いだろう。
「で、捕まっている場所というのは? 目星付いているのか?」
俺は話を変えた。
「大体はね。馬車とかじゃ行けないけど、竜でも買えばそれほど遠くない」
竜ね。
でかいドラゴンのことではなく、本当に馬とかラクダくらいの動物だ。
二足歩行だが、腰に乗ることができる。
言葉が通じるから馬より乗るのが簡単だ。
「さすがに竜を買うほどの金はないぞ」
「だよね~」
竜は国産SUVくらいの買い物だと思って欲しい。
今持っているのは40万円くらい。
10倍は必要だ。
「ふうむ、どうしたものか」
思案していると入り口のドアが乱暴に開いた。
「昨日、特殊なタンブラーを売っていたものはいるか」
あれは公務員!
すまん、公務員っていうと市役所っぽい雰囲気になるな。
国に仕える者ってことだ。
白くて目立つが仰々しい軍服に近い格好だ。
見たところ犬尾族だけど、顔が狼っぽく、ごつい肉体だ。
「俺ですよ」
手をあげる俺。
おそらく物珍しい物を持っていることで注目され、王から連れてこいと命じられたに違いない。
計画通りだ。
「王が興味があると言っている。謁見を許してやるから今すぐ城に来い」
えらそー!
なんて偉そうなやつなんだ。
日本だったら炎上しちゃうぜ。
しかしここは穏便に行く。
王に会えば大金を手に入れることや、国の支援が得られる可能性が高い。
そう思ってるところ、陸が仁王立ちの男の足元にちょこちょこと近づいていく。
「嫌だと言ったら?」
もの凄い下の角度からメンチを切っていた。
身長差がありまくるので当然の角度だが。
気に食わないからって噛み付くなよ、ガキかこいつは。
ってガキだわ、俺の。
「なんだ、このガキは。まぁいい」
どうみても小さいガキンチョなので、無視されました。
良かった良かった。
俺は陸に耳打ちする。
「……王から大金ふんだくるんだから大人しくしとけ」
「ふん……」
仕方ないというような顔で腕を組んだ。
こいつ結構幼いところがあるな。
いや、見た目の幼さほどじゃないけど。
日本に比べたらこの世界はそれなりに階級みたいなものがあって、あまり平等じゃないわけで。
王の側にいるような奴が偉そうにするのは当然というか。
「王にご興味を頂戴できるとは光栄の極み。謹んでは謁見させていただきます」
片膝を折って仰々しくお礼を述べる俺。
「そうか、ついてこい」
俺の態度を慇懃無礼だとは思わないのがこの人種だ。
当然だとばかりに顎で指図してくる。
いらついているのか大股で蹴り出すように歩く陸。
不機嫌さを身体で表しているのかもしれないが、お遊戯でマーチでもやってるようにしか見えない。
息子の可愛い歩き方にほっこりしながら歩いていたら城に着いた。
モンスターが攻めてくる可能性はあるものの、戦争が起きない世界。
攻城戦がない前提の堀や城壁がまったくない、見た目だけの城だ。
やたらと飾り立てているだけなので、城というよりヨーロッパの大聖堂に近いかもしれない。
城の従業員も兵士は少なめ。
大理石の床に敷かれた赤いカーペットを歩いていく。
俺たちは案内されるがままに城の奥へと進んでいった。
ちなみに、ドラクエと一緒で王というのは一番奥にいがち。
そりゃその方が安全だもんな。
んで、控室に通される。
ここはドラクエと違いますね。
王は何もしないで椅子に座ってることはありません。
他のアポイントもあるだろうし、偉い人ってのはアホほど予定があるからね。
すぐに会えるわけがないのよ。
お茶とお菓子が置いてあるテーブルでしばし待つことに。
流石に城に置いてあるお菓子はそれなりに食える。
ただし、不○家やブ○ボンには遠く及ばないレベルとご認識ください。
あー、カントリーマ○ム食いたいなー。
もそもそと齧っていると、係員に呼ばれた。
思ったより早かったな。
係員は犬尾族のおばさんだ。
王の身の回りの世話などを行う、日本の時代劇でいうところの女中さんだな。
と、ここまではよくある話。
王の姿を見て俺は愕然とする。
犬尾、犬耳の美少女だと……!?
犬尾族の国だから、犬尾族なのはむしろ当然。
女王もそこまで珍しいわけでもないし、見た目が若い種族も多い。
偉い人ってのは往々にして美形が多いから、美少女なのも驚くには値しない。
俺が愕然とした理由は一つ。
犬の尾と犬の耳の両方持ってるというのは実はレアケース。
少なくとも俺は始めてみた。
これは猫も同様。
猫の尾と猫の耳の両方持ってる美少女は残念ながら見たこと無い。
そして、この犬尾、犬耳の美少女だが。
超カワイイ~~!
ヤバイ!
ヤバイなんてもんじゃない。
まず犬。
やっぱり耳と尻尾が犬だとかなり犬。
そして姫。
王といっても美少女だと見た目は完全に姫。
見た目の年齢は国民的美少女コンテストで優勝する頃あい……13歳くらい?
軍服と修道服の間のような妙にかしこまった白いドレスでも華やかな衣装にしか見えない。
威厳をつけようとしても可愛さだけを与えてしまっている貴金属。
デカい椅子の右端にちょこんと座ってる姿はZガンダムのときのミネバ様のように愛らしかった。
「パパ……興奮しすぎて処刑されないように気をつけなよ」
息子にジト目で忠告されてしまった。
俺がかしこまると王が口を開ける。
「くるしゅうない、近う」
王は堅苦しい物言いをした。
に、に、似合わねえ~!
犬耳はぴこぴこ動いてるし、しっぽ振ってるの見えてるし。
声は嬉しそうだし、そもそもアニメキャラみたいな声だし。
笑いが堪えきれねえ。
「何が面白い」
少しムスッとした表情で睨まれた。
やべえ、笑ったことをお怒りになっちゃった?
しかしそんな様子も俺には萌ポイントになってしまい、さらに笑ってしまう。
「よし処刑しよう」
「待って! お待ち下さい女王様!」
半眼で見下されながら、速攻で土下座をする俺。
この世界は王の命令であっさり人を殺す。
裁判なんてないし、弁護士を呼ぶことも出来ぬ。
そう考えたら日本は結構いい国だと思わない?
「なんじゃ」
なんじゃと来たか!
ロリババアキャラみたい!
思わずぷぷっと吹き出す。
「やっぱり処刑しよう」
「命だけは! 命だけはお助けを!」
額を擦り付ける俺。
ちなみに土下座という文化はこの世界にはない。
なにそのポーズ! もの凄く謝ってる! って見えるはずなんだ。
「パパ……かっこ悪」
「こら、一所懸命に土下座している父親を蔑むな!」
「ぷふっ」
ん?
今笑ったのは?
顔を少しだけ上げると、破顔している王が居た。
耳を伏せて、しっぽを振っている。
楽しい、ということだ。
今のやり取りがウケたのか?
「よし、決めた、命だけは助けてやろう」
「はは~」
再度マックス土下座をかます俺。
陸は耳をほじっていた。なんてやつだ。父親が死にそうだというのに。
そして俺の命を握っている王はとんでもないことを口走ったのだった。
「お主らは朕のペットにする」